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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第一章   ストライクバック
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レイプマン

 「どうするよ?」


 通路は分岐点に差し掛かった。


 そこそこ狩れている。このまま引き返すのもアリだが、それは視野にほとんど入っていない。一方はゴブリンが多い、いつもの狩場。もう一方はトロルがいる危険な狩場。

 初心者がいる現状でどうするかと聞いているのだ。こういうときに被害が少ないのも考え物だ。


「いつもの狩場か?」


 安全論。


「いや、この状況ならいけんじゃね?今回はちゃんとしたプリーストもいることだし――」


 回復役がいる。それは普段とは大きな違いだ。このゲームでの回復役はあまり役に立たない。それでもこの現状を突破できる可能性が生まれてくる。


「あぶなくねーか?」


 もっともな意見だ。火力としてはプラスの見込みがない上に、今回は即席パーティだ。


「危なくなくて何が冒険だ?…っていうよりもシャロンちゃんに出番やろうぜ」

「それもそうか。じゃ、魔法が切れたら撤退でそれでおk?」

『おk!』


 シャロンを除く全員が唱和する。


「おっ…k~?」

(…魔法が切れる?…切れるものなの?魔法って?)


 合コンなら空気を読まない行動はタブー。タブーは犯すまいと回りを真似した。経験が生きたといったところか…


「当てにしてるよ」「やさしくなおしてね」「いいとこみせてよ」そんな言葉に押されるようにシャロンたちは道を進み始めた。



 暗い道を・・・





 ◆





「おおぅ二階級特進!」


 ノッツの頭の上でLevel Up!!の文字が二回躍った。

 次郎坊の提案で財宝を均等割りした結果である。レベルが低いノッツが2レベル上がったのは当然のこと。当たりもよかったし。


「よかったじゃねーか!おめでと!」


 と、オックスが背中を叩く。オックスの頭の上でLevel Up!!の文字は踊らなかった。


「なんかわりーな」

「いいってことよ。経験値がガッツリ入ってるのが分かってんだ。気にすることじゃねぇって」


 そう言って鷹揚に笑う。


「エルフは必要経験値が多いからな同レベルでもほぼ二倍必要だ」と次郎坊。

「そうなんですか?」のスレイの質問に次郎坊は「そんなもんだ」と答えた。


「アイテムはガルドに鑑定してもらってから分配でいいな?」


 その次郎坊を止めたのはノッツだった。


「分配は鑑定前がマナーだろ?」

「そういうものか?使えねぇアイテム引いたやつはどうなんだ?」

「未鑑定状態でも装備可能かどうかは分かりますし、もし装備できなくとも金銭取引に使えます。即席パーティの場合は圧倒的に鑑定前に分配するのが主流ですね」


 ノッツの意見をスレイがフォローした。


「そういうものかねぇ?」

「何か問題が?」


 スレイはそう聞いた。今まででも散々常識を否定されてきたのだ。またタブーを犯しては堪らない。


「いや、ないね。MMOって事では俺は初心者同然だ。そちらに従うよ。ただ・・・」

「ただ?」

「金欠の理由の一端はわかった。それって、混成パーティで平等分配を目指した手法だろ?固定パーティならパーティ毎で資産管理したほうが節約になるぜ」

「どゆこと?」


「お金を必要としないジョブに資金が集まって、集めたプレイヤーがもてあます。…そういう事ですね。それを購入する金額が用意できなければ死蔵するか売るしかなくなる。自動的に武器のランクが下がる」


「そゆ事。うちは先行投資って形をとってたがね。まぁノッツがどういう身の振り方をするかもわかんねぇし、今回はそれで行こう」


 そうして、アイテムが並べられた。


?盾

?大盾

?小剣

?剣

?巻物×3

?鎧

?弩

?ローブ

?薬


「どうやって分けるんだ?」

「取り敢えず次郎坊さんから…」

「おれはいいよ」

「そういう訳には行きません選んでください」


 珍しくスレイの強気である。見回せば一同強くうなずいている。


「じゃあ、この弩で…」


 オーベルがガッカリする。ドワーフはその特性上長弓が装備できない。狙ってたのだろう。クリアリングの次郎坊は確かにカッコよかった。


「あー、こっちの方が小さくて取り回しがよさそうなんだ。呪われてなけりゃーな。オーベルにはこれやるよ。店売りで悪いが…」


 そう言って、腰に取り付けた弩を差し出す。


「ずっけー」とオックスとトーレスの異口同音の非難を受けながら、オーベルは嬉しそうだ。


「まぁ、あっちは忙しそうだし…お前ら決めちまえ」


 スレイとノッツに振り返りそういった。


「私はローブで」

「セット品だ。こいつも持っとけ」そう言ってスクロールを3個追加した。

「え!いいんですか?」(棒読み)

「鼻からそのつもりだろ?魔法は本職優先」

「わかりますぅ?」

「わかりますぅ」


 二人はとってもいい笑顔。ノッツが呆れるくらいに…


「でノッツは?」

「俺小剣」

「装備できねーぞ?」

「高く売れそう!」

「ナイス判断!」


「おいお前らも決めちまえ」

「あっ小剣ねーじゃん」

「遊んでるお前いらが悪い」


 残りは盾・大盾・剣・鎧。協議の結果、剣はオックス・盾はオーベル・大盾はトーレスとなった。

 残った鎧は、オックス・トーレスの鑑定結果が低いほうに渡す。


「俺に権利…」


 オーベルは申し訳なさそうに発言するが…


『あるわけねーだろ』


 ほぼ全員の唱和だった。




「お帰り」

「ただいま、鑑定と入金頼む。それとシャロンは来たか?」


 次郎坊はカウンターに座った。


「鑑定は済ませたぞ。それはネームドアイテムだな《ガルドの手弩》だ。一回の装填で5射まで出来る。性能は使って確認してくれ大雑把な+1とかの補正はない」


 ガルドは目を合わせずそういった。


「で、シャロンは?」


「そいつは俺が使っていたもののレプリカだ。小間使いにゃいいぞ」


「シャロンは?って訊いてるんだが…?」





 空気が重い。緊張と殺気が漂う。


 スレイたちも血の気の引いた顔で見守る。


「冒険中だ」


 目の前が真っ暗になった。

 次郎坊ではない。それを見ていたスレイたちだ。



「ちょっと人間やめてくる」


 そう言って次郎坊はログアウトゲートを潜った。




「ガルドッ!何で行かせたッ!!」


 食って掛るオックス。


「やめろって・・・俺と組んでた連中だろ?そうだよなガルド」

「ああ」


 ノッツはオックスを抑えながら訊いて、ガルドはそれに答えた。




「なら心配ないって、口は悪いし、ノリはいいけど犯罪犯すような連中じゃない。腕は確かだ保証する」


 確かに、ノッツは今まで冒険をしてきた仲間だ。性根くらいは…犯罪を平気で犯すような奴らかは判断が付く。



 誰だってそうだろう、パーティメンバーが犯罪を犯せば、まず、その情報が正確かを疑う。それくらいには信頼関係を築いてしまうものなのだ。


「…あ。ああ…悪かった」

「よほどのことがない限り、普通に冒険して帰ってくるに決まってるさ」

「…そうでしょうか」


 スレイは口を開いた。何か不安要素があるようだ。


「幾らなんでも怒るぜ。そんな決め付け」

「いや・・・そういう事では・・・」


「不安要素はシャロンの側にある。って所だろスレイ」


 そう言って戻ってきたのは戮丸だった。先ほどレベルアップして8レベルになった次郎坊より、4レベルの戮丸のほうが強いとの判断だろう。


 その判断はにわかに信じがたかった。次郎坊の時点で桁が違う。


「そういう事です」

「どういうことだ?」

「俺はこのゲームの回復魔法を知らない。だから教えていない。おおかたストック制だろう?」


 ストック制というのは、ダンジョン進入時に使う予定のある魔法を持っていく。そういうシステム。先のノッツで言えば彼はレベル2に上がったことによりレベル1の呪文が使えるようになった。一回だけ。


 その時点ではノッツは呪文が使えない。


 先に選ばなければならない。そこで、回復より召還が欲しいのアドバイスで《サーバントスネーク》を選んだ。


 これは棒状の物体に仮初めの命を与え、蛇としてコントロールする呪文。

 この状態で初めて呪文が使用できる。しかし、もって行ってない回復呪文は唱えても意味がない。

 もちろん、まったく設定してない場合でも同じで、まったく呪文は使えない。


「私も教えていません。うちのパーティに教えたものはいないです」

「う・・・嘘・・・だろ?5レベルプリーストでありえねぇ・・・」

「それは結果だ。5レベルプリーストの知識はない。だから初心者なんだ」


 ノッツは真っ青になった。始めたばかりのころまったく同じミスをやらかした。嘲われ。蹴飛ばされ必死で宿にかえったのは覚えている。唱えられる人間が魔法を持ってきてない。それは重大なミスだ。


「となると、誰も教えてない・・・彼らが教えた可能性は?」

「ないな。限りなく0だ。ノッツの反応見ただろう」




 全滅コースだ。


「ガルドお前の権限でゲートは繋げるか?」

「・・・今やってる。完全に別システムだ。今、組み替えさせてる」

「エネミー全消しは?」

「そっちの方が時間がかかる」

「強制終了」

「無理だ。全てのプレイヤーにどんな影響があるか分からん」

「一人の人間の命を天秤に載せてもその判断か?」

「変わらん」


 戮丸の矢継ぎ早の質問にガルドは即答で答えた。


「ひ・ひとりの命って大げさな、これはゲームなんだよゲーム」




 ドガッ!


 戮丸はノッツの腕を掴むと、そのままテーブルにナイフで縫い付けた。



 ぎゃああああああああっ!



 ノッツの絶叫が響く。


 ボバキッ!


 がああああーーーーーーーーーー!


 戮丸はそのナイフをひねった。その際に骨が砕けた音。


「何しやがるっ!」と、叫ぶノッツ。


「ゲームだゲーム・・・楽しいゲームだ」


 そういう戮丸の目は尋常じゃない。周りの人間も恐ろしくてとてもじゃないが割り込めない。


「いま回復呪文唱えてやるからな」


 ぎゃああああああああああああああ!


 腕に刺さった短剣をそのままに、腕だけ引っこ抜いた。短剣は腕を貫通し、その際に無事だった骨を砕く。


 腕は支えるものをなくしダラリと垂れ下がる。その動きさえ痛い。


「イタイノイタイノトンデケー」

「ふっざけんな!ぶっ殺すぞ!」


 涙と鼻水をたらしながら威嚇する。



「現状は分かりましたから離してやってください戮丸さん」


 スレイは悲しげな声で訴えた。


 ノッツが地面に落ちる。ノッツはしばらくのた打ち回った。回復魔法をかけようとよってきたプリーストも寄せ付けないくらいに。


 しばらくして「…いたい…いたいよう…」とすすり泣くノッツ。ここで始めて回復魔法をかけられた。


「つまりこれと同じことがダンジョンで、行われているって事ですね」

「そうなるな」

「どういう事だ?」とオックス。


「つまり、何も知らない彼女が適当な呪文を唱えて、介護する振りをしてしまう可能性が高い。そして、そうなったときの相手の反応は…」

「理性的とは言えない…戮丸が回復魔法使えないのが分かっていてあれか…」


 戮丸が何に対して焦っているかが、ようやっとスレイやオックスにも分かってきた。


「戦闘中じゃなきゃいいが…」

「ああ」




 ◆





「早くしろッ!何やってんだっ!」

「といっても稼働中のゲームに強制割り込みかけて、ゲートをつなぐなんて無理よ」


 苛立ち文句を言うガルドに女史は反論した。ガルドの求めていることは、素人でも分かる離れ業だ。


「ユーザーに直接警告は出来ないの!?」

「やってる!奴らききゃしねぇんだ!」


 回線が完全に塞がっている。

 連絡さえ取れない。


「くそったれ!お客さん完全に出来上がっちまってんぞ!」

「ガルドあんたが抑えておいて」

「出来るかよ!極めて紳士的に!」

「大人しく!」

「無言で!」


「怒り狂ってんだ!どう抑えんだよ!」

「…最悪…」

「だから紐つけろって言ったんだ。やろうが本気になったらこのシステム使って人を殺すぞ」


「じゃあ、ガルドが何とかしてよっ!」

「それが出来りゃやってる!」





 ◆





 ガツガツと食事を続ける戮丸。緊張した空気の中のBGMとしてはこれほど異色のものはない。その戮丸の背中を殺意を持って見つめるノッツ。

 理屈は分かっても納得などいかない。必ず同じ目にあわせてやる。ただ、口に出さないのは、どうあがいても戮丸には勝てない。それぐらいの理性は回復していた。


 口で言えば分かるものを。そんなフレーズが頭を占める。


 それが出来ていれば、こんな事態にはなっていない。


 ただただ、シャロンの無事を祈るしかない。


 彼女は異色過ぎた。

 現代においてゲームを知らない人間。それは確かにいる。普通にネットゲームでゲーム自体が初めてですって人も、少数ながらいる。


 廃人用ゲームでゲーム自体が初心者です。というのはまずいない。ゆえに対応のパターンがない。

 それをゆっくり馴化させようとしたが、周りのプレイヤーがその事実を飲み込めていなかった。


 しかも、このゲームでは当倍の痛みを感じる。痛みによる死亡はないとの運営の公式見解ではあるが、ログアウトした後、戮丸のプレイヤーの体にはびっしりと痣が浮き出て、シーツと衣服は喀血で血まみれだった。


 重度の催眠状態で焼けた火箸と思い込まされた人が、火傷を負った。そんな説明はごまんとあるが、それと同じ状態が起こったと、戮丸は推察している。


 胃壁はストレスで瞬間的に穴が開くらしい。そんな事でゲーム内容を再現することはないのに…


 寝たまま死亡した人の直接の死因が、夢だったと説明できない以上、公式は信用できない。


 もうゲームに対しての心象はともかく、最悪のケースを避けねばならない。


 即死してくれれば・・・


 即死はある種の救いだった。体自体が消滅・再構成するので、痛みの時間が極めて短い。


 最悪なのが、なぶり殺し、拷問の類だ。痛みの信号を延々と発し続ける。その時間が長ければ長いほど、リアルボディへのフィードバック量は増える。



 最悪の事態が発生した場合は速やかにシャロンを殺さねばならない。


 では、どこがいいか?


 理想は頭。しかし、頭は頭骨に守られており、さらに、意外に機能が生きてる場合が多い。体積が大きいのだ。一瞬で完全破壊は不可能だろう?


 肺?論外。脳に酸素が供給できない苦しみは理解できないが、相当なものだろう。

 即死もない。激痛によるショック死は論外だ。


 腎臓も急所だったな。キドニーダガーというものもある。しかし、死亡のロジックが分からない。そのうえ二つある。明確な場所も分かりづらい。没。



 首か…俺の腕力で首をはねられるか?状況による。保留。ゴブリンでてこずった。





 あそこは・・・普通に考えて循環器系は全てアウト。しかし、あそこなら構造とゲームシステム的に・・・


 彼は人によっては吐き出したくなることを、考えながら食事を黙々と取っていた。




 ◆




「いたっ!トロルだ」

「何体だ?」

「見える範囲で1…」

「ドワーフは前衛。その後ろにエルフ。後衛パーティから半分前衛に加勢。戦士は裏取りよろしく。直援と後ろパーティは飛び道具で加勢。前衛とは距離を開けろよ。飛び道具班は擬似拠点だ。シャロンちゃんは拠点で回復」


 一同は深く頷く。


「あ、あの・・・」


「ああ、何も心配は要らないよ。一匹なら余裕だって」

「そうそう。俺ら強いんだから!」

「シャロンちゃんがいるだけで無敵だって」


 シャロンの不安を吹き飛ばそうとした言葉が、大事なものも吹き飛ばしてしまう。


「ドワーフ!タウント開始!」


 最前列のドワーフは雄叫びを上げ、シールドをガンガンと打ち鳴らす。釣りと呼ばれる行為だ。このゲームではタウントはこの程度の用法しかない。


「アグロ!敵はいぜん1!」


 敵がこっちに気付き接敵を開始したことを意味する。敵固体のカウントは予想以上に釣れてしまった場合の保険。


 つまり予定通りに敵を一体だけおびき寄せた。ということだ。

 報告のとおりトロルは雄叫びを上げこちらに突っ込んでくる。


「エルフ!味噌一射後、武器チェンジ。後続とドワーフはエルフのための時間を稼げ」


 味噌とはマジックミサイルの意味。ミサイル→ミッソー→味噌。ロボゲー用語だがパーティメンバーには十全に伝わった。

 時間稼ぎの為にドワーフは数歩前に出る。


 マジックミサイルを唱え終わったエルフの前に、光の塊が複数出現する。力の塊は時折放電を見せながら滞空する。

 それが10前後そろった。


 準備は整った。



「ぅてぇぇぇえっ!!」


 力の塊は光の線を残しながらトロルに吸い込まれていく。

 それを追うように射られた矢が飛ぶ。



 ズドドドドドド!


 光弾は全て命中、矢もほとんどが命中。トロルの体が大きすぎるのだ。

 深手を負ったように見える。踵を返そうとしているのか?


「直援残し、ほか全員突撃!逃がすな!」


 戦況はこちらの有利に運んだ。当初の予定では迎撃の形をとる筈だったが、逃げられては元も子もない。攻撃が利きすぎた、ならば追撃で仕留めればいいと陣形は前のめりに変化する。


 弓兵たちは3人づつの交代制射撃から隙を付いての一斉射撃に切り替える。腕を振るたび、隙が出来るたび矢の林は密度を上げた。


 戦士は背面に滑り込む。盾をクッションに体を押し当てトロルのバランスを阻害し、危険と察知すると、突きの置き土産を置いて離れる。


 トロルとしてはドワーフの壁に阻まれ半歩足を引こうとすると戦士の盾に阻まれる。振りほどこうと腕を振り回せば、矢の雨と突きの置き土産。静止して堪えようにもドワーフの斧は無慈悲にその体を削っていく。


 流れは冒険者の側にある。少なくともそう見えた。




「どうですか、シャロ…」


 振り向いた指揮官は言葉がとまる。

 通路の壁が吹き飛んだ直援の一人がまき添いに会う。

 脇の通路を吹き飛ばして現れたのはトロル。

 指揮官は反射的にシャロンの腕を掴み前線のほうに方に投げる。前線は厚い。誰かの背に当たって止まるだろう。


「後背より敵1。前線を食い破って離脱…」


 彼は良くやった。この状況でその指示は確かな物だった。前後挟撃を受けた際、どちらかを食い破り離脱。その指示を出せた。一番怖いのは混乱だ。この際奥に行くことになるがどちらが食い破りやすいかは自明の理。

 指揮官としては良くやった。自分の責務をやり遂げた。終わったのだ。



 だから、彼は壁のシミになった。



「プリっ回復っ!」


 前線後衛のエルフは盾に持ち替えシャロンを、アメーバが餌を取り込むようにガードしながら守って叫んだ。

 今回は回復役がいるのだ。ピンチには変わらないが、持ち直せる。そう考えた。


「は、はいっ」


 シャロンは慌てて壁のシミになった指揮官に駆け寄ろうとする。


「馬鹿ッ!何考えてんだ魔法使え!」


 エルフは背中でシャロンの動きを制した。

 トロルは棒を振り回し歩く小学生のように軽く金棒を振るう。


「ぐっ!」


 エルフは盾を構えしのいだ。背中にシャロンがいる以上後ろに飛んで、勢いを殺すことは出来ない。足と腕で受けきるしかないのだ。

 何とかしのいだ。腕は痺れている。幸い無傷だが、体力はごっそり持っていかれた。

 全力で攻撃を叩き込む。弾かれた。分厚いサンドバッグに限界まで伸ばしたカッターで切り込むような感じだ。


 切れはする。だがそれだけだ。


 エルフは全神経を集中する。幾らでも攻略法はあるだろうだが、まずこの現状を、この剣戟をしのがなければどうすることも出来ない。


「魔法ってどう使うんですかっ!」


 ナニイッテルノカ?リカイデキナイ。


 振り向いてしまった。

 そこには涙を満面に浮かべ訴える女がいた。その景色が横にスライドしていく。女は頭を砕かれ前線に吹き飛ばされる。


 全てが理解できた。



 イイキミダ。


 エルフの思考はそこで途絶えた。




 ◆




 エルフの思考が再開したのはそれからすぐであった。

 天井が見える。


「リスポンか…」


 彼は死んだのだ。死に方はよかったようだ。全身に認知できない量の激痛が走ったのだろう。痺れたような感覚が残る。


「即死か」


 そう一人ごちた。



「だから今すぐマップをよこせ」


 彼はそう叫んだ。戮丸だ。


「わたすこたーねーよ!」


 反射的に叫んでしまった。

「あの馬鹿女、魔法も持たず付いてきてやがった。死にゃいーんだ」

「んなことは判ってる。そんな初心者連れてトロルの突っ込んだアホどいつだ?」


 ああ、こいつは全部わかってたんだ。それでかたくなに…でもこちらも止まれない。




「アホたーなんだ!アホたー!いい機会だ。ここで学んでおくべきさ。このゲームにゃ死は当たり前。死ぬ覚悟のねー奴にこのゲームはやる資格はねーよ」


 あ、やべっ!言い過ぎた。洒落になんねー目をしてるよ。こいつゴブリンキラーだっけ…しくじった。


 また死ぬのか?


「バカッお前言いすぎ!八つ裂きにされるぞ!…戮丸さん、今は抑えて、こいつ死んだばかりで気がどうかしてるんだ」


 間に入ったのはノッツだった。元はと言えばコイツが…

 ノッツに戦力外宣告を下したのは彼らである。そのことを利用してシャロンを連れ出した。そこでノッツをうらむのは筋違いである。そんなことも彼には判らなかった。


 脚ふるえてんジャン。ガックガクに怖いのか?この戮丸が?


 つい先ほどの顛末を知らないエルフには無理からぬこと。






「戮丸さん!居ますか?戮丸さーん」


 ドアから飛び出してきたのは少年だった。服装からプリーストだとわかる。


「どうしたトロイ?」


 彼はスレイのパーティの一員でトロイ。前日の騒ぎではまったく喋らなかったが、戮丸はチェックしていたようだ。


「シャロン行っちゃったよ。トロルの方だって…大丈夫かなぁ」

「どうやら駄目だったらしい。本当に良くやってくれた。マップはあるか?説明してくれ」


 戮丸は親指でリスポン組を指した。


「うん」


 このトロイ。インが遅れるのは仲間たちに先刻通達済みだったらしい。それで全員そろったと言ったのだろう。


 そして、インしてみたらシャロンがダンジョンに入っていくところだった。心配になって後をつけてみた。幸いダンジョンは入ったことのあるもので、地形の把握は住んでいた。

 一行は分岐点でトロルの居るほうに向かうのを確認して、それ以上の追尾も出来ない事から引き返してきた。


 プリーストはソロで歩きやすい職業ではあるが危険を伴う。


「良くやってくれた」


 そう言ってトロイの頭をなでる。トロイは嬉しそうに顔をほころばせた。


「接敵したのはここです」そういって指揮官は地図を指差す。

「俺たちも行こう」そういったのはオックス。

「お前らは来るな。…といっても無駄だろう。このダンジョンを攻略できる面子と装備。そして無理のないスピードで進んでくれ」

「ここは急を要するのでは?」

「その分は、俺が走る。お前らはゆっくり進む。クリアリングがすんでる、すんでないでは状況がダンチだ」


 この台詞にはオックスも頷かないわけには行かない。



「状況はわかった。最低でトロル2あのダンジョンで確認したトロルの数は?」

「…5です」


 戮丸は口の中で台詞を噛み砕いた。

 正直無茶な数だ。しかし、シャロンは重症を負っている。いっそここにリスポンしてきてくれればいいが、それはまだない。

次々に、パーティの面々はリスポンしてくる。その中にシャロンは居ない。


 何とか抵抗・残留に成功しているのだろう。


「やめろ…やめてくれ・・・」


 今転送されたドワーフがのたうつその声は少年のようにおびえきっている。


「ここは大丈夫だ」暴れるドワーフを押さえつけ戮丸が言う。


「…何があった?」

「あいつ等俺の体を喰いやがった…」


 聞いてた人間は顔を歪める。このドワーフは生きたまま喰われたのだ。その両手で自分の肩を抱き嗚咽を漏らす。

 時折、ビクンビクンと体を震わせる


「ベイネス。落ち着くまでこいつの面倒を頼む」


 ベイネスはドワーフをそっと抱きしめた。その光景に「ずるい」というものは居なかった。


「恩に着る」


 戮丸は部屋を後にしゲートを潜った。




「ライトニングボルトォオオオッ!」


 オックスが生成した破壊の光がダンジョンを駆け抜ける。

 漆黒の影がその光を追う。それにスレイたちが続く。


 保険として、最初の直線を閃光で焼き払った。そのおかげで分岐まで駆け抜けることが出来る。

 戮丸を追うスレイたちだが、その速さに追いつけない。じりじりと距離を開けるが、時折現れるゴブリンを瞬殺する。


 瞬殺と言えど、距離をつめるには十分な時間だ。


 それでも追いつかない。


「はっええ…なんであんなに速いんだよ…」


 装備重量の違いである。戮丸の装備しているのはレザー。一方オックスはプレートメイル。敏捷値を種族の限界値まで引き上げている、戮丸にはエルフと言えど追いつけなかった。

 ほかの人間も同様、軽量なスレイは能力が足らない。オーベルはすでに脱落している。


 それだけだろうか?一本道とはいえ枝道は無数に伸びている。そこからモンスターが飛び出してくる。明かりのない道で無意識にスピードセーブしてしまうのは無理からぬこと。

 躓いて転んだだけでもヤバイレベルのスピードだ。



「オックス、スピードを落とせ」


 止まれといわないのがスレイらしい。


「トロイとオーベルに合流しよう」

「あれはバケモンだ」

「まったく、あれとヤレ?冗談じゃない」


 あの動きはなんだろう。ここまで出てきているが…

 ああ!ビーチフラッグだ!

 全力疾走しながらフラッグに、飛びつくさまはまんまだ。


 この場合、フラッグはゴブリンだが、フラッグをとる際、体がフラッグを回りこむ。この時点で一匹首がもぎ取られる。そして残骸でもう一匹を撲殺して走り去った。それら一連の動作がつながっている。

 鮮やかと思う前に化け物という言葉が脳裏をよぎる。




 ◆




「大丈夫かしら?」

「戮丸か?」


 ベイネスの不安にガルドが答える。


「問題ないさ」

「では何故そんなに不安そうなの?」

「俺が心配してるのは戮丸のほうだ」


 そう言ってガルドはタバコを取り出す。

 ベイネスはそっと火をつける。


 この世界では副流煙というものは発生しない。あくまで、アイテムのエフェクトなのだ。


 ふうっと煙を吐き出す。


「戮丸が異常者って事に気が付いているか?」

「女性にいたずらするようには見えませんが…」

「そういう奴等とは逆の異常者だ」

「あなた…みたいな?」


 ベイネスの言葉にガルドは非常に香ばしい表情を浮かべた。


「なぁ、プレイヤーさんよ。警察のほうに非があって、怒り狂った一般人が前科一犯になれると思うか?」


 鼻の下を伸ばしていたドワーフは突然の質問に面食らう。


「ば、場所にもよると思うが…」

「多分、大きな詰め所だ。お前らは警察署って言うのか?」

「むりじゃね?」


 警察は結構強い。職業として格闘訓練をしてるのだ。全員が柔道部員と同等かそれ以上の実力を持っている。しかも、本職の機動隊員にはまずかなわない。


 負い目が有るというなら隠蔽。そこまで行かなくとも明るみに出るのは避ける。


「あいつを止めたのは被害者の譲ちゃんだって話だろ。警察は戮丸を止められなかった。なりふり構わない警察がだ」


 うっそだろ?頭の上で交わされる言葉は何かの冗談のようだ。


「旦那みたい」


 そういって、ベイネスはクスクス笑う。


「そう言うな。あいつの戦闘データは見た。命知らず特有の動きをしてる。急所が危険に近すぎる戦いだ。なれてるだろうし、保険をかけた動きもしてるが、普通の人間とは次元が違う戦い方だ。言いたくないがスタイルが俺に似ている」

「では、安心して任せられますね。何を心配してるの?」

「あいつが狂人と後ろ指指されても突き進んだ道の果てに、報いがあるかが・・・さ・・・」


 タバコをもみ消した。


「あなたでもそう思うのですね?」

「はたから見るとこれほど胃が痛いとは・・・迷惑かけたな・・・」

「いえ」


 そう言ってベイネスは胸に抱えたドワーフの髪をなぜた。その表情は見えない。


 あれ?おれ場違い?


 うん。←無視してください。


 少し迷って見上げると「いいんですよ」の声とベイネスの微笑み。豊かな胸に顔をうずめて頬ずり。その髪をベイネスはやさしく撫ぜる。


 (戮丸はいい…だが、ドワーフてめーは死刑だ…)←無視してください。同室のリスポン組です。




 ◆




 部屋に飛び込んだ。パーティは崩壊。立て直して再進行はもう無理だ。生還する方法すらわからない。

 あそこは壁が傷んでいたのか?ここの入り口はトロルはくぐれない。


 一息はつけそうだ。


 先客が何人かいるか…

 相変わらず外はうるさいが松明をつけた。

 見回すと異質なものが見えた女の脚だ。



「シャロン?」


 複数の男が取り囲んでいる。


「無事だったのか!心配…」


 シャロンは両手両足を押さえられもがいていた。頭には左半分を隠すように布が巻かれ、おびただしい量の血がしみを作っている。


「怪我しているのか?ちょっと見せてくれ!」


 右目は血と涙でグシャグシャになっている。それでも左よりはマシだろう。頭骨が陥没し目玉が飛び出している。完全に原型を留めていない。生きているほうが不思議だった。


 ヴォエエエェ!


 心配するより、何より吐いた。どんなゾンビ映画より生々しくて気持ち悪かった。あの綺麗なシャロンと・・・いや、美人だったからこそ落差が激しい。


「なんで。んな事、言うからなんか出来るのかと思ったぜ。雑魚か」


 言葉は酷いがもっともな意見だ。反射的に言ってしまったのか。


「じゃ、はじめるか」


 リーダー格の男がそういった。


 ―――何を?


「ヤルんだよ決まってんだろ!」


 男は服のうえから胸を鷲掴みにした。


「何をするんだ!」

「バッカ言ってんじゃねぇ。もうこいつはインしてこない。ヒデー目にあったからな。じゃあ、最後に気持ちよくさせてもらおうってンジャン。減るもんでもねーし」


 周りの奴も「ああ」と頷く。

 シャロンはうーうーっ!と抵抗の意思を示す。


「嫌がってんだろ!離してやれよ!」

「はなしてどーすんだよ。ばーか」


 抑えていた一人が言った。誰が馬鹿だ。


「まぁまぁ、取り敢えずコレもって…落とすなよ大事なもんなんだから」


 それはシャロンの眼球だった。




 驚きのあまり落としそうになるが今度はこらえた。


「治療に使うんだから…それをこっちに向けて…」


 治療。ここでそれが出来るやつは居ない。それでも思考が麻痺してるのか言われるがままにシャロンに向けた。


「じゃあ、やるぜ…」


 さっきの言動は冗談か聞き間違いだったんだ。何かしらこいつらは手段を持っている。その作業を始めるんだ。俺の反応を見て遊んでただけなんだ。そうに決まってる。


「ばぁー!」


 そう言ってリーダー格の男は、シャロンの顔を覆っていた布を取った。

 ンーンー!

 シャロンは吊り上げられた魚のように体を跳ね上げる。


「やっぱりだ!やっぱりそうだったんだ!」

「何がだ!?何をした!」

「コッチコッチ顔に向けてやって、そしたら教えてやるよ」


 何がなんだかさっぱりわからない。ただ、言われたとおりに動く。ただ、目を顔に近づければ、近づけるほど顔をしかめ、目を必死に閉じる。


「ギャハハハ!コレでお前も同罪だレイプマン!しっかり今の状況を中継ご苦労さん!」


 まさか、この目は見えているのか?神経は…肉体とは繋がってないっ!


「ばーか。ここゲーム。判るぅ?」

「目なんかつむっても瞼なんかないのによ」


 そう、眼球だけとなったら映像を垂れ流しで脳に送るだけ、それを塞ぐ蓋は残骸となってシャロンの左顔に張り付いたまま。


「てめぇっ!」

「ハイストップッ!」


 何故、静止に従ったのだろう?


「ここでキレて3人相手に勝てるのか?しかも勝てばお前の汚名は晴れるだろう。でもさ、生きて帰れるの?」

「それで奇跡的に全部出来たとして、このアマとイチャコラするのは戮丸だ。しかもあとは、はいさよなら」

「だからどうした!」


 男の言ってることは真実だろう。それでも、それでもだ。


「だからお前は一生童貞なんだ!」


 俺の反応ににやりと笑った気がした。


「どちらにしろ。はいさよならだ。だったら、いい思いしなきゃなんねぇんじゃねえのか?それに悪いのはこの女だ。自業自得だ。なら、恨まれてもチャンスを物にしなきゃ一生ガキのまんまだ。ちがうかっ!」


 このオトコハナニヲイッテイルンダ?


「ほら、生の女はやわらけぇぞ」


 そう言ってシャロンの胸を揉みしだく。

 アア、ヤワラカソウダ…

 ケッキョクオレハダメナノカ?



 GYAOOOOOOO!


 外のトロルが騒ぎ出す。救出隊が来たのか?速すぎる。

「俺たちを全滅させたトロルだ。しかも2体!やるには十分な時間だ。筆卸はやらせてやる。お前からだ」


 タタカッテルヤツラノトナリデオレレイプ?アリエネー。


「何ほうけてんだよ。女なんか突っこみゃ言う事聞くんだ。見てろ!」


 外で轟音が響いた。入り口に立つ人影が一つ…


(――戮丸だ。来てくれたんだ。助けて助けて助けて…)



 戮丸は肩が破壊されたのか。左手をダラリとたらし、その先には短剣をぶら提げている。表情は見えない。

 ただ、シャロンは犯されようとしてる…顔の損傷は酷い。


「トロルはッ!」

「俺たちは…」


 言い訳や疑問を投げかける前に戮丸は動いた。


 戮丸はいつも守ってくれた。その動きは、まるで魔法のようだった。でもおびえていた私を嘘のように励ましてくれた。


 んーん。違う怯えていたことさえ忘れさせてくれた。

 だから、戮丸は守ってくれる。

 戮丸が居れば安心できる。


 でも、


 なんで



 何で戮丸が私を殺すの?



 まさに神業と言って過言ではない。

 するりと動いた意思を持った黒い液体のように。


 ・・・流れた。


 そして、シャロンの脇に現れると胸の双丘の合間少しずらした位置に突き立てた。


 その間。


 音はなかった。


 光になって消えたシャロン。

 残されたのは祈るような格好の戮丸。


 本当に祈っていたのだろう。


 ・・・痛くありませんようにと。

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