059 エイドヴァン周辺情勢と不運な戦士
ここはエイドヴァン地方、宗主国と王都は遠い。その名前すら忘れられたのが証拠だ。四つの藩と一つの小国が寄り添うようにたたずむ。藩と言うのは便宜上の方便だ。一つの藩が複数の領主貴族によりコロニーをなしている。厳密に統治とは言いがたい。本来なら統治した領主の名が頭にくるのであろうが・・・きりが無い。常に流動している。それぞれの藩が戦国と思ってもらって構わない。日本の方式に倣うなら【くに】と書くべきなのだろうがややこしい。
奇妙な文化圏だ。一つの小国が四つの戦国に囲まれているのだから――
当然、その小国は襲われないのか?と疑問が残るが、元来、王国軍は侵略が目的ではなかったようだ。今となっては小国に価値は無い。有るとすれば、陰謀を張り巡らせるための巨大な空き地。それが、エイドヴァンに住む者の共通認識と言える。それはあまりに非効率なのだが、その前提のまま時代が流れた。行き成りやめる訳にもいかない。社会が既にその形に対応してしまっている。
小国の名はディクセン。起伏の激しい国土。痩せた土地。農耕には不向きだ。畜産はどうにか?王国に匹敵する歴史の深さからか遺跡の類は随一。他には何も無い。冒険者からみれば垂涎の土地と言えるが、遺跡から溢れた怪物の群れと貴族同士の陰謀に疲弊した土地。とてもお勧め物件とはいえない。
小国を見捨てた四つの藩はケイネシア・オーベルジュ・ダグワッツ・クライハントとなる。文化レベルの順もこの通りだろう。ケイネシアは古都の様相で、オーベルジュは商都、ダグワッツは廃都、クライハントは開拓と言ったところか?
物語に出てきたオーメルはケイネシアに本部を置く【赤の旅団】に所属している。戮丸情報では【紅の盗賊団】が正式らしい。全員が赤い布を体のどこかに装備している。デフォルトでは腕に巻くそうだ。これはTRPGプレーヤーだった頃の名称だったそうだ。その頃のゲームでは帝国揺るがす勢力になって、当時戮丸がマスター権限で代えさせた。帝国の会議のシーンで【盗賊団】は聞こえが悪すぎる。
実際に最初は本当にチンピラ盗賊団だったのだ。
戮丸「まるで紅巾党だな」
オーメル「うっさい」
こんなやり取りがあったとか無かったとか?
そんな廃人達のやり取りは他所に【赤の旅団】の評判は高い。格式が物を言うケイネシア最大のクランだ。陰口を叩くもの後はたたないだろうが、圧倒的な民意で押し流している。新撰組に近いものか?
オーメルがマスターを兼任するギルド【ポリスライン】。いうまでも無く警察機構だ。何故、オーメルなのか?その問いの答えは簡単だ。彼ほど個人戦力を有しているものは居ないからだ。【ポリスライン】内で反乱を起こしても圧倒できる戦力を所持している。少なくとも回りはそう認識している。
ここでは語らないが【ポリスライン】は厳密に警察的な組織ではない。この世界には騎士システムと言っていいものが存在している。それを監視するのが本来の【ポリスライン】姿である。
要は力を持たないものには勤まらない。
ほぼ、エイドヴァン最強と言っても過言ではないのだが、オーメル自身に征服欲は無く。のらりくらりと受け流す。そうでなければエイドヴァンの勢力図は何度書き換わっていた事か。
後見人ともいえるオーランド卿もそろそろ用済み―――ガレット亡命の一件から―――切り崩しにかかっているが、当の本人がケイネシア不在である。
その行動は、かなり危険な賭けではある。
しかし蓋を開ければ、オーメル不在と言う事態を受け、【旅団】の中枢メンバーが監視者として睨みを利かせ始めた。切り崩し工作も下手に手を出せば、何処から臓腑をえぐられるかわかったものではない。
オーランド卿から見ればオーメルは逃亡であるが、民意は違う。
低レベルながらもオーメルの一撃を凌いだ戮丸某の出現。その後、オーメルが激しい修練を開始したとの報。そして、その映像の流出。
民意どころか、宮廷内での話題はそれで持ちきりだ。
オーランド卿は叫びだしたい衝動を抑えのるに必死だった。オーメルが意図的に流したに違いないが、映像と一撃を凌いだ事実は想像を絶する破壊力だった。
現に腕利きを集めたが、総じて、まだ見ぬ決戦の行方の方が気になる。
同じ事をやってくれ―――。そうすれば、オーメルを呼び戻せる。そう考えたのが素人の浅はかさ。
もちろん、一撃自体は凌げるが、腕利きは腕利き。とうにレベルはカンストしている。凌げるとは言ったが・・・一撃を防げるかは判らない。喰らって死なない事はたしかだが・・・それも怪しい。オーメルほどの達人に一撃献上して、そこで仕切りなおしを納得させる剣技を披露しなければならない。この時点で不可能。しかも、それを10レベル以下で・・・あるものはワイングラスを放り投げた。
これがペテンだとしても、その中身が気になってしょうがない。それぐらいにオーメルの修練の映像は衝撃的だった。
どう見ても物理限界を超えている。
「・・・このゲームでキャンセルは詐欺だ・・・」
映像媒体は水晶球で、再使用不可、映像加工不可のもの。一個当たりは買えない金額ではないがその用途を考えれば非常に高い。当然価値は中身による。
これは大量配布された。映像としても情報としても激安と言える中身だ。
皆こぞって買いあさった。購入層はクランの内外構わず、貴賎を問わずだ。キャンセルの実在だけでも歴史が変わるぐらいの大発見。しかし、それは必殺技のような使い方ではなく、名人が使うように戦闘の流れに組み込んだ所謂小技的な使い方だ。
そう、オーメルは使いこなしていた。それでも足らず修練を積み重ねる。その映像の凄さは映像的なものは言うに及ばず、それを見たもので確認できたのがキャンセルだけだったと言う点である。
PVPがその性格上、下火のアタンドットにおいて衝撃は計り知れない。
ハイエンドプレーヤーが隠匿しているであろうスキルをオーメルは隠すでもなく、刷り合わせを行っている。
――何と戦うつもりだ?
ドラゴンの強さを人型に押し込めても、オーメルの前では何秒立っていられるか?
誰もがそう思った。
もちろん、公的には情報流出を重く見た【赤の旅団】はクラン員にディクセンの入国禁止を発布した。
観客がシバルリに押し寄せることを嫌ったと言うのが公式の理由だった。
雄型があれば雌型が存在する。対になるものに興味は当然集まる。
ただでさえ戦士職は火力の頭打ちがネックになる。ライトニングボルトぐらいから戦士の火力は魔法使いのそれに敵わない。そこで立ち回りで差が出てくる。今のネットゲームの流行のように魔法・物理しか差がないシステムではない。人間の腕力は人間のそれでしかないのだ。火力特化の戦士職など無い。有るとすれば大吟醸のように急所前提の特殊なビルドとなる。それだって、かなり特殊だ。モンスター知識が最低限必須になるし、壁職としての性能は犠牲になる。
だから、キルが取れる戦士職は、ほぼ見果てぬ夢となっている。
そこにオーメルの振る舞い。キルが稼げる戦士職の証明。
しかし、再現には無理がある。相手は大手クランのマスター。集まる情報と財源は桁が違う。一般プレイヤーには手が届かない。絶望的だ。
――しかし、その相手はどうだ?
全て見透かしたように赤の旅団に新クエストが発布された。
【シバルリ支援】
報酬はシバルリ代表による戦技供与。対象者は20から25レベル。赤の旅団所属者。先着順定員に達した時点で募集打ち切り。
――ランク不問。
マティ。レベル22戦士・【赤の旅団】所属。は真昼間から飲んだくれていた。そのテーブルには二つに折った木の板が建ててあり【パーティ募集】と書いてある。
―――間に合わなかったのである。
彼のクランは【赤の旅団】に、所属を最近許されたニューカマーだ。その喜びを仲間内で喜び合った。日々の努力が実ったのだ。シバルリの噂は聞いていた。だが、第一陣は高ランク者限定(エトワール=ガレットの護送任務)だった。
帰還者の評判は概ね良好で、機会があったら訪れるのもいい勉強になるとのお言葉。それでも、遠い存在だった。まずは、自分達のランクとレベル上げが先と高をくくっていた。
だから、マティは実務のほうに力を注いだ。
ダンジョン探索。宿から適当なダンジョンに跳べるが当たりは低い。入念に情報を集め、歴史や地形を吟味し見つけたダンジョンには何かしら特殊なものが眠っている。探索後、旅団に情報を送れば報酬が貰えたし、貢献ポイントになる。
他所では取得物を上納させる所もあるらしいが、そこは最大手クラン、寒いことはしない。宝物のリポップもあるし、碑石や能力地の泉など恒久的に使える場合も有る。最悪、入念に調べられたダンジョンは訓練場として使える。そういった情報は【赤の旅団】で管理され、所属しているだけでプレイ環境は別次元になる。
向上心を持ったマティがクランに貢献したいと、堅実なものを選んだのは不思議なことではない。
仲間は都市部での調べ物に走った。当然、シバルリ効果だ。
皆がフィールドワークは嫌がった。当然だ。留守中に新クエストが発布されたら・・・そんな中、率先してババを引いたのはマティ。
せっかく入団を許されたのに上を目指さないのはおかしい。との弁のマティを皆は微妙な顔で見送った。
ギルドチャットで状況を確認しながら一人探索を続けた。
ギルドチャットは変容を続けた。途中ランク不問に触れたあたりで興奮気味に話す仲間達。興奮は熱気に変わった。
―――そりゃねぇよ!
「おい!赤い丸石が出てきたぞ!川のそばだ。おーい!」
「滑り込みセーーーーーーフ!」
「お前魔法使いだろ!しまいにゃ泣くぞ!」
「ああ、その辺にダンジョンあるはず。今から来ても間に合わないから探索続けて」
「ふぅざけんな!今から行く。カウントよろ!」
「探せよ!そこまで行ってあほだろ!」
「お前に20台の戦士の悲哀がわかってたまるか!デスルーラでも俺は行く!カ・ウ・ン・トよろ!」
「・・・わかった。@3」
仲間も説得のかいあって(?)不承不承了承した。
「・・・向こうの壁際にあなぽこが見えるんだが目の錯覚でおk?」
見つけなけりゃいいのにダンジョンを発見してしまった。
「んなわけあるか!マップは持ってるな!一歩でいいから入れ!それでゲートが繋がるから!」
壁と言うのは遠くに見える断崖の事。今からいくのにどれほどの時間がかかる事か?
こうなっては状況が違う。
「場所わかってんだからいいだろ?」
「い・そ・げ!@2」
藪をかき分け、いのししを無視しての強行軍、川に転落したら目も当てられない。
「マティ質問」
「なんだ!?今忙しい!」
さっきから怒ったいのししにお尻をつんつん突かれている。当の本人は全力なのだろうが、レベル過多のマティにはじゃれ付いているようにしか見えない。それでも進行の邪魔にはなっているのだが・・・
「トロールって倒せる?ソロで?」
「難しい!判ってんだろそんなこと!切れるぞ!」
「シバルリに達成者居るんだって。おっくさん」
「そりゃ大した兵だ。それで!」
あの映像のオーメルの騒ぎだ。強いやつがいるのはわかりきっている。何が奥さんだ!
「そいつら初心者部屋でだって・・・おっくさん」
マティは顔面から木の幹に突っ込んだ。
驚いたいのししは逃げていった。
「・・・kwsk!って、【ら】って複数形かよ!」
邪魔スンナと叫んだつもりだったが、上のお口は正直だったようだ。
「@1うん。そうそう・・・」
最初のカウントでその後の言葉は覚えていない。死に物狂いで洞窟を目指した。
それこそがマティの知りたい情報だ。
当然、間に合わなかった。
『命大事に』とメンバーの心温まるチャットにマティは「これより威力偵察を敢行する」答えた。もう自棄だ。ダンジョン全部掃除してやる!悪魔どもめ!
酒場は壮絶な状況だったらしい。こっちも負けずに壮絶な状況だったのだが―――
レベル調整のために連続自殺とダンジョン単独突入の嵐だったそうだ。それゆえに仲間は間に合わないと言ったのだ。このゲームの痛覚はリアルである。短時間での複数回の死は想像を絶する。復活してもまず体はまともに動かない。
慣れる事など無い。―――【死】なのだ。
首を貫き、胸を刺し、最後には刺すことすら体が拒絶し、それでも刺そうと祈るような形でしゃがみ込み、涙とよだれと鼻水でグシャグシャの顔で「殺してくれ」と懇願した戦士が頭を打ち砕かれた時点で、マティの望みは絶たれた。
そんな状況からマティの「代わって♪」は「無理♪」とさわやかに断られた。
決死の威力偵察は文字通りマティの死によって幕を閉じた。
トロールは厄介だったが、レベルの肥大化したマティの敵ではなかった。一対一であれば・・・
トロールの群れならマティも逃げた。勝ち目が無いからだ。
トロールとゴブリンの混成部隊。かれは賭けに負けた。
本当に微妙なダメージレースだった。一発でも無駄振りが出来ないのにゴブリンの群れが・・・
狙ってもいないゴブリンが割って入り、剣先がゴブリンの頭にHit。「クケッ」と間抜けな断末魔を残し絶命。トロールの傷は見る見る治る。
死に戻りから復帰し、体が動くようになってから酒場に下りたら、酒場はもぬけの殻だった。
―――飲むよね。