モード・ドーラ
「所で・・・ログアウトはどうやってやるんだ?」
聞けば当然の不安だった。
このゲームから脱出できるか?を彼らは知らない。結論から言えば戮丸の予想通りログアウトはできる。それに対しての考察も言われてみればと、うなずけない物ではない。
(戮丸とはいったい…)
戦闘をこなしながらその考えにいたったのか?それに引退をすでに考え始めている彼らにとってもシャロンの反応は意外だ。冒険を楽しみ始めている感がある。先の発言も不安ではなく単純なスタミナ切れからだろう。
彼らの常識は揺らいだ。まるでベテラン…しかも老練といえる域に達している。実際、パーティの人間は彼に泣きつきたい状態だ。
では、何故?
彼が嘘をついているとは思えなかった。
彼はうれしそうに、そして美味しそうに骨付き肉を貪っている。
その笑顔は少年のようで――
「彼女はズブの素人さんなんだ」
その戮丸の発言に全員が正気を疑った。
正直言って信じられない。生まれて始めてやるゲームじゃない。
説明を聞き、一同の口からは名作、有名どころそんな名前が挙がる。そして最後にここよりましと結びがつく。一同の顔は真っ青だ。冗談抜きの遭難者なのだから、中でもオックスはその勇気に感嘆の声を上げている。確かに彼女の蛮行は武勇伝といって差し支えないものだった。
そんなトラウマを負った彼女を保護し、レベルを4段階上げ、冒険に興味を持たせた戮丸。さらに、女性NPCを呼び戻し、ユニークアイテムを取得した。そんな人物から意外な言葉が飛び出した。
「もうこんな所に来るんじゃないよ」
「何でっ!?」
オックスは奇妙なイントネーションでそういって立ち上がった。立ち上がったのはオックスだけだったが、気持ちは一同同じだった。…彼ら自身がいわれた気がしたからだ。
戮丸は手振りでオックスに着席を促し、落ち着いた声で話し出した。
「単純にあぶねぇんだ。守ってくれる人間がいるわけじゃねぇしな」
「あなたは違うのですか?」
スレイバインは疑問を口にした。それに戮丸は大きく息を吸って吐いた。
「守ることには別にいやじゃない。が、それを当てにされてもな…なんていったら良いかよくわからないが…それって冒険か?」
戮丸は回りを見回し言葉を続ける。
「死ぬことを前提としたプレイングは俺は嫌いだ。…でもな、死ぬかもしれないって事を受け入れられない人間は論外だ。俺はそれを天秤にかけながらプレイしている。結果とリスクを天秤にな。ほとんどのプレイヤーはそうだと思う。いや…違うか…」
上手く言えないらしい、頭をくしゃくしゃとかいた。
「つまり、覚悟が決まってないって事か?」
「平たくいやぁ、そうなる」
オックスの要約にもまだ納得してない様子で戮丸が答えた。
「これは予言、霊感そんな類のものだと思って聞いてくれ。このお嬢さんはこのままプレイしたら悲惨な目にあう。ほぼ確実に、そして、そのお嬢さんはまず間違いなく耐えられない。だから引退をお勧めする」
一同は息を呑んだ。
シャロンはログアウトした。スレイバインの提案で『戮丸がいない場合。冒険には出ない』を約束して。その条件で戮丸も不承不承納得した。
「あんなこと言わなくてもいいのに・・・」
散々飲んだお酒も醒めてしまった。元よりゲーム内の飲酒は現実には影響を与えない。
ベットに突っ伏し携帯をかけた。今日の出来事を誰かに話したかった。相手は従姉だ。年の離れた実の姉のような存在で、ゲームにも明るい。
ひとしきり談笑して電話先の相手は夫と代わるといってきた。実は本命はその夫のほうだった。
戮丸の判断が正しいか聞きたかった。一部始終説明すると、電話口から驚嘆の声が漏れる。
ここまでは予想通りで笑みがこぼれた。
「で、引退したほうがいいのかなぁ?」
ここで頭をよぎるのは投資額だ。安い金額ではない。
「つまり、夏樹ちゃんは興味が出てきたと?」
「はい」
「そのレベルのプレイヤーのカンっていうのは無視できないね。警戒したほうがいい。今の時点でまず間違いなく言えることは一つだけだよ」
「それは」
「その戮丸ってプレイヤー絶対に離すなって事だけだよ」
「そんなに信用できます?」
「初対面で初プレイを共有した相手に引退は勧められないよ。よほどのことがない限り引止めに回る」
言われてみて想像した。
大事にされているんだと思った。
「じゃあ、明日もまたインしないとですね」
そういって電話を切った。
今日はぐっすり眠れそうだ。
◆
―――浮腫んでない。
それは驚くべきことだった。昨夜はたらふく食べて、たらふく飲んだ。自分でもリミットを外していた自覚はある。お腹はキュ~とかわいい音を立てた。
――あくまで主観である。
はたと思い返すと、飲食はゲーム内のことで実際は機能の夕飯を食べてない。
朝食に一枚トーストを用意した。さすがに二食抜くのはまずい。
食欲が戻ってくる。もう一枚…と食パンに手を伸ばしかけたが、その分昼食をいいものにしようと手を止めた。仕事柄昼食をくいっぱぐれる事はないし…いいダイエットになる。
夏樹は支度を済ませ玄関を出た。
昼食はいっぱい取らないといけない。彼女の人生ではありえないクエストだった。
今夜も夕食は忘れるのだろう。
文字通り踊りだしそうなステップで会社へと急いだ。
◆
夕刻に会うと約束した人物がそこに居た。
「スレイバイン…さん…?」
話しかけたのはノッツである。現実時間で午前中である。手術が絡むためここのPCはすべて20歳以上の大人となる。
「あれ?休日?」
その質問にああと答えたが、会社では重度の風邪を引いたことになっている。
「そっちは?」
「ぶっちぎり!」とオックス。
「休講」
「重要なフィールドワーク中」
…これだから学生は…
戦士のトーレスはまだいなかったが、魔術師のスレイバイン、エルフのオックス、ドワーフのオーベルが椅子に座っていた。
「いや、興味あるっしょ?ここの雰囲気ガラッと変えた人間のプレイング。ゴブリン30人切り…」
「それはレベルアップに関係ないって言ってなかったか?」
「そうじゃなくて、やってのけてるのは事実なんだから」
「そんなに大変なのか?」
スレイバインもノッツも素人ではないが、実際の戦士職の意見は聞きたい。
エルフもここでは戦士と比べても遜色ない戦士職で魔法も使える。成長が遅いのと武器の切り替えが発生するデメリットを除けば、チート級の職業である。
「人間業じゃねぇ」それがエルフとドワーフの共通見解だった。
「いらっしゃい何にする」そう聞いたのはキスイだった。
褐色の肌に前髪から覗く切れ長の目で
「誰が目当てなのかなぁ…?」と聞いてくる。
(・・・近い近い)
妖艶というかフェロモンというか撒き散らしながら、実際にこんな人は漫画の中でしか見たことがない。
(あなた様です・・・)の言葉を飲み込んで
「ミ・ミシャラダちゃんかな?」
「いい度胸ねオックス」
「ベイネスさんって綺麗ですよね」
スレイバインは察したのか聞かれる前に難を逃れた。総じて詰問はノッツへと回る。
「キスイさんに決まってるじゃないですか~やだなぁ」
ここは社会人の余裕か営業トークで切り抜ける。
そして矛先はドワーフのオーベルに向かう。
「ティナちゃんに一票」
『真性』
一同は同時にそうオーベルを評したが、当の本人はどこ吹く風といった風体だった。
「私は不人気ですか?」(核爆)
テーブルの影からアリューシャが生えてきた。
「だんなに言いつけるぞ」そのガルドの一言でアリューシャは引っ込んだ。
「ごめんなさいね。楽しんでいって」そういいながら乱れたテーブルセットを片付けながらベイネス。
「ここにくるとスナックいくのが馬鹿らしく感じるよ」
ノッツの一言に一同うなずく。
キスイの眼光が光った・・・
「何を見てるんだ?」
「そこのシーフ・・・」
「見かけない奴だな。・・・レベル6?」
そのシーフは黙々と冒険の準備をしている。
「たぶん、7になって帰ってくる・・・最初に見たときは4だった」
「は?」
朝方見かけた4レベルシーフ。シーフ自体が少ないので注目していたのだそうだ。戮丸もしきりに気にしていた。居ない理由は簡単で弱いのである。攻撃手段はそこそこの能力を持つが防御面はほぼ紙。
このゲームでは生き残れないと、誰もがやめてしまった職業だ。
鍵開けやスニークなど特技は豊富だが、扉は破壊すればいいし、宝箱も罠を解除するより、空振りさせたほうがいい。時間をかければ済む程度の特技なので、生存能力を優先させた結果だ。
プレイヤーの優先順位が宝よりレベルという風潮も手伝ってのことかまず見かけない。
そのシーフ《次郎坊》は迷いなくテレポートドアをくぐってダンジョンへと向かった。
一人で…
正気の沙汰ではないがオーベル曰くずっとその調子でレベリングを繰り返しているらしい。
「戮丸といい次郎坊といいどうなっているんだ?」
◆
トーレスが合流した。こちらが話しかけるが身振り手振りで答える。
スレイバインが察してパスを決めてあった部屋へと移動した。
「どうして講義をサボったのか聞かせてもらおうかしら?」
当然のようにスレイバインらを詰問した。理由はわかりきっていたのだが収まりがつかないようだ。
平たく言えばズルイと言って居る。
「よう。面子はそろったようだな。ちょっと待っててくれアイテム整理しちまうから」
そういったのは次郎坊だった
「いや、おめぇだれよ」
「戮丸、戮丸。これサブキャラ次郎坊」
「なんで?」
「いや、シーフいねぇし戮丸強くなりすぎたからサブ垢作った。確認したいこともあったしな」
昨日の今日で作ったキャラが7レベル・・・
―――頭痛い。猛烈に痛い。
「とりあえず、レベルアップのロジックに確信は取れたし、取って来たアイテムの鑑定結果を見てからでいいかな?」
「わかったんですか?」
「ああ、というより知ってた。その確認…っていうよりも気付かん物かね?」
「気付く?」
「ああ、ここで説明して論争になってもやだし、実際にやってみてで良いか?んでそこのノッツが秘密を守っておさらば。5分もかからんよ」
そういって次郎坊は店を広げた。
「ああ、それでいい」ノッツは了承の意を表した。
「そこの、スレイバインだっけ?トーレスのお嬢ちゃんはともかく。おまいさんも来なさるかね?」
「…いやここでハイさよならはないでしょう。すごく興味あります。連れて行ってください」
「おK」
スレイバインとしては必死で食い下がるつもりだったが、予想を反してあっさりした答えが返ってきた。
拍子抜けである。
次郎坊は恐ろしいスピードでアイテムの分配を始める。取り分は全部次郎坊なので売るか取っておくかの判断だ。早い訳だ。
「…ライトニングか…売り!+1プレート?なんでぇ+1かよ売り!」
「ちょっぉぉぉぉぉぉっとまっぁったぁぁぁぁあああああ!」
スレイバインの絶叫が轟く。ほかの面々も涎を垂らさんばかりだ。
「ほしいの?」
コクコクと頷く。
「ライトニングボルトで良いんだよね?毎度定価の一割引で良いよ。苦労してんだね」
「+1ってプレートか?普通はチェインなんだが」
「どこの普通?バックヤードに2個あるから3個目。+2かミスリルがほしかった」
…次元が違う…
「ライトニングはあきらめる!だからプレートを俺にくれ」とオックス
「どこの自己中だ。ライトニングはストックがあるから二人分」
「一律定価の一割引で良いんだよな?」
「ただでもかまわんのだが・・・どこのネトゲでも相場の破壊者って呼ばれるんで自重している」
「+アイテムの相場がちがかったorz」
「元アイテムの相場で良いよ」
これで健全とドヤ顔している次郎坊だが、十分相場は粉砕された。
この蛮行にスレイバインは異を唱えたかったが「じゃ、お前は相場な」といわれたら立ち直れない。
「武器ありますか?」
「あるよー」
「杖は?」
「あるよー」
「…指輪は?」
「あるよー」
この人はネトゲでこんなことを常習的にやってたのか…怒られるわけだ。
「スレイバイン君は定価がお望みかな?」
「そんなことないですぅうう」
このときのスレイバインの顔は…いい味出してたそうだ。
「こんなバラまきをやっててもいいんですか?」
「まぁ、収集スピードは異常かもしれんが、このアイテムは普通に設置されていたものだぞ?」
―――???
言っている意味が分からなかった。
「つまり、ちゃんと探索すれば三日でこれくらいそろうって事。そこで定価云々ゆってもしゃーあんめーよ」
「つまりそれがシーフの能力?」
「いや、なくたってやりようはあるさ。ここはレベル制限があるだろ?まだビギナーダンジョンってことだ」
―――うっそだろう…?
「じゃあ。レベリングにいきますか?そこで教えてやるよ」
◆
次郎坊はそのままテレポートドアに向かった。
ドアに併設された穴にスクロールを差し込むと扉が開いた。
そして、スクロールを引き抜くと扉をくぐるように促し自分もくぐった。
石畳の洞窟。ダンジョンというに確かな威容。壁面には等間隔で松明が下がっている。
それでも光は奥に行くに従い闇に吸い込まれる。
湿気を帯びたいやなかぜが吹き抜けた。
「このダンジョンは?」
スレイバインは問いかけた。敵の種類や特性・・・偵察は終えているはずだ。覚悟やフォーメーション魔法の選択など聞きたいことは山ほどある。というより、次郎坊からそれらの情報を受け取らねばならない。
そう考えていた。
「ハイ撤収」
ゴソゴソと石壁を弄っていた次郎坊の言った言葉はそれだった。
「へ?」
わけが分からない一同。
「だからレベリングはすんだよ。かえろ」
そういわれて訳も分からないままに、次郎坊に従う。
周囲はいつもの見慣れたリザルト画面。
画面には数枚の金貨を取得したとある。それは次郎坊の持つ小さな巾着の中身だろう。
「全部やる。皆は異論ないな。なければ決定を押して」
「って、これだけかよ!」
「異論がなければ早く押せって」
そう次郎坊に言われしぶしぶオックスも従った。
―――ぴろりろりーん
間抜けな音が響いて、ノッツの頭の上でレベルアップの文字が踊った。
「うそーん」
「ハイ終了。おつかれー」
次郎坊曰く、経験値は銅貨換算でイニシャライズした量できまる。つまり、ここでノッツは金貨数枚分の経験値を取得したのでレベルが上がったということになる。売買取引は別のカウントなのだろう。
「じゃあ、俺が今までやってきたことは?」
「戦士たちの酒代稼ぎ。経験値稼ぎに付き合ってもらっているつもりが、経験値ごと謙譲してたって訳だ。レベルがあがるはずがない」
何のこともないように次郎坊は言った。ノッツは地面に突っ伏している。
「じゃ…」
「戦闘しなきゃレベルが上がらないって思い込み自体が罠」
―――衝撃の事実。
「そんなんわかるわきゃねーだろ!」
オックスは激発する。それもそのはず、ひたすらいやな思いをしながらレベリングをして来たのだ。
「そんな、理屈が合いません!」
「逆だよ逆。虐殺に付き合ってレベルが上がるか?頭がよくなるか?どっかのゲームのトラップタワーのほうがよっぽど理屈に合わない」
「――発想の転換ですね」
「それも逆。むしろこっちが本家。昔のTRPGにはお宝を集めたものこそが勝者って言うことでこのシステムを実装してたんだ」
「そこからわざと財産埋めて自炊行為…アビューズ行為に走る奴が増えてミッション達成式になった。さらにコンピューターRPGになり尺が持たなくなった」
「どういうこと?」
「稀にあるんだよアイテムでレベルアップするRPGが、それらは攻略さえ知っていればタイムアタックができる。五千円近く出して買ったゲームが1時間でクリアとかってないだろ?」
俺は好きなんだがな、と次郎坊は付け足した。
「そして、ネトゲでさらに加速した。コンシューマーと同じスピードでレベルアップしたらつまんねぇだろう?」
「そしてここで原点に戻った。ということですか?」
「そういう事」
「じゃあ、次郎坊は…」
「ほとんど戦闘してません」
一同はうなだれた。俺たちがやってきたことは?と憤るオックスに虐殺?と追い討ちをかける。
「じゃあ、戦闘はしないほうが良いんですね」
「装飾品をもてるだけ引っぺがして帰ったほうが、よっぽどレベルが上がる。それを想定してダンジョンは作られている」
「ヒントは山ほどあったんだ、回数制限つきの魔法、リザルト画面、イニシャライズ、リアルすぎる戦闘…これだってそうだ」
そういってスクロールを放り投げた。
それはマップだった。宿屋でただ同然で配っている。新規の場合、真っ白だが侵入したエリアが表記され、再度そのダンジョンに挑戦したいときにはテレポートドアに差し込んで使う。そのスクロールには書き込みがびっしり入っていた。次郎坊が書き込んだものだろう。
「今なら違って見えるんじゃないか?」
「お宝放置しっぱなしじゃないか」
「シーフがプレート二個も三個も運べると思うか?それ以外にないのかよ」
「ここですか?周辺にトラップが密集してるのと、規則正しく並んだ部屋がここだけない」
「御明察…と、いいたいところだが確認していない。こんな地形を見逃してきたんじゃないか?沸きのいい部屋ばかり追ってて…ルートはどう通る?」
「このトラップの少ないルートを…」
「俺はこの俺がいけなかったルートをお勧めする。プロブが壁一面埋め尽くしてたんで断念したが、ライトニングなら」
「一発で綺麗に…そして図面の法則から3部屋未調査部屋が…ライトニングはオックスがやってくれ、僕は保険に温存する」
「いいのかよ?」
「お前を温存してもその際に物理戦力が一個減る。魔法使いは暇人だ。キメ撃ちしなきゃならないなら、それはエルフの仕事だよ」
「ライトニングは切り札だ。持っていくには反論はない。ただ、プロブが殲滅しても他の罠の可能性もある。探査系レビテーション・アンロックその辺を持っていったほうが良いだろう」
「それと生き残ってるとしたら魔法系・不死系その他か、小玉も持っていったほうが良いな。そう考えると殲滅はあきらめて出直し…リスポンに十分間に合うな。牽制用の花火だ。前衛職はよく理解しておくこと」
「オーベルとトーレスは壁役プロブが飛び散った際にシールドで味方を保護。無理がなければ大型シールドを持っていくほうが良いな」
「分かった」
「俺は…?」ノッツは不安げに聞いてきた。
「やることないならお前が指揮官だ」
「僕じゃだめですか?」とスレイバイン。
「お前は大砲抱えてるだろ?気が大きくなってる嫌いがある。指揮はノッツに任せろ。欲張るとろくなことにならん。そしてノッツ。このとおりだ回復はいらないだろう。サモンスネークとかあるか?」
「あるけど何であんなクズ魔法」
「斥候系の状況でつかえんだよ。未探査エリアに重量級を特攻させる気か?プロブが落ちてきたらひとたまりもないぞ。後は指揮に専念、戦力なんて考えなくていい。魔法使いの呪文全部覚えとけ、弾こめて、狙いはつけるそこまではお前の仕事だ。こいつらはトリガーを引くだけだ。簡単だろコンシューマーゲームやってれば・・・臆したとかいわねぇでくれよ」
「その条件なら大得意だ。任せろよ」
戦力が一番低い人間が指揮をとるほうがいい。後に次郎坊はそういった。各人の行動ターンを増やす意味もあるが、概ね公平に采配を振るう。弱いということはそれだけ責任から遠い。スタンドプレーは防げるし、本当にしなければいけない行動ならそういう指揮を行う。一番弱い人間がだ。仲間と認識されるだけの行動をとっていれば、指揮する側のストッパーになるし…きく側もそういう内容だと覚悟が決まる。
ただ最低条件でコンシューマーRPGの経験が豊富と言う但し書きが付く。アレは指揮官の視点でやるものだ。
リアルタイムなので実際は難しい。指揮が良い悪いよりも慣れが出る。
言わないのはそのロジックを知って気が大きくならないように沈黙を守った。
「これは俺からのプレゼントだ。朗報を待ってるとするよ」
「うそだろ!?行こうぜ」
次郎坊は渋面を作った。
シャロンが入ってくるとしたらそろそろだ。待っててやる義理もないが寝覚めが悪い。
もしだ、インして誰もいなくてログアウト。初心者にはさせたくない経験だ。
彼にもそういった経験はあった。持ち前の経験から一人で冒険に出て行ったが、彼とシャロンは違う。
責任はない。その予防線は張った。
でもそれは予防線にしか過ぎない。
起こってしまった現実の前には薄っぺらで。
―――笑ってしまうほどだ。
親を殺された小型犬のように吼えたける女。
首をなくした少年の死体。
フロントガラスを突き破った人間だった肉塊。
余分なことをしやがってと書かれた保険員の薄っぺらな笑顔。
泣きながら謝罪した遺族。殺したのは俺だと知りながら…
どうしてこの記憶が脳裏をよぎるのか?考えすぎなんだろう。
「俺は真剣なんだ。これにかけていると言ってもいい。頼むよ」
スレイバインはそういった。彼の言う《真剣》《かけている》は彼なりに一生懸命で、次郎坊と戮丸にとって笑ってしまうくらい些細なことなんだろう。
たぶん、不安なだけ・・・
彼はゲーマーだった。些細なことにこだわる。重さ《・・》を無視できる人種ではなかった。
だから、俺の人生は終わり間近なのだろう。
「―――分かった付き合うよ」
◆
「…きちゃった」
照れ笑いを浮かべシャロンはそういった。
酒場の雰囲気ががらりと変わっている。昨日まで居たテーブルに覆いかぶさる粗大生ゴミは消え、今では皆、椅子に座っている。行儀がいいとは言いがたいが…
よどんでいた空気は換気したのか新鮮なものを感じたし、外をうかがう窓はないが高い天井…というよりも梁が出てそのまま屋根裏といった風情…出窓からはオレンジがあたりを染めている。出窓まで距離があるのに、オレンジの光は店内まで充満しているのが不思議だった。蜘蛛の巣や埃も見当たらない。壁には新しいタペストリー、観葉植物が並べられデザインされた空間だと思う。
「きちゃったんだ…いらっしゃい」
そういったガルドもぼさぼさの髪を後ろに流し、皺のない服装に着替えている。
印象ほどの大男ではない180くらいか?太いが太ってはいないし、筋肉のよろいをまとっているようにも見えない。トラやライオンの体といったところか?全体のバランスでは太ってるとは言いがたい。デブの印象を持つものはいないだろう。だがあれで大型肉食獣なのだ。近くに寄れば実感する足首や首など細くあるべき部分から太いのだ。骨格が筋肉を着こなしている。そんな感じだ。戮丸も近い感じだが基本の縮尺が違う。
それでいて姿勢はいつも綺麗だ。身長以上に大きく感じるのはそのせいなのだろう。
顔は戮丸より整っているがその目にはやはり愛嬌の二文字が埋まっている。
「戮丸があんだけ念を押したのに、懲りないねぇ」
てへっと舌を出して答える。ガルドは大げさに口角だけを歪ませる。
「戮丸ならいないぞ。今は出ている。すぐ戻るといっていたが…」
「が…?」
「ひよこをいっぱい連れて行ってね。狩の仕方を教えてるんだろ」
想像する。昨日の人たちだろう。戮丸なら間違いはないが…
旗を持ち先頭を歩く戮丸。てくてく歩く。その後を戦士・ドワーフ・エルフ・プリースト魔法使いが行儀良く続く。ガーガーと騒ぎながら。
…そんなイメージ。
シャロンはあわてて口を押さえる。しかし、追撃は無常に入る。
「狩を覚えたてのひよこが親鳥を離すわけないだろう?そこまで気が回らないとは若いね」
旗を持ち指示する戮丸。
ひよこ達は次第に暴走する。
絶好調である。
仕事は終わったと告げて立ち去ろうとする戮丸。
群がるひよこたち。
ガーガーと騒ぎながら。
絶好調である。
そして、戮丸の旗は地面に落ちた。
シャロンの限界をこえついに笑い出した。「それは戮丸のミスね」と隣でベイネスもクスクスと笑う。
「突き出しどうぞ」
と、普段と変わらないが好ましい笑顔、柔らかな表情でガルドは小鉢を出した。「昨日のより美味いぞ」
ひとしきり笑った後、箸でつまむ。
!?
「マンガ肉は味もマンガ肉なんだよ」
その言葉には絶大な説得力があった。
「そして、ここで《美味いのひとつ》と頼むやつがいない。なけるよ」
ここのユーザーは珍しいもの、そしてその中で安定したものしか注文しないのだろう。賭けに出るやつがいない。それは実社会でもよくある事だ。
戮丸だったら《それ自体が罠》とお決まりのキメ台詞が出るところだ。
「でも、お高いんでしょう」
どっかの誰かの悪い癖がすでに伝染している。
「金貨十枚分食えたらたいしたもんだ」
「普通一ヶ月はリッチに暮らせるよ」ティナが補足する。
「私の口座は?」
ガルドの口から正確な数字がこぼれる。大雑把に金貨300枚以上と言うことだ。鑑定代は全部戮丸が持った。
シャロンはお金持ち。
「この店で一番高いのを一つ」一度言ってみたかった。
「たんねぇーよ。なめんな」
あっさり玉砕。蒼天ははるか遠く…
「じゃあ、美味しいのを一つ、あと美味しいお酒も」
「あいよ。これなんかどうだ?」
相変わらずの速さで料理が出てきた。
豚シャブ?葉野菜の上に白い肉が載っており、トマト?のような赤い野菜が目に美味しい。
一つ摘んでみる。葉野菜は熱でしんなりしていて、冷たい料理ではないことを示している。
んんんんんっ~~~~~~~~~!
「すごっ!味が濃い」
肉の旨みが強烈に濃かった。それを暖められた温野菜が洗い流す。薄切り肉な理由がわかった。濃すぎるのだ。食感云々の話ではなく、こうしないと強烈過ぎて不味くなる。もちろん、食感もやさしい、ソースも味付けというより薄める意味合いで使われている。脂の塊を焼いてもこういう味はしない。
インパクトは絶大だった。
「そうか、気に入ったか」
シャロンはコクコクとうなずく。
ああ、私…テーブルの上だけでも…いいや…冒険…
「酒もあるでよ」
ガルドは勝負を決める気らしい。
◆
「俺が斥候を勤めるオックスは最後尾に下がって弓で援護。初手はオックスになるので前衛は射線を空けて、盾持ち組みは殲滅担当。魔法はケースバイケース。想定戦闘回数は頭に入ってるな。勝負は2秒で決める。殲滅組みは一射後突入。突入合図はノッツだ。良く見て判断しろ」
それが次郎坊の指示だった。《勝負は2秒で決める》その発言にあせりを感じた。時間感覚からして自分らとは違うと痛感させられた。
「指揮って言っても…俺は…」
「難しく考えるな。戦闘の予定は理解できているだろう?そのタイミングを告げるだけでいいんだ。それでもイレギュラーは起こる。その際に閃いたものを叫べば担当者がどうにかしてくれる」
不安なのだろうノッツは力なく頷く。
「取り敢えずは《突撃》って叫べばいい。そのタイミングが明後日じゃなきゃ文句はないよ」
そういって肩を叩いた。
「俺たちは?」
盾組みである。経験は多いが今回のような電撃戦は初めてだ。当然不安はある。
「殲滅と後ろにやらないこと。それを念頭に置きながら戦線を押し上げる。ワンショットワンキルは理想だが自分は壁だと思え。ネトゲの壁役とは違うぞ。押しつぶす壁だ」
二人は頷いた。
「俺は…後衛初めてなんだけど」
オックスだ。このダンジョンで前衛三人は戦い辛いのはわかる。ただ前衛戦士職が最後尾に下げられたのだ。不満はある。
「お前のポジションは重要かつ難しいぞ。何でもこなせるが武装の変更にまだ時間がかかる。後衛防御戦はほぼ不可能だ。だから、不意打ちされた時は悲鳴だけは上げてくれ。攻撃されながら前線支援するか敵をなぎ払うかは、お前に任せる」
「生きた鳴子かよ。おもしれえ」
「勘違いするな、それが最低資質だ。この戦法では俺が突っ込み、お前が直援、気の抜けた矢じゃ困る。俺の不意打ち成功後、お前の不意打ち成功、その後壁組みの不意打ち成功が理想だ。これは必ず訪れるれる。じゃあ、どうするか?俺が失敗したら視線は俺に集まる。これ幸いとお前がキル取りをしてもいいし、さらにお前がうまく立ち回って最大火力の壁役を生かすか?適当に敵のほうに向かって矢を射ってる様じゃあ困る・・・ワンショットで決めてくれ」
オックスは身震いした。
「俺が・・・スナイパー?」
「そうだ。お前の判断と力量しだいで・・・すべてが変わるぞ」
コンシューマーにありがちな取り敢えず飛び道具持たせました的な扱いだと思っていた。TRPGでも戦士職を保険のために下げるのはよくある事だ。
そんなものは踏み越えた世界での指揮がこれか…
「お前は戦闘カンもよさそうだし、バンドで言うボーカル気質だ。うまくやってくれると思うが…駄目なら代えればいいだけだ。不満はあるかね」
「任せろよ」
言った言葉は震えていた。
「私は…自分の判断で魔法を使いたいのですが…」
スレイバインはそういった。無理もない指揮官は彼の本来の職だ。
「お前さんに期待してるのは自制心だ。魔法攻撃という最終手段をカウントに入れてない。つまり、うまくいけばいくほど、お前はうどの大木になる」
「―――だからっ!」
「勘違いするな。最終手段が残されているからこそ、オックスは自由になる。自由度の意味はわかるな?」
「・・・はい」
オックスの役目は本当に重要だ。ワンショットワンキル。弓でやるにはどうしても運頼みはやむ終えない。だが、彼には魔法もある。必中の攻撃を視野に入れればかなり戦闘は安定する。
そこで、こちらが先に弾切れを起こしてしまえば、温存という足かせをオックスに負わせることになる。それがパーティにとってどれだけマイナスか?
わからないスレイバインではなかった。
「それと、魔法使いの攻撃はダマでやられるとパーティ壊滅の憂き目にあう」
「そんなに?」とノッツ。
「勉強しとけって言っただろうが!特にファイヤーボール。どんな魔法だと思ってた!?」
「火の玉がヒューって飛んで複数敵にダメージ…?」
次郎坊は肩を落とした。
「じゃ、手榴弾くらいのイメージだったわけか?」
「ああ、そんな感じだろ?」
「焼夷榴弾」
「へ?」
「焼夷榴弾だ。ナパームだよ!ナパームッ!」
一同は青くなった。
「それでスレイの奴。絶対に使うなって言ったのか…」とオックス。
「おーい」よりによって使えるエルフが知らないこの事実。
次郎坊は泣きたくなった。
「実質の対ドラゴン用呪文が…配管工のおっさんが気楽に投げるイメージしかなかったわけね」
「じゃあ、FPSみたいに扉開けて放り込んで終わりってできない訳だ」
「たぶん落盤起こすぞ…」
・・・言葉も出ない。
「説・明・し・よ・う・な・ス・レ・イ。ただ事じゃすまないぞ」
「だから、使い勝手のいいライトニングボルトを欲しがったんじゃないですか…」
次郎坊の梅干に、いたいいたいといいながら苦肉の反論をする。
「火力は一緒だぞ…まあいい。ライトニングは使用予定あるから、それを見てダマでぶっ放していい代物か判断するんだな」
そう言ってスレイを開放した。
「そうはいってもな。魔法使いのマジックミサイルやスリープがクリティカルなタイミングで炸裂すると戦況は大きく変わるぞ?」
「・・・あんなクズ魔法が・・・ですか?」
地味に脳筋なのねコイツ。
「・・・わからんか・・・まずはタイミングの模索からやってみろ。話はそれからだ」
「じゃあ、初期設定としてマジックミサイルでお願いします。ライトニングは指示出すまで封印という形でいいですね」
「・・・ああ・・・」
ノッツはスレイと打ち合わせをする。
「まずはこの巡回部隊を片付ける。手慣らしもあるが、放置して後背を衝かれてはたまらん。会敵場所はこの直線。引き付けてからだ」
一同は次郎坊が指差したマップを見つめて頷く。
「これから実戦に入る質問はないな」
―――無いようだ。
「会戦までハンドサインで指示を行う。ノッツの第一声以後発言・発生を許可する」
「俺の第一声って?」
「決めただろう《突撃》って」
等間隔に並ぶ松明の隙間にしゃがみ込み息を殺す。
次郎坊の手はマテの姿勢で止まったままだ。
遮蔽物は無い。暗がりだけが一同を覆う。
ノッツとしては見通しのいい廊下の真ん中にしゃがみ込んでいるだけだ。
こちらからは丸見え、相手からは見えてない…はずだ。
いやな痺れが冷気のように体を這い上がる.
オックスだけがたっていた。弓を構えて。
(まだか・・・)
みな痺れを切らしていた。
対象のゴブリンはもう目と鼻の先。普通に戦っても勝てる相手だ。
こんなに引き付ける必要があるのか?
あれほど話し合った内容と間逆の構想が頭をよぎる。
それだけ待つのがつらいのだ。
・・・カラン・・・小石が転がる音だ。
ゴブリンの視線がそちらに集まる。
・・・ヤバイッ!
もう不意打ちにこだわってる場合じゃない。
視線の先に次郎坊はいなかった。
ゴブリンが悲鳴を上げる。腰のランタンのシャッターを開けた次郎坊が暗闇に踊る。
後ろから弓弦を放つ音がする。
背中を向けたゴブリンの一人が首筋に矢を生やし崩れ落ちる。
ノッツはそうの光景を呆然と見ていた。が、背中を蹴られ、我に返る。
「突撃~」
泣きたくなるほど貧相な声だった。それでも盾組みは動き出した。
復唱も似たような状態でほっとする。
「あと二ぁあつっ!!!」
次郎坊の誰何が一堂を貫き、その瞬間から動きは加速した。
ゴブリンからしたら最悪である不意打ちされ、対応したらそこを不意打ちされ、さらに伏兵が突撃を始めたのに、最初の襲撃者が時の声を上げた。
――対応したいのに無視できない!!!
この時点で勝敗は決していた。本当に2秒で決まった。
オックスはうれしくなって次郎坊を見るとボウガンでこちらに狙いをつけていた。
――!!
最初は何事かわからなかったが、なんて事の無いクリアリングだ。FPSでは普通の作法だ。
次郎坊の背後はオックスが、そして、オックスの背後は次郎坊が気を配る。当然の行為だ。
「しくじったぁあああっ!上手くできてたと思ったのに!最後でこけたぁ!」
オックスは本当に良くやっていた。次郎坊の動きもちゃんと追ってたし、時間がある分しっかりとヘッドショットを狙っていた。首に当たったがそれは結果オーライだろう。
「クリアー。オックス」
次郎坊は手を上げる。すかさずオックスが殴りつけるようなハイタッチ。パシンッと子気味よい音が通路に響いた。
「遅れてたぜぇノッツ~」
オックスが蹴ってくれたおかげだ。何がなんだかわからなかった。
「いや、あれで上出来だ。なぁお二人さん」
次郎坊は盾組みに話しかける。号令がなければ切り替えできなかった自覚があるのか二人は「よかったよ」とフォローの言葉をかけた。
「慣れなきゃ。出来ないもんだ。タイミングあせって暴発してもしょうがない。次は元気良くやってみよう」
言われてみれば確かに…正直、赤面物だ。
「本物のタウンティングってああいうもんなんスね。俺も参加していいッスか?」
「おお、混ざれ混ざれ」
勢い担当のオックスの参入は心強い。
「おい。ノッツ…これもっとけ」
「なんすかこれ…耳ぃッ?」
「袋に入れんなよ手に盛っておけ」
「何その罰ゲーム?」
「それが消えたらあれがリスポンした合図だ。取り敢えず叫んでくれ消えたって」
「…りょ~か~い」
ノッツは肩を落として了承を伝える。
「お前叫んでばっかだな」
「指揮官の仕事なんてそんなもんだ。おまいさんは叫ぶのがお仕事」
「馬鹿でも出来るじゃねぇか・・・」
「馬鹿な!真実に気づかれた・・・だ・とう・・・!!!」
「次郎っ!」
次郎坊は優しい表情になって続けた。
「馬鹿にでも出来るがスレイには向かない。わかるだろう」
「馬鹿にも出来るが、ノッツには出来なかった。それは個人の資質か?そんなたいそうなもんじゃない」
皆が聞き入っていた次郎坊の手は見えないパズルを組み合わせるように踊る。
「出来ること・出来ないこと・出来る筈のこと・出来ない筈のこと。それはどれだけ本当だ?まずはそこからだ。お前は良くやってるよスレイ」
スッと楽になった。
「次からが本番だ。プロブ戦行くぞ」
一同はめいめいに了承を示し、先に進んだ。