069 ラストアタック5 変化の兆し
新鮮トレトレです。
「クソッ!」
トロールの背後に着陸した大吟醸は悪態をついた。
―――倒しきれなかった。
残ったトロールはマティが片付けた。
レベル差はあるものの撃破スピードはマティに引けを取らない。正直に言えば破格の活躍だ。しかし満足はしていない。
では行動か?
―――否。
鬼神を髣髴とさせる。今のだって二連続キルを狙ったもの。それもフォローなしで、壁を蹴っての三角跳びでだ。
マティはショーケースを開いた。大吟醸がショーケースに入れていたものの一つが【三角跳び】である。
【三角とび】は常人でも出来る。壁を蹴って飛び上がるだけだ。だが実際にやっても、精々、真逆の方向に勢いを付ける程度で高さは稼げない。気持ち程度だ。脚力の限界だ。
だが、このゲームでは常人を基にした能力とはいえ垂直とびで1mは跳べる。バスケットをやれば全員が楽にダンクシュートを決められる程度の脚力はある。
この脚力ならマンガのような軌道を確保できるのでは?と思っていた。壁が必須で使用状況が厳しく限定されるため、アイデアの一つとして真剣には取り組んでいなかった。
大吟醸の戦法は鎖骨に刃を滑り込ませる。だから、相手の肩に膝を乗せる程度には跳躍力が必要になる。身長3mのトロールには少し足りない。背面に回りこむのも今は少しでもしゃがませるという意味もある。
そこで【三角跳び】の必要性が出てくるのだ。
試してはいるが、今度は届かないのではない。跳び過ぎるのだ。そのコントロールが難しい。
今だって跳び越えそうになるのを、後頭部に膝蹴り入れて動きを止め殺害。そのまま背後に跳び、今度は別のトロールの正面から襲い掛かった。その勢いはまた強すぎた。空中から直接突きを繰り出すが、当然深さが足りない。そのまま背に着陸した。という顛末である。
彼の戦いぶりが誰かに嗤われる様なものだろうか?
あまりに見事だからこそ、マティは一刀の元に敵を倒した。ほぼ無防備だったのだ。ここで仕損じるようでは、それこそ大吟醸に申し訳が立たない。
だが彼は満足しない。
その姿は沸いたマティの頭を冷やさせるには十分な姿だった。
「・・・サンキュー・・・ちょっと息。整える・・・」
そう言って膝に手を突き荒く背中で息をしている。
求道者は息遣いの合間に「クソッ」と小さな言葉を零した。
ここまでくればマティも焦りを察する。
既にレベル帯では破格の武力を持ち、呆れるほどの見事な技に満足していない。更に言ってしまえば、無駄な技にだ。
どう考えたって効率は悪い。
トロール以上の身長のモンスターはオーガ。ほぼ身長は変わらない。現状で倒せるだろう。その上は5m級になる。【三角跳び】でも届くレベルじゃ無い。更に言えば直立タイプじゃなければ壁からモンスターに届かない。心臓突きより寿命の短い技だ。20レベルにもなれば、マティ以上に鮮やかに片付けるのは間違いない。
「なぁ大吟醸・・・」
そこまでやる必要は無いんじゃないか?届けば良い訳だし・・・
そんな言葉はノッツの手で遮られた。
マティが考えているような事は百も承知だ。ただ、今。これから訪れるかもしれない瞬間の為だけに必要なのだ。それが判っていて開かないショーケースを殴り続ける行為は見るに耐えない。
(報われるといいなあ・・・)
そう思わずにはいられなかった。
◆ 思わぬところに咲く花
大吟醸は荒い息で地を見つめる。そこには滴り落ちた汗が水玉の染みを残すばかりだ。圧倒的なレベル差を運動量で補っているのだからしょうがない。
マティの声は『何故?』と問いかけている。
そんな物は決まっている。マティの動きに戮丸の影を見たからだ。大吟醸も理解しつつあった。格闘技の経験が付加能力を与えていること。残念ながら大吟醸にそれは無い。真似れば急激な成長を見せるだろう。ノッツのように。
ただ、それじゃ駄目だ。俺が戮丸じゃ無い。意味が無い。
ひたすらに精度。それしか能が無い。ひたすらに鍛えれば、それを生かす方法は戮丸が教えてくれる。そういったひらめきの部類では追随を許さない。
(・・・でもさ・・・見つけてぇよな。自分の手で!)
「大吟醸!」
意識が軽く跳んでいた。乱戦中だ。ゴブリンが振り向こうとしている。
「ん?」
無造作に突き出した大吟醸の剣がゴブリンの肘先に刺さっている。これでは振り返れない。一歩・・・与えてはいけない一歩・・・刹那をゴブリンは大吟醸に与えてしまった。
脚力が爆発した。
閃光のように通り過ぎた大吟醸の背中で、胴を両断された哀れな化け物が崩れ落ちた。
「ああ、ボケてた。サンキューなノッツ」
「あ・・・ああ。気をつけろよ・・・」
大吟醸は手をヒラヒラさせて返答に変えると、腰の水袋をぐびぐびと飲んでいる。
(おい・・・今の・・・)
(ああ、わかってる・・・オーディーンかよ・・・)
ここは北欧神話の主神を意味している訳ではない、ということだけは言っておこう。
技術の萌芽は始まっていた。
◆ 盲目の希望
陣形はスイッチした。大吟醸とマティの交代。マティはオールラウンダーだ。卒無くこなす。ただ、大吟醸の特性には及ばない。
理解はしていたが、疲労困憊が色濃く見える大吟醸の回復には必要な措置と全員が理解していた。
当の大吟醸も理解はしていたようだが、実際の戦闘になると燕のように脇を駆け抜け撃破していく。
サッカーで言うところのサイドバック。今まではワントップオフェンス。当人曰く、『警戒しない分楽だ』というが・・・その通りなのだろう。
だが、足がものを言うポジション。楽になった分走る距離が倍増した。
シバルリの瞬時にアジャストしてしまう癖が逆に作用している。
当人は助かると大きく伸びをしているが、表に出ない蓄積疲労が気になる。このパーティの切り札は大吟醸だろう。気力とテンションで乗り切っている現状は、チョッとした躓きで大きく崩れる。
いっその事ダイオプサイトのワントップにしようか?しかし、それでは二人が活きない。ダイオプサイトの本領は面制圧。それだけのスペースが要る。その辺も自覚してサポートに徹している。そこは年配者の配慮というところかありがたい。
どんな形であっても二人はのっている。そのリズムは崩したくない。経験の浅さから一度下げたテンションを、瞬時に今のレベルまで引き上げるのはまだ不可能だろう。
ノッツは自分のメイスを見つめた。鉄の棒に板が何枚も放射状に取り付けてある。真上から見れば*《アスタリクス》の形状だ。その板一枚一枚に工夫が施してある。
引っ掛けやすい形状で肉に絡まない。殴ったときに食い込んで離れなくなってしまっては意味が無い。試行錯誤の結果、今の形状に落ち着いた。そのおかげでアンコモン品だ。
火力は期待していないから精度に不満は無いが、魔法属性に対応が後手に回る。
ノッツが先頭に出て敵を仕分ける。それは理想だ。
しかし、ファーストアタックを凌ぎ、トラップをいなし指揮をする。次郎坊がやってのけただけにわかる。
(無理だ)
出し惜しみは無しだと発言しておいて、思考の帰結がこれとはお粗末極まりない。
ただ、大吟醸ががむしゃらに走り出した。マティの好調。ダイオプサイトは自分を押さえている。全員が全員好き勝手に走り出したらまとまる物もまとまらない。ノッツも押さえる側に回るべきだ。
――それでいいのか?
――それで精一杯やったといえるのか?
否。その思考自体がおかしい。失敗したときの言い訳じゃ無いか・・・。
だから、頑張るベクトルが違う。
う。