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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第一章   ストライクバック
7/162

ベイクド・ナイト

「オーメルって知ってるか?」


 突然話しかけてきた戮丸にびっくりした。ガルドは沈黙を守っていると思っていたのだ。


「あの《旅団》のか?」

「そうそう、それ」


 オーメルといえばこのゲームのトップランカー。情報が極力隠蔽されたこのアタンドットでもSNSに漏れ出るほどのプレイヤーだ。初期から居たし、このゲームのシステムを次々に看破し、組織力を武器にこの初心者部屋をあっという間に過ぎ去った。


 極めて高い戦闘能力を持つにもかかわらず、あざ笑うような引きのスタイルを混ぜてくる。トッププレイヤーの中でも一線を画するのは、そこである。


 戦闘能力も確たるものだが、その軍略とカリスマ。警察機構をいち早く立ち上げた。といえば納得できるだろう。


「そいつに誘われてこのゲーム始めたんだ」

「!?…って、おまえオーメルの身内かっ!」


 それで、納得できた。あの男の身内なら…


「良く一緒に冒険してた。あいつ意外とコスイだろ?」


 今度は酒場に衝撃が走る。「あのオーメルがコスイ?」

 ガルドには理解できた。確かに戮丸の目にはそう映るだろう。


「マジッすか!?」


 戮丸と仲良くなりたい勢。オックスやヨシツネがこれを機にと食らいつく。単純に内容が気になったというのも多分にある。


「身内じゃなくて戦友だったか…」

「そんな大層なもんじゃねぇよ。…腐れ縁って奴だ。奴はゲームが妙に上手くてな勝てる気がしなかった」

「そりゃねぇ」

「…奴が2pを脚で操りながら、避け攻撃の練習してたときにはホント焦ったぜ。俺は集中して超必出すのがやっとだったのによ。勝負にならねーっての」


 そういう意味ではない。


「どんな冒険してたんだ?」

「んー。覚えてるのはあれかガ○ダム。わかんねぇか?」

「ちょっと分からんな…」

「呼ばれた気がして!」


 理解できないガルドに、思いっきり手を上げたヨシツネだった。


「野郎がな。向こうの秘密兵器がほしいって言って敵陣に潜入する事になったんだわ」

「ほうほう、剛毅な」

「それってどの機体ですか?」


 挙手したほどのヨシツネは興味がある。


「わかるかな?○ク・ツバィ…Xナンバー…いやペ○ンだからPか」

「わかります!セン○ネルッすね。…って洒落になってないでしょうッ!」

「そんな凄いのか?」


 話がわからないガルド。


「それって、作戦じゃないですよね。史実ともうかけ離れてるし」

「うん。核バズならそういう作戦も立っただろうけど、完全にアイツのわがまま」

「で、どうなったんだ?」

「スパイと言えど敵側に回る訳だから戦果を上げれば上げるほど功績が下がるんだ。苦労したよロボットってわかるか?」

「ああ、それなら判る」

「それの分捕り合いって話だ。自軍のロボット使ってりゃーいいものを、敵ロボ使いたいって」

「ふむ」

「で、帰ってきたら上層部から命令が来てな。機体使うなら武器弾薬は全部奪って来い。あとカラーはこっちの軍の物にしろ」

「まぁ、上層部らしい嫌がらせだな。よくある話だ」

「武器関係はいいんだ。コッチで使ってない武器もあるから。問題は色」

「それが何か問題か?」

「大問題。俺もついでに頂いた○ク・アイン使ってたからな。いいとばっちりだ」

「セン○ネルでしょ。グレーカラーなら有りじゃ…」


「トリコロール」

「無いな」


 オックス・スレイも一緒になって否定した。


「色なんてどうでもいいだろ?」

「餓鬼の玩具みたいになるんだよ。勘弁してくれ」


 ガルドは何か言いたそうだ。


「・・・で落ちは?」

「俺とオーメルで上層部にカチコミをかけた」


 上層部…にげて。

 戮丸とオーメルが二人そろって…阿鼻叫喚。




「ま、そんな感じで遊んでた」

「二人だったのか?」

「いや、後ひ・ふー・みー、三人計五人だな。あのときのパーティはそれ以外の話になると後三人追加になる」


 悲報、戮丸クラスの化け物が11人。


「セン○ネルの話kwsk」

「最終的に俺が格闘型オリジナルガ○ダムで、奴が○ク・ツバイ。それにF○ZZにイク○イス。あと、オリジナルモビ○アーマー確かえびの形してるって言ってたな」

「何と戦うんスカ…」


 ああ、夢のコラボ(笑)


「あー、マスターもぶち切れてたな。ラスボスはゾ○ィアックだったよ」

「瞬コロできるんじゃないすか?」

「ア○ス搭載型じゃなけりゃーね」


 ………


 さらっと、物騒なことを言って戮丸は時間を見る。


「そろそろ時間だ今日は上がるよ」

「なんだ?用事でもあるのか?」

「件のオーメルに呼ばれてるんだ」

「マジッすか!あいてぇっ!」

「くるかG県だぞ?最近では来るだけで死ぬらしいが…」


 …グン○ー…だと…!?


「乙カレー」



 ◆



「今日はありがとうございます」


 夏樹は礼を丁寧に言った。早く帰りたいのだ。後部座席に座る慧と夏樹。ハンドルは遼平が握っている。このために会社を早退したとか、いたたまれない。

 医者が言うには、もう少し様子を見ましょうということだった。医学の根幹は自然回復ということが夏樹に重く圧し掛かる。

 決定的な治療法は無い。決定的な原因はあるのにだ。


「すこし、寄り道をしていこう…」





 メールで呼び出された刻限が近い。ジーンズをはくのに苦戦した。Tシャツにジャケット。おしゃれというには程遠い格好だが、警察呼ばれるような格好ではない。財布と…鍵。ケータイは首の機材が肩代わりしてくれるので持ち物は減った。実にありがたい。財布も兼用する機能が付いているが身分証明をするものが入っている。持って行くことにした。


 鍵をかけ、アパートの鉄骨むき出しの階段を下りる。

 降りきって大きく一息。バテたのだ。

 左右にグラグラと揺れる膝は本当に歩きずらいし、階段も神経を使う。手摺が無い階段は昇りはともかく、降りられそうも無い。


「アレが戮丸だよ…」


 ヨタヨタと塀を掴みながら、歩き出した戮丸。無敵を誇った姿は影も形も無い。


「うそ…」

「嘘なんかじゃない。昨日本人の口からハッキリ聞いた。《群党左門芝瑠璃 戮丸》間違いない」


 シャロンですらうろ覚えの戮丸のフルネームをスラスラと遼平は言った。



「まぁ、今は戮丸の惨めな様を鑑賞しようじゃないか」



 夏樹いや、シャロンは遼平に対し確かな嫌悪感を抱いた。




 戮丸と呼ばれた男は目的地のベンチに腰をかけた。ここでもまた大きく息を吐く。目を走らせ自販機を確認した。飲水制限もあるが、絶対量ではないらしい。多少の誘惑を感じたが、多少ゆえに我慢することにした。


 子供が指を刺して笑う、それに対し笑顔で返した。それを見ていた母親が慌てて連れて行く。やくざも裸足で逃げ出しそうな顔だ。箔が付いたなと思う。


 一番失礼なのは誰だろう?そんな下らない事を考えて、時を過ごす。


 予定よりも早く来すぎた。しかし、トラブルを念頭に置けば…そういう行動を心がけている。リカバリーに無理のきく体ではないのだ。


 ついに男は横になった。襲われる急激な眠気と倦怠感。骨の具合もおかしい。根を上げたのだ。左手の小指と薬指は常に痺れている。


 それが何を意味するのかは判らない。医者に聞いても「そうなんですか」の一言。薬の摂取と飲水・食料の制限を守って…それだけ。



「そろそろ時間だ…俺の聞いた事はスピーカーから流れるようにしておいた。行ってくる」


 そう言って遼平は、車を出て行った。



 ◆



「よう!」

「チッ!一分でも遅れたら蹴りくれてやろうと思ったのによ」


 確かに、戮丸の声だ。


「―――いい事を教えてやろう。社会では光○部時間は通用しない」

「…友人間でもだ!今更かよ」


 この会話から前後二時間さばを読む行動をしてた事が明るみに出た。

 そして、遅刻していたのはオーメル。



 ◆



「彼ね…子供を救おうとしてダンプに飛び込んだの」


 スピーカーからたわいも無い会話が流れる。


「夫と会ってる時の事だったらしいわ。危険に気付いて喫茶店を飛び出してったって…」

「…」

「反対車線を飛び越えて、子供を掴んで…そこを轢かれた。奇跡的だったらしいわよ。彼が生きてるのは、ダンプの運転手も子供も死んでしまったから」


 戮丸たちの会話は情勢問題へと移行していた。


「子供の体は無事だったみたい。彼が守ったから、ただ、片手と頭が取れてしまったの。彼は気を失わなかった。全身ぼろぼろなのに、死んだ子供を抱きかかえて、助けなきゃいけない人間を探してた」


 ―――慧は話す。


 戮丸と呼ばれた男がどんな受難にあったか。




 ◆




 事故に関連してる唯一の生き残りになってしまった。


 治療費は出るらしい、運転手の妻は不服だったらしい。自分から事故現場に飛び込んできて、重傷を負ってその治療費も賠償金に上乗せになるのだ。当然不服だ。

 それに関しては、子を失った母親も折半と申し出てきた。


 弁護士を交え拗れに拗れた。


 そんな時、ある記者がこういった。


「彼が飛び込まなければ、二人が生きていた可能性はあったのですか?」

「可能性はある。ただ、状況から察してダンプカーにもろに轢かれて無傷だった可能性と同じくらいだ」


 専門家はそう答えた。

 次ぐ日の記事の見出しはこうだ。


 白昼の悲劇!救助活動により二人死亡!


 記事の内容は確かに合ってる。しかし、子を失った母親は…


「アナタノコドモハシニマシタ。ゴカンソウヲヒトツ」


 そんな状態だった。

 憎めるなら憎みたい。

 だが母親は毅然とした態度で、戮丸と呼ばれる男に、こういい残して姿を消した。


「最後にあの子の手をとってくれたのは貴方です。ただ、これ以上耐えられそうにありません。弱い私を許してください」


 やつれた顔に毅然とした意思の輝き。戮丸は彼女が居なくなってから、頭を下げるしか出来なかった。彼女の前でそれをすることは、負担を増やすだけに思われたからだ。


 夏樹は不幸比べに興味はないと思いながらも、淡々と話す慧の言葉に耳を傾けた。


 彼の受難はそれで終わらなかった。

 怪我は治ると診断された。一般人と同等の生活が出来るくらいにはという意味だ。常人から懸け離れたタフネスはもう無い。

 そして、彼は直前に入院していた。腎不全だそうだ。医者からは頑張らないでください。といわれている。


 腎不全は大まかに言えば血中の老廃物が取り除けない。高血圧、酷い場合は高血圧症に繋がる病気だ。戮丸は高血圧症に分類される。


 戮丸は頭痛や吐き気、虚脱感、疲労などの症状が出たといっている。気付かずに働いていたそうだ。


 で、頑張らないでというのは、この状態で頑張れば脳梗塞や脳血栓といった。血管が詰まる病気を併発する。発症した時点でアウト。


 更に、家族の不理解に苦しんだという。その後、一人暮らしを決意したのは、そういう背景だった。


 誰よりも人の手が必要な人間が拒んだのだ。それ相応の理由があったらしい。


 生きる希望なんてものは、最初から失っていたのだ。


 だから遼平の手を振り切って、あの場に飛び込んだ。遼平はそう思っている。


 生きる希望も無くしそれでも…拾いたかった命。




 自分は間違ったのだろう。


 何を?


 何もかも?


 愚かで滑稽なのだろう?


 全て取り返しは付かない。


 否。


 ではやり直すか?


 否。


 そう。



 ◆




「なあ、お前はあの事故の時、死にたかったのか?」


 え?


「…そうだな。そう考えればいろいろ都合がいいやな」


 そうなの?


「おれは邪魔を…」


 そうね。


「何でそうなる。お前が止め無きゃ反対車線で轢かれてたかもしれんよ」


 そうなってたら、間抜けね。


「茶化すな」


 笑ってごめん。


「あれが俺の精一杯」

「それは俺が…」

「それがお前の精一杯」


 え?


「え?」

「邪魔する気じゃなかったろ?俺だって・・・止めるにゃナイスタイミング過ぎたぜ」

「それが…」

「お前の限界。俺がその上を行った。だから、あの事故に介入できた。考え事なんかする暇ねーって」


「お前は悩んでいたじゃないか」

「で、お前は俺を助けられたか?確かに悩んでた。むしろ詰んでた。だから、スタートが切れた。振り切れた」

「でもさ、走り出してたら飛んでたよ。全部。あったりまえだろ?」


「その点だけは収穫かな?じゃ無きゃ[へぼでごめん]って墓に添える資格すらなくなっちまう」

「貴方のせいで俺は死にます。そんな覚悟で守られたってきっついぜ。子供の肩に乗せるもんじゃない」

「あれがお前の精一杯…すげぇな」


「凄くないからこの様だ。ざまーねーや」




「俺は。強くねーんだよ。こんな枯れ木みてーな腕になっても《俺は何か出来たはずだ》って思っちまうんだ。ガキの死体に耐えられねーんだ。無力だ。なんて嘯いても全然・まったく・納得できねーんだ!この手は強かったはずだってな!」


「馬鹿だよ馬鹿。どうしようもねぇ大馬鹿なんだ。だからこの様だ。それでも、何かあるって思っちまってるんだ!」


「むかし、好きな歌にバラがバラであることに、理由は要らないってさ、あったんだよ。…馬鹿が馬鹿であることに理屈が必要か?」


「ぜひ訊きたい」


 訊くの?


「出来ねーから馬鹿なんだろが…上手くいえねえが、俺は試してみたいことが山ほどあるんだよ。大穴狙いで…それで、それは危ない。死ぬかもしれないからやめなさいって言われても、止まりたくねぇんだ」


「よくわからないな」

 うんわからない。

「あそこを全員助けてヒーローになる方法が、試してみたかったってとこか」

「なるほど馬鹿だ」


 まったく。


「人に言われるとムカつくのは何故だろう?」


 あるよねー。


「馬鹿には一生判らない命題だな」

「殴るとスカッとするのは知ってる」


 そうきましたか。


「馬鹿だなぁ。ダマって殴らなきゃ意味ねえだろ?」


 ですよね。


「ありがとう一つ利口になったよ」


 うん。えらいえらい。


 おかしな話だ。懺悔をするつもりで行った男を被害者があの手この手で励ましている。慧は肩を震わせている。笑いをこらえているのだ。滑稽で惨めで愚かな戮丸は人一人笑わせるくらいは出来るらしい。それは残酷な犠牲の中からもぎ取った確かな成果。慧の目から涙が毀れる。


 夫はもう苦しまなくていいんだ。





 シャロンの知ってる戮丸の姿がそこにあった。


 (そうこんな感じ)



 ◆



「で、その被害にあった子は来たのか?」


 私の話?


「来てない。俺には親身になってくれる奴が近くにいることを祈るしかねぇな」

「来てくれれば何かいい手でもあるのか?」


 ごめんむり。


「状況がわからねぇが、試してみたい事はある」


 え?


「あるのか!?恨んでるかもしれないぞ」

「実はそこが狙い目。効き目があるなんて思ってねぇが、スッキリしてくれるんじゃねぇかな?」


 スッキリ?


「マジか?」

「いや、状況わかんないし、インしてくるぐらいなら問題ないだろ?俺からじゃ、まったくわからん」

「やけに自信があるな」


「ねぇよ。ただ、その事ばかり考えてた。そしたら、一個、医者じゃ絶対出来ないアプローチがあるって気が付いてな。試してみたい。そんだけだ」


「じゃあ、悲惨なことになる可能性はある訳だ」

「俺だって、こんな事に発展するとは夢にも思わなかったよ。お前が愁傷な顔で俺の前に現れるなんて予想外だ」





 男はカッコ悪かった。腕は枯れ枝。顔は継ぎ接ぎ。まっすぐ立つことも出来ない。華やかな逆転劇も無い。格闘技の強さ?粗暴の一言で押しつぶされた。それも、今は残骸。未来も無い。喝采も無い。


 何故だろう。


 俺には男がフル武装をしているように見える。


 細くなった腕は急所射抜くために都合がいい。傷という名の鎧をまとい。短い命という名の駿馬を得た。理屈であまれた堅固な砦は、スカスカのチーズに見える目。崩れることも許された膝、残骸の上では立っていることに価値はない。

 隙間など無い。それも当然、粉々に砕かれた何かで、十重二十重に塗りこめられた。


「俺はダンプカーに轢かれても死ねねーんだ」


 騎士は面貌を下ろした。




 すでに名に旗はひらめいている。




 後は最後のピース。扉が開くのを男は待っている。




「後は何とかしてみよう」

「やっと白状したか…」


 心臓が鷲掴みにされた。


「いや、なにな。こういう意味深な台詞一度は言ってみたかったんだ♪」


 とぼけやがった…。

 なんだ、…

 こじ開けやがった。

 扉を開く鍵はこの男は持っていた。

 ただ、差し込むタイミングを計っていた。

 俺の中の何かをへし折りながら回すタイミングを…

 俺はこの敗残者ごときに嫉妬しているのか?


 …思い出す。二番目に初めて二番目に逃げ出す。

 一番目に始めるのは何のことは無い。コイツだった。

 嫉妬と嘲笑。痛みの無い戦場を無数に駆け抜けた。

 始まりの愚か者はコイツだった。


「ま、いつも通りに無様をさらせ、嗤ってやる」

「そいつはどうも、あとお前車だろ?俺はこの体だ帰り乗せてってよ」

「甘えんな。車に嫁を待たせている。気を利かせろ」

「そんな、俺達親友だろ?」


『願い下げだっ!吐き気がするっ!』


 最後の一言はハモった。




 通話は会話の途中で途切れた。遼平が閉ざしたのだろう。

 公園では大の男二人が大声上げて罵り合ってる。


「あらあら、で、どうするの夏樹」

「…………」

「辞めるかどうかは任せるわ。でもね、最後の言葉はあの戮丸さんに伝えてあげて。たぶん、貴女の無事を世界で一番祈っている人だから」

「なんで、言い切れるんですか?」

「見ているほうが切なくなる、くらいに祈り続けて来た人よ。わかるわ」


 多分、戮丸の介護をしてきたのは慧だろう。一部始終は見ているはずだ。

 遼平に見せられない顔も…少しずるい…。


「彼方達はすれ違うべきではないわ。うん。そう思う」


 ガチャッ…


「どうでした?あなた」

「こちらの予想を遥かに飛び越えて、馬鹿なのを確認した。もう、心配ない」

「そう、心配してたの?」

「してない。ただ、アタンドットを奴に紹介したのは正解だったようだ。昔の顔に戻ってる」

「そう?」

「夏樹ちゃん。明日にでもインして。奴に考えがあるらしい」

「え?」

「信用できるの?」

「わからん。ただアレでもうちのフロントマンだ。ほっとくと…」

「?」

「…ゴ○ラを瞬殺した事もある。馬鹿の考えることはわからん」


 想像してみる…無理みたいだ。ただ、頭をかきながら「ワリ倒しちゃった」という戮丸の姿は妙にリアルで…


「明日必ずインして。それと、起こった事を克明に報告して」

「報告は必要?」

「へまやったら、指差して嗤ってやる…」

「あなたっ!」




 ◆




 宿は平静を取り戻していた。表向きは…


 先日オックスが切れて怒鳴った。

 オックスが主張するには「これはゲームだ。楽しむものだ。この状況はなんだ?」それに対し賛同の意を評し、自分達は自由だというものもいたが、それは一刀の元に切り伏せられた。他人の罵る自由を欲した訳じゃない。


 オックスの主張。ゲームのやり方を知った。それを楽しめないのはオカシイ。誰が悪いかは問題じゃない。魔女狩りごっこにココに来たわけじゃない!


 そう、言い直した。


 誰が悪いかの追求、それは自分は悪くないという自己保身になってないか?

 その自己保身が、ゲームを楽しむ足かせになってないか?

 自分は悪くないと思うのならそのことを、戮丸の目を見ながら言ってみろ!


 この言葉がトドメになった。


 その意見に意外に賛同者が多かった。この騒ぎの関連者の中からもヨシツネらが出てきたが、我関せずの姿勢を保ってきたプレイヤーも、ココでは発言した。


 彼ら曰く馬鹿らしすぎて、スルースキルを発動していただけらしい。戮丸関連の情報源は多大な利益を彼らにもたらすし、それを試してみたい気持ちもあった。


 実際は試していた。その精度は革新的で、更に上がる疑問の追求。そんな大層なものではなくても、お宝引き当てて大騒ぎしたいところを、自重しなければならない空気は彼らにとっても居心地のいい物ではないのだ。


 それゆえの賛同の意を表する運びになった。


 大勢は戮丸排斥の動きを見せていたので、それを阻止した形になった。


 戮丸不在が確約されてるからこそ、意見交換は熱を帯び、大勢を占めていたと思われる戮丸排斥の意見は蓋を開ければ何てことのない、ごく一部の人間の意見で、空気を読んで追従していたから、大勢に見えていたという事実が明るみに出た。


 誰が悪いか問わないと言っていてが、こうなってしまえば追求はそこが焦点になる。戮丸の何が気に入らないんだ?の質問に該当者は「生意気」「リア充爆ぜろ」「ずるい」と聞いてる方が肩を竦める様な低次元の理由が明るみに出た。


 さすがに追従していたものも、これには呆れた。


 宿内での騒動は決着を迎えた。


 だが、当の戮丸の帰還。今までの騒動を無かったことにして仲良くしようと言うには、あまりにも都合が良すぎる。


 きっかけ待ち…それが、今の状態だった。 



 ◆



「そのタバコって売ってるのか?」


 ガルドのタバコを見て戮丸はそう問いかけた。食事の皿は綺麗になっている。


「これか?これは俺に付随しているアクセサリーだからなぁ。流通はしていない」

「そっかあ。レアアイテムなら多少無理してでも買うんだが…な」


 ガルドは一本差し出した。葉巻ではない紙巻タバコ外の世界でも売ってる銘柄だ。

 戮丸は受け取って火を探す。ガルドが気付いて焼け火箸を差し出し、戮丸は大きくすった。


「ちゃんと味有るじゃねぇか。タ○ポが欲しいな」

「なんだそりゃ?」

「タバコを自販機で買うときの免許証みたいなの…」

「外で吸やいいじゃねえか」


「事情があってね。幾らで売ってくれる?」

「そりゃ、規制でできねぇな。一本ぐらいならズルって事でお目こぼししてもらえるけどな。常用は不可だ」

「ココでもか…何で味があるんだ?」

「俺が文句言った」


「わかってるねぇ。じゃあ一つ頼みがある…」

「新規アイテムね。掛け合ってみる…確約はしないぞ」

「それでいいって」


 こんな所でも嫌煙活動は広まっている。若年層に対する配慮とかあるんだろう。


 タバコ=カッコイイの払拭。まあ、ご苦労なことだ。残念ながらこちらは日陰者。カッコつけたくて吸ってるわけじゃない。その辺の判断は運営に任せよう。ガルドが吸っている時点で見込みはありそうだ。


 上着の裾をチョイチョイと引かれる。来なすった。


「ようシャロン」


 そこにはシャロンが所在無さげに立っていた。




 ◆




 酒場内がざわめく。


「あ・あのね…」


 言動がドモってる。言葉が見つからないのか。

 ―――震えてはいないが…

 警察に生まれて始めて相談に言ったようなアレだ。


 恐怖、というには未熟すぎる感情。


「引退するのか?」


 穏やかな言葉だった。だのになぜ…?


 ―――宣告のように響く。


 私は辞めたくないの?何でこんなに刺さるんだろう。


「まぁ、どっちでもいいか。これもって」


 どっちでもいいの?


 渡されたのはメイス。金属の棒の先に球体が付いていて、その球体には幾つかの球体が埋め込まれている。肩こり解消グッズのようにも見えるが、金属製だ。殴られたらとても痛そう。


「そうそう、グリップをしっかり握って」


 何かエッチなことを教えられている気がした。


「そいつがプリーストの鉄板装備だ。身の危険を感じたら容赦なくぶん殴れ。ココじゃ殺人罪も取り返しが付く。自分の身は自分で守る。基本だ。いいね」


 軽く振ってみる。


「そうそう、そんな感じ」


 戮丸は喜んだ。赤ちゃんがハイハイを覚えたときの親のように。 


「で、次はこれだ」


 布切れを渡す。


「何?これ…」

「エロ下着」


 !?


 (…駄目か?)


「今回の反省を生かして、対策として考えてみた。隠すんじゃない。発想を逆転するんだ。むしろ、見せていくスタイ…」


 ボグッ!


 (イエス!)


 なんというドM。横っ面にメイスがめりこんだ。


「おうふ。素敵な味わいだが、現物を見てもらおう。キスイ」


 シャロンの思考はショートした。水着?ううん。もっと攻撃的な何か。布地面積こそ水着より多いが体に布がへばり付いてる。腰骨をなぞるライン上に布が無い。お腹から腰太ももにかけてドバット露出している。


 キスイにはとても似合っている。スタイルが良くて攻撃的な眼差し、ネットでも良く見る半裸のオネェサンの姿がそこに!


 コスプレっていうのか?でも、実写特有の薄っぺらさが無い。生地が良いのか?ゲームの中だからなのか?


 取り敢えずこの格好で町を歩けば、警察に捕まる。


「…あのぅ」

「着てみて」


 ぼぎゃ!


「キスイもいい。が!シャロンが恥らいながら着るエロス!在ると思います!」


 ぼぎゃ!めきょ!ドガシ!…きん!


 戮丸は光に帰った。


 今、きんっていったぞ。このゲームSEこってんな。あそこにメイスで…考えたくも無い。寒気がする。でも戮丸嬉しそうじゃなかったか?


 ―――下馬評が走る。


「おこなの?」


 ドアの影から戮丸が訊いた。


 あんたがやってもかわいくないっ!


 そんな全員の意見を反映するかのようにシャロンはメイスを振り下ろす。

 殴られ吐血する戮丸。床に伏すが、


「ないすあんぐる」


 振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。振り下ろす。


「こわかった…」


 振り下ろす。


「こわかった…」


 振り下ろす。


「こわかったっ!ずっと呼んでたのに!たすけてって!みんな笑ってばかりで、私は凄く痛いのに!辞めてくれなくて!勝手にいじくって!体が動かなくて!いたくて!ずっと戮丸呼んでたのに!」


 パシッ!


「…なんで戮丸が…私を殺すのよ」


 冗談みたいだが、戮丸は瀕死だった。その状態でメイスを受け止めたのは驚愕に値する。

 元よりこの茶番劇。どう考えても今の戮丸と少し前の戮丸は地続きでは無い。


 ココでとめなきゃ男の子じゃないでしょう。


 ガルドはちらりと思う。狙いはわかっているようだ。


 ノッツ・トロイのプリースト勢が回復に走るがそれを戮丸が手でとめた。


「ああ、へぼでごめんな」


 あんた、今死んだじゃねぇか。


「すこし、おちついたろ?」


 どこが?


「そこに座ろうか?ガルド、ホットミルクを彼女に」


 ガルドは泣いているシャロンに、ホットミルクをそっと差し出した。





 シャロンは泣いていたのだ。





 ◆





「男が怖くて出社も出来ない…と、こまったな」


 コクリとシャロンは頷く。


「このゲームは辞めたい?」

「…わかんない」


 わかんないと言うのは戮丸にとっても行幸だった。このゲーム自体にトラウマは無いと判断できる。名前を聞いただけで恐慌状態になってもおかしくない体験だ。

 それが避けられ、取っ掛かりが残ったのは喜ばしい。


「現時点で俺限定だが、撲殺はできる。と…」

「そんなんじゃなくてっ!」

「いいんだ、喜ばしいことだ」


 ドM?

 グラスが発言者の額に当たる。当然投げたのは戮丸。ノールックでだ。


「馬鹿な人間の馬鹿な言葉を借りなきゃなんねぇが、いじめや攻撃はコミュニケーションの形の一つなんだ。否定を意味するボディランゲージって…わかるか?」


 コクリと頷く。


「本当に信頼関係がまったく無いと攻撃すら出来ない。ライオンを思い浮かべて・・・殴れるか?」

「むり」

「それが普通。じゃあ、力関係が常人とライオンほどある。親子の場合は?」

「わかった気がする」


「おk。俺とシャロンの間にはそんな信頼関係がある。それはちっぽけなもんだ。だが、絶対だ。ココにあるんだから」

「じゃあ、私は治るの?」

「病気ってのは便宜上、名前をつけたものが多い。ステータス異常じゃないんだ」


 人は喜怒哀楽があって普通。それが偏った状態の人を第三者が呼ぶときに便利だから精神病ってカテゴリーが出来た。もちろん深刻なものもあるし、そうでないものも在る。時間を置いてしまったのが懸念事項ではあったが、殴られた時点で心配するほどではないことは、戮丸にはわかっていた。


 ただ、ここでそのことを告げないのは、それまで受けた心理的ストレスも丸ごと否定してしまう恐れがあるのでそれは避けた。


 大したこと有りません。などと言う言葉は薬にはならないのだ。


 ゆっくりと神経を研ぎ澄まし、それを悟られないように話を運ぶ。全身に負った傷も今は武器。相手の集中力を欠く効果があるし、戮丸にとっても力みすぎないためのセンサーとなる。力技でチャラにも出来る。ここで、それをはさんだ。


「いでぇっ!」


 頭をかく癖。その指を傷口に突っ込んだ。


 はたから見れば間抜けな光景。だが、骨が砕けグニャグニャになった箇所を《かく》背筋に寒気と、言いようも無い不快感が走る。奥歯がかみ合わない。


 かく乱の為に撒いた行動。予想以上の効果があった。


「大丈夫っ!」


 (んん!!!!!!!!!!!!!!!!)


 シャロンの掴んだ肩は傷。しかし、それは悟られてはならない。


 《俺は間抜けなせいで苦しんでるんだ!》


 ただ悲鳴だけを上げても結果的に上手くいくようにも思えたが、それは戮丸の矜持が許さない。


「接触クリ…ア…」


「そんな事言ってる場合じゃないでしょ。誰かっ治療を!」


 (交渉クリア)


「でも、戮丸さんが…」望んでない。

「じゃあ、私に誰か魔法の使い方を教えてください!」


 (折衝クリア)


「スクロールを開いて!魔法をセットするんだ」ノッツ

「どれが、直す魔法ですか!?」


 そんな事も彼女は知らない。酒場にいた人間にも衝撃が走った。


 ―――知らなかった。


「これ、キュアライトワンズ!シリアスはまだ使えないから。三本全部セットして!」


 説明の為にノッツも自分のスクロールを開いて愕然とした。


 戮丸のステータスバーが残り…線だ。赤色に変わったHPバーは数ドットしか残ってない重傷。その状況で擬態を続けていた!


「それで、どうすれば!」

「唱えて、キュアライトワンズって三回」


 キュアライトワンズ・キュアライトワンズ・きゅあらいとわんず。


 光が灯り、バーは回復していく。


 オレンジになって止まった。ゲージは8割くらい残っている。もちろん空の部分がだ。


「もう一回チャージ!セットしなおして」


 ノッツは叫ぶ。


「そこ!肩も重傷だ。そこから治して!」スレイも叫んだ。


 打撲による裂傷。この一言でどういう状態かはわかる。裂傷は放置すればそのままHPを奪い続ける。自然回復が勝れば止まるが、迅速に処置するに越したことは無い。


 指摘されて慌てるがシャロンの詠唱が続く。




 ◆




「もうここまでくれば消化試合だろ?シリアスで片付けるぜ」

「ああ、頼む」


 キュアシリアスワンズ!


 戮丸を中心に光の魔方陣が広がる。光が立ち上る。砕けた腕が、肩が、頭が治っていく。重傷用回復魔法。


 治るというアクションのおかげで復活とは違う。


 痛みが引いていく。痛みが一瞬で消える復活は、痛かった幻が残る。痛みが引くというアクション。それが自然と活力が満ちたと教えてくれる。


「魔法か…初めての体験だ」

「凄い…」


 ゲージはどかっと回復した。全快ではないが、かすり傷程度で問題はない。


「よかった…」


 戮丸の目算は逆の方向で外れることになった。今のやり取りを見る分では問題があるとは思えない。まさか、おれがそれだけシャロンにとって重要な立場にいるとは思えないし。


 愛の力?無いな。


「問題なさそうだが…外ではそれが出来ないの?」

「あ」


 暫し硬直。


「ま、いいや。こちらの方が具合がいいのなら、ここでリハビリしていけばいいし…上手く使いなよ。残留するにはそれなりに覚えてもらうことが…」


 戮丸は酒場を見回す。


 えらいスンませんでした。


 土下座をする一同。事件に関わっていなかった連中までしている。これもお祭り気質のなせる業。


 状況を正しく理解したようだ。これなら心配はないだろう。《魔法を持ったか?》の声掛けはできそうだ。


 もともとはここの連中のレベルが高すぎたのがいけない。チャットウィンドウの開き方もわからず、途方にくれていた時代など忘れ去っている。最低限と思っている行動自体が初心者には出来ない。そんなことに思考がいかない。それでは駄目なのだ。しかも、このアタンドットは危険と直結している。そこでモラルを維持できるかなんてのは、実際その状況になってみないとわからない。


 こんなこともある。


「明かりを取ってくれ」と戮丸。

「無いよ」初心者。

「初心者セットに入っているだろ」シートを覗き込む。

「ああ、もしかしてこの松明(マツアキ)?」初心者脅威の洞察力!

「ああそのマツアキ。超輝いている奴だから取って…明るくなる」戮丸。

「マツアキフラッシュで洞窟は明るくなった。行動ペナルティは無しでいいよ」GM

「いくらファンタジーだからってそれはなくね?」初心者。


 戮丸もやらかしてしまっているだけなんだ。

 何のことはない。



 …戮丸は胸を押さえる。


 鈍痛が走る。


 何だ。これは?


 ステータスに異常は無い。hpバーもグリーン。アイテム欄にも異常は無い。慌ててアトラスパームを外してみたが、状況は変わらない。インビジブルストーカー?いや…無い。システム?…いや、…本体?


 思い返してみればストレスをかけすぎた。医者いわく常人の10倍の可能性で心筋梗塞を起こす。何を基準に?とその時は思ったし、注意を促すブラフと受け取っていた。ログアウトしていれば体を揺らすほどの動悸は、実はしょっちゅうある。


 ただそれが、逆に安全基準になっていた。


 本体とのリンクは今は切れている。常識的に考えて、俺の体が突然消えることはあっても痛みは感じない。…はずだ…


「ガルド!」


 ガルドはシャロンの声にカウンターを飛び越え戮丸の襟首を掴みゲートに投げ込んだ。

 戮丸のほぐれ掛けた肉体はログアウトゲートに消えた。






 戮丸と呼ばれた男は目を覚ました。乱暴にケーブルを抜く。胸は異常なレベルの痛みを訴える。


 心臓が止まっているのか?


 ドン!

 胸を叩く。喉は空気を求めあえぐ。痛みは柔らかい突起物で貫かれたよう。内蔵の―――肺の内壁に小枝で引っかかったような感じは取れない。


 ドン!

 それが外れれば。―――医学的な知識はくそ喰らえだ。何が正しくて何が間違いか等は判りはしない。推敲する時間も無い。本能に従う。


 ドン!

 この行動に何の意味があるのか?ただ痛みは取れない。体をよじる。戮丸自身空っぽの体の内壁が引っかかっている感じがあるのだ。よじれば外れるかもしれない。


 ドン!

 惨めだ。死ぬ覚悟なんて出来たと嘯いてみても、直面すればこの様だ。もがき苦しむ。理屈など何の役にも立たない。負け犬が自分の姿を哀れんで作った虚勢。


 ドン!

 親父…孤独死した父親もこんな感じだったのか。心臓だといっていたな。女遊びが高じ独りになった男。世界の大罪でも犯したように、責めるだけの母親。遊び人とヒロインの物語。それに陶酔し切った二人が嫌いだった。いい年してそれにずいぶん悩まされた。それが親父の死を持って終焉したと思ったら、今度は俺の病気で遊び始めた。俺の人生は俺のものだ!お前らのための三流ドラマじゃない!


 ふざけるな!


 その俺が!同じ死に方をするのか!?



 ドン!



 …痞えが取れた。

 ゆっくりと呼吸をする。血液が体を循環するのがわかる。

 痛みが解けていく。




 …終わりは…近いな…




 トイレにたって小用を済まし、コップ一杯の水を飲む。蛇口をひねり、少したってから汲んだ冷たい水。美味いはずのそれが、何も感じない。


 ベットに横になりコネクタを挿した。





 心配そうな瞳が迎える。「コネクタが外れかかっただけだ」と嘘をついた。

 ガルドに礼を言う。多分わかってるんだろうな。


 周囲はコネクタが外れかかった現象の話題で持ちきりだ。明日は我が身だからな。無理も無い。もう少し上手い嘘をつけばよかったか?


 シャロンが目に涙をため見つめている。


「これで心配要らないな。人の心配が出来れば一人前だ」


 そう言って頭をなでる。拒絶は無い。いいショック療法になったかな?

 どこまで知ってるかは戮丸は知らない。遼平から連絡が来ないところからすると、完全な偶然か?



 出来れば知られたくない。



 親父の死を知ったとき、漠然と同じ死に方をすると思っていた。覚悟は決めていたはずなのに…見苦しかったな。


 薄っぺらな覚悟。情けなくて泣けてくる。


 もうオカルト。ガキの発想。怖いのなら殺させてみればいいんじゃないか?当然、極論を通り越して暴論だ。ただ、自分達は命の戸口に立つ経験が少ない。

 普段から遠ざけられている。毎日命を喰らって生きているのに、その実感はあまりに薄い。


 戮丸が言った《医者に出来ない手法》はシャロンに殺人を犯させる事ではない。命の戸口でジタバタして見せること。させる事。


 欲望の為には人を殺すのも人なら、欲望のために兎30匹殺せないのも人間だ。


 カウンターに座ろうとするとツッパリを感じた。上着の裾の掴むシャロン。


「…怖かった」

「ああ、そうだな」


 確かに怖かった。あの状況で笑いながら手を押さえられれば、完全に人間不信になる。彼女はそれを体験したのだ。


「…戮丸…死んじゃ駄目…」


 おれ?


「そいつは約束できないが善処する」


 嘘をついた。


「殺さないで」


「そいつは約束できないが、いじめない」


「本当?」


「ほんと」


 ほんと


「…守ってくれる?」


 ああ、こんな…事を言っていいのかね。多くの騎士を見てきたが、馬も無い。従者も無い。鎧も旗もない。輝かしい拍車すらつけてない。騎士道の言葉はもじって名前に隠してある。人ですらない。背も低い。


 それでもコイツは騎士に見える。

 そんな奴にそう聞けば…答えは目に見えてる。


「まかせろよ」


 ああ、見慣れた何時もどおりの光景だ。騎士が生まれた。



 酒場に快哉の声が響いた。




 ◆エピローグ




「ところで、何でそんなに詳しいんだ?」

「俺が古いゲーマーだからだよ。気づいてないのか?」

「何に?」

「いや名前…atandd.って意味にさ」

「意味なんかないだろ?わかるのか?」

「記号に変えるのさ。ついでに大文字に変えるとわかり易い」


 ATANDD.


「???」

「だから記号に変えてこう…」


 AT&D.


「これって不味くねぇか?」

「ああ艶やかなブラックに近いグレーだ」


 酒場に失笑が毀れた。


 ポンコツな騎士と――

 半人前のお姫様―――

 

 そんな物語の舞台は、当然出来の悪い戯曲のよう。

 そんな逆襲ストライクバックは一端の終幕を迎えた。

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