054 荒野戦6 殺戮開始
オーガソード…それは実在しない剣。カテゴリと言ってもいい。
形状は幅広の両手剣。長さは1.5m。柄が長い。50cmは柄に取られている。先端は斧刃で扇状に開いている。
先端が丸まっている剣は実際にある。処刑用の剣がそうだ。地面に叩きつけるように使う用法から切っ先は無い。使いもしないのに欠ける部分なら最初から無いほうがいいと言う作りだ。
本来処刑は斧を使うのだが、身分の高い者で斧では死にたくないと言う人の為に、斬首用の両手剣が存在する。
オーガソードは違うラッパ・・・朝顔を横から見たシルエットから切っ先が二つある。この切っ先で突き刺すような真似は出来ないが、かき切る・引っ掛けると言った用法は出来るだろう。突けば貫通力は無いものの、首などは一撃で飛ぶ。腹に突き込めば正面から背骨を寸断するかも知れ無い。
利点は有る。が実在はしていない。少なくとも筆者は見たことが無い。ゲームでは良くあるデザインだ。オーガソードの名称になるほどとも思った。
単純に重いのだ。その形状の用法を考えれば、剣の部分は要らない。剣である必要が無いのだ。棒でいい。そういった形状の武器は中国にあったはず。(資料を紛失してしまった痛恨事)
西洋武器ならハルバードで事が足りる。たぶん、形状からオーガソードより軽く、リーチもあるものになるはずだ。
特殊な形状の武器には高い練度要求される。両手剣に要求される素質はまず敏捷性。そして、それを振り回し続けるスタミナと筋力。長さだけで対人戦闘ではお釣りが出るほどの火力を誇る両手剣。先端を斧刃に変えるなど・・・あるんだったらお目にかかりたい。
つまり、オーガソードとはオーガ並みの筋力とスタミナをもって真価を発揮する武器。
その形状もたまたま見かけた他のゲーム内の形状であって、それがスタンダードなカテゴリと言うわけでもない。このアタンドットでもこの形状の武器に遭遇した戮丸が、前述の理由からそう呼んでいる。オーガからドロップした。と言うのも有る。
戮丸はそれをまだ振るってはいない。
―――ガルドは正直、焦れていた。
連携は永久には続かない。必ず破綻する。その破綻を合図に攻め込めばいい。仕切りなおしの時間を与えている。もう3度目だ。それがどれだけ危険な行為か判るだけに・・・
女史の目には違って映る。
3体の巨人と2体の飛竜相手に対峙して猛攻をいなしている。3度目だ。
超重量・致死性の猛攻を掻い潜り、悠然と次に備える。ここまでくれば女史にもわかる。拮抗しているのだ。圧倒的な力を持つ相手に経験だけで10レベルちょっとのドワーフが・・・
互角なものなど何も無い。
しかし、戦況は互角。
戮丸は天を仰ぎ、大きく息を吐いた。
壮観な眺めだ。10メートル近い巨人が三体。その後ろに二対の飛竜。そして、無数のオーガの群れ。
オーガの群れも混戦していたが、戮丸に呼応するかのように緊張状態を作る。
朦朧とした意識の中、目だけは活きている。
この殺戮の場を止めているのは、この瀕死の眼だ。
「―――殺します」
―――ぞくり。誰に向けた言葉だろう。
その感情を全く伺せ無い言葉に、女史はともかくガルドの背にも冷たいものが走った。
巨人に向かって疾駆する。
巨人のモールが襲い掛かる。それを1歩のステップバックでかわし、振動が収まらないモールを駆け上る。
駆け上ると言うのは誤り、戮丸が踏んだのは2歩。駆け上るには角度がきつ過ぎる。
戮丸はその2歩で巨人の膝に飛び移った。巨人は慌てて手を離し、かきこむように腕を振るうが、その腕の内側を蹴って肩に登った。
戮丸は視線をめぐらせる。巨人は追従しようと首を振るがビクンと体を震わせた。
巨人の目尻のところに戮丸は手をついていたのだ。首を振ればそれが目に刺さる。
戮丸の居たところを別の巨人のモールが過ぎ去っていく。
戮丸の姿は消えている。当然避けたのだ。だが、この状況で戮丸だけに当たるように振るえる訳が無い。
巨人の頭部を半分ぐしゃりと叩き潰し、殴られた巨人は飛ぶ。
一人脱落。
殴った側の巨人は何が起こったかわからない。肩に敵がとまったのだ。しゃがめばいい。
今までそうやってきた。今までは避けてくれていた!
しかし戮丸は、その殴った巨人の肩に現れた。当然、跳躍で届く距離ではない。しかしそれは相対距離の話で、全員が戮丸に突進を仕掛けている。絶対距離はそうたいしたものでもない。
巨人はパニックに陥った。自分がした事が自分にも起こる。
毛虫がたかった女子高生のように悲鳴をあげ、肩をでたらめに振り回す。
このでたらめというのが味噌である。
「肩を出鱈目に振ってください」こう言われた人間がほぼ同じモーションをする事を戮丸は知っていた。
出鱈目と言うのはあくまで主観である。戮丸からすれば右回転・左回転の規則正しい反復運動。跳躍の糧にするのは造作も無い。
飛竜が突っ込んでくるのは判っていた。が、狙いはブレス待機のホバリングしているほう。勢いに乗って飛翔する。そんなに上手く跳ぶものかと思うかもしれないがその為の情報収集は十分以上にやっていた。
「空が安置だとは思うな!」
ここではじめてオーガソードを振るう。その形状からかろうじて引っ掛けるくらいには使える。もし、呪われたクズアイテムであっても、重要なのは形状。更に、腕とあわせて半径2mの円状に捕らえればいい。
かくして剣は飛竜の延髄に叩き込まれ、赤熱した剣から白煙が上がる。
炎熱系の能力を持つらしいが、戮丸はそれ所ではない。
肩が完全にイカレタ。一振りもたなかったか・・・
飛竜は落下していく、絶命には至らないがホバリングを維持できるダメージではない。
オーガソードは失った。肩の折れた腕では掴み続けられないし、残った腕は体を支えなくてはならない。痛みにのたうつなんて贅沢は出来ない。
戮丸は角状の突起物を掴み狙いを地面に定める。
戮丸の意を解したのか飛竜はブレスを放ち、地面を焼く。
上昇気流と言うには未熟な爆炎を得て地平すれすれで飛行を回復させる。
飛竜はそれでも浮力が足らないのか羽ばたき更に加速させる。失速・軟着陸が許される状況では無い。
その向きが、先の巨人のほうに向いていればよかったのだが・・・
原則として動物は頭の向いている方向に進む。突起物を利用して舵を取る。
薬煙が上がる方向に。
戮丸は薬煙に触れる前に飛び降りた。
飛竜は薬煙が作用したのか、地面に土煙を上げて安否は確認できない。
戮丸が予測した最悪にいやらしい効果は敵味方識別反転薬。つまり、最も攻撃したくない対象を攻撃してしまう薬だ。これならあの罠を最悪なもにしたらしめる。
オーガたちはその薬煙をたっぷり吸っている。そこに飛竜を叩き込んだ。
壮絶な呪われた殺し合いを演じればいい。
2体目脱落。
ここで、初めて想定外の事態に陥った。
胸をしこたまうった。
速度は何キロ出ていただろう?高度20前後からの落下を強制リカバリー。飛竜からしたら超低空だ。たかが知れていると、踏んでいたが・・・
夢見すぎか?
時速100kmは軽く超えてた。しかも3m以上の高さから荒野に放り出され生きている時点で奇跡か?ここで飛び起きて乱戦再開しないとオーガの干渉を受ける。しかし、体は反応しない。
走れ!
戮丸の体はヨタヨタと走り出す。しかし、走っている実感は・痛みすら帰ってこない。
かなりヤバイ状況だ・・・
お構い無しに体に命令を送る。走るにつれ痛みの輪郭ははっきりして行く。喉は騒音のような呼吸音を奏でる。
武器を確認する。感覚が帰ってこないこの状態では、ジャグリングまがい武器換装能力は無理だ。
ナイフは3本あった筈・・・1・2・・・3本目は・・・腹に刺さってた。柄が・・・
足も違和感を返してきた。太ももの裏に壊れたクロスボウが生えて・・・弓の部分が腿を貫通している。骨は避けたようだ。
太ももの側面を縫っているような感じだ。走るたびに傷口をこじ開ける。
腕は無事なほうは無事だったが、駄目な方は駄目だった。ひっくり返っている。詳しく考えるのはやめた。痛覚は無いが想像しただけで痛い。
ボルトは・・・全部吹っ飛んでいる。
クロスボウは本体を取り除きたいが・・・片手では無理だ。肉をナイフで掘り返したほうがはるかに建設的。しかも弓の部分が刺さっている当然肉に絡んでいる。掘り返したら足が・・・多分お釈迦だ。動いているだけ御の字。痛いのは我慢だ。
腹のナイフも最後だ。下手に引き抜けば内臓がはみ出る。
そう言えば、ハンティングナイフが使われなくなった理由の一つに、落馬した時に柄が腹に刺さるからってのがあったな・・・
まさか、自分が同じ目にあうとは・・・折りたたみナイフじゃ役に立たないし・・・
―――腰のコンバットナイフ!
手を回して確認した。健在のようだ。鞘は真ん中で折れているが、ベルトに2箇所通して装備するタイプだ。割れてはいるがナイフ自体はホールドできたようだ。
目的地は頭を吹き飛ばされた死んだ巨人横の踏み台にした2番目の巨人だ。三番目の巨人も近くに居るはず、目を打ち抜かれておっとり刀で様子を見てたのが、最悪のケースは巨人同士が協力して飛竜を始末していた場合。空への階段を失う事になる。この装備では届かない。
幸い、乱戦は続いている。薬煙に飛び込んだ飛竜は・・・オーガと戦闘中のようだ。飛ばすなよ。勝ち目なくなるから・・・希望的観測は確定に変わった。
依然、走っている。戮丸の主観ではだ。遅いのか速いのかもわからない。ただ、何時までたっても目的地に着かない。
痛みにあえぐより、腰のナイフを抜いてみた。鞘が折れたせいか引っかかりを感じる。
―――嫌な予感がする。
「・・・曲がるか?」
腰のコンバットナイフは横にくの字に曲がっていた。そういえばこれはマジックアイテム相当の業物であって、マジックアイテムではなかった。
先にハンティングナイフが消えた理由。折りたたみ。ポケットに入れてしまったほうが安全なのだが、時代のニーズと言うものが有る。つまり、鞘付きも当然メリットは有る。抜刀性の良さと剛性。緊急時の対応能力はダンチだ。そして剛性。いくら頑丈に見えても折りたたみナイフは爪で引っかかっているに過ぎない。数合打ち合うとなれば鞘付きに当然軍配が上がる。
だから、ブッシュを切り開き緊急時に抜刀が求められるコンバットナイフとダイバーズナイフに折りたたみはナイフは無い。多種多様のモデルが乱立する現代において言い切ることは出来ないが、使用者からすればありえない。
厚さ3~4mm。鉄板と言うより鉄塊。そんな印象でとても曲がるとは思えない、そういう代物ではないのだ。
現物を触ったことがあれば、包丁とは別種のツールだと言う事がわかるはずだ。
いざと言うときに引っかかるのは困る。その確認のために抜いてみたが・・・
・・・使い捨て確定じゃねーか・・・
刃が真っ直ぐならまだ・・・鞘に引っ掛けておく事が出来たが・・・下手に戻そうとすれば背骨を貫きかねん。
ドラゴンと巨人は折り重なってもがいている。意外だったのは別の巨人が――〈片目〉と呼ぼう――両者区別無く攻撃を仕掛けていた。そのおかげか3者共に絶命うには及んでいない。
確認から距離感で速度を量る。
意外な事に速すぎる。
思いのほか速度が出ている。さすがアバターの体か?RPGではヒットポイント残り1でもフルポテンシャルを発揮できるのが普通。冷静に考えれば異常すぎる状況なのだが、そういう文化体系の名残か、瀕死の重傷でもペナルティ程度の負荷しかないのかもしれない。いや、移動速度はペナルティの対象外か?どういう状況かは判らない。そうであるならば、その世界に対応して行動する。恩恵は甘受する。負荷には対策を練る。
世界に対応する。常識を棄却し、刷新されたもので再構成。歩数は数えていられない。戮丸の思考にしかない足跡が浮かぶ、それは左右一揃えで交互に地面から飛竜の背に続いている。それを踏んで走っている。先の未来が見える。
アクションを起こす地点で踏んでる足跡が左右かで状態の状況を予想する。
歩調を調整する。刷新された足跡に切り替わる。
「下手糞」
想定した未来の戮丸がよろけたのだ。
戮丸は悪態をついて、飛竜の体に飛び乗る。
ほんの少しとまる。とまり続けることは出来ない。手はナイフで塞がっていた
〈片目〉のモールが襲い掛かる。
しかし、〈片目〉は、他の巨人が握りつぶそうと手を伸ばしていることに・・・飛竜が鎌首をもたげていることに気づいていない。
頭を狙った掌と胴を狙った飛竜の顎門。
二つは戮丸を守るように交差し、モールにクシャリと潰された。
その距離十数cm。その下を転げて抜ける。
巨人の腕は潰された。飛竜の方は巨人の腕に守られ・・・直接的に飛竜に打撃を与えたのは巨人の腕。絶命には至らない。
その惨劇に〈片目〉は一瞬呆然とした。本当に一瞬だ。
仕組まれた予定をランさせるだけの戮丸には十分な時間だった。
戮丸は飛び掛らない。飛竜の首・巨人の腕・〈片目〉のモールの柄。流れるようにそれらをふみ、〈片目〉の肩の付け根にコンバットナイフを突き刺し・・・
――キン。
多分、読者の想定したタイミングより現実のタイミングは遅い。音の種別も違うだろう。
ナイフは深々と突き刺さった。それを踏み駆け上がろうとしたが・・・踏み外したのだ。
「ふぐぅろぉ・・・ああ・・・ほぅ・・はぅ・ああ、あああああぐあぁ・・・」
結果、戮丸は落ちなかった。刺した事で開いた腕で肩にしがみ付き柄にまたがる形で辛うじてしがみ付いている。
全身これ以上無いほど痛みに満ちていた戮丸の肉体を、「そんなものは生ぬるい!」と急所をうった激痛が刷新していく。
『あれって・・・痛いのね・・・』
頬は骨が露出し、腕は使用後のストロー袋のようにくしゃくしゃ、足はクロスボウの残骸が突き刺さって・・・全身傷だらけで戦っていた人間の苦悶の表情は・・・推し量れる。
笑うには距離が近すぎた。
『ナイフの曲がりが原因か・・・ロールが発生した』
ロールとは行為判定の意味、戮丸はバフ祭りの異名?どおり最大限の配慮を配っていた。足場は変化後の予測をしてから踏んでいたし、現に今の動きでも、足場が潰れてから踏んでいる。もちろん、ナイフの柄を足場にした時点で行為判定は発生するが、そのナイフの曲がりが微々たる物だがデバフ・・・ペナルティになっていたのは確かだ。
『サブルーチンに二回跳んでるな。この時点で一万分の一・・・で効果は・・・』
『・・・どうなったの?』
『想像の死んだ亀の首に巻きついた見えない赤い糸が、引きちぎられるような激痛に襲われる。30秒間新しい行動は取れない』
・・・・・・
『それを見ていた対象は笑い転げて一分間行動不能。・・・頭おかしくないか?』
突込みどころ満載である。
『いや、それ・・・伝統だから・・・何万分の1?逆にラッキー的な?』
『このタイミングでか?』
ガルドのシステムエンジニアを見つめる目は冷たい。
『あ・でも・・・でもね。そういったアクシデントもいい思い出に・・・武勇伝・・・いいえ、プレイヤーレジェンドになるわ』
女史はしどろもどろに言い訳をする。
「・・・またかよ」
戮丸のあえぎの隙間から毀れる言葉が、ガルドと女史の耳に入る。
『ホントお前って救われねぇな』
ガルドはその言葉に伝わらない言葉を口にする。
30秒間身動きはは取れない戮丸。巨人はその様が目に入った訳ではないが見失っている。システムが選んだ代替行為だろう。それならば一分間は無事な筈。30秒と言う時間は6回行為判定が求められる。戮丸は今しがみ付いているのだ。
「・・・ウサギが一匹・・・ウサギが二匹・・・」
あまりの激痛は人を無意味な行為に走らせる。跳ねてみたり、訳のわからない呪文を唱えたり、戮丸はウサギを数えた。
『・・・寝る気?』
女史はガルドに理由を問われて簡潔に説明した。当然、数えるの羊であることも、眠れないときに唱える行為だということも・・・笑ってしまうような混乱ぶりだが、血泡を飛ばし必死に唱える様を笑う気にはなれなかった。
落下したら終る。10mの身長は屈んでいることや肩と言うことを加味し、5・6mはあるだろう。落下しては唯ではすまない。
秒間一匹のペースでウサギは増える。しがみ付き続ければいい。難しいロールではない。片手と腰でホールドしているのだ。並の人間ならまず落ちないだろう。
「・・・ウサギが2・・・7匹」
余談であるがウサギは羽で数える。息は整いつつある。そんな思考も頭を過ぎる。自分の出鱈目な呪文も自覚する。出鱈目でも効果はあるんだな。なんて思ったりもする。必要なのは平運。特別な事などいらない。
しかし、戮丸にそんな物は無かった。
「・・・ウサギが・・・アリューシャ?」
『何でここでアリューシャが出てくる!?』
『男って・・・馬鹿よね』
(ぱんぱかぱーん)イメージ
愛嬌がある目を丸くし、何が起こったかわからない、そんな表情で戮丸は落ちていった。
パトスが奏でる悲しいサガであった。
誤字脱字はご容赦ください。