081 執念の彼岸
月曜分です
旅団の反乱により、女王ヘルガと騎士リーゼは軟禁された。貴族たちは抵抗の意思を示したが、旅団メンバーに敵うはずもない。それでも、私兵を集めれば何かしらの形にはなったのだがソレを許さぬ早業だった。
これは計画された戦闘だった。伏兵は街の随所に配置され同時多発的に摘発が行われた。
住人にも国が滅んだことを気付かせなかったのはオーメルの技量の成せる技か・・・
『今日は兵隊さんが多いな』
そんな感想だけだった。そんな思惑も、壁外の難民という現実が押し流していった。
普段と代わりのない日常が、ディクセン最後の日であった。
そんな長閑な風情もこの人【赤の旅団】団長のオーメル・タラントには何処吹く風と言った風であった。
それもそのはず、国一つ滅ぼしたと言う事実より、山のような作戦立案書を実行に移すほうが彼には重大事だったのだ。
作戦立案書は以前からオーメルの前に降り積もっていた。直談判に怒鳴り込んできたプレイヤーも多い。
猟友会【枯山水】もその一つだ。ディクセンから集落が消えている。その首魁はクラウドジャイアントとアサルトドラゴンを手中に収めている。これの打倒に力を貸してほしい。
今までの経緯軋轢は有った物のそれらを跳び越えて協力しなければならない事案だということはオーメルも理解はしていた。
ただ、オーメルの視点では情勢が見えすぎる。その巨大戦力は何のために用意された?誰が?そう考えれば、いたずらに手を出すのは内政干渉と言う武器を相手側に与えることになる。
実行犯はいたずらな輩に相違なかった。
だが、後ろで糸を引いているのは?
その目的は?
討伐は巨大な警報になる。
オーメルにそのカードは切れない。
戦力を奪ってから罪を明るみにし、被害者の救出では遅すぎる。
幸い・・・案の定、戮丸は良くやってくれた。あの特大の地雷原を踏み抜くハードラックは、ここでもオーメルの役に立った。
後は、その戮丸を救命胴衣としてディクセンに投げ込む。
そこでやっと【赤の旅団】は本気を出せる。
そのはずだったのに・・・
しかし計画の修正はもう出来ない。
国を一つ滅ぼしてまで手に入れたチャンスだ。
このディクセンの犯罪者を一掃しなければ割に合わない。
計画の成功報告は次々にオーメルの元に告げられた。
この事を外部に漏らす訳にはいかない。オーメルの乱心程度で済ませなければ・・・
ディクセンは過疎エリアだ。オーメルの戒厳令によってケイネシア系のプレイヤーはほぼいない。その上で、居合わせたプレイヤーには個別に説得に当たっている。
ほぼ組織と無縁なプレイヤーはオーメルの一斉検挙に難色は示さなかった。現状は雄弁に物語っている。ディクセンが救いようが無い所まできているのは、共通認識になっている。
懸念は銀だ。大手クランに繋がっている。政治ゲームのカードに状況を利用される訳にはいかない。
「・・・酷いものだったよ」
銀は救出部隊に同行して感想がこれだった。現状把握にはこれが一番だろう。後は情報を金剛にあげないように言い含めて。
金剛はゲームと捕らえ過ぎている感が強い。確かにその通りだ。これはゲーム。だが、そう捕らえ過ぎるのも問題だ。
ゲームはまず、是とすることから始まると思っている。
その上で決断を下す。剣道であれば竹刀は刀。ゲームだから・・・スポーツだからと放棄してしまっては始まらない。評価する地平に立っていない。
それを差っ引いてもこのゲームには何か違うものを感じる。
とてもAIとは思えない。ただ、どうであれオーメル個人が指標を変えるには至らない。金剛は危険だ。それは変わらない。
救出部隊は難航を極めた。制圧にはそれほど時間はかからなかったが、救出に難があった。
―――価値観が崩壊した。
これは救出隊員の報告書の一文だ。
救出し、治癒を施したとたんに被害者が暴れだした。
被害者には二種類いた。
まずは薬物で精神を破壊された者。残念ながらこの種の被害者に伸ばす救いの手は持ち合わせていない。現在鋭意検討中だ。
もう一方は、肉体を限界まで破壊され、その事によって精神汚染を受けた者。
酷い有様だが一例を記す。
生存に必要な内臓器官だけを袋詰めにされ、縦に半面の仮面をつけた美しい女性。当然手足はない。
そして、その仮面の下には何も無かった。
目は刳り貫かれ、鼻は削がれ、舌は抜かれ、歯は砕かれていた。
女性は仮面を取られるのを酷く嫌がった。
知らない隊員が外してしまって大騒ぎになったが、叫ぶにしても、噛み千切るにしても、舌がないのだ。最悪の自体は免れた。
―――理性はあった。楽しむために残したのだろう。
隊員は涙を飲んで救出した。即座に【四肢再生】をかけさせたが・・・それは最悪の判断だった。
―――隊員は回復した美女に殺された。
喉元を噛み切られたのだ。他の隊員が取り押さえて眠らせた。復活した隊員に話を聞くことが出来たが、酷い憔悴を隠せなかった。
「無かった事にするな」
美女の言った言葉だ。説明するのも嫌だが・・・
両手両足、半顔を奪われ、嗤われた。その証拠が綺麗に無くなったのだ。治ったからいいと言う問題ではない。
「ホラ、魔法で綺麗に治った。元通りですよ」
安堵させる為の心からの言葉は、度し難い―――万死に値する言葉となった。
オーメルは大きく息を吸い込んで震える息をゆっくり吐いた。これは一例に過ぎない。隊員にも褒章を考えないといけないな。どんな対価でもつり合うとも思えないが・・・何もしなければ隊員の精神衛生上の問題に繋がる。
「こういうのは戮丸が得意なのだがな・・・」
その言葉に銀はキレた。思いつく限りの罵倒をオーメルに投げかけるが、オーメルは涼しい顔で受け止めた。
実際、胸がすく思いだった。
この異常な環境で真っ当な罵倒を叫ぶものがいることは救いだった。
「実際、現状が最速なのだよ。それでも遅すぎたと思うがね」
「オーメル・・・」
「奴には経験がある。似たような経験がリアルでね。リアルは当然魔法なんて救いはない。その状況に、警察でも医者でもない一般人で居合わせた経験があるのだよ。戮丸は」
「・・・酷すぎないか」
「酷い?何を判り切った事を?現状で優しさなんて何の意味がある?私は当然酷い人間だ。だから、最速最短最上のカードを切る。ソレが戮丸だ。やつは慣れている。私達が出来ないと放り出した手で綺麗に一掃してくれる」
「じゃあ、それをあんたがやるべきじゃ無いのか!手管が判っていて気に入らない仕事は丸投げか!」
「残念ながら、練度があるのだよ。残念ながら・・・いや、幸運と言うべきか?そういった事にかけては私も君も戮丸には遠く及ばない」
「それは逃げ口上だ!」
「いいや違うね。私は見てきたよ。当たり前以上の結果を求めた戮丸の背中を。・・・あの執念の塊を越える手管があるというなら是非とも拝聴したい」
その目には・・・銀が口にしてはいけない何かがあった。
思い起こせば、オーメルは戮丸の代わりを果たそうとしていなかったのか?
シバルリで、『役どころが逆だ』と戮丸が言っていた。
思い当たる節は山ほどある。元々ポリスラインもどちらかと言えば戮丸側の発想だ。
この男は、この男なりにもがいていたのだ。
「今はどうしている?」
現状での隊員の進捗は聞いた。それでも状況が気になる。
「シャロンが頑張ってくれている。何でも似たような経験があったとかで、旅団メンバーは尻込みしているよ。ショックが大きすぎた」
――――!!!
「ふざけるな!その似たような経験から一月と経っていないぞ!」
今度激昂したのはオーメルのほうだった。
「仕方が無いだろ!手の施しようが無いんだから!」
「―――俺が行く。【四肢再生】ぐらいなら俺でも出来る」
「そういう問題じゃ無い。男じゃ駄目なんだって」
「どうとでもするっ!」
「それでも駄目だ!お前は征服者なんだ!こんな事で動くな!」
「『何がこんな事』だ!・・・」
理解は出来るがすれ違う。喋れなくなった夏樹。実際深刻な状態だった。
現状を医者は奇跡と簡単に言ったが・・・戮丸の行なった博打が功を奏した。
あの野生が無ければどうなっていたか?
こんな時だけは奴の嗅覚が妬ましい。
原因を嗅ぎ分け、飛び込んでめちゃくちゃやって何だかんだで解決した。
それを見て嗤っていれば・・・それに釣られて奴も笑った。
「そういえば戮丸の奴はどうしたんだ?」
「アンタが殺したんだろう」
「それにしたって遅すぎる・・・怒鳴り込んできて俺が死んでなければいけない時間だ」
銀も唖然とするほどの丸投げスキル。
やっぱりこいつら怖い・・・