078 姫と大熊とお風呂
入浴中
「あら」
その言葉は新たな人物達を連れて来た。アリューシャ・バーフォートとガレット・エトワール。二人とも白磁の肌に白に近しい金色の髪と黒よりなお暗い黒髪。対の人形を思わせ・・・
・・・年齢に差が有りすぎた。アリューシャは大人といって過分の無い体躯をしているが、細すぎる若さが残る。ガレットは幼児体型というには縦に伸びすぎている。
貧相な体躯というには若干の語弊がある。むしろ発育はいいのだろう。実年齢にしては・・・その発育も身長と言う形で現れている。
二人の裸体は美しい。倒錯的な魅力が巴の目を離さなかった。
同性だというのに独占欲を刺激する。
「・・・あ、あの」
巴は声を発するが、意味を成さない。何処かに中身を置いてきてしまったようだ。
「お邪魔しますね」
そう言って微笑むアリューシャ。普段の〈中身は芸人〉という残念ぶりは微塵も感じさせない。
「し・失礼します」
ガレットは人形のような印象を何処に置き忘れたのか?顔が真っ赤だ。少女らしい反応を返す。湯気に満ちた浴室でなお湯気を上げんばかりだ。
「あ・・・あの・・・殿方が居るとは・・・」
「大丈夫!付いてないから!」
「・・・トロイ・・・」
巴は額を押さえた。
「ではディクセン入りは済ませたというのですね」
「今頃女王陛下と謁見している頃合かと・・・」
巴の問いにアリューシャが答えた。戮丸情報だ。目下気になる情報だ。アリューシャがどういった情報ルートを持っているか判らないが素直に甘受した。
「先日のバンパイア討伐は大吟醸様たちが成し遂げたと伺いました」
ガレットは明るいニュースを巴に伝えた。
ガレットという人物は若い。幼いといってもいい。
最初は気を張っていた。事実上エイドヴァンで一番偉い貴族の唯一の生き残り。当然といえば当然だろう。
祖父の死後、崩壊は留まる事を知らず、ガレットのみが生き残った。オーメルという協力者が居たが、全てを預ける訳にはいかない。エイドヴァン全域の覇権を与える事を意味する。
当然、ガレット一人保護したところで転がり込むほど安いものではないが、オーメルは覇権に近すぎた。頼るにしても限度がある。
だが頼れるものなど居ない。まだ、社交界にも顔を出していない年齢だ。人脈など無いに等しい。・・・いや、人脈はあった。親族の繋がりだ。だが、それを【無い】と断じてのけた判断力が今日の命に繋がっている。
当然専属の騎士も居ない。憧れはあった。
子女が思うような白馬の騎士というよりも、単純にスーパーマンの方がいい。
どんな苦境でも颯爽と現れ、笑い飛ばしてしまうそんな無敵の騎士。幼いガレットにはそっちの方が理想だった。
そしてその理想の騎士は現れた。戦いぶりは人間のそれではない。ゴムまりのように跳ね飛ばされては、ゴムまりのように反撃に移る。何よりもオーメルの攻撃に反撃できた時点で驚きだ。
鷹揚に笑うが、その目は全てを見透かしている。
内心悔しかった幼少期。いたずらに騎士を付ける訳にはいかない複雑な家庭環境で、もっぱら騎士自慢は貴族子弟の定番の話題だった。
ついに手に入れた。
自分の苦境は、それはそれ―――で単純に嬉しかった。
そして決心する。戮丸が誇れるような立派なお姫様になろうと・・・
そんな喜びもつかの間、戮丸はシバルリを後にする。
プレイヤーは判ってるのだが、ガレットには納得がいかなかった。
戮丸の名代が次郎坊なんてコソ泥だなんて!
そして、ガレットはグレた。
・・・というのは言いすぎだが、着込んでいたネコは盛大に破り捨てた。
ごねる・駄々をこねる・機嫌の悪い日は朝食を食べない。
ガレットは想像するだに恐ろしい蛮行の数々実行し、次郎坊を困らせた。
大人のアリューシャと子供のガレットに挟まれ、周囲のものに爆ぜればいいのにとまで言われ、次郎坊は余裕で笑っていた。
それがエスカレートの起爆剤になっているのに、油田火災にニトロのバケツリレー・・・取りあえずやめとけ。
次郎坊は率先してシバルリを案内した。
彼曰く「安全面はシバルリの売りだけど、厳重警戒は無理だから田舎セキュリティに頼ろうと思う」
取りあえず、顔を売って非常時に対処してもらう。戦闘力が異常に高いシバルリ住民の特性を生かそうという方法だ。さらにガレットは容姿にも秀でたものがある。アイドルにしてしまえばいい。
楽観的にも程がある。
ガレットの日常は変わった。
次郎坊を廃して戮丸の復権。この意見に同意を示すNPCは妙に多い。NPC全員の総意といっても過言ではない。
ドワーフを焚き付けて、次郎坊にぶつけた。
ドワーフ勢轟沈。
次郎坊はひょろっとした印象だが、妙に強い。ドワーフ勢から「もう戮丸じゃ無いと無理」と泣きが入って、PC勢が笑い転げた。
次郎坊は困った顔をしている。
他にも、恐ろしい策略を展開したが次郎坊は全て乗り越えた。実際はかなり困ってはいたが、周りの住人が喜怒哀楽の激しいガレットに萌え始めていたので「まぁよし」としていた。
今は次郎坊も居ない。ガレットが住民に「次郎は?」と聞いて回るのが今や風物詩だ。当然「名代をおおせつかってサボるとは太い奴です」と続くのだがね。
直近の護衛はミシャラダとキスイだが、住人達の方が馴染んでいる。暇な冒険者が子守を買って出るし、その冒険者は町のおじさんやおばさんに見張られている。微妙に鉄壁の田舎セキュリティ。
それでもこうして、共同浴場に顔を出すのは珍しい。
流石に不在とトップチーム不調の空気を読んだのだろう。
戮丸は謁見後こちらに向かうらしい。到着は一週間後くらいか。難民を吸収して、千人にも届く大所帯なっている。ディクセンの建て直しを兼ねた話し合いがもたれるだろう。
難民はシバルリに吸収できそうだ。外周部の開発はNPCと旅団の協力で進んでいる。ドワーフが居るのがやはり強い。
厩などは穴の外部に建造している。シバルリの立地から匂いが篭るのだ。その延長で家畜などの設備も作られている。
シバルリ内のは既に保養地の様相を呈している。公館の前に広場を設け、演武台を設置。右手に酒場。左手にパン屋が出来ている。
パン屋と言っても小規模なものではなく。かなり大規模な食堂だ。
次郎坊の注文で作られたパン屋は【大熊】と名付けたかったそうだが、【ビックベア】に改名された。
小麦粉と薪は毎日供給されている。【ご自由にお使いください】とのたて看板もされている。極端な話パンを焼く手間を惜しまなければ飢え死にはしない。
それで、何処がパン屋なんだ?との声が上がったが、俺達素人作ったパンでお金は貰えないだろう?と返答。
当然、そこで作ったパンを売ってもいいのか?との質問があったが、買い手が居ればな。と答えた。
不思議な事が起こった。薪代と材料費がただなのだから人が集まる。何故か増えているのだ。材料が。
真新しいたて看板と野菜や肉。小麦も追加された形跡がある。
ビックベアでは熾烈な生存競争が静かに繰り広げれていた。材料は同じ、使う道具も同じ、ならば上手いものが生き残る。上手いものの作には当然金が支払われる。そこに料理好きやリアルパン屋が乱入する。競争は激化する。
当然、弱いものは消えていく。消えたくないものは知恵を絞る。
知恵を絞るのは消費者側もだ。
いかに旨くてもパンはパンだ。限界はおのずと訪れる。
ぶっちゃけ飽きる。
野菜や肉を持ち込み、禁断の原価設定し勝負をかける料理人が、当然出る。だが、そういった横の工夫に走るもののパンは劣るのだ。
出来れば、パン作りがうまい人に作って欲しい。
そして、飯テロに至る。消費者が材料を放置。
それに警戒する料理人。
【君ならどうする?】
そんな挑戦状。人は頂を目指す――
【ベーカリービックベア】そこは食のバトルパラダイス。
原価競争は全てのものが行う。そこが最低線だ。
材料の鮮度とパンの精度に走る正統派。
揚げたり、料理に手を加える。邪道派。
それでも出る。残飯を再利用する。救世派。
パスタを練り、スープスパを作るガルド・・・
・・・ってパン作りなさいよ。
そう、材料を放置すると訳のわからないが旨いものが出来て、料理人が食ってる。
その瞬間の見逃すな。
すかさず叫べ『ひとくち』
旨かったら『金はあるんだ』
【ビックベア】には料理人もお客も等しく戦っている。
暑苦しい。
そう感じた人は屋台を建てて独立する。
次郎坊が何を考えていたかはわからない。――が機能している。
屋台が建つ事自体は想定されていた。広場はそれだけのスペースが十分にあった。食事の屋台が建てば、それ以外の店も軒を並べる。
当然、ドワーフに頼んで立派な店を構えたものも居る。
演武台の上では腕自慢が戦っている。
広場にはテーブルや椅子が並べられ、オープンテラスの装いだ。
シバルリは賑わいを醸し出していた。
ホント長湯だよね。って一分経ってないんじゃないか?
次回水曜日7:00