065 ラストアタック1 嫌な予感・・・
レドルに拠点を移し、ダンジョンへと踏み込んだ。
先頭は大吟醸が歩く、そのあとにマティ、自分、ダイオプサイトと続く。実質、戦士三人と僧侶一人の脳筋パーティだ。順序などは回復役を真ん中に入れていればいいといった単純なものだ。たいまつは自分とマティが持っている。今、ファイアビートルの頭をむしった大吟醸がマティに松明を渡した所だ。四人が四人とも盾を持っている。盾のベルトと一緒に持つので邪魔にはならない。
戦闘になったら松明を落とし、それぐらいでは消えないが念の為に二人。明かりが消えたらダイオプサイトが腰のランタンに火を入れる。暗視が使えるドワーフならでわだ。
緊急時はライトの呪文を唱える。
洞窟は最初鍾乳洞の様相を呈していたが、今は遺跡・地下通路と言ったところか。レリーフや彫刻が随所に見られるが、今は昔、見る影もない。レリーフがあったことは分かるが、それが何のレリーフかはついぞわからなかった。
入り口付近の地面は湿っていたが、今は足元の石畳に分厚く砂が積もっている。地面が湿っていないのはありがたいが落とし穴の判別は絶望的で、一度でも動作してくれれば逆によくわかるのだが・・・
前を歩くマティはさすが名門クランの戦士で、その背中で神経を尖らせているのが伺える。散々自分らを褒めていたが、この風格と安心感はまねが出来ない。
マティがファイアビートルの頭を投げた。それは頭が光る巨大なカブト虫で死後も光が残る。
蛍のような特徴か?ただ、明かりは蛍光色ではなく暖色でその辺が名前の由来になっているのだろう。そのサイズから蛍の風流は全く感じない。
明かりは転がってT字路の中心に止まった。
大吟醸は闇に潜む。マティが警戒を強めるのが判る・・・
この行為はいわば釣りだ。左右どちらも接敵経験があるし、リスポーンタイムはとうに過ぎているはずだ。だから、このT字路からゴブリンとトロールの群れが顔を出すはずなんだが・・・
「予想通りか?」
そう言ってマティは警戒を解いた。
このダンジョンはおかしな点が幾つかある。まず、最初に言っていたモンスター。確かにゴブリンとトロールは確認した。このモンスターのリスポーン地点が予測できないのが一点。
もちろん巡回しているだろうけど、それを加味してもその順路が予想できない。
もう一つはモンスターの種類。千差万別なのはいつものことだが、主体になるモンスターの系統がある。
たとえばこのダンジョンはゴブリン・トロールのダンジョン。でも、ファイアビートルやジャイアントセンチピード・ビックバイパー・・・カブト虫・大ムカデ・大蛇。は普通に出る。ゲスト的な割合だ。ただ、このダンジョンはアンデットもかなりの量出ている。
この量のアンデットが出る場合、ゴブリンとトロールを駆逐してしまうはずだ。当然逆の可能性もあるが・・・
共生は不可能なのだ。その点でもおかしい。
ダイオプサイトに訊いてみたがありえないらしい。
モンスターの事情はこの際置いておいて、攻略に支障が出る。
マップを作成し迂回路は作れるが、全部迂回すればいいと言うものでもない。
仮に全部の敵を迂回したとしてボス戦でその迂回した敵が全部アクティブなったら目も当てられない。脱出路は作成するが、そのロジックがわからないと・・・
推論の結果。このダンジョンはアンデットダンジョンなのではないか?そこにゴブリン・トロール混成部隊が迷い込んだ?
もし、その推論が正しければ、ゴブリン共はリスポンしない。つまり駆逐できる。逆でも浄化で駆逐できる。そうなってくれば話が違ってくる。
今はレリーフや彫刻から何か情報が読み取れないか試みている。
こういった時にNPCは強い。地元の情報を持っているのだが・・・
「ふむ。見たことないの」
部族の予測も立たないそうだ。彫刻は先に言ったように擦れて判らない。その辺が苦戦の現況でもある。
「やはり、地形しか当てに出来ないか?」
「そうだね。外のダンジョンは手強いよ」
戮丸だったら隠し部屋を看破したりするのだろうか?
碁盤のように敷き詰められた初心者ダンジョンの隠し部屋は判った。罠の傾向も意図的につめて作られていたのだろう。だから、製作者の意図が読み取れた初心者ダンジョンは本当に初心者向けだったのだ。それを痛感する。
四角い通路に出たときはやったと思ったが目算が甘かった。
一定間隔や左右対称、動物をかたどっているなどの法則性が見出せればいいのだが・・・それらは宿で何度も話し合った。
かなりの財宝が期待できるが、今までの常識は全く通用しない。あせりは募る。
「落ち着いて行こうぞい」
焦りを察したのかダイオプサイトが声をかけて来た。それにハンドサインで返す。
前方では大吟醸が光を投げた。ここからは未探査地域だ。
明かりは小部屋を浮かび上がらせる。
中央にあるのは井戸か?大吟醸は先行して闇に潜んでいる。
少しでも情報が欲しい。目を凝らす。
――何か無いか・・・
背筋に冷たいものが通った気がした。
「―――レイスだっ!」
マティが隣で鋭く言った。最悪だ。闇の模様を蠢いたのを見落とした。大吟醸は対抗策を持ってない!
僕は闇の中へと駆け出した。
聖印を掲げて叫ぶ「光よ!」
通路が光に満たされる。大吟醸は凍えるように縮こまり震えている。
――たかられた!
マティの銀線が宙に弧を描く。実体の無い敵には勝手が違うのかブオンと魔剣を振り回す。霧を払うようで効果は薄いがそれしか対抗策は持たない。
霧はひるんだ。――気がした。
「――しっかり!戦ってくれ」
唱えた呪文が大吟醸の正気を引き戻す。続けざまに呪文を唱え、大吟醸の盾が光を宿す。オプさんは短剣を抜き虚空を振り払う。
「―――恨むぜぇノッツ!」
大吟醸はがくがくと震える手で盾の仕込み剣を展開させ斬り込んだ。
大吟醸の剣はゼリーを切り裂くように空間を裂いた。
「切り込みは吟醸!二人は時間を稼いで!でかいの行くぞ!」
「・・・大丈夫か?」
そう言って暖かいスープを大吟醸に渡した。
「死にかけたよ。回復無しで戦えっておまぇ・・・」
「そう言うな。判断は正しかったよ」とマティがフォローする。
ノッツのかけた魔法は回復呪文ではなかった。恐慌状態を治しただけで奪われた体温は戻っていない。続けざまにかけたのは【祝福】アンデットには覿面に効果があるが、反面魔法の武器にはかからない。オプさんのハンマーにかける手も有ったが、鈍足で鈍重なハンマーより振り回しやすい仕込み剣の方がいいと判断した。あそこまで実体の無い敵には武器そのものの威力は関係が無い。振り回しやすさだ。オプさんもその辺は心得ていて魔法の短剣に持ち替えていた。
大吟醸もそこはわかっている。それでも言わずに居られない。そういうものだ。
「倒したのか?」
「お前の切った一体は確実に後のはわからん【聖光】で吹っ飛ばした。逃げただけかもな」
【聖光】と言うのはれっきとした呪文で特殊アビリティーである【退魔】を霊的破壊力を持つまでに高めたもの。
【シリアス】と同レベル帯の呪文なので痛いといえば痛い。だが、あらかじめストックしたものは変えられない。抱え落ちよりはいい。
「ここで仕留められなかったとしたら痛いな」
呪文をごっそり消費してしまった。【聖光】も【祝福】も上手く使えば戦闘一回分は持ちこたえられる。二連発は想定外だった。
「敵評価を改めるか?」
マティの提案も最もだ。それは、呪文回復に戻るか?と言う意味も含んでいる。
「大吟醸、ポジションは大丈夫か?」
「今のままでいい。オタ風ふかしたらやってられん。それよりも呪文は?」
ストックの数が気になるようだ。現状レベル4までの呪文が使える。キャラクターのレベルとは違うのは念の為。
現状1レベルが8個と2レベルが6個。3レベルが3個で4レベルが1個ストックできる。
うち回復呪文が1レベルに【キュア・ライト・ワンズ】3レベルに【キュア・シリアス・ワンズ】
【ライト・ワンズ】を5発装填してあるが、【シリアス】は1発だ。その辺も使わなかった理由のひとつだが、レイスの【レイス・タッチ】は温度を奪う。ワイパーのようにごっそりだ。非常に危険で死に至る。
ただ、そのダメージは体温の回復で大部分は回復する。そこで、大吟醸の正気を戻すことを優先して2レベルの【覚醒】を使った。ついでに言えば最初に使ったのは特殊アビリティの【退魔】だ。使用回数は無限。
【シリアス】を最初にかけていたら・・・回復した分など一瞬で奪われただろう。
「他の内訳は?」とマティ。
「1レベルは回復5発以外に【明かり】2発に【サーバントスネーク】」
「なんで【サーバントスネーク】?」
「験担ぎみたいな物で他意はないよ」
「2レベルは?」
「【キュアパラライズ】4発に【覚醒】2発。一発使ったけど、まさかこんな使い方するとは思わなかった。本来、眠ったのを起す呪文なんだ」
「何でキュアパラ4発?」
「グール対策。眠りは殴って起せば・・・目算誤った。まさか恐慌状態にしてくるとはね。3:3にしておけばよかった」
「過ぎたことじゃ」
「3レベルは【シリアス】【聖光】【祝福】」
「・・・確かにでかいな・・・」
マティが唸った。ノッツの判断が間違っているとは思わない。【祝福】で駆逐できた可能性はあるがそれまで瀕死の大吟醸を戦わせることになる。同じ3レベルなら【シリアス】をかける手も有ったが有用度の問題だ。3レベルには【四肢再生】も有ったが、即効性を優先して持ってこなかったそうだ。
「ノッツ。移動した方がいいんじゃ無いか?」
「ここで立て直そう。賭けになるが分は悪くない。考えがあるんだ。そこの井戸みたいのも気になるし・・・まだ、全快じゃ無いだろ?」
「・・・ああ」
大吟醸は大きく息を吐いて了承した。
「4レベルは・・・」
マティの声に期待が篭るが、ノッツは頭をかきながら申し訳なさそうに言った。
「4レベルはいい呪文が無いんだ。【蘇生】や【広域回復】は5レベル・・・あればいい程度の魔法だから内緒にしとく。無いものだと思ってくれ」
「・・・そうか」
マティの落胆も待たず、ダイオプサイトの悲鳴がこだました。
「なんじゃこりゃあ!」
部屋の入り口には人骨のような靄がへばり付いていた。ガラスに結露で描かれたアートのような姿だ。
「やっぱり倒しきれてなかったか。これがレイスだよ。祭典用の簡易結界を越えられないんだ。実体が無いからね。マジマジ見るのは僕も初めてだ。大吟醸やっちゃって。残ってるだろ?【祝福】」
「・・・なるほどね。そういうわけね」
そう言って大吟醸は片付けた。ゼリーをきるようにあっさりと。
ノッツはスープを温めるついでに部屋の四方に結界を仕込んでいたのだ。トロールらに発見されれば窮地に立つが、レイスの報復の懸念が断てるのは価値がある。トロール戦に乱入されるところなど想像もしたくない。
「さすがだな」とマティは感想を漏らすが、ノッツの顔は暗い。
「さすがついでに、そっちを見てくれ」と言って顎でいざなう。
井戸のように見えたのは水盆で、本来沐浴場だったのか。今は空だ。その中央には干乾びて黒くなった野草とくるみの様な物が置かれている。子供が遊びで作ったお供えのようにも見える。
「イチジクの干物かの?」
「心臓・・・多分ゴブリンか・・・子供の」
ノッツは吐き出すように言った。暗澹たる気持ちなのだろう。
10/21続きはこれからかきます。