076 ラストアタック12 要らない最善
風邪引きました。皆さんは気をつけて。
最強と信じてきた何かは最強ではなかった。
負ける筈が無い。その筈の・・・
・・・その筈ってなんだ?
この世にある全てのものがオンかオフで存在する。そのスイッチを切り替えあう作業。そんな物に〔筈〕なんて保障があるとは思えない。
―――今はそう思う。
その私のスイッチには手が届かないと思っていた。
――認めよう。それが過失だった。
彼らはそこに手を伸ばし触れた。
その方法が知りたかった。
今になって思えば馬鹿らしい。
生きたいと実感した。間違いなく今、九死に一生を得た。
這いつくばって惨めに許しを請う手もいい。それを私は笑わない。いや、笑えない。そういう相手だ。
憎しみと侮蔑を捧げても足らない。
尊敬や親愛でも足りない。
命やこの身体でも足らない。
何もかもが足らない。
こんな気持ちは初めてだ。
何を捧げればいい?
身体は生きたいと叫び。
心は勝ちたいと叫ぶ。
矛盾した感情が全ての線になり、私は剣を構えた。
なぁ君ならどう思う?
こんな素晴らしい敵たちを愛さずにいられるか?
しかし、現実は常に残酷だった。
賢者は語る「すまない・・・本当に・・・ネタ切れだ」
目の前が真っ暗になった。
◆ 置いていかれた戦士と種明かし
「・・・嘘でしょう?」
私の声は震えていた。ノッツはうなだれてダイオプサイトに呪文をかける「マティごめんね」そう呟く。マティは上半身を起こすのが精一杯の様子で苦笑いで「いいって」と返している。かけた呪文は【小回復】で止血を終えた。
この呪文が、私を縛り付けた呪文。
止血が精一杯の呪文で私の命に王手をかけた。
嘘だと思いたい。だが、殺せた。
―――あの瞬間だけは殺せた。
胸元を見る。塞がってしまったのが残念だ。
「この目は?」と聞くと、ノッツは目の辺りを摘み引き抜く動作を返してきた。その動作を真似てみたら、闇の塊が取れた。
「睫毛だよ」
呆然とその球体を見つめる。
これが目の前にあっただけだ。
ボールや蓋のようなものであればわかった。見えるからだ。実際この闇の固まりは見えていた。だが、呪文は自然に反した存在。闇に表面の照り返しや輪郭は無い。隙間から光が差し込んできたとしても、その光自体に形が無い。
目には闇しか映らない。
私は掌で呪文を昇華させる。
――一本の毛があった。
「賢者よ!貴方なら何かあるでしょう!」
「よしてくれよ・・・ガラじゃ無い」
ノッツは両手をヒラヒラさせて力なく答える。
「勇戦を評してダイオプサイトだけは見逃してもらえないか?」
マティの提案だ。ノッツは苦笑い・・・
「止せよ!俺はやるぜ!」
その声の主は大吟醸だった。その声に希望を見て視線を泳がせたがそこには絶望しかなかった。
「大吟醸・・・傷だらけじゃ無いか・・・」
「爺さんは殺させねぇ!」
その言葉にノッツとマティの総身に力が走る。だが、駆け抜けただけだった。
大吟醸は顔面血まみれで、落下した際に自分の剣で膝を縦に切ってしまったようだ。足を引きずっている。そして左腕も盾を打ち砕かれ、仕込み剣まで失って、腕は異様な色をしている。動かないのだろう。そして、右手の剣も曲がっている。
もう見る影も無い。
「爺さんいつまで寝てる!今のうちに逃げろ!」
「無茶を言うな若いの」
「何言ってるんだ復活できないのはアンタだけだ。帰って待ってろ!ノッツ。付いて行けてめぇなら何とかできんだろ!」
「すまん。俺は戦えないが・・・盾ぐらいにはなれる」
マティがよろよろと立ち上がる。魔剣に呪われて手から離れないようだ。ふるう筋力はもう無い。錘突きの手錠をされているようなものだ。
片手で短剣を抜き放つ。マティは逃走メンバーにはなれない。
「大吟醸。どう動く?」
「プランBだ」
その言葉にグレゴリオは希望を見たが、ノッツが呆れている。
破れかぶれといったところか。
ノッツは思案しては頭を振る。脱出案を考えているのだろう。それさえも出てこないのだ。回復魔法を使わないのは本当にネタ切れなのだろう。残念だ。
グレゴリオが呪文を唱えた。全員の傷がいえる。完治には及ばない。【大回復】よりちょっと劣るぐらいの回復力だ。
「邪魔が入ったことですし、引き分けで手打ちというのはどうでしょう?この意味が賢者にはわかりますね」
グレゴリオの提案だった。
賢者と呼ばれる事に抵抗があるが、わかってしまった。先の呪文はグレゴリオが先の瞬間に用意した伏せ札。逆転使用で全員を退けた可能性があった。結果は分からない。再現してみようとは思わない。お互いに手の内を晒してしまった。
同じ戦いはもう無いのだ。
伏せ札をめくる。場は流れた――
この呪文で、戦闘の終焉は顕在化した。宝は半々で分け幾つか言葉を交わした。先のことを気にしていたので説明して納得してもらった。
一撃で岩壁を粉砕したのを納得といえばだが・・・
武器は交換した。マティの呪いはグレゴリオの血で解けた。
「本当に要らないのですか?」との質問に「スタイルじゃ無いんだ」とマティは答えた。
別れの際にグレゴリオはケティス風の別れの言葉を投げかけた。
「この首を落とすのがあなた方でありますように」
その言葉を聴いてしばらくその意味を考える。そして、四人は同時に返答を送った。
『やなこった』
グレゴリオはその言葉の意味を暫し考えて、苦笑いを残して去っていった。
◆ リザルト
「い・・・生きとる・・・」
「・・・濃かった」
マティとダイオプサイトの言葉が全てを物語っていた。場所は宿の個室。冒険は終了した。
特にグレゴリオ戦は距離が噛み合ってしまったら、即死亡のぎりぎりの戦いだった。グレゴリオの攻撃がまともに当たったのはダイオプサイトが【重傷】を喰らっただけだ。それだけでも、戦況は学理と傾いてしまった。どれだけ神経をすり減らしたか判ってもらえるだろう。
「寝るなよー」
「・・・ザ○ハ頼む」
「・・・おれは目がシャキ」
「・・・わしはお目目パッチリ」
・・・爺さん・・・
お宝の分配や明日の話もあるが、まずは飲みだ。これをやらずにダンジョン終了とはいえない。ノッツはリクエストに答え【覚醒】をかける。自分にもかけているのだから限界だったのだろう。
「お待たせしました」
「いや、まだ頼んでないんですが?」
「運営様からです。なお本日限り食事とお酒は無料で追加できますので遠慮なく申し付けください」
「ウンエイ?」
「【カルト】【バンパイア】【ダークロード】のアンロックに成功された副賞だと思えばいいさ」
――ガルド!!
いつの間にか背後に立っていたガルドがそう言った。
「どういう意味だ」
「どうもこうもない。そのまんまの意味だ」
【カルト】は宗教の存在。これを機にモンスターも含め、宗教構造がこの世に現出した。それに対しての副次効果は様々あるらしいが、今の時点では秘密だそうだ。
【バンパイア】は今までこの世界に存在しなかった。マティの読み通り相当に厄介な構造があったらしい。だが、今回グレゴリオとノッツたちの働きでその中心部の破壊に成功した。今後、モンスターとしてバンパイアは出現するが、大幅な弱体化が予想される。
「グレゴリオの手柄だろう?」
「結界を破ってなかったら、グレゴリオでも勝ち目は無かった」
「――あの心臓か?」
「その辺は想像に任せる」
【ダークロード】はモンスターの階級。マジシャンやファイター等の区分は今までも有ったが、今回から支配層のモンスターが登場するようになった。
「ゴブリン王とか?」
「その辺は探索してくれ。当然それに見合った能力を持ってるから気をつけて」
「何で今になってそんなに一気に開放したんだ?」
マティは首を捻る。アタンドットはオープンから一年の月日がたっている。当然、ハイエンドプレイヤーもごまんといる。
言ってしまえば初心者に毛の生えた程度の自分達にアンロックできたのが不思議でならない。
「もしかして、探索に時間をかけ過ぎた・・・?」
「さぁどうだろう?ただ、お前さんがたが最初に開放したのは間違いないよ」
「どういうことだ?」と大吟醸。
「だから、このダンジョンも時間制限付きだったって事だよ。攻略組みは徹底してクリアリングしてからクリアする。僕らのようにクリアだけ出来ればいいやって突っ込むことはしなかった。だから・・・」
「ずるずると蓄積していって、キャリーオーバーした・・・と?」
「じゃあ、何か?これからは初見タイムアタックが必要になるってのか?」
「いや、元々そういうゲームだったんじゃないか?僕らがロープレに慣れ過ぎているだけで・・・」
――何と言う死亡遊戯。
「まあ、そういう事は喰いながらにしないか?めったに喰えない物ばかりだぜ。今回は褒賞だから特別なんだ」
ガルドの言葉に「そういうものか」と口に運んだ。
――ヤバかった。
「一口喰って心臓止まるかと思うほど旨かったのは初めてだ」
と、後に語る。何故後にかといえば、壮絶な争奪戦に感想を言う暇など無かったからだ。
次回は金曜予定。