062 警察署屋上にて警察官一名落下
署の屋上で缶コーヒーの蓋を開けた。プシュと空気が交換される音がこだまする。
空には白い雲。ぷかぷかと気持ちよさそうに浮かんで・・・
間籐達也はコーヒーを飲むでもなく。ただ、雲を見上げていた。
そう見えるの外見上だけで、内蔵されたCPUは忙しく本日の書類を書き溜めていった。今頃デスクのプリンターは出力を始めているはずだ。未来の時刻の書類は予約印刷に放り込んだ。
当然ズルではあるが、書く内容は決まっている。今日も変更は無いだろう。普段はしないが、今日は定時で上がりたい。仕事を前倒しでやっているだけだ。変更があれば、その箇所は変えればいい。
実質、不都合は無い。だいたい、その時間にならなければ書いてはいけないと言う法はないのだ。悪いことはしていない。
『もし変更があったらどうする!』
そんな事を責められた事があったな。その時は黙って『ハイそうですね』と従っていたが、前倒しに働いた分が無駄になるだけで個人の自由だと思う。
事件や事故があれば仕方が無いが・・・やめよう。
コーヒーを口に運ぶ。すっかりぬるくなってしまった。秋だなぁ。
「よ!マティ」
「その名で呼ぶなよ・・・」
「ボーっとしてるな。そんなにショックだったか!?」
そう言って佐藤は警察官に有るまじき下卑た笑みを浮かべた。
間籐達也でマティだ。リアルでも通じる愛称だ。先っちょ黒マティから来ているから気に入っている物ではないが・・・佐藤でシュガーより百倍マシと諦めている。
「この人でなし」
「ひどいな?俺に何が出来たと?あの事案発生の場で?」
相当な状況だったらしい。あれから召集して移動だからシバルリ到着はまだ先だろう。
「直で行くのか?」
「ディクセンに一旦よるらしい。新着情報は当分先だな」
「ダンジョンな・・・攻略開始したから・・・」
「うっわwwwひでwww」
「草はやすな。銅貨一枚残さず掃除してやるよ」
「人でなしwww」
「お前が言うな」
――――そんなにショックか?
ああ、置いていかれたんだっけ。こっちはそれ所じゃ無い。説明しようかと思ったが止めた。
秘密は大事だ。
これは意趣返しなんてものじゃ無い。決して・・・
――仕返しだ。
「ああ、そんな所だ」
シュガーは『ご愁傷様』と嬉しそうに去っていったから、良心の呵責は無い。
旅行気分で浮かれているが旅団はそんなに甘い組織じゃ無い。行軍演習を兼ねているだろうし支援任務もあるだろう。行動パターンを最小化して統一する【旅団】の傾向から地味にきついしめんどくさい。
シバルリと真逆のアプローチ。それも正解だと思う。
ただ、個を捨てると言うのは簡単か否かではなく。厳しいものだ。
シバルリのやり方の方がしょうにあってる。ゲームだしね。
ボーっと見えるのは頭の芯が痺れている。濃密過ぎる時間だった。事件も当然濃密ではあったが、そのあとが凄かった。
何しろ、予想と何もかもが違った。
あのメンツでメイン盾は誰だと思う?
正解はノッツだ。
防御の上手い順から考えても最下位のノッツがパーティの盾を勤めたのは意外だった。
大吟醸は特化型アタッカーだから除外される。それは判る。うん。
ダイオプサイトがメイン盾だと思っていた。事実重い攻撃はオプさんがいなしている。それはメイン盾ではないのか?答えは否だ。
オプさんは広域殺戮兵器という側面を持つ。
物騒な響きだがそうとしか表現できない。ボクサーを彷彿とさせる動きでハンマーは根元を持ち。盾とハンマーでジャブを打つように敵を追い詰めていく。
ハンマーは大きなものではないが拳ぐらいはゆうにある。そんなもので小突かれるのだ。ガード云々を無視して運ばれる。そして、敵が追い詰めると回転式バックハンドナックルの要領で吹き飛ばされる。回転の際に当然ハンマーは本来のもち手の位置に滑らせる。
その軌道上あるものは須らく弾き飛ばされ、壁のシミになる。
固めていると言うのは御幣らしい。位置さえ良ければ初手からバックハンドナックルが飛び出す、敵が軌道上に納まるように調整するためのジャブらしい。
その手管は見事としか言いようが無い。何時でもどのタイミングでも飛び出すのだ。本来、足が絡まる。それを細かいステップでこなしている。
そうなると問題が出る。大吟醸もオプさんも防御を考慮した位置取りは出来ないのだ。
そこでノッツが防御の要となって二人の致命的なポジションに位置取りするのだ。
ノッツも防御の要であるが、実に攻撃的な動きをする。
ノッツ自身はそれほど火力が無いが、殺戮の渦のようなオプさんが隣に居る。そこに敵を放り込めば、事実上のワンキルだ。大吟醸には振れないのかといえばそうでもない。時に放り投げ大吟醸の足場にと提供する。
このパーティの司令塔は紛れも無くノッツだ。見事なリベロだ。
ダイオプサイトのメイン盾を提案したが、現物を見たら撤回は余儀なくされた。
旅団方式が間違っているとは今でも思っていない。だが、シバルリ方式は速い。撃破スピードが段違いだ。つばぜり合いが終るタイミングに決着がつく。
当然、勝てる敵には圧倒的な強さを発揮するシバルリ方式。では、僅差の相手には?旅団式寄りの戦い方にあっさりシフトした。そんなことは百も承知なのだ。スタイルに固執していない。
完成している。俺の入る余地が無い。
試行錯誤が必須なシバルリ方式は旅団式の戦い方も内包していた。
ここで敗北感に打ちのめされていれば、それはそれで救いなのかもしれない。
俺に急造でノッツの代わりは勤まらない。そう言ったら即座に打開策が飛び出した。
攻撃的司令塔になって欲しい。性能を熟知して攻撃を組み立てて。
大吟醸は大抵のモンスターは狩れるがワンターンワンキルが限界のオフェンス。
ダイオプサイトは弱い敵なら纏めて狩れるウィング。
ノッツはリベロ。決定打に欠けるが、守勢は一手に引き受ける。パスでキルも取れる。
足りないのは?
攻撃的ミッドフィルダー。敵陣に切り込んで敵を仕分ける。トロールを実力で圧倒できる。場合によっては遅滞行動でもいい。次のターンにはどちらかが駆けつける。マティと戦いながら大吟醸をこなせるトロールは居ないし、純粋なダメージレースなら、ダイオプサイトの後押しで十二分にキルが取れる。
名刀と死神の鎌とリジェネを手に入れたでござるorz
――嫉妬する間もねぇ。
「僕のときより遥かにマシだよ」
ノッツ・・・アンタのような名司令塔のグダグダな姿って想像つかないんだが?
――第一章参照(宣伝)
「まず声出していこう」
「いや、指揮の精度から言ってノッツのほうがいいって」
「当然僕も指示を出すよ」
「パーティが混乱するだろ?だから・・・」
「たかだか四人でか?ありえねぇよ」と大吟醸。
「・・・むしろ、喋るなってのがわしには理解できん。間違ってればわしらでも怒鳴り返すのが普通じゃ」
根本から違いすぎる。俺はこんな戦い方は知らない。
後で聞けば、ノッツも同じだったとの事。指示出しになれるという側面もあるが、まず、意見を発信することが大事だという。
そして、相談より実践。相談や駄目だしは当然したが、起こりもしていないことで論じ合うよりは経験を重ねることを優先した。議論が堂々巡りになる前に実際やってみるのだ。
で、やってみるとマティにとってだけ致命的な事態が浮き彫りになった。
指示のスピード。一応マティが指揮官と言うことになっているが、彼らの積み上げた連携はマティのスピード軽く上回り・・・頭はフル回転を余儀なくされた。
叫ぶ、怒鳴る。当然ミスもする。課題は潰した先から湧き上がる。戦闘終了のたびに話し合った。そうやってアジャストした。
行動必要面積の広さ、状況に応じたポジショニング、スイッチのパターンそれらを驚きの速さで構築されていく。是非はやってその手ごたえで判断する。
充実していた。
冗談みたいな提案も『やって見よう』と返ってくる。まあ、三人のスタイルが普通に見れば悪い冗談にしか見れない。当然と言えば当然か。大吟醸のようなバトルスタイルは「夢見すぎ」と笑い飛ばされる。その過程も決して効率のいいものじゃ無い。パーティ内から糾弾されてもおかしくない・・・が彼らはその先を知っている。
間籐達也は缶コーヒーを口にするが空であることに気がついた。
頭の中は個々の持ち味を生かす位置取り、マップ未探査地点の攻略順試したい事、やりたい事は山ほどある。
達人とは落ちる様になっている物らしい。マンガで読んだ。実際はどうだかわからない。でも、廃人はそういうものだろう。その落とし穴に一人のお巡りさんが今落ちていった。
その顔はだらしなく笑っていたのだろう。