058 白い夢 あるいはどうしようもない悪夢
――ここは何時だ?
白い部屋で男は一人ごちた。
ベットも窓も白。
いや、色はあるのだろう。ただ、あまりにも白のイメージが強すぎて認識できない。
男は手を見る。そこには辛うじて色のイメージが出来た。
強烈な光のイメージではなく、むしろ優しい。
そよ風が部屋を駆け抜けた。
居場所が無い。感じたのはその事だけで・・・
部屋を出ればいいのだろうが、その思考が実を結ばない。
男は首をなぞる。
―――何故?
―――判らない。
記憶を探ってみよう。ここでやっとその思考が実をなした。
しかし、断片的な記憶が映像として蘇るがそれだけだった。
記憶の遡上。普段ならば思い出せるが・・・思い出せなくともその状況から類推できる。自分はやってきた筈だ。
そこに手ごたえなど無くて・・・
少年と少女の二人組みがこちらを見ている。
恥ずかしそうに家具に隠れこちらを見ている。
こちらが見つけたことに気づいた二人は嬉しそうに、また隠れた。
シーツの下、路地裏の影、ポストの裏、裏山の茂み。
ありとあらゆる場所で男はこの姉弟を見つけた。見つけるたびに何が嬉しいのか?・・・喜んだ。
散々探した。
いっぱい探した。
もう覚えていない。それだけ探した。そして全て見つけ出した。
最後は、男のシャツの合わせ目の裏に居た。ここではもう逃げようが無い。
―――だって、二人は抱きしめられているのだから・・・
姉弟は観念したかと思えば、その意に反して笑い転げる。そして、満面の笑みでこう言った。
――お父さんになって!
その突然の言葉に面食らったが、口から毀れた言葉にも面食らった。
―――俺でよければ・・・
――これでもう安心だね。
そう言って姉弟は笑いあった。男はその二つの笑顔を呆然と見送った。
これは《夢》だ。男はそう思い至る。
・・・だって彼女の目はもう無いのだから・・・それが真実。数少ない記憶のピース。
そして男は・・・目を覚ました。