084 決まっている事
月曜分です
哀れなヒーローが現れた。
読者はどうせ勝つんだろと思うだろう。
彼の勝利は約束されている。
それは彼が知る訳ではなく、そういう物語なのだから・・・それぐらいは予想がついているだろう。
その事を筆者が指摘するわけにはいかない。読む価値がなくなるからだ。
だから、せめて彼の強さの内訳を話そう。
彼は無敵のヒーローだ。
決して報われない。
◆ 名も無き集落防衛戦 戦闘開始
宿の入り口にオーガが現れた。
どうする?
ここで戦う事を選択すれば、後はシステムがそれを判定し、もっともらしい現実が入る。
それが、アタンドットのシステムであり、初心者が体感する戦闘だ。この条件では10レベルドワーフでしかない彼は勝てるはずが無い。
意識と意識のぶつかり合いでしかないのだ。
次に中級者はその大きさやリーチが加味され、相手の行動に対しこちらがどのように対処できたか?に移る。シバルリ初心者もこの段階だろう。つまり、当たらない距離と時間が発生する。
それを利用すれば、回避率はグンと伸びる。リアルでもテレフォンパンチと言うもの聞いた事があるかと思う。
振りかぶるモーションを見れば何処に攻撃が来るかわかる。と言う理屈だ。言うは易しの代表的なそれは、まず経験の無い人間には出来ない。頭で理解しても身体がついてこない。それも言いすぎか。
振りかぶる映像を見ても、それは映像を目が受像しただけの事で見えていない。
だから反応も出来ないし、避けようと言う意識さえ発生してないのだ。
それを知っているから彼は訓練所を開いた。
彼は山ほどのテクニックを説明し教えたが、それも実は嘘だ。
間違ったことは言ってない。でも、本当に伝えたいことは先ず慣れる事。
その次に避ける意識を持つこと。
彼は決してその事を口にしない。そこから意識を離すことが重要だと思っているのだ。
「攻撃が来たら避ける。とにかく慣れろ。」
それで身につくのは元々才覚があるものだけだ。いや、身に付かないと言いきったほうがいいだろう。才覚があれば先ずそれぐらいはするし、身に付いたと思うのは自分が元々持っている才能に無自覚だった場合だけだ。
「―――今殴った手はどっちだ?」
そんな事訊く。ゲーム感覚だ。先ず最初に正解者は居ない。傍で見ていてはじめて判るレベルの攻撃だ。悔しがる訓練者を見ている観客がざわめくがそれを手で彼は制する。
これで訓練を開始できる環境が整う。
そして、訓練生は顔を上げる。顔も上げてない訓練生が多いのだ。
そして、殴られる。普通に殴る。これで訓練生は正解を答える。
殴り終わった姿を見て判断するものもいるが、隠す術は山ほどある。
一個一個課題をクリアしていくように訓練は続く、そして、訓練生はいずれ言う。全員必ず言うのだ。
「避けていいっスカ?」
たこ殴りにされているのだ。言うのは当然と言うもの。
彼は避けられるような攻撃しかしてないし、それでもそんなレベルでも使える技術が山ほどあるのだ。
これで、初心者はクリア。見て避けるソレが身に付いた。
彼に言わせればここが始まりだ。
これ以下の人間がダンジョンに突っ込んでいたのだ。正気の沙汰ではない。
時間はさほど掛からない。挨拶感覚で身に付くレベルの話だ。
そこから、安全地帯や訓練速度の上昇などに移る。
安全地帯というのは、右手の攻撃範囲を見てみよう。腰を回さなければ左肩の延長線上辺りで威力は消失する。外側90°までは威力がのる。それ以上も可能だが関節にダメージを与えるのでお勧めはしない。
では外に回りこむのは非常識か?
そんな事は無い。確かに攻撃可能ではあるが、力が逃げやすいし攻撃後が問題なのだ。その後の攻撃手段が無くなるのだ。
当然手を戻せば状況はクリアされるが流れは寸断される。
左右どちらに避けるか?左なら肩の延長線上を通り過ぎた時点で相手は腰を捩じ込まなければならなくなる。小剣の様な物を持っていれば脇腹に切っ先を添えておけば攻撃は出来なくなる。無理に殴ることも出来るが脇腹に穴が開く。
外側つまり右側に回り込めば、追撃は来ない。だが、その理由も良く考えてみよう。右腕が邪魔なだけか?いいや、これ以上右に加重掛けられない所もある。お勧めは盾で距離を詰める。おしこくってやるんだ。元に戻ろうと引いている所を盾で押してやったら吹っ飛ぶし、腕ごと盾で押さえ込んでやれば腹を好き放題できる。
当然後ろに引くもの手だが、次に繋がらない。
ケースバイケースだ。
そんな講釈から、攻撃範囲と状況が浮き彫りになっていく。
皮肉な話だが、彼は素手を含む戦い方を教えるが格闘技は全く教えない。格闘技は良くも悪くもスポーツとして特化された側面を持つ。それ故に弱いところが必ずある。その癖が身に付くのは良いものではない。
柔道など顕著なものだ。
開始して先ず襟を取りにいってしまう。顔面が無防備のまま。その癖に注意すればいいのだが、逆に顔面防御に意識がいったまま柔道をするのは危険だ。まず勝てない。
彼はノッツに伝授しているが、それは戮丸の手でバラバラに分解された柔道技であって柔道とは別のものだ。
借りにノッツが脳みそ腐った状態で柔道を始めたら、開始数秒で右ストレート一本で反則負けになるだろう。
・・・いや、幾らノッツでも柔道で右ストレートが反則なのは知っているだろう?
そして上級者は呼吸や重心などそれらを加味した世界で戦う。大吟醸がこのレベルだろう。力が乗る前に止める。そんな攻防が繰り広げられる世界だ。
戮丸は障壁を展開した。それは魔力や何かではなく、戮丸の意識の中にしかないものだった。
その障壁は戮丸が軽身功でチンピラを始末した武術セットの開始領域。
某マンガでは線で表現されたが、それは観測者からの視点での表現だと思う。施術者からの視点では障壁が相応しい。
この障壁に触れた瞬間、デスコンボが発動する。
その障壁の数10枚。
10通りの殺し方が現時点で出来る。このカードは当然見えないが判る者にはわかる。詳細はその者の技量による。観測が出来てはじめた攻防が始まるのだ。
当然オーガごときには判らない。ぼんやりと2種類程度・・・ソレが限界だ。
だが、判ってしまう。
場に大量のカードがまかれた事に
そして確認できるのは二枚だけだと言う現実に
その現実に1フレームに満たない時間の逡巡が生まれる。
その逡巡こそが戮丸が放った11枚目のカードである。
そのカードの効果は
カードがさらに倍に増える。
それは現実には無造作な一歩だった。しかし、【死】は倍に増えた。
その事実は目を塞いでもわかってしまう。
オーガは恐怖した。
このおかしなドワーフに恐怖した。
10レベルのドワーフに恐怖した。
戮丸はツバメのように障害物を掻い潜り背後に回りこむと、後頭部を鷲掴みにして巨体を引きずり宿を出た。
その時に一つ溜息をついたのは自分の馬鹿さかげんか。
いや、二十枚のカードを流した事に対してだろう。
両手のアトラスパームは青白い光を発する。重量無効と言う恩恵もオーガの純粋筋力には敵わない。だから引きずり倒した。
他にも敵がいればぶち込んでやろうと、だが、敵はまだここまでたどり着いていなかった。
―――捨て身の囮は功を奏しているようだ。
開いた手を胸に当てる。魔力の伝播が光となって戮丸を覆う。
宙へと跳んだ。
初老の老婆は力なく膝をつき震える手で祈りをあげる。
そのことは戮丸は知らないし、知りたくも無い。
もし知ったとしても、「大方暇なんだろう」と思うだけだ。