074 ラストアタック10 グレゴリオとノッツ
耳を疑った。
有り得ない。有り得る筈が無い。
そう思って、起き上がれば、ぐったりと倒れるトロールの姿が目に入った。・・・無常にもその言葉は真実なのだろう。
四人は様子を伺う。一斉に攻めて来ないのは流石だ。
グレゴリオは衝撃波を放つがインターバルが短すぎる。一撃目の傷が癒えていない。鎧の隙間から血が溢れるが気にしている場合ではない。近寄るのは危険だと判断した。
衝撃波は外れた。ダイオプサイトの横を通り過ぎる。
しかし納得がいかない。ダイオプサイトが外れることを知っていたかのように間合いをつめて来たのだ。
短く持ったハンマーが脚甲を削る。何時の間にか左に居たはずの大吟醸が右に現れ、数撃を右腕に食らわせ去る。意識が、そちらに向いた隙にマティが逆側から攻撃を加える。
(・・・おかしい・・・何故見失う・・・)
乱戦は続いた。その姿をノッツは慎重に見守った。
策は十全に機能していた。グレゴリオに振りかけたのは聖水。最後の一個だが、現状はただの水だ。だが、グレゴリオはその事を知らない。
次いでスナイプを併用した【回復】を逆転利用した【傷】で視界の半分を奪った。そんな小規模の攻撃では片目を奪うのが精一杯だが、ここまでが下準備だった。
ノッツの技術を知らないグレゴリオは、先の液体に何か細工があったのでは?と考える。冷静になる時間は与えない。
更に知らない攻撃、大吟醸をけしかけた。この攻撃でけりが付いてくれればとも思ったが、それは考えが甘いと思っていた。
そこに最後の仕込みに、グレゴリオが体勢を崩した瞬間にタッチヒールの要領で【暗闇】を仕掛けた。
【暗闇】は【明かり】逆転使用だ。対象にかければ盲目に出来る。だが、その場合、抵抗判定が生じる。それでは駄目だ。レベル差がありすぎてまずかからない。
そこで、グレゴリオの睫毛に暗闇の球体を貼り付けた。流石に睫毛にスナイプはノッツの技量を持ってしても不可能だ。混乱に乗じてタッチでこの状態を可能にした。
つまり、グレゴリオは片目だけ何も見えていない。近接戦闘に不具合は生じないだろうが遠距離戦なら影響は出てくる。しかも、片目だけ見えていないという状態は自覚しづらい。
落ち着いていれば自覚は出来るだろうが、『何で?』かは判らない。対処法は簡単だ。睫毛を引き抜いて捨てればいい。たったそれだけの事だが、それ以外に対処法が無い。
【暗闇】で盲目になった相手には【明かり】で治せる。対消滅させる訳だ。この場合。睫毛に【明かり】をかけないと対消滅は発生しない。同じ状態の呪力を発生させないと別の形で効果が現れるし、そもそも、基点が視認出来ない。
この状態は絶妙に微妙である。盲目にしたのは片目。視界を奪った訳ではない。だが、視界は確実にズレと狭くなっている。認識するまではアドバンテージを最大に利用したい。
三人が乱戦を続けていられるのも、グレゴリオの射程内に居ないからだ。その図体から射程の前後に隙間がある。そこを内外に移動しながら戦っているのがダイオプサイトだ流石に経験がものを言う。さらに、体格が小さいという点も見逃せない。
しかし、ダイオプサイトのみでは捕まるのは時間の問題だ。そこで、二人がサポートに回っている。
視点はダイオプサイトに固定されているので、視野の狭さが浮き彫りになり、ブラインドを利用して二人は攻撃を重ねる。二人はガリガリとグレゴリオを削る。何とか回復以上のダメージを与えている。だが、ダイオプサイトも凄い勢いで削られている。外に逃げる際は問題ないが、問題は内に逃げる際に攻撃は当たっているという事だ。クリーンヒットが無いだけだ。
回復を飛ばしたい所だが・・・【小回復】の残弾は2発。コレはスナイプで時間限定ではあるが完全な盲目状態に出来る。その理屈にグレゴリオは至っていない。単純に回復量ではすずめの涙だ。
【大回復】は虎の子だ。この局面では使いたくない。【キュア・パラライズ】の逆転で【麻痺】が4発撃てるが、まず効かないだろう。ゴブリンが乱入してきた時になら使ってもいいが、先の騒動で距離を取っている。
【傷】を放てば総攻撃へと転じる。だが・・・
グレゴリオは思う。
大吟醸の技術に舌を巻く。
先のトロール惨殺もそうだが、通常攻撃も二回攻撃へと変化しつつある。
攻撃や行動を予測してその先に構えを置く。その切っ先が初撃、そこから滑るように本身の一撃が決まる。
鎧があってよかった。
耳障りな金属音が響くが、それは本来皮膚が挙げる絶叫。
そしてマティはその模倣に終始した。出来の悪いフェイクだが、力技で形にしていく。時をおかず習得するだろう・・・しかし、地力は圧倒的にマティが上。意識を外せば持っていかれる。
大吟醸から背筋が凍るような殺気は消えない。
確実に彼の未熟さに助けられた。理屈はわからない。
わからない事だらけだ。
私は何を勘違いしていたのだ?
覚悟が出来ていないのは誰?
少なくともこの愛すべき敵たちはそれを乗り越えようと足掻いていた。
私はどうだ?
死ぬ可能性など考えてもいなかったのではないか?
圧倒的な肉体特性とレベル。
その下地に胡坐をかいていなかったか?
全身全霊で、生存権を買い取ることに終始するしか出来ない様で、何を言っているのか?
虐殺劇を生存競争と呼んでた自分を見つけた。
笑いが込み上げる。
「・・・やっと会えた・・・」
ハンマーが膝をぶち抜く。
瞬間、戦う事を放棄し呪文を練り上げる。
【重傷】
ダイオプサイトの体が、見えない何かに轢かれた様に飛ぶ・・・かに見えた。全身から血を流し踏みとどまる。
ダイオプサイトの口から祝詞が毀れる。
「くそっ!」
ノッツは慌てて呪文を練り上げる。計算が狂った。
ダイオプサイトの足元に青白い円炎が上がる。
【傷】!!
呪文のグレゴリオに狙いたがわずに命中した。
グレゴリオは魔剣を取り落とす。ノッツの呪文はグレゴリオの手を打ち砕いた。