090 ムシュフシュと銀
12/31同じ文面が繰り返されているミスを修正しました。
「コツがあるんですよ」
マティの様子を見れば、悔しいが流石と言わざるおえない。ムシュフシュは思い切って街道を東進する指示をだす。
ソレは危険な策だった。
ムシュフシュが大通りを東進すればオーガ達は民家の小道へと押し出されて結果として、大通りを迂回して宿に殺到する危険があった。本来なら波状に駆逐していくべきのところなのだが、ムシュフシュは速度を取った。
その案には枯山水のメンバーは即座に反応し身の軽い者は屋根へと上がって、弓による攻撃に切り替える。
先頭付近では銀が弓矢で撃破しながら進む。その援護を得て、ムシュフシュの進行速度は上がった。
「すげぇな・・・」
大吟醸のスキルも凄かったが、周りのハイエンドプレイヤーの戦い方は流石と言える。
基本形は【金魚掬い】だが、イモータル装備が彼らにはある。
イモータル装備は概ね両手装備武器で盾持ちが少ない。
盾持ちは金魚掬いの基本から外れない。彼らには仲間の壁としての役割がある。極端な移動や前進は仲間にとっての安全地帯という立ち回りから嫌われた。結果として初心に帰る事になるが、防御するにも経験が活きる。
攻撃を終えた仲間の前に割り込んだり、全力攻撃を受けづらい角度に移動して敵の注意を引いたりと、『どっしりと構えていればいい』などとは言ってられない完全に別物の動きだ。
枯山水は常に有機的に陣形を変化させながら戦う。正直に言って見ているだけのマティでも、思考が追いつかない猟兵の戦いぶりだった。
このメンツに撃破速度では引けを取らないマティの参戦・・・
ムシュフシュの指示はそのまま枯山水の共通認識となっている。
使える奴は使う。徹底的な現場主義の猟友会ならではの判断だろう。
「マティ!貴様は上がれ!」
レビンが叫んだ。
打ち合わせと違う。だがレビンはマティの突破力と装備の軽さが全体の突進力にプラスになると判断したのだろう。最初はお荷物を抱えて戦うことになると思ったが、なかなかどうしての拾い物だ。
マティの反論を制してレビンは続けた。
「旅団には俺が取り成す。規則違反のお前じゃ拗れるだけだ。それと回収したら即座に退け。多分ムシュは旅団の火力を当てにしている。ライトニングに焼かれるな!」
いかに枯山水と言えどこんな戦法を長々と続けるのは不条理だ。それでも殲滅可能な敵数なら・・・いや、それなら波状進撃で行うはずだ。だから、ムシュフシュは戦場のクリアリングを最優先にしたのだ。
「蘇生に時間は関係あるのか!?」
「わかるかそんなもん!」
蘇生は不人気魔法の一つだ。プレイヤーは死んだ瞬間転送される。その間に間に合う使い手は・・・居ないと言いたいがノッツくらいだ。その上、その呪文のレベル帯には【罠感知】と【鍵開け】がある。持って行く僧侶なんて居ない。
結果、情報が少なすぎるのだ。
「首だ!首を必ず持って来い!判ったら急げ!」
先頭グループと後衛の間に隙間が生まれている。そこにオーガがなだれ込むのは時間の問題だ。
門が閉じる。
「・・・ありがとう御座います!」
胸に込み上げた暖かいもの飲み込みマティは走った。通り過ぎ様に「やって来い!」「こっちは任せろ!」などの激励を背中に受け決意を新たにした。
「よっしゃ!野郎共抜かるな!報酬は奴のコツってやつだ。ここの敵を枯らすぞ!・・・気合を入れろ!」
その門はマティの後方で閉じた。
前線組みは全員前を向いている。背面の防衛は最低限でしかない。それは後衛組みに対しての信頼と実績の証だ。マティは最前列へと追いやられた。追走する敵を片手間に処理する技術はマティには無い。最前列こそがマティにとっても安全な・・・
安全な場所など無い。理不尽な死から一番遠い場所なだけだった。
頭がおかしくなりそうな戦場。会場警備でもこれほどのものは体験した事が無い。ムシュフシュの巨大な片手斧が唸る。
漠然と何処かで蔑視していたものは、この戦場では必要な道具であることを痛感する。その一振りでオーガは吹き飛ばされる。
その吹き飛ばすが重要この上ない。
雪掻きに似ていた。いかに振るおうとも崩した雪を退けなければ意味が無い。そりやネコを使って運ぶ暇が無い以上ダメージを与えると同時に退かさなければならない。
しかし、敵は当然物言わぬ雪ではない。こちらを殺そうと殺到しているのだ。
マティはムシュのサポートについた。ほんの少しだけでも注意をこちらに割ければ・・・道理を語っている暇は無い。語れる精神状態でもない。
ひたすらに戦った。
ムシュフシュの太刀筋は威力を最大限に出し、その処理とエリアを考えた太刀筋だ。死体は次から次へとラッセル車に引かれたかのように吹き飛び、血と死肉のシャワーを浴びせかける。
多分彼なら落石や雪崩でも持ちこたえるだろう。
それと同じやり方では駄目だ。グレゴリオの持っていた魔剣バラキを持ってしても同じことは出来ない。してはいけない。
マティは敵を見極めた。雪崩のように攻めてくるオーガも、個の集いでしかない。ひたすらに処理する。場合によっては膝を斬り腱を絶ちその進行のベクトルをずらしてやればよい。
大雑把なムシュの戦い方にはどうしても取り残しが出てくる。
ソレがマティの敵だった。もう、大吟醸にこだわっている暇は無いが、無視しては自分の価値が無に帰す。その上に行かなければならない。それが出来なければ時をおかずひき肉になる。
オーガの首を掴み左右へと仕分ける。ノッツの動きだ。
踏み込んで大きくなぎ払う。ダイオプサイトの動きだ。
マティの腕力で薙ぎ払いは効果が無かったが、これでいい。
その外周に敵がたまる。敵の勢いがとまる。乱戦とは言え個人のパーソナルスペースは確保している。
満員電車状態では戦闘はできない。それは薙ぎ払いの被害者が見た目ほどではない事を意味するのだが・・・
マティの薙ぎ払いが一瞬だけ密集状態を生む。
その意を解したムシュフシュの踏み込みと薙ぎ払いがマティの剣線をなぞる様に閃いた。
まるで草刈だ。力の入れ具合が違うのだろう。上半身を忘れた下半身が林立する。
マティは自分の意思が伝わったことが嬉しくなってムシュフシュを見返すと―――
―――――!!!
ムシュフシュの怒号が轟いた。
その声にマティはハッとしたが、オーガ達は異種族という事をさっぴても判る――青ざめた。
枯山水は次々に怒号を唱和する。
この瞬間に人間がオーガを圧倒したのだ。
マティの作った流れは勝利を確信させた。
―――通常の戦闘ならばだ。
オーガたちには圧倒的な物量がある。この流れさえも押し流す―――押し返す物量が・・・
銀はこの戦場を俯瞰で見ていた。
最低と最悪が手に手を取ってラインダンスをしているような戦場をだ。マティの参戦は良かった。そうでなければ銀がやっていた事を彼がやってくれた。当然不満はある。レベルは銀の半分以下なのだそれを考えれば彼はよくやっている。
よくやっている。
それは新兵が参戦していると言う事ではない。枯山水が彼を頼り。彼が枯山水を頼っている。戦場の歯車として機能している。
「さすが旅団といったところか・・・」
銀は対岸に跳んだ。大通りなのだから反対側にも民家・商店が並ぶ。そちらに飛び移った。尋常ならざる跳躍力だ。これも彼のジョブが戦士系上級職ではなく、盗賊系に起因している。
宙で手の弓を捻る。銀の武器は【黄金の鹿の角】という。ネームドクラスの武器だ。鎌なのか弓なのか正確な分類は無い。構造は中空な捻れた棒が紐で繋がっているという物だ。
この武器はパズルのようになっており、様々な形に変化する。
その名前の由来から考えればラグナロクで神が振るった武器なのだがその形状からの由来と言っていいだろう。
組み立て次第で多節棍・大鎌・弓へと変化する。これは基本形で、その中間的な用途も当然ある。
飛び移りながら固定を解除し、巨大な鎖鎌の頭を投下した。着地と同時に紐を引き絞り、弓へと組み替える。さなかオーガの首が飛んだ。銀はそれに頓着しない。矢筒から三矢を引き抜き射掛ける。
その動きはシームレスで組み替えも、つがえも攻撃が組み込まれている。
この戦場に限って言えば人間は優勢だった。
銀さんも強かったんですよ。実は・・・