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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第一章   ストライクバック
4/162

アンブロークン・ダガー

 ―――幸せだった。


 食べて幸せ、飲んで幸せ、ただで幸せ、そして太らない。浮腫むくまない。

 こんな幸せがあったのか?

 いや、なかったかもしれない。(反証)

 先日話に出たタブーからの開放感…うん。あると思います。


もぐもぐもぐ。


「こんなんどうだ?」


 とアクセサリーの数々が目の前に並ぶ。

 いままで見てきた『良く言ってアンティーク』とは違い、雑誌やショーウィンドで見たようなデザインのものが並ぶ。


「何でこんなものが?」

「プレイヤーが作るんだよ。基本はコスプレなんだが、中には変わり者がいて外の世界のコピー品やオリジナルブランドなんかも展開してる」

「こーゆーのが好きかと思ってな」とアクセサリーを手の中で遊びながらガルドは笑った。


「まがい物なのに良く出来てる…」

「んにゃ、材料は本物」

「うそ!?でっかいよ?じゃこれルビー?でこれがサファイヤ…ダイヤ?」


 取り上げたのは透明な宝石に彫刻が施されたカメオだ。切削したということを考えれば、元はコブシ大である。センスはお世辞にもいいとは言いがたいが、ありえないサイズを惜しげもなく…


「まぁ換金アイテムだからな、宝石って…チョッといじってみたくなるらしい。剥き身で持ってるより洒落てるだろ?」


 実際現実よりも加工は楽らしい。魔法を応用すればくっつけたりもできる。精密な彫刻も現実世界は削りすぎたらハイオワリなのだ。弄りたくなる気持ちもわかるし、そうやって出来上がった品は旧来の常識を打ち破った代物になる。


「服とかって…」

「あるよー」

「お高いんでしょう?」


「能力付加がなければ誤差程度の相場変動だ。いまだに能力優先だな。後は流行で品切れとかはあるし、値段が高騰こうとうすることもあるが…聞いてる?」


「・・・これって紐じゃない」


 そう言ってシャロンがつまみ上げたのは、水着のほうが布地面積が広そうな女性用ビキニアーマー。


「ああ、それ売れ筋」

「うそっ!」


 どんな痴女だ。


「そう見えて、プレートアーマー並みの防御力を持っててしかも、耐冷耐熱、どんな環境でも快適。しかも重量は装着時-10kgという微妙な恩恵つき。でお値段チェインメイルと一緒…火山砂漠で大人気だ」

「――まいなす10kg・・・」

「能力だけ見れば、お勧めだぜ。装備制限はたった一つ」

「一つ?」

「インナー不可」


 ・・・下着はいちゃいけないらしい。


 デザインからしてそうなのはわかる。が・・・


「ミシャラダもキスイも持ってる乙女の最終兵装」

「持ってるだけで着ないのね・・・」

「いや着るよ?」


 首を突っ込んできたのはキスイだ。


「ニイタカヤマだろ?うん、着る着る今だって着てる」

「えー!?」

「下着として」


・・・・・・・・・・・

「―――その手があったか・・・」


 インナー不可とはあったが重ね着は禁じていない。


「何しろ軽くなるし、汗かいたら涼しく、寒ければ暖かくなる。具合いいよ」


 スカートをめくって攻撃的な黒下着に見えるニイタカヤマを披露する。



 おおおおおおおおぉおぅ!



「もうちょっとおとなしめのは」

「あるよ。サンナスビ。あたしはあっちのほうが恥ずかしいな」


 サンナスビは白のベビードールだった。布地面積は遥かに大きく随所にフリルやリボンがあしらってある。確かに、ゲームの女戦士を地でいくキスイでは逆に背徳的はいとくてき過ぎる。


 後ろでは「それもありだ」とか無責任な盛り上がりを見せるがそれは無視して話が盛り上がる。


 ニイタカヤマ・・・か・・・


 ガルドは思索にふける。

 どっかのプレイヤーが狂気に近いクエストを攻略しエンチャンターの資格を経て流通させているものだ。最初は誰が買うんだ?こんなものと思っていたが、重ね着は盲点だった。サーコートに近い…じゃあ上着は戦闘じゃもたないな。固いよろいの上に敷かれた布地はあっというまに駄目になる。その辺の対策を…。


 ―――まてよ?


 ―――真逆まさか、その用法こそが正しい使い方なのか!


 冒険をすれば当然擦り切れる。そこから覗くエロ下着。ハンマーなんかで殴られれば一発で剥かれる。しかし、ニイタカヤマでなければミンチだ。


 ―――どちらがいいかは訊くまでも無い。


 人はそこまでしてエロ下着が見たいのか?クエストの内容は既知外じみてたぞ?

 融合するはずが無いと思っていた――エロと女性愛護の融合。


 そこまで考えて・・・


「・・・深いな・・・」


 ガルドはニイタカヤマを握り締め感慨にふける。




「ほんとに深いですね・・・食い込み」


 ―――ガルドは何か大事なものを失った。





 ◆





 通路をゼリー状の物体がふさいでいた。


「こりゃ、すげーな次郎坊があきらめる訳だ」


 次郎坊が松明を片手に近づく。グリーンのゼリー状の平面は、瞬時に触手に変化し取り込もうと襲い掛かるが、松明たいまつによって振り払われた。


「プロブは無視する分には問題ないんだが、こうやって道をふさぐ。スライム系のご多聞に漏れず、こんなふうに火には弱いんだが…」


 松明を近づけるとそれを避けるように変化するが、それは大口を開けた形によく似ていて…バクンと飲み込んだ。


「・・・何事にも限度がある」


 松明を離し後ろに飛びのいた。着地と同時にランタンのシャッターを開ける。

 残された松明はダメージを幾分か与えたようだがすぐに鎮火ちんかし奥へと飲み込まれていった。


「つまり、大掛かりな道具が必要・・・もしくは魔法が必須・・・と?」

「そうだな。油の入った樽なんかも有効かも知れんが・・・飛び散っても厄介だ」


 スレイの質問に次郎坊が答えた。油樽より、指向性のあるライトニングで吹き飛ばしてしまおうという作戦だ。


 ライトニングボルト貫通能力を持つ有名魔法だ。その効果は共通でも、そのエフェクトはさまざまだ。有名なのがレーザー状のものを飛ばし敵を貫く。この場合、鏡で反射するんじゃないか?とか議論の的になる。


 その次に放電状の攻撃こちらの方が貫通属性を説明しやすいが、今度は通電するんじゃないか?と、これまた議論になる。


 ライトニングボルト。襲雷しゅうらいを意味する言葉だが、解釈はさまざまで物にはイカヅチと良く似た性質の魔力を投射する等あるが、このゲームでどうなるかはまだわかっていない。使用経験者はいないのだ。


 特に今回使用するオックスはレーザービームのような物と高を括って、ヘッドショットを狙おうなんて考えている。


 次郎坊はそうではない。一方向に必中で貫通攻撃、オックスの思うような貫通武器はFPSに山ほどあるが、避けるのは容易いし、射線に2体の敵を巻き込むにも熟練のテクニックが必要になる。


 もちろんそれはFPSの話であるし、オックスもそれは念頭においている。

 RPGなら気楽に放てる攻撃が、FPSに近い状態でどういったエフェクトを見せるか?


 しかし、それでは効果に天地の差があるのだ。

 ゆえに警鐘けいしょうを鳴らしたのだ。

 そしてそれは興味の対象でもあった。どんなエフェクトがあるのか?ゲーマーの性であるし、楽しみの一つだ。


 戦士系はその辺がごっそり無い。その辺がアタンドットに対する不満といえば言える。


「射出後、俺が先行偵察に出る。盾組み…オーベルとトーレスはこちらの報告後、前進。基本は飛び散ったプロブの掃討、魔法組みはマジックミサイル装填」


「弓じゃなくてか?」

「照明が無い。それとプロブの蓋の下に隠れてるのは不死系と相場がきまってる。溶けちまうしな」


 ・・・その発想は無かった。と一同―――


(・・・一応熟練冒険者だよな・・・)と次郎坊は思ったが、口には出さなかった。


 ガーゴイルボムなんかも知らないかも知れんな。

 ガーゴイルボムなどというトラップは無いが、『ああ、あれね』とすぐに予想がつく代物だ。

 ガーゴイルは彫像に擬態するモンスターで、生きている石像リビングスタチューだったり魔物だったりする。存在自体がトラップだ。だが、知ってるものはまず引っかからない。が、それの裏をかいて自己主張の強い石造に爆薬を仕込んで置く。つまり、ガーゴイルかもと思って爆弾を殴ってしまうわけだ。


 これが基本形で応用は枚挙に暇が無い。ガーゴイルその物に爆薬を仕込むとか、石像自体は無害で囲み込むポジションに別の罠とか、壁を背にしたらその壁がゴーレムに変化するとか・・・


 有名なトラップの形だ。


 プロブも実際相対したことは無かったが、中に耐溶解・耐熱モンスターを仕込んで置くのもよくある話なんだが…


 次郎坊は一抹の不安を覚えた。


 盾組みが作った壁から杖を突き出しライトニング。その後次郎坊が斥候せっこうに出る。攻撃手段は前述ぜんじゅつのとおりだ。


「今回は急ぐことは無い。ノッツ随時ずいじ判断で指示を出せ。基本的に指示はいらないはずだ」


 ノッツは頷いた。


 杖を突き出し、詠唱えいしょうを始める。『ぶち抜けばいいよ』の次郎坊の指示だ。詠唱呪文は視界にオーバーレイで浮かび上がる。それを読み上げればいいのだ。


(・・・ぶち抜け)


 両脇には盾組みが控える。随時判断でカバーする予定だ。


(・・・ぶち抜け) 


 オックスは射出後、手を引っ込めればいい手はずだ。

 杖の先の光球は危険域まで光度が上がる。

 本能的にヤバイのでは?と思うが詠唱を続ける。光の塊は直径60cmくらいの球体になって安定した。

 盾組みはその放電と熱にあせったのか、盾を寄せる。


(エイムとか言ってるレベルじゃねーぞ!)


「ぶち抜け!ライトニングボルトォオオオオッ!」


 エフェクトは予想を遥かに超えていた。


 球体の進行方向以外の世界が一瞬暗くなった。透明なパイプのように見える。その中の世界…空間が…ズリッとずれた。


 その後、光の塊が溶け出したように奔流となって紫電をまとい駆け抜けた。


 プロブに命中する。一瞬で泡立ち爆発するが伝った紫電に絡めとられ後方へ吹き飛ばされ、小さな破片は紫電が焼き尽くしてくれた。


 盾はプロブが炎上する熱気を防ぐ役に立った。


 これには次郎坊も予想外だったのか呆然と立ち尽くした。


「ッス・スレイィィイイイイッ!これのどこが使い勝手のいい高火力魔法だ!」


「…カメ○メ波?」とトーレス。

「…コ○ニー○ーザー?」とオーベル。

「死ぬなぁー死ぬ死ぬ」と、ノッツ。


 そして次郎坊。


「…なんだぁ…あれ…?」


 別に次郎坊が何か発見したわけではない。念のため。




 ◆




 それから何回かの戦闘を経験した。


 基本は戮丸が提案したもの。皆の理解度は経験に比例して増していった。オックスは応用にまで踏み込んだ。提案した内容はよほどの事がない限り受理され、即座に試行される。戮丸の表情から予定通りと言った所だろう。


 失敗しても即座にカバーが入る。

 失敗するとわかってても、やってみるまで結論は言わなかった。

 それゆえに発言する口は軽くなり、そして反論は重みを増した。


 秒単位で決する戦闘。誰もが初体験だった。今となっては、なぜがっぷり四つに組み合った戦闘を続けていたのか?


 ―――不思議に思う。

 一緒くただった盾組みも、個別に相談と指示が飛ぶ。


 俺は置いていかれている気がした。それがスレイの正直な感想だ。

 理解が進み焦りが無いのが幸いだ。


 そして、それが悲しかった。どうしようもないほどの力量の差。肌で理屈でわかってしまう。だから焦りが無い。


 シーフでありながら敵を瞬時に無力化してしまう特質は、戮丸固有のものであった。チートやユニークスキルとは違う戮丸のPS(プレイヤースキル)

 カバーリングやスニークをはじめ、フェイント、シールドバッシュ、些細なものの積み重ねが異常な戦闘力を支えている。


「トリガーのタイミングを磨け」


 戮丸はそう俺に指示を出した。

 脳みそはフル回転しているのに取っ掛かりすら見つけられない。


「お前の出番をカウントに入れてないからさ」

 軽い言葉で俺を慰める。だが、刺さる。


「お前は全部正解を選択しているんだ」

 その言葉に…



「お前は良くやってるよスレイ」

 ―――俺は何も理解していなかった。




「おいっ!」


 スレイはオックスの声で我に返った。


「ボケてんなよ。戮丸が当たりだってよ」


 テンションが上がりっぱなしなんだろう。言葉が乱暴になっている。

 幾つかの戦利品は手に入れた。ただ、当たりではないらしい。普段のプレイなら十二分な戦果だ。

 損傷そんしょう消耗しょうもうを加味すれば大成功だ。まだ、全力戦闘が出来る余力がある。


 ダンジョンの要求レベルに対し、こちらの戦力が圧倒的だからだそうだ。


 呼ばれて扉をくぐる四角い玄室げんしつの中央には箱が置いてある。


 ――宝箱だ。


「始めてみた…」異口同音いくどうおんに感想を漏らす。

 飛びつこうとした俺を戮丸が止めた。



「ミミックだ」

 当たりってそういう意味か・・・





 ◆





 昨日レイプ魔と呼ばれて様子を見てた。

 もちろん、そんな気は無い。常識で考えればありえるはずが無い。女性プレイヤーに興奮して騒いだだけだ。


 それだけで、レイプ魔と言われるのは心外だ。


 どちらかといえば体を張って守るほうだ。

 ビッチには興味が無い。純粋にお近づきになりたい。

 俺が乱暴な事をする訳が無い。


 アニメやマンガで喫茶店のマスターと話す姿は、遠い世界の出来事にも見えたが、ここはゲームで俺たちのフィールドだ。

 アドバンテージはあるし、話題に困ることも無い。コミュ障の自覚もあるが、普通に話せるし・・・


「ちょっと冒険いかね?」

 先を越された。


「え?」

「いや、俺たちもいきてぇんだけど、あんたの相棒にプリースト取られちゃってるんだよ」

「私、初心者だから・・・」

「そうやって殻にこもっちゃう?よくないよ。コミュニケーション大事。わかる?」

「でも・・・」

 ガルドは無言で首を振る。


「じゃさ。これでどう?」

「シャロンちゃん親衛隊しゅーごー!」

 (なにぃ!)


 似たような考えの奴らがいたのか?そりゃいるわな。ゾロゾロと集まりちょっとしたお祭り騒ぎだ。


「こんだけ居れば安心でしょ?ぜぇったい危ない目にはあわせないよ。アカウント賭けてもいい」

「大規模パーティーけっせーい!ひーふーみー…総勢15名シャロンちゃんの安全を誓いまーす」


「誓いまーす」合唱が響く。

「でも・・・」

「俺たち待ちぼうけ食らってんの可哀想でしょ?責任とってよー」




「レベル1のプリーストを取られた責任って何だ?」


 ガルドの一言に、冷水がぶっ掛けられた気がした。




 ◆




 ―――宝箱は開かれた。

 そこには色とりどりの金貨宝石がある。ゴージャスな光景だ。

 吟味ぎんみする。財宝に埋もれるようにクスリビンと剣を見つけた。

 少し考えているようだ。

 意を決したのか手が伸びるが、そのとき数枚のコインが裏返った。


 裏にはレリーフではない本物の目玉があった。


 その目玉たちが目にした光景は剣を振り上げた姿勢の剣士。上顎たる蓋を戦斧で打ち砕くドワーフ、クスリビンと剣を掠め取り、閉まっているはずの出口から走り去る盗賊の姿だった。


 ガコンッ!


 そんな音がして天井がゆっくりと下がり始める。

 剣士は無情むじょうに剣を振り下ろす。


 本来なら、盗賊は腕をくわえられ、閉じ込められた冒険者は口論を始める。当人たちも気づかないのだろう。どんな正当性があっても、どんなに理にかなっていても悲鳴に過ぎないということを。


 盗賊は助けを求め、戦士は腕を切り落とすべきだと主張。気が利いた奴なら扉を破壊するかもしれない。扉はそんなものでは壊れないし、魔法でも無理だ。唯一可能性のある盗賊も腕を落とされては作業が出来ない。


 何かしら意思を統一できれば脱出方法はあるのかもしれない。


 しかし、それを待つほど吊天井は遅くは無かった。


 そのはずなのに…


 剣士は剣を振り下ろし、数枚の本物の金貨を拾って悠然と立ち去る。ドワーフは金細工に興味があるようだ。身長の低さも手伝ってうれしそうに歩み去る。


 出口の枠に寄りかかる盗賊は様子を見物している。


 扉を閉める仕掛けの紐は切られている。それは見せ餌。丁番ちょうつがいは壊れていない。

 魔法のナイフが隙間に刺さっていた。

 それは安物のどうでもいい性能の物なのだろう。最低限のマジックアイテムの性能。


《壊れない》


 誰もが立ち去った。降りてくる天井に盗賊の表情はうかがえない。口角を片方だけ吊上がったのを見た瞬間彼は生まれてはじめての第一声を発した。


「…えっぐいトラップ」

「そうか?」

「この薬は何ですかねぇ?」


 スレイは未鑑定で分かるはずも無いのにそんな事を訊いた。次郎坊には大体の目星は付いているのだろう。


「高確率で毒薬だろう。揮発性の…」

「ちょっ…おまッ…」

「えぐけりゃ、えぐいほど高値がつく。鑑定しだいだが、神話級の毒薬とか設置しちまうことはよくある製作者(GM)のミスだ。この場合色水(いろみず)だった場合が、一番気の利いたトラップだ」

「うっへぇ~」


 予想外?予想通り?の次郎坊の説明に、横で聞いていたオックスは顔をしかめる。


「じゃあ、その剣がここのお宝ッスかね?ショートソードか…」

「まぁ、それなりにいい物だろうな。+2くらいか?付加能力なしってとこかな?」

「何でわかるんだよ?」


 これはノッツ。次郎坊がチートプログラムを使っていると、思っているからこそ口調は乱暴だ。


「いや、それ自体がトラップだから…見餌みせえの性能ぐらい予想がつくだろ?」

「ほかに…」

「えっぐいトラップだ。即死系だからな。それを乗り越えた。それなりに見返りが欲しい。+2ショートソード…アタンドット(ここ)で無ければ誰も使わないがレア度では飛びぬけてる。妥当な落としどころ…お駄賃だちんにはちょうどいい。じゃあ、+2のお駄賃渡して追い払いたい物ってのはなんだ?」


 ―――つばを飲み込む。


「それを確かめよう。…そら、宝箱の蓋が開くぜ」


 下がりきった吊天井が上がっていく。


 まだここは終っていない。少なくとも次郎坊にとっては―――





 ◆





 ガランとした玄室の中、潰されたミミックの残骸が散らばる。


 ―――カラン


「…死んでんな」


 ノッツのつぶやきに、『甘いな』と次郎坊が思ったが口には出さない。ミミックの生体構造なんてわかりはしない。死体が残るアタンドットでは、その確認も重要になるのだ。

 犠牲者いけにえが出る前に覚えればおんの字か・・・


「しっかし・・・床の傷でミミックを見抜くとわね」


 あきれるトーレス。普通はあんなに密集してつかない。宝箱と戦わない限り。


「・・・これがお宝?・・・ってわけないですよね」

 金貨を一枚一枚裏返して、確認してから回収しているスレイ。金貨十枚でも確かな成果だ。逃す訳にはいかない。


 残骸の中にも幾つか取りこぼしはあった。

 先の魔法アイテムは壊れないの法則にしたがって、ひしゃげていないアミュレットやブローチには期待が高まる。


「ま・ね。ここでクイズだ。おかしな点がありました。それはどこでしょう?」


 次郎坊の問いに一同思案する。


「なにもなかった?」

「――ミミック居たじゃねぇか」

「それ以外でよ」


 オックスの茶々に、スレイではなくトーレスがフォローする。確かにこの部屋には何も無かった。


「それもあるな。そこで俺は吊天井と落とし穴を疑った」と次郎坊は答えた。ハズレらしい。


「考えもしなかった」

「だが、今考えるとそれは罠のシグナルだったんだろうな」

「シグナル?」


 理屈で言えば次郎坊の意見は正しい。だが、ここはアタンドット。次郎坊製作(さくせい)の際に財宝もある程度リポップするのは確認している。家具や調度品を財宝扱いにしておけばさらに陰湿なトラップになる。


 誰が再設置してるんだよ?ジレンマはここでは発生しない。


 ゆえにシグナル――


「じゃ、手加減されてるって訳かよ」

「この世界でしか通用しないトラップの活用法だ。製作者も良心の呵責かしゃくがあったんだろ?以後、注意が必要だが何もできなくなるのは不味まずい」


 オックスは不満のようだ。初心者部屋で本気も無いもんだ。


「おかしな点かは判んないけど、ミミックって跳ねてるイメージがあったんだよね」


「それ正解」


 えっ!?

 予想外の言葉に発言者のオーベルを含め全員が驚きの声を上げる。



「ミミックってのは跳ねるか飛ぶかしないと攻撃も回避も出来ない」

「このトラップだから…じゃないんですか」

「確かに、トラップの趣旨からしてトラバサミでも代用できる代物だ。だが、想像してみてくれ、ミミックが飛び回っても不具合があるか?」


 ―――


「ねえ…っていうか。より性質悪ぃ(たちわりぃ)

「じゃあ…動かなかったじゃなくて、動けない理由があった?」


 スレイは部屋の一点を見つめてそういった。


 ・・・全員が同じところを見ている。



「―――そりゃわっかんねーや」


 オックスは大笑い。


「それがダンジョン製作者の狙いだよ。必死で探す奴らの意識の隙間にそっと財宝を仕掛ける。それが製作者側の醍醐味だいごみ。そしてそれを看破かんぱするのが俺の醍醐味」

「それじゃ歴史とか理屈とかって…」

「そいつは論者ろんじゃどものおもちゃだ。俺には関係ないし興味も無い。現物無しじゃ永遠に答えが出ないんだよ。スレイ」


 最も確率の高い答えは出るだろう。現実がそうである保障は無い。


「じゃあさ、もうトラップはねぇんじゃねぇか?」

「俺もそう思う」

「なぜ?」


 今度はオックスがスレイに説明する。いつもとは立場が逆なのだろう。ニヤニヤと嬉しそうだ。


「この流れで罠再起動とかって、そりゃ覿面てきめんに効くさ。でも、底が知れる」

「ま、引っかかってやる義理は無いがな・・・」


「いやぁ、おれ馬鹿だから頭脳労働はスレイに丸投げだったんスよ。こういうことなら俺でも役に立てそうだ」


 次郎坊はにやりと意地悪そうに笑っていった。


「いやあるかもしれないな。・・・トラップ」

「どんな?」

「落とし穴・・・ですか?」

「いやいや、俺たちのハートをえぐるトラップ」


 その証拠だと言わんばかりに足で地面をけり「落とし穴はなさそうだ」


「ちょっと、想像がつかないわ」

「石の中に居る?」

「そりゃ詐欺さぎだよノッツ・・・」


 一同は想像も付かないらしい。次郎坊は経験・・・仕掛ける側(ゲームマスター)の経験から知っている。



「いや…紙が一枚置いてあって《はずれ》って書いてある」





 …………


 爆笑が木霊した。


「・・・それはっ・・・きつい」

 スレイは息も絶え絶えに感想をこぼす。


 袋小路は抜けたようだ。そんなことを次郎坊は思った。

 オックスのようなプレイヤーはセンサー。

 スレイのようなプレイヤーはそれを慣らすマッパー。

 どちらも重要な資質だし、誰もがどちらかに属している。


 どっちが優れているとかではないのだ。優劣ゆうれつを競い合うのではなく。結果を導くピースになる。

 その作業を楽しめれば問題は何も無い。


「じゃ、ご開帳といきますか?」


 ノッツは出口に走り、手の中の耳を確認する。

 オーベルは天井をにらむ。

 トーレスは中間に立ち不測ふそくの事態にそなえる。


 二人は興味きょうみが勝るらしく覗き込む。





フタだ」


「マスターの意識はここまで伸びてるって事ですね」

「スカだったらどうするよ?」


「何もしない。そのレベルなら俺の手が届く」


 二人はニンマリと悪い顔を浮かべた。


「俺としてはご褒美もらって、水に流してやるってのが妥当案だとうあんなんだがなッ」


 めちゃくちゃな上から目線であるが、一同はその意味を正しく理解していた。


 蓋が開く…







「あたーりー」

 次郎坊の間抜けな声が響いた。


「すっげぇえええええっ!」

「何ですか?何なんですか?これこれっ!」

「やったなあ」

「ちょ・・・ズリィ俺にも見せろ!」

「・・・お金・・・」


 黄金のコインに敷き詰められた宝石箱の有様だ。見た目ほど金貨の数は無いだろう。その中に展示用かと思うほどきれいに並べられたアイテムの数々。


「次郎坊!あんたぁ、いつもこんなん見つけてるんかよ!」

「ハズレも引くよ。ただ、あたりは多いね。さすがビギナーダンジョンといったところか」

「この価値の期待度きたいどは!?」


だい。条件が厳しいし、魔法使い必須ひっす。レベルも必須。ライトニングが最低条件だ。それに即死トラップにブラフ。ビギナーを考慮こうりょに入れると肩透かしはもう無いだろ?素直にご褒美くれるだろう。ただ、鑑定するまで無闇むやみいじるなよ。ミダス王になるぞスレイ」


「ミダス王?」


「触れるもの全てが金に変わる呪いを受けた王様。ご褒美ほうびの枠が上に上がってるんだ。性能の高さこそがデメリットな意地悪なご褒美ってのは当然ある」


「そういう言い回しはどこで?」

「誰も使ってないだろうよ。ただ、慣れた人間ならピンとくる」

「なるほど…これからも質問していいですか?」

「ああ、かまわない」


 そうやって人はネタを仕入れ、気づいたときには重度のオタに・・・


 未探査エリアのクリアリングはこれで終了した。ここで一旦帰って、レベルアップとアイテムの分配、それで大幅にパワーアップできる。

 魔法のリチャージも出来るし次はプロブは無視していい。


「倍プッシュだ」

 ・・・オックスはかかってしまったエンジンが止まらないらしい。確かにまだ未回収のアイテムは存在する。次郎坊が持ちきれなかった分だ。




かかえ落ち駄目絶対」


 そういったのは意外な事にノッツだった。


「珍しくまともな意見だな」

「おれっ!2レベルなんスヨ!しかも呪文が【サーバントスネーク】のみ!勘弁してつかぁさい」


 涙の訴えである。そりゃ帰るわな。


「帰って酒場で一杯やりながら分配と行こうぜ。鑑定してからがいいよな」


「…………」


 ん?一同の様子ががオカシイ。


「…そっかぁ。しなくていいんだ節約…」

「何をいまさら…」

「今まで、鑑定代捻出かんていだいねんしゅつするために小銭こぜに集めて…」


 次郎坊には想定外の悩みだった。


「普通…あまるんだが…」


 この一言は貧乏欠食児童びんぼうけっしょくじどうには衝撃の一言だった。


『俺たちはッ間違っていたッ!』



 散々《さんざん》っぱら次郎坊が指摘してきしてきたが、まさかこんなところで痛感つうかんされるとは?まさかの発言である。発言者がオーベルというのも…苦労してきたらしい。


「余るだろう?なんに使うんだ?」

「鎧とか色々あるでしょう?魔法の武具とかも欲しくなるし」

「拾えばいいだろ?鎧なんてソロプレイヤーにはレザーで十分」

「・・・レベルたかッ!」

「レベルは7レベル君たちより1引くいよ」

「・・・経験値が違うのよ」

「プレイ日数2日目の新人です。御指導御鞭撻ごしどうごべんたつお願いします」

「現実の暴挙ぼうきょだ」


「なぁノッツ。あそこのああいえばこういうアントワネット様は、きっと宇宙航空戦艦不知火様うちゅうこうくうせんかんしらぬいさまなんだぜ」

「ああ、先制雷撃せんせいらいげき空爆くうばく持ちでMNB持ちのだろうね」

「で、俺たち駆逐艦くちくかんな」

「大型新人って言い張るなら、落下したらきっと地球がヤバイサイズよね。絶対」

「ひどいなぁ」


 SNSの初心者部屋のようなやり取り、問題は立場が逆な点以外は何処どこにも無い。


「次郎坊さん」

「なんだい改まって?」


 スレイは何か聞き捨てなら無い言を聞いてしまった顔をしている。


「さっき聞き間違い出なければ【ソロプレイヤー】っていいましたよね」

「見てわかんない?ソロ用の装備なんだが?」


 言われてみれば、戦闘は無視できる。彼なら最小限で済ませるだろう。腰につけたランタンもシャッター式でガラスを使ってない。そして見事みごとなほどに使いこなしている。今回のようなケースはイレギュラーで彼ならほかで十二分にまかなえた。アイテムの採用基準さいようきじゅんも常人のそれとは違うのだろう。+1プレートでがっかり出来る。


「じゃあ、光源になるアイテムとか欲しいんですか?」

「ああ、ほしいね。こいつで事足りるけど、つけっぱだから熱もってあちぃんだ」

「ありがとうございます」


 ヤバイね。仲間と認識していたが、次郎坊にとっては初心者講習だ。


 ―――見捨てられる!次郎坊に延々と付き合う義理や義務は何処にも無い。


 スレイは次郎坊以外を集めて作戦会議を行った。


「あの人は真性だ。金は分配後、全額接待費ぜんがくせったいひに当てます!」

「おk!リーダー!」


 スレイは見事なまでのリーダーシップを発揮した。


 ただ、接待するおねいさんは全て戮丸の持ち物だ。という現実を彼らはまだ知らない。





 ◆





「戮丸っつーの?昨日ひどいこといってんジャン?びしっと決めてわび入れさせようぜ」


 そう言って彼は俺の肩を叩いた。

 当然内心憤慨とうぜんないしんふんがいしてたし、彼の発言は意外に聞こえた。


 人種が違う。


 そう思っていた。ファミレスで聞こえてきたしゃべり方。内容。ネットでこそ、こういう口調だがリアルでは使わない。会社での立場があるし、友人関係も…

 砕けた口調で話せる相手はいた。それでもここまで汚い事はない。


「食った?」(なにを)

「ああ、食った食った」(クズが)

「…ひーひー泣き喚いてな。演技うめーんだから…」(脳みそついてんのか?)

「最後にゃ自分から…」(諦めただけだろ?Jk)


 耳に差し込まれるそんな会話に憤慨し、内心で突っ込みを入れる。脳内では勧善懲悪かんぜんちょうあくヒーロー妄想が繰り広げられる。時々、ガンくれという嫌なCMが入るが、目線をはずせばすぐに終わる。

 因縁いんねんをつけられるほど、雑魚ざこじゃない。


 そういう人種だと思っていた。それだけに驚きがこぼれてしまう。


「え?」

「って、マジ?マジレイパー?」

「ンなわケネーだろ!」

「だよなー」


 彼はそう言って納得なっとくしたようだ。


 シャロンは彼が連れ出した。話を打ち切るように彼女をせかして…


「冗談ありえねーツーの。人をレイパー扱いしやがってそんな飢えてるように見えるのかねぇ?」


 心外だといわんばかりに愚痴ぐちく。


「だよなー」

「そんな飢えてねーし、やらせてくれる友達くらいいるっつーの」

「え?」


 ――ぜろ。


「あれ?飢えてるー?」


 ――見抜かれた?


「じゃあ、今度友達紹介するよ。仲良くなればすぐだって。秋葉原?新宿?」

「・・・北海道」

「おぅ・・・」


 距離がにくい。でも、連休に有給足せば…


「―――で、いくら出せばいい?」


 この一言が彼の逆鱗げきりんに触れた。


「って、ばっかじゃねーの!トダチダッつったろ!とーもーだーちっ!わかる!?金なんか出すなボケ!俺が嫌われる!」

「そうじゃない君にだよ!」

「アーいらない、いらない。金出すんなら北海道だろ?ススキノだっけそこ行けば?」


 一気にしらけさせてしまった。




「悪かった悪かった」

「いや、そんな話じゃなくて、プロのオネーサンの方が上手いよ。ヤリ目的ならそっちの方がいいよー」

「そうなの?」

「そういう友達もいるけどさ。プロはビジネス。気持ちよくして何ぼだし、俺、友達とする時そんなんじゃねぇから、どっちかってゆうと気持ちよくしてあげるほう?奉仕の精神?」

「そんなもん?」

「そんなもん」


 そう言って彼はニッと笑った。


「じゃ、シャロンちゃんと仲良くなるところから練習だ」

「お、おいっ!」

「イーっていいって俺に任せて、応援するよ!」


 ――多分、あいつはもてるんだろうな…





 最初の洞窟のような場所よりははるかにましだった。

 それでも石造りの通路を渡る風は湿しめっていて冷たい。16人という大所帯おおじょたいは怖くもあり、たのもしくもあった。俺にはよくわからないのだが、15対1という男女比だんじょひはいかがなものなのだろうか?


 やはり怖いのか?逆らえないという無言むごんのプレッシャーに自我じがを押しつぶされてしまうものか?それとも逆に15の下僕げぼく安堵あんどするものなのか?


 多分たぶんシャロンは前者ぜんしゃなのだろう。




 異様いよう雰囲気ふんいきだ。そのダンジョンの雰囲気も異様なら、そこを歩く集団の明るさも異様だった。まるで遊園地にはしゃぐ子供のようで…ただ、彼らが何を楽しみにしてるかはわからないし、知りたくもなかった。


 15人は3人5列の方陣ほうじんをしきながら進む。3の2列6人パーティーを前衛ぜんえい後衛こうえいに分け中心にシャロン。直援ちょくえんに3人、左右と後ろ分厚すぎる布陣ふじんだ。通路の幅は、もっと広い学校の廊下くらいある。剣を振り回す都合つごうというのもあるが、接敵せってきしたさいに2列目の人間が1列目の隙間すきまを埋めるようにシフトする。密集みっしゅう混雑こんざつけたスペースはとってある。最前列が戦闘を開始したのを最後尾が見えないということはない。

 この間隔なら最後尾の人間が最前列と交代するのも、さして苦ではないはずだ。


 罪人ざいにん護送ごそうに見えなくもない。


 そして戦闘のたびにローテーションを繰り返す、複雑な交代のはずなのに、よどみなくこなすのは、この戦い方の練度の高さゆえだろう。

 前後の間隔は横と同じ位とってあるが、6・3・6で距離をとってある。不意の襲撃しゅうげき視界確保しかいかくほのためとの説明だ。


 全ての人間にリスクと経験値を等分させるために、編み出された布陣という建前たてまえだ。


 その説明に、おかしな点はないのだろう。確かに戦術的には正しい。

 ただ、現時点で均等化きんとうかされたのは、シャロンとの接点に変わっているのだ。


 この布陣なら全員がシャロンとおしゃべりが出来るし、敵におびえる必要もない。極端に割りを食う人間が現れない。男たちの暗黙あんもく連携れんけいである。


 ただ、シャロンは同じ質問に5回答えなければならないが、男たちはそのデメリットに気付いたふうはない。


 戦闘で敵を倒す度にその様をアピールしてくるが、それがまったくプラスになってない。そのことに気づいてないのは、ダンジョンの暗さのせいだけではないようだ。


 ――ゴブリンの死体を見せられてもうれしいはずがない。


 隊員は全て戦士系。戦士、ドワーフ、エルフのいずれかだ。

 エルフと聞くと線の細いイメージがあるが、能力的には戦士とまったく変わらない。筋力的にも戦士となんら変わらないのだ。ちょっとしたスーパーマンといった位置づけ。


 ドワーフの戦士、エルフの魔法使いと表記しないのは、そのまま職業として適用されるからだ。

 ちょっと奇異きいに感じるが、彼らは本来ほんらい部族として暮らしている。その長命ちょうめいさにより職業というものはない。自分が使う武器は自分で作るし、戦いもする。そこまでできて一人前と認められるため。俺は鍛冶屋かじやだから戦えないとかの言い訳は通じない。弱者じゃくしゃ遠吠とうぼえでしかないのだ。

 それらをシステム的に反映はんえいしたのだろう。


 そんなことを自慢げに教えてくれた。


 編成の中にも亜人種あじんしゅの割合は高く、そのメリットを自慢・・・話の種にしてきた。

 エルフは美形で目もくらむのだが、複数いるとありがたみが失せるうえ、・・・見分けが付かない、皆、同系統の顔をしてる。ドワーフのほうは髭玉ひげだま頑固爺がんこじじぃといった風で親近感しんきんかんいたが、やはり見分けが付かない。


「戮丸って変わり者なんだ」

「ドワーフのほこりもない軟弱者なんじゃくじゃ」


 と、おどけていったドワーフに思わず笑ってしまった。

 いかにも頑固爺といったルックスでも声は普通なのだ。むしろ、戮丸のほうが声と外見があっている。


 戮丸の言っていたような不安は薄れていた。中身は合コンとかにいるような人たちばかり、警戒しすぎという、周りの意見にうなずいてしまう。下心が見え隠れしてしまうのは仕方がない。気にして会話が切れてしまうほうが困る。時々《ときどき》飛び出す下ネタも会話の潤滑剤と思えばむしろ必要に思えた。

 (職場にはもっとひどい人いるしね…鈴木さんとか…)


 何をした?鈴木…


 あいも変わらずグロテクスな『トッタドー!』は続く。それには「はいはいお疲れ様」といった保母チックな受け答えで流す。何の感銘かんめいもない。ただ、嬉しそうだから微笑で返した。


 そんなことよりも、そこへ至る過程かてい…手際がよすぎる。クリアリングにフォーメーションチェンジ流れるようで戮丸のあざやか過ぎる動きに通じる。

 そんな真剣な眼差まなざしの方がよほどドキッとしてしまうが、この辺はまださとられないほうがいいだろう。


 戮丸にぼろくそに言われているが、彼らは上手いのだ。あのデスダンジョンを乗り越え、まだ残留ざんりゅうしてる。そのことからも下手糞へたくそではつとまらない。


 彼らは勘違いをしてるだけなのだ。


 MMOはその特性上極端とくせいじょうきょくたんに成長が遅い。プレイ時間は千とかはざらだ。その時間プレイヤーを満足させるには軽々にレベルアップさせる訳にはいかない。コンシューマーのように四十時間でエンディングが見えるようなバランスはユーザー側も望んでない。四十時間で遊び尽せるMMOなど薄味すぎる。


 一同の中にはこのバランスに満足しているものすらいる。

 大半の人間はまだ軌道きどうに乗ってないだけ…かせぎポイントにたどり着いてないだけ、それが残留している理由だった。


 このゲームの特性上、wikiを閲覧えつらんしながらプレイは出来ないし、SNSで質問しても『必要ない』『意味がなくなる』との一点張いってんばり、wikiも建造中で放棄されたものばかりの徹底ぶり。


 そこまで民度みんどの高いゲームがつまらない訳がない。


 それだけをかてに彼らは生き残ってきた。フォーメーションごときで、もたつくようなプレイヤーはいないのが必然ひつぜん


 一行の道は分岐点ぶんきてんかった。

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