080 浴場会議「ディクセンの末路」
金曜投稿分です。
「そして、これから訪れるディクセン崩壊を止めるのは戮丸でしょうね」
「・・・あの件ですか」
「あの件というのは?」
アリューシャとガレットの意味ありげな会話に巴は訊いてみた。話が微妙にずれている気がする。
「ディクセンは崩壊します。【猟友会】とは関係なく」
ディクセンの命脈は尽きている。
エイドヴァン全ての貴族が見捨てたのだ。
エイドヴァンでは定期的に大規模なモンスターの襲撃がある。
定期レイドと言った所だろう。ゲームである以上ある一定のイベントは必要不可欠となる。
冒険者達はこの機会ばかりは狩りに興ずる。
ドロップは設定されるし、大規模なクエストが発布される。この期間ばかりは他のMMO同様にキル数が競われる。
普段、逃げ回るのが基本スタイルの―――ここの住民には新鮮なイベントだ。
もちろん、デスペナルティは重い・・・いや、痛い。
今回のイベントだからちょっと車にはねられて・・・ゲームでそれは有り得ない。実際それ以上の痛みを伴う。
だから、準備は万全を期す。
他のゲームのようにタンクで止めて総力戦というよりも、罠に誘導して一気に殲滅するといったお祭りだ。だから門前防衛戦等はほとんど敗北確定の窮地となる。
イベントは都市部へのモンスターによる襲撃という形をとるので対策は取れる。
クラン総出で行われるイベントが年に3回。ゲーム内時間で年一回発生している。
「じゃあ、ディクセンは対応が出来ないって・・・今までどうしてたの?」
「ディクセン防衛は各勢力から派兵という形で行われていたの」
「各勢力に見返りは?」
「実質ありません」
ディクセン領内の褒賞はディクセン王家が負担してるが、そんなに余力のある戦いではない。そんな中防衛を主張していたのがエトワール家なのだ。当然、他家から不満は続出する。
自領の危機に他所に派兵など正気の沙汰ではない。と―――
「それでもお爺様は主張を続けました。その不満を払拭するために出兵されて・・・」
――命を落とした。
その背景から貴族連はディクセン派兵の取り止めを正式に決定した。
「冒険者は反対しなかったの?」
「反対どころか参加したくないと言ったのが冒険者なんだよ」とキスイ
その背景にはディクセン貴族の腐敗がある。ディクセン内での貴族領はほぼ廃墟だ。集落と言っても難民のコロニーでしかない。
そこで、貴族は廃墟の防衛を命じた。集落を盾にして、これにはプレイヤーから非難の声が上がったが、スポンサーは貴族だ。
さらに連合軍にも問題がある。ただでさえ多国籍軍な上に、指示系統は現実を知らない人間。さらに土地勘の無い僻地。横の連携も何もあったものではない。
何しろ、多国籍軍は支持が土地勘、戦術に則った物かも判らないで闘っているのだ。
そんな中、人道的にありえない難民を囮にする基本戦術。
―――もう何も信じられない。
「・・・醜惨な戦闘だったと聞きます」
ミシャラダは肩を落とし言った。
「だから大手クランの上層部も貴族連の決定に反論できなかったのよ。中には、この悲劇をエイドヴァン全体の民意の方向転換にと言う案が・・・残念ながら一番現実的なのよ」
つまりだ。ディクセンの悲劇を忘れるな!という基本方針が既に走り出しているのだ。
「戮丸さんなら黙ってないはず」
「だから、オーメルの案に従って黙っていたんだ。ディクセンの惨状を肌で感じて貰うしかない。あたしだってそう思う」
キスイは悔しそうに言った。
旅団の考えでは、戮丸にシバルリを中心にディクセンを任せようと言うものだった。ただ、戮丸の実力を知っているのはオーメルだけだったので、他のクランは現実味を感じていないのだが・・・
銀によるサンドクラウンの接触は幸運と言える。共同歩調を銀は考えているが、クランリーダーの金剛は違うみたいだ。
貴族連の中での発言権の増強の為だろう。なにやら動いているのをアリューシャは掴んでいた。
猟友会の件も滅び行くディクセンの資産を少しでも有効活用するために貴族連の中にスポンサードしている者もいるらしい。
つまり、ディクセンの財宝はいずれ市場に流れる。ならば、安定供給がコントロールできる現状が望ましい。ルートを持った貴族に限った話だが―――
他にも、人肉商売の工場や施設・一時預かり所・ルート。
裏に表に大騒ぎだ。
ディクセンにそういった拠点を構えていた者は遅延工作に走り、逆に前倒しして一網打尽を狙う組織もいる。それは、決して善の組織ではないが・・・旅団がその辺に絡んでいない確証もない。
ポリスラインの一斉摘発は前述の富の横取りになる。
実際、どうかは関係ない。そう見えるのだ。
「纏めて見ると悲惨な話だよな・・・欲のままに好き放題めちゃくちゃにして、そこの住民が死ぬのがやだからって戮丸に丸投げ・・・無視しちまえばいいんだ」
「戮丸さんは既に多くの難民を率いているそうですよ」
ガレットは心配そうにアリューシャを見上げる。アリューシャはにっこりと微笑んで・・・
「困った人ですね。放っておいても【危険の座】に座ってしまう人なんですよ。あなたの騎士は・・・」
「【危険の座】?」
「どの騎士団にもあるそうですよ、資格無き者が座ることあたわずの呪われた椅子が」
【危険の座】それは最高の騎士が座る席で、アーサー王伝説の円卓の騎士では13番目の席でそこに座するはガラハッド卿。
マイナーな騎士ではあるが、文句なしに最強の騎士だ。
父はランスロット卿。最強と言えば普通はこの人だが、武勇でも父に引けは取らなかったらしい。
母はエレイン。諸説紛々だがエレインがランスロットに魔法をかけもうけた子供がガラハッドだ。
エレインは複数いるとされるが、筆者はランスロットとエレインがいて、その伝説が伝承の途中で複数に分化し、再統合されたときに別人として扱われるようになったと思っている。
ランスロットに呪いをかけた魔女エレイン。発狂したランスロットを介抱し、死を持ってその愛を証明したエレイン。その強すぎる愛ゆえに魔法をかけガラハッドをなし、隠遁の生活を選んだエレイン。
おんなじ名前の女に何度躓いているんですか?ランスロット卿。
ちなみに母親の名前もエレインだったりする。
そして、そのガラハッド卿は聖杯を手に入れた。
話は横にそれたが、それに似た寓話がアリューシャのいた世界でもあるのだろう。
そして、今の状況を【危険の座】と評したのだ。
「信じてください。貴女の騎士は私たちのマスターなんですよ」
◆ 戮丸死後会議室
書棚に囲まれた部屋。大きな窓から光が差し込み、その明暗を濃くしていた。
本の背表紙に血が飛び散る。
――人が死んだ。
我々の世界より死に近いとはいえ、突然目の前でソレが行われれば息を吞むくらいの事はするらしい。
オーメルは血を拭い剣を鞘に収めて一礼した。
「交渉の余地は無いようです。無駄にその身を散らす事はないでしょう」
――?
オーメルの言葉がリーゼには判らない。
「・・・失礼。貴女は殺される所だったのですよ?」
動きは自然だったが、戮丸は異常なまでの殺気を放っていた。普段、殺戮に縁遠い貴族達ならともかく、衛兵や銀に判らないはずがない。出入り口につめていた衛兵は目を見合わせ頷きあう。
彼らでこそ判る。
突然すぎる事だったが、オーメルがリーゼを助けた。
そのこと自体がリーゼには判っていない。
「何故私が殺されなければ・・・?」
銀は半眼で天井を見た。
駄目だ。
ご愁傷様。
今オーメルは殺させれば良かったと後悔しているのだろう。
戮丸の殺意から説明しなければならないのか・・・
戮丸の身体の分解が始まった。
飛び散った血も乾いたペンキのように剥がれ、光へと昇華していく。
―――綺麗だと思った。
会議場の扉が開き旅団のメンバーが雪崩れ込む。貴族たちは次々に捕縛されていく。その様子を呆然と見ていた。
貴族たちは抗議の声をあげるが、旅団兵は取り合わない。
何故自分達が捕縛されるのか?判ってないのだ。
否。判ってはいる。ただ、その理由がバレている筈がないと思い込んでいるのだ。
銀ですら、証拠はつかんでいる。オーメルならなおの事だろう。
ディクセンは沈む船だ。真っ先に逃げ出せばいいものを・・・いや、常識的な判断を下せるものはすでに愛想を付かせたか。
元より、首都以外が全て国の管理下を離れていると言う時点で異常すぎる。
そしてその豪華な衣服は何処から来たか?
忠誠心、愛国心。薄ら寒い言葉だ。
産業のない国。ディレッタントで説明が付く限界は当に過ぎている。
国や人や尊厳や信頼を切り売りして来たのだ。
そしてその子供のような嘘を上手く付けていると錯覚している。
ゴメンナサイで済ませられる次元ではない。
オーメルが分厚い書類をヘルガの前に置いた。
「ご確認ください。逮捕状です」
ヘルガの顔は蒼を通り越して白へ・・・可愛そうな位に色を失っている。
多分最大の被害者だ。知らなかったのだろう。
いや、薄々感づいてはいたが知ることを許されなかったのだ。
リーゼは抗議の声を挙げる。まだ、その幻想を信じている。
「現時点でディクセンの制圧が終了しました。今後は【ディクセン王国】は【赤の旅団】が管理下に入ります」
オーメルの宣誓が無情に響いた。
また来週。