094 ケース:バーサーカー
「ケース:バーサーカー!」
銀は指示を飛ばす。後続もその意を受け復唱は輪唱へと変化した。木霊のように――
陣容は意思を持つ生き物のように形状を変え、ピリピリした空気が満ちた。
そんな中、銀の説明は平常運行で行われた。
場違いなぐらいに冷静で丁寧だ。
――あの猛獣が襲ってこないと知っていても
――平静を保つためにだろう。
――忘れたいのだ。
二分と言う時間は長い。武器を一回振ると言う感覚ではなく、二分間の戦闘結果を算出すると言う視点で行われる。
それは装備している武器全てを使って戦闘しているということで、全て攻撃の結果に加算される。
その算出したダメージをパーティー全員で加算し、パーティの攻撃力とする。ここではそれをパーティーダメージと呼ぼう。
そのパーティダメージをエネミーダメージ・・・敵側の同様の物・・・と比して低いほうに差がダメージとなって襲い掛かる。
そのダメージは人数で頭割りされ、個々の防御力で引かれた物が各自の負う実ダメージとなる。
当然hpが低い者から倒れるが倒れた瞬間パーティダメージは一気に下がる。均衡していても、そのバランスが崩れた瞬間に勝負は急速に終焉へと向かう。
これがシミュレーションへと継承されたほうのルールの特徴だ。
「確かに・・・覚えがあるな。昔のシミュレーションゲームがそうだった」
「でもそれとバーサークが関係あるのか?」
「バランスを崩すのがこのゲームの肝だよ。判るだろう」
その方法の一つは高火力を放つプレイヤーに対しての直接攻撃。戦場を離脱し、おもに魔法や飛び道具で個別攻撃を行う。
当然、離脱にはリスクは伴うがその効果は絶大だ。単純にパーティを離れるだけでもパーティダメージの低下を呼び込む。それがパーティダメージに貢献が薄い魔法使いであったとしてもだ。
「どうやって耐えるんだ?・・・」
「それを堪えるための・・・バーサーク?」
「その程度なら良いんだが・・・」
ムシュフシュは苦笑いを浮かべた。
「バーサークはね。調子が悪くてもパーティダメージくらいは稼ぎ出すんだよ」
―――!?
「うぉい!?ちょまマティ!ひとたまりもねぇじゃねぇか!」
「調子が悪くてパーティダメージてどういうこと?」
「青天井になるんだ」
これにはバーサークのダメージ算出法に理由がある。単純に倍率がかかる、修正が入ると言った方法ではない。むしろ、そういった修正は全く入らない。
単純にゾロ目が出た出た分サイコロを振り足せると言ったシステム。そのゲームでは六面体、つまり普通のサイコロしか使わないから出来るシステムともいえる。
つまり、ゾロ目が出続ける以上、無限に振り足せる。
「限界なんて無い。青天井と言う訳さ」
「でもよ。ゾロ目なんて早々出るか?」
「2dなら・・・サイコロ二個って意味ね。そうだけどドワーフの武器で2dは有り得ない。普通で5・6はあるね」
「7を越えれば確定で加算だ」
1から6までばらけても7個目はどれかの目が出る。
「・・・ムシュ・・・戮丸のアレってアレじゃないか?」
銀が残った手で若干震え気味に指差した物は、戮丸の認識では不確定名オーガソード・・・
「確かにダイスが詰まってそうな―――ふざけんなっ!アレなら俺は帰るぞ!」
「この期に及んで逃げんなよ!」
「――武器のダメージはサイコロの数と加算値で表現されるんだ。バトルアックスなら4d+5とか・・・憶えて無いから適当だけど・・・あのゲームには有るんだ。テンダイスソードが・・・」
「――はいっ!?」
テンダイスソードその名の通り威力が10d。最小値は10で最大値は60、期待値は35。威力は高いが脅威ではないのだが・・・バーサークを併用すると更に化ける。
ダイス四つは重複する・・・ゾロ目が出る。最低値の算出は難しい。現実的に一番低い数字は1~6がバラけて残り四つが全て1。で21+4で25。さらに5d振り足せるこれもバラけて・・・15。出ること事態が天文学的な可能性だが40か?
「最低値は10じゃなかったのか?」
「それは1のゾロ目だよ。10d+10になる最悪だ」
「1から3くらいの複数のゾロ目で再ぶりも低い数字ならもっと低い数字が出るかもな。ちなみに違うゾロ目は一緒に振り直せない。1のゾロ目、2のゾロ目と別個に振りなおして後で加算する。ゾロ目の数が多い方が脅威なんだ」
二の句がつげなかった。知ってるムシュフシュや銀は苦い顔をしている。・・・マティはテンダイスソードは知らなかったようだが・・・
「でも、テンダイスソードとは限らない・・・でしょ・・・」
マティの指摘は尤だ。
しかし、二人は渋面を隠せない。
「借りに奴の武器がソレじゃないとしよう。実際そうじゃないだろう。だがな・・・」
「それに遜色ない業物ですね。しかも――」
――装備武器は全て攻撃に適用される。
「格納武器は適用されないのでは?」
つまり、仕舞っている武器だ。そのルールならズタ袋にナイフを詰め込んで戦闘に参加することになる。そこで、あくまで装備武器とくくりがあるのだが・・・
ムシュフシュは顔を上げマティの質問の答えを待つ。
「――彼は全ての武器を使いこなす。仮に不意打ちをしても、戮丸ならどの武器でも対処に追いつく――」
ジャグラー並みの武器換装能力。
「それは間違いだ」
意外な大吟醸の声だった。
「――あいつはそんなに遅くない。どんな状態でもこちらのアクションを待っている――そう感じるんだ」
ノッツとダイオプサイトもその言葉にしっかりと頷いた。
「どんだけバケモンなんだよ!?」
「銀――野郎にどんだけダイスが詰まってる?――ざっくりでいい」
「――村にいた頃の装備で・・・8・・・いややっぱり10は越えていたな」
「昔の話はいい!今だ。――あの後ろの絶頂で暴れてる奴!」
「判る訳無いだろ!今オーガの頭をふっ飛ばしてる方法さえわからないんだ。凡人に聞くなよ!20か30!最低値でソレだ!」
銀はぶっきらぼうな答えを投げ返した。
――だが
「そんな程度では済みそうに無いよ」
ノッツが呟くように言った。
◆ 見たくはないが見えるようになった未来
ノッツの趣味は格闘技の観戦。テレビや動画でも良く見るし、戮丸やウォルフの稽古も良く見ている。ボクシングのチケットを貰えば喜んで見に行くし、剣道の一瞬の駆け引きも好きだった。
最初は単純に熱くなれた。だが、目が肥えてきて更に戮丸の指導を受けて、流れも見えるようになってきた。
動きから思考が読める。あの攻撃はこの位痛い。よく立て直した。堪えたのか?この勝負は本当に運次第だった。上手い!それはないわ。
格闘技観戦で入ってくる情報量は格段に跳ね上がった。今アタンドットを止めても構わないくらいに充実していたし、その先が知りたくて止められないという側面もある。
無意識に手はスクロールに伸びそれを開く。
後ろで重要な話をしているが、目が離せないのだ。
戮丸の頭にステータスが表示された。Hpバーが点灯する。ゲージは真っ赤だ。40%くらいでステータス異常を表示している。
――狂戦士の激情
バーサークの事か?まだこの時点ではこの情報が自分以外に見えていない事をノッツは知らない。その事は彼にとって重要なことではなかった。
戮丸の目の前に立つオーガが瀕死だ。一見戦っているように見えるが表示はスリープ――気を失っている。
「柄頭じゃな。ソレと気づかんうちに顎をぶち抜いておる流石は親ビン鮮やかじゃ」
打ち抜く瞬間を見逃したノッツにダイオプサイトの補足は有りがたかった。
何故そのオーガを倒してしまわないのか疑問には思わなかった。だってそうだろ?戮丸に挑むのは自殺行為だ。その事はノッツはおろか戮丸も知っている。
ゆっくり動くにはソレ相応の理由があるのだろう。その前提条件で襲い掛かるものはいない。オーガは呼び水だ。