088 絶望的観測
月曜分です。
「キャハッ!キャハハハハハハハッハハハッハハハハッハハハハ」
甲高い笑い声が響く。戦場だというのに高所に登り身体を前後にそらせながら嗤う。
笑うという行為は自然に沸きあがる物だ。それは楽しいからだ。
嗤うという行為はそれ自体が楽しい行為だ。起因する現象自体は関係ない。嗤うことによってトリップする。そのトリップは加速する。ただ止められない。止めれば醒めた現実に引き戻される。
彼らは嗤っていなければいけないのだ。その自覚も無いままに。
だから、何処か演技くさく。みっともなく響くのだろう。
男は艶のある蓬髪いや・・・そういうヘアスタイルだろう。黒髪をたなびかせている。顔は怜悧な印象で酷く整っている。色男、ビジュアル系というのだろうか?
服はレザーとに見えるローブなのか?ローブは一枚布を纏ったような姿だが、男のは縦に細長い革切れをマントのように纏っている。その隙間から身体を締め上げるような皮製の服を着こなしている。その端々には銀の装飾で飾られていて、その容貌とあいまって非常にカッコイイ姿だった。
ここで勘違いしてほしくないのはこの男がカッコイイのではない。カッコイイ格好をした男という、非常に薄っぺらな印象を与えた。
「悪即断!諸悪の根源は死にました。我々はついに偉大な計画の敵を討つことに成功したのです。ざまぁwwww」
「調子に乗るなディグニス。すぐに下がれ。オーガに喰われるぞ」
「怖いのかロラン?それがお前と俺の差だ。そんなんだから・・・」
物陰に隠れた仲間から忠告が飛ぶが、ディグニスと呼ばれた男は意にも解さず演説を続けた。
「いいかぁロラン。我々のディクセン縦断計画は先の男に阻止された」
「あいつ一人で巨人やドラゴンを相手できる訳が無いだろ!必ず仲間がいるはずだ」
「そう思うのが凡人の浅はかさだ。俺には判る!諸悪の根源は今絶った!」
何のことは無い。その情報をディグニスは知っていて、その事実を皆に隠しているだけだった。ソレが、ディグニス流の人心掌握術とでも言おうか・・・
ディグニスたちは屋根の上に隠れていた訳だが、そこからは真下にオーガの群れが見える。だがそれは錯覚で、オーガたちとは十二分に距離が離れている。もし殺到しても逃げる余裕は十分にあった。
先のマジックミサイルを放ったのも、複数の魔法使いで皆一様に隠れている。
ディクセン猟友会は魔法使い主体の組織だ。魔法使いは初心者部屋脱出時に転移魔法を使えるレベルに到達する。後は転移魔法を取得すればトレインを併用したMPKは訳が無い。
しかし、猟友会は人を集めていた。いうなればボディーガードだ。
MPK後、廃墟を探索する人足とその移送に労働力が必要になる。魔術師主体のギルドにこれは結構きつい。
魔法使いたちが場所を整え、その後の労働に人を雇う。両者にとって確かに美味しい話だ。
通常なら戦士がその武力を持って独占してしまうが、計画の趣旨自体は魔法使いで行っている。回収も無理な回収は指示しないし、もし遭遇しても追い払えばそれで目標達成だ。魔法使いの援護も入るし、オープンフィールドの強みもある。
反論は出なかった。
ただ、これにはハッタリの上手い指導者が必要になる。少しでも弱気を見せればあっという間に取って食われる。モンスターにも仲間にも・・・
その観点でディグニスは合格なのだろう。
最前線で戦っているように見える。オーガに教われないのは弱すぎるからなのだが・・・それに前に立つのは建物の死角部分にオーガが寄って来ていない事をいち早く判る利点もある。
脱出は転移魔法でいつでも出来る。
危なそうに見えて一番安全な所で、安全を確認しながら大声で人を嗤う。実に頭のいいやり方だ。
そして、その理屈を仲間に説明していない。
だからロラン達もリーダーとして一目置いているわけだが・・・
大吟醸たちには通用しない。
「――聞いたか?こいつら真っ黒だ」
大吟醸が囁いた。その手には遠話石が握られている。
通話先はマティだ。マティ・大吟醸間はギルドチャットで通話できるが、大吟醸が聞いてる音は伝わらない。そこで、使い捨てのマジックアイテムを使用して現状報告の代わりにしていた。
「抜けさせてもらう。もういいだろ?これからオプ爺さんを守らなきゃなんねぇんだ」
「――え?」
「判ってねぇなら言ってやる。オプ爺もノッツも恐慌状態で話もできねぇ――最悪だ。俺達はまたアイツの敵側に回っちまった・・・――だから!言ったんだ!あいつの目の前で人を死なすのはマズイって!」
「戮丸は死んだはずじゃ・・・」
生死不明。かりに死んだとしても復活は出来るが、ハイソウデスカと即座に動ける様なものではない。車に轢かれた様なものだ。痺れや痛みをとるのにも時間は掛かるし・・・そういう精神状態に自分を持っていくのも時間がかかる。
「戮丸をなめんな」
「―――幾らなんでも無理だ!」
「お前らにとってオーメルはそうだろう?うちらにとっては戮丸なんだ。最強ってのはな!――じゃあ切るぜ。先に謝っとく。ごめんな。多分生き残っても会話する気にならないと思うからな――」
そう言って大吟醸は通話を切った。切る必要は無かったが、切らずにはいられない心情だった。
「ノッツオタつくのは後だ。やれる事をやれ!」
「無理だ無理だ無理だ!俺らは殺される!最低だ!最悪だ!何もかも手遅れだ!」
「馬鹿野郎!やる事自体は変わらねぇよ!」
ノッツは大吟醸の言葉にはっとした。
それを見て大吟醸は声を和らげて言った。
「ゴマするわけじゃねぇが、俺らの出来ることをやるんだ。オーガの群れは俺達には土台無理だ。蘇生魔法の条件は?オーガのクソになった後でも回復できるのか?そうじゃないだろ?死体の損壊具合はどの辺りまで大丈夫だ?確保するべきじゃないのか?」
「あそこに突っ込めって・・・」
「それしかないだろ?・・・爺さん詠唱止めろ!覚悟だけ決めればいい。奴らには見せたくない!」
ダイオプサイトのシャウトは確かに強力ではあるが、単体攻撃でオーガ相手では大吟醸の心臓突きとさほど変わらない。それよりも、ダイオプサイトの技に群がられるほうが危険だと判断した。
言い訳的な行動より現状の回復。工場勤務の大吟醸には出来ることと出来ないことが判っていた。言い訳にプラスになる行動はクソの役にも立たない。二次被害を抑え、現状の回復と最終的なノルマ達成への近道を模索する。幸い、最近ノッツが蘇生魔法を覚えた。これは、【凶王の試練場】にとっては喜ばしいニュースだ。
―――それだけが命綱だ。
戮丸が怒り狂ったとしてもそれは戮丸の権利だ。それだけの戦いぶりはして見せていた。事情はわからない。全容を知れば大吟醸は戮丸に頭が上がらないだろう。
だが自体は一刻を争う。
「来いノッツ!爺さん!先ずは奴らに食わせるな!」
大吟醸は物陰から駆け出した。殺到しているオーガは津波のような列で何体と断じるには難しい。ただ、戮丸が築いた安全圏の分だけ距離がある。それだけが救いだった。
先頭の一体の肘を外側からシールドで弾き飛ばし、捻りあがるような体勢のオーガの脇腹から心臓へと突き上げ絶命せしめた。
ノッツはメイスで肩口を叩き引っ掛ける。ノッツに瞬殺させる技術は無い。端部に引っ掛け引きずり倒すしか無いのだ。当然筋力の差で投げられはしない。だが、引きずられる事も無かった。オーガの姿勢が潤沢ではなかったのが大きいだろう。
そこに、ダイオプサイトのハンマーが閃く。
――1秒。
戦闘中の一秒の静止は長すぎる。それには満たないだろうが、ダイオプサイトにとっては何よりありがたい時間であった。
オーガの頭が粉砕される。
「殺したほうが早いぞい!」
確かにそうだ。ノッツはオーガの死体を死体とオーガの間に投げ捨てた。それを見た大吟醸が意図を理解し、その上にオーガの死体を投げ捨てる。
死体をバリケードに使う―――
死体は意外に邪魔なのだ。スパイクの件で語っただろうが非常に良く滑る。それを敷けば、ノッツにも目が出てくる。
凶王の試練場は初撃に強い。それは裏を返せば持久戦に弱いと言うことで、マティがこの場にいないことが悔やまれるが、その意識は邪魔で振り払った。
死体は積み重なっていく。
ノッツは戦闘中も死体の状況を確認する。十人くらいのバラバラ死体だ。持って逃げるのは不可能だ。
頭の中で作戦を練る。どれも駄目だ。冷静に考えたいがオーガの猛攻がそれを許さない。
戮丸が一人で住民達を説得しながら守ったのがどれだけ人間離れしていたかが窺える。
必死だった。勝ち目など無い。そんな事は判っていた。現に本物の猟友会でも踏み潰されるような物量にたった三人で挑んでいるのだ。それにだ。あの偽の猟友会に敵対者として魔法で狙われたら、僕らには成す術が無い。まだ、困惑しているようだ。
現実に対処できない初心者と笑うべきか、感謝するべきか。
間違っても奴らに感謝などしたくない。
――さらに戮丸――
考えるだけでも鬱になりそうだ。それは全員がわかっている事で、だからこそソレを忘れるために獅子奮迅の働きをしているのだろう。
多分アイツはキレて潜っているに違いない。
遅くなりましたが、世界の設定資料を少しばかりアップしました。
基礎知識やまとめと言った内容で新規に登場するのは呼称くらいですが、よろしかったらそちらもどうぞ。