056 荒野戦8 終戦からのボコボコ珍道中
没より良くなっているといいのですが・・・
薄暗い部屋でむくりと起きた。この世界では、いまだに板ガラスは開発されていない。もっぱら、鎧戸や格子で、宿屋なだけに気取って突き出し窓だったりもするが、あれは光が入らない。
ここはヨコにスライドするガラリで、その向こうには取り込み忘れた洗濯物だろうか?斜陽の光は優しくたゆたう。
呆然と上半身を立てたまま視線が泳ぐ。体は雰囲気とは不釣合いに蠕動繰り返す。
蠕動――痙攣は治まらない。
どこか現実感の無い思考。体は痙攣を止めるためにさまざまな試行を試みる。
手を握る・開く。緊張・弛緩。
「戮丸大丈夫か?」
――何が?
戮丸は突然現れたガルドには驚かなかった。その体が半透明だった事にもだ。
理解していた。考えればGM権限に近しいものを持っている。驚くだけ無駄。現実をただ受け入れるだけ。
驚くのも無駄。
怒るのも無駄。
決定には逆らえない。
ならば、それらはしない。
ガルドを見る戮丸の視線は冷徹な鈍い光を放つ。愛嬌がある崩れた容姿なだけに異様な表情だった。
戮丸は試行をやめない。成果は出ない。そのことに苛立ちを覚えることもなく淡々とこなす。
ガルドは何かを話しかけるが、それが戮丸の脳内で意味を成すことは無かった。
試行は続く。平行して武装チェックに移る。
短剣は3本ともあった。ユックリとした動作で鞘に戻す。その際に、取り付き具合を確認する。暴れられては困る。チェックミスと言うわけでもないが一本が腹に刺さった。体をよじり再発の可能性がどれ位か思案する。アレは超の付く位のイレギュラ――改変の要無し。
今度は駄目になったアイテムだ。
手弩は原型を留めていない――廃棄。コンバットナイフ――鞘は大破、廃棄。ナイフの背から片目を瞑って目測すると――おおよそ10°右に曲がっている。絶望的だ。厚さ4mmの鉄板・・・鋼板、曲げるのも無理なら戻すのはもっと無理だ。廃棄。実に惜しい、こうなってしまっては炉にぶち込むしかない。それで新しくしたとしても、同じ剣だとは戮丸は認めない。
それでも捨てる際にきっちり5秒の逡巡があった。
鎧は損傷は手甲と腹部・大腿が最も激しい。手甲は大破。腕が入る形状ですらない。腹部・大腿は穴が開いていた。拵えが鎖帷子のそれなだけに、金属片が肉にめり込み刺さったものが抜けなかったのだろう。繕いを入れてやれば使えないことは無い。中破といったところか。
その他にも金属プレートが開いてしまったり、巻き込んでしまったり・・・戮丸は丁寧にそれを取り外す、脚甲も外観に異常はなかったが脚が入らなくなっていた。巨人に握りつぶされたのだ無理も無い。幾つかパーツを外して脚が入るようにする。
脚甲という・・・金属環が幾つかぶら下る程度になった。
脚を持ち上げて金属環の位置を吟味し――使える。残す事にした。
包帯を取り出し、太腿と腹に鎧の上から巻きつける。当然治療行為ではない。穴を狙われたら鎧の意味がない。そこを隠す応急処置だ。
戮丸は戦闘が終ったなどとは毛ほども思っていない。
最後にこの巨大な剣だ。イニシャライズだけ済ませてあるから転送されたのだろう。呪われているかもしれない。
―――重い。
戮丸が取りこぼした。良くこんなもので戦えたな。悪い冗談の塊のような代物だ。今度は気合を入れて持ち上げる。辛うじて持ち上がる。引きずり回せば片手でも斬撃は放てるが――それを食らうほどのあほは居ないだろう――剣先を持ち上げるのは不可能な重量。両手で持っても構えを取るのが精一杯。昔のマンガの援団旗のような重量だ。戮丸をもってしてこれだ。押して知るべし。
「これ・・・」
「ああ、それはだな」
「預けられるか?」
ガルドは面食らった。この戦いで唯一の救いのような成果だ。明るい表情は肩透かしを食らったかのように凍る。
「・・・ああ」
「・・・盛ってねぇよな」
ガルドの表情で戮丸はどういう代物か理解した。それは、あの戦いを覗いていた事を意味する。確証は無いが事実だと確信していた。【盛ってない】というのは・・・お優しいGM様が哀れみを下さってないだろうな。の意味である。
狂犬の笑みが浮かぶ。
「ない!誓ってない!」
そう言う・・・言い切る善人は多い。結果オーライだし、第三者視点でもさぞ感動的な行動に映るのだろうが、戮丸は認めない。
無謀に報いがあってはいけない。救いもだ。それは絶対に拒否する。
「あの薬は次郎坊の物だった筈だが・・・?」
室内の温度が下がった気がした。暖かい夕暮れの光に包まれているというのにだ。力量差はガルドが圧倒的に上、それでも戮丸は圧倒する。
「盛ってないだろうな」
ガルドにはそういった事を戮丸が嫌うのは判っていた。漠然と・・・親切心を足蹴にするのは如何なものか?とも思う・・・が・・・
「アレは俺の設定ミスだ。説明してもいい。この戦いに一切の手は加えていない!」
ガルドにもはっきり判る。あの戦い。褒められた戦いではなかったが、駄々甘の優しさでダブ付けにする行為は許容できない。あってはいけない。
「何処に確証が?」
「ああ、俺は干渉するべきだった。お前のデータを戦場から引っこ抜くべきだった!」
まずはそこからだ。ガルドの倫理でも、戮丸の倫理でも最初で最後の妥協点。
戮丸は毒気が抜けたのか。剣をガルドに預け、外套を纏う。眼帯はポケットに押し込んだ。
「悪かった。礼を言う・・・もし出来るであれば子供たちのピンチのときは盛ってくれ・・・」
「・・・いいのか?」
「子供には吐き気がするほど駄々甘が似合うんだ。俺にゃ無理だがな」
「お前ならここまでやらなくても・・・」
「廃墟で子供らに遊べと言う気は無いんだ」
そう言って戮丸は部屋を後にした。
戮丸の最後の行動はガルドの想定すら凌駕した。あの血刀は彼にしてみてもお粗末な物だった。だが、効果の有無は兎も角、敵意。攻撃と認識させる行動だった。
オーガ達の目にもそう映った。闘争と終了が混濁した戦場で【絶対に今殺してはならない存在】たらしめた。
薬物の呪いはその感情を反転させた。
高々と持ち上げられ全ての生き物の注目を集めた。どうでもいい相手らこうは成りえなかった。
敵味方抜きにその【次のアクション】を期待させたからだ。
その行為が〈片目〉の命を戮丸ごと奪った。
それを想定していたかも判らない。戮丸の思考は完全に無為な物になっていたはずだ。
ただ、嗅覚だけであの戦場を終らせた。
その戦いにせめてもの報いを用意したいと思ったガルドの心情に戮丸は背を向けたのだった。
◆ ボコボコ珍道中
「これでよかったのか?」
「なにが?」
「出てきちまってさ」
「今更だろうぉ?」
戮丸感染組みのノッツと大吟醸。オックスやスレイバインについで重度の感染したと思われるこの二人は、周囲の予想を裏切り、袂をわかって初心者部屋を出た。
修練は戮丸の教えを受けていたし、ダンジョンも同行した。
その思想に嫌悪感はもう無い。上位者にすねた感情が感覚はないといえば嘘になるが、戮丸の心配事は次々と現実化しているし、そういう人間が必要なこともわかる。ただ彼らにとって戮丸は潔癖すぎた。冒険者ってそういうもんじゃないだろう?
「もう、あいつ一人でいいんじゃないかな?」
ここに集約する。もっと言えば、彼の居る場所に自分の居場所がない気がした。
レイドバトルを想定した訓練もなしに自然に陣形を組めているプレイヤー達。
理解の外に居る。こういった戦闘行動は予行練習を積み重ね応用ができるスキルを身につけていくものだと思っていた。戮丸は個々の教育の中でそうなるように仕組み、組み上げた。
真逆のアプローチ。普段の戦闘の延長線上に大規模戦闘がある。理想論で言うは易いが、それと知らずのうちにそういった教育が施された。
不満は無い。いや、無さ過ぎる。遊んでいたらどんどん連携が上手くなり、周りも自分の動きを理解してサポートしてくれる。
正直凄く楽しい。いや、楽しすぎる。完璧すぎた。ゆえに彼らは飛び出した。
大吟醸はそのゲーマースキルからリアルでボルダリングをはじめ、短剣でトロウルを倒す快挙を達成した。理論上トロウルはリジェネレーション持ちなので短剣では倒せない。ダメージレースで勝てないのだ。だから、しがみ付き首を穿り返した。奇しくも戮丸が巨人にやろうとして出来なかった事を成し遂げたのだ。だから、大吟醸の篭手は短剣が仕込んである。自分のスタイルを確立しつつあった。
ノッツも格闘経験は無いものの。ボクシング観戦・・・というよりボクシング漫画好きから格闘技の手ほどきを受けた。同じ擦り傷でも箇所によって戦力に影響が全然違う。そこに目をつけた。たった数センチの傷を直す程度の回復魔法でも、セコンドからすればとんでもない奇跡だ。
だから、防御技能と戦闘技能の理解に特化した。最前線回復職だ。瞼を切ろうものなら瞬時にノッツの回復魔法が跳ぶ。しかも、敵、味方の隙間を縫ってだ。前の戦術説明でいうトラの隣で戦える回復役だ。頼もしいことこの上ない。
手ごたえを掴むごとに、仲間の信頼を実感していく。
大吟醸も、ノッツが居れば半分の敵を・・・いや、半面の敵を任せられる。当然ノッツが敵を倒す確立は低いが、前方の敵に集中できるのはありがたい。文字通り背中を預けられる。シャロンみたいな大規模回復役が居れば、強化系呪文を持っていけるのも強みだ。
実際、結構な数のプレイヤーがシバルリ村を離脱した。
悶着は無かった。引き止めるプレイヤーも多かったが、留守居役の次郎坊があっさり許可したのだ。【詰んだら戻ってきなさい】その一言を聞いたとき、彼が冒険者として最低限の事を教えたに過ぎないことを理解した。
それでも、全員バラバラと言うのは心細い。どちらかと言えば卒業生は特化型だ。理解者が居なければ能力は激減する。
それも、戮丸シャロンの人柱によって【おてて繋いで卒業式】が確立した。その性能を考慮して、ノッツ&大吟醸ペアが生まれた。
ちゃんと考えているのだ。強力ではあるが消耗が大きい大吟醸。回復力は弱いが半分受け持てるノッツ。悪いペアではない。
でこぼこコンビは珍道中を楽しんだのである。
校正は二章終了までお待ちください。
でこぼこコンビ…ぼこぼこ?げふんげふん
20160301編集後記
ここの編集は苦労しました。誤字脱字どころか必要な情報を書き忘れている。多分読んだ人どうなったか漠然と判らないと思います。本当に申し訳ない。
元々、この部分は戦闘密度が高いので自分には執筆は無理諦めた所でした。
だから、情報提供だけに割り切って書いてたつもりだったのですが・・・
・・・酷かった。
多分没にしてる部分も多かったんだと思います。薬に対しての言及は入手時してる他でもここでもしなければいけないのに・・・没と一緒に消してたんですね。これは酷い。
こちらも散発的に読み返しているんですが、ここまでの部分は靄がかかったようでパッとしないなという感想でした。今回の校正で靄が晴れたのではと思います。
読んでくれていた読者様には深い感謝を