070 ラストアタック6 なくしたピース
遅れましたスイマセン。
―――自分は凡夫だ。
だからこそ、普通を極める。普通とは一番高い確率で訪れる未来予測。
嗅覚もひらめきも精度もない。自分が出来る唯一の道。
奇跡や不運を除外した正確な未来予測。
現状で訪れる最悪なパターンはなんだ?
バンパイア化したトロールの群れに守られたバンパイアとの決戦。考えただけでウンザリする。
―――そこで思考を切らない。
それは本当に脅威か?
トロールは元々心臓突きしか対処法が無かった。もちろん魔法でオーバーキルすればいいのだが、その方法は元からしていない。今のマティなら安心して任せられるが、【アクセル】はDPSを一時的に加速するだけで、結局は心臓突きだよりなのだ。
となると、肉体の強化。腕力自体は最初から勝負にならない。敏捷の上昇がネックだが、あの巨体を活かすにはスペースが必要になる。むしろ、ゴブリンのバンパイア化の方がはるかに脅威だ。
警戒は必要だ。だが、勝ち目がないことに代わりが無い。
勝ち目が無い?
・・・いや、その状況こそが唯一の活路じゃないのか?
バンパイアの連続性。親となるバンパイア本体を倒せば、子は崩壊していく。残敵を殲滅する余力は無い。むしろ、その状況に誘導するべきなのでは?いや、感染拡大をテーマにした物には親を絶っても子が残るものもある。バイオハザード・伝染病。そういう特性を持ったバンパイアの話も少なからず存在する。盲信は危険だ。
まずは本体を叩く。
どうやって?
やはり大吟醸が要る。
どうやってそこまで届ける。障害物はダイオプサイトが、追跡者はマティが片付ける。
状況にもよるだろう?
有利な地形に引き込む。
『薄っぺらだなぁ妄想入ってんぞ』
戮丸の言葉が頭を過ぎる。それはまだ妄信していた効率論を口にしたときか・・・『普通』『常識』が言葉の端々に入った、今にして思えば浅薄な意見だった。当時は経験の差を指摘されたと拗ねて聞き流していた。
確か・・・『じゃあどうすりゃ厚くなるんだ?』と訊いた筈だ。過去の俺GJ。
で、今の僕は回答を忘れているという罠。
「何を唸ってるんだ?」
「いや、厚くする方法・・・訊いた筈なんだ・・・」
「エロシーン増量!ウ=ス異本が厚くなるな」
「お馬鹿様!お前の頭はどうなってるんだ!?」
「大吟醸の半分はエロで出来ています」
「残りは!?」
「カラ」(笑)
100%エロじゃねーか・・・(笑)じゃねーよ。
「“言葉を”って事か?なら経験だろ。それも無ければ試行。“試してみる”じゃないか?」
マティが会話に参加した。
ノッツは洗いざらいを説明した。自分の考えはこうだが、戮丸の言葉が過ぎった。抜けがあるような気がしてしょうがないんだ。と。
一同はノッツの考えに抜けがあるとは思えないようだ。
「気のせいじゃねぇか?考えすぎだって、ここでうだうだしたってはじまらねぇから行こうぜ」
「話してくれてよかったぞい。いきなりゴブリン狙えなんていわれても戸惑ってしまうからのぅ」
「やっぱり、切り札は大吟醸か・・・いや・・・わかってる。サポートに徹するって、ちょっと残念だっただけだって」
唐突に思い出す。
『現実見ろよ』の一言。
そしてノッツは理解した。言葉の意味。何処かの誰かの常識のようなあやふやなものではなく。
今、問えば答えてくれる仲間がいるという現実。
そんな当たり前のことが、ノッツから抜けていた最後のピースだった。
「サポートなんていってないで、状況判断しっかり頼むよ。あからさまな陣形では相手に看破されかねない。スイッチはいつでもできるように。マティは大吟醸に追いつかれないように回転上げて、オプ爺さんは大吟醸のゴー・ストップも管理して、サポートはそのまま」
「俺は?」
「休め」
「OK」
◆ 男って馬鹿よね?
一行は深部へと差し掛かった。天井は徐々に高くなっていき、トロールの頻度が増したからだ。今では四体までのトロールは処理できる。道幅が広がっていないという条件が大きい。
Hpは各々七割になり、小回復は二発使ってしまった。聖水の消耗は激しく残り一本だ。
それでもかなり節約した。ノックバックもひるみもしない敵は非常に厄介で、hpがなくなるまで無敵のように攻撃を続ける。
ノッツの【退魔】でエリアを確保し、その水際で戦う。それでも戦いにはなった。だが、一行は先を急ぐため、シールドと【退魔】で圧殺した。
小回復は本当に擦り傷程度しか直せない。数字にすると1~8ポイントの回復しかないのだ。
こんな状況だ現状は良くできましたの花丸だろう。ただ一行は満足していないが、それもスタミナコントロールの限界で、ボス戦を残している。
大吟醸の荒い息が収まっている。ただスタミナはほぼカラだ。
バンパイアにはまだ遭遇していない。ボスが道中に出くわすわけも無いが、その配下のバンパイアサーバントに遭遇してもおかしくない。
予測ではゾンビかグールに思考パターンが付いて、おもっくそ速く襲ってくるだけだ。
それを人は最悪という。
ノッツの意見に戦士勢はウンザリした。実際、どれだけ速いかわかればいいのだが、まだ未遭遇。本当に居るのか?という疑問が頭をもたげる。
どれもこれも、未確定情報ばかり、そんなあやふやが一行の精神的スタミナを削っているのも事実だ。
道の先からは光が毀れる。一行は警戒態勢に移行した。斥候役は居ない。全員で警戒しながら覗いてみた。
自然洞だろうか天井はドームになっている。床は擂り鉢状で、コロシアムといった風にも見える。
だが、篝火を灯した列柱と廃墟。街か?もしくはそれを模した物かとにかく距離感がおかしい。このドームが馬鹿でかいのか、それともあの建物はミニチュアなのか?明かりは?いかに篝火があろうともこのドーム全体を照らすのは無理だ。それでも、薄暗く見えるだけで見通せる。
(ここでは戦いたくない)
一行には不利過ぎる戦場だ。廃墟でバンパイアとの遭遇戦などほぼ悪夢だ。逆に廃墟中は利用できない危険すぎる。
中央には舞台がありそこでは一際大きな甲冑を纏ったトロールが黒い霧に向かって大剣を振り下ろしていた。
「イモータルの魔剣だと・・・」
その剣は血のように赤い。戮丸の持つ剣のように先端が太くなっている。戮丸の剣は扇状の先端だったが、鏃のような先端と茨の蔦が絡みついたような柄拵え。
振り下ろすたびに光る衝撃波が飛び、廃墟を吹き飛ばしている。
黒い霧は写真に落ちたインクをアニメーションさせたように蠢き、衝撃波を弾いている。時には鋭角に変化しトロールを傷つけようとするが、鎧に阻まれる。
呆然と光景を見守った。その光景を、ゴブリンや通常のトロールも見守っている。・・・いや、その凄まじさに呆然としているだけか?今、流れ弾の衝撃波でトロールが絶命した。
それを気にした様子も無い。
「なんだよ・・・アレは・・・?」
ゲーム画面としてはチープなほうだろう。唯ここはアタンドット。ダガーや小剣を死に物狂いで避けるゲーム。尺度は現実のものだ。
街を歩いていたら前の車がロケットランチャーで吹き飛ばされた。
そんな衝撃。
戦闘はトロールが押している。剣を振るたびに大量の血が舞うが、それは魔剣の特性のようだ。hpを犠牲にダメージに変換する。トロールにうってつけの武器のようで、その傷も見る間に治っていく。
霧が剣を弾きながら逃げてこっちに来る。霧を追い抜き全裸の美女が現れる。そして、霧は固形化し美女の纏う黒いドレスへと変貌する。
「お願いします。助けてください!」
(はい?)
あんなトンでもバトルを繰り返して、今更『助けて』?いや幾ら馬鹿でも・・・
「おおぅ。任せろ・・・」(大吟醸ううううう!)
大吟醸は一人道に呆然と立ち。ふらふらと美女に歩を進める。他の面々は物陰から大吟醸のありえない行動に、声にならない悲鳴を上げた。余談だが、美女の走るスピードは人間ではありえない速度だ。
女は大吟醸にしがみ付いた。よよと力ない女の風体ではあったが、速度的には異常だ。どう考えても大吟醸がミンチになるスピードだった。(おかしい事に気付け!)
「あのモンスターが急に襲ってきて・・・」(はいぃっ?)
ここはダンジョンの最深部。突っ込みどころ満載である。
大吟醸は決め顔で美女に向かって微笑んだ。どう考えてもバンパイアである美女に向かってだ。
馬鹿の極みここにあり。