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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第二章 ドラゴンサーカス
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053 荒野戦5 指揮導体《コンダクター》



 逃走中に薬瓶を投げ込んでおいた。オーガクラスの密集地帯にだ。


 薬瓶の中身は凶暴化薬と以前予測していた。ミミックに囚われ、部屋は閉じ、吊天井がゆっくり下がってくる。この状況でさらに追い討ちをかけるなら、即死は無い。とふんでいた。

 効果的ではあるが罠の特性から考えてそれは無いだろう。もっといやらしい類の薬だと、

 その考えに基づいてスリップダメージの毒は除外される。死は既に確定した状況だ。

 能力低下、特に思考低下がいやらしい。凶暴化薬と以前はふんでいたが、ミミックという対象がいる。凶暴化の対象がミミックに集まれば、万が一に生存の可能性がでてくる。

 混乱という可能性も考えられるが、思考停止と万が一にもプラスに働く可能性もある。密集地に混乱薬をばら撒いたからといって必ずしも乱戦に発展するわけではない。

 ・・・もっといやらしい何か、戮丸その可能性こそを期待していた。予測はつく。


 戮丸は周辺を確認した。薬瓶を投げ込んだ辺りから戦闘の音が聞こえる。これは予想通り。

 ―――危なかった。混乱薬の様な毒物だったようだ。しかし種別の詳細までは確認できない。

 全てが台無しになる所だった。もちろん、脱出を主眼に置けばそれもいい。

 どちらにしてもやる事には変わりない。



 それよりも問題は自分の体調不良だ

 胸はいつもどおり、痛みを伴う動悸を奏でる。それでも、現在全力行動中なので気にはならない。

 リアルならそれに伴い膝の力が抜けていく。ただ、ゲームのせいか確かな足腰の具合を感じる。

 ぶっちゃけてしまえば、全力疾走後の動悸が何もしてなくても襲ってくるというのが戮丸の症状だった。それに伴い足元がおぼつかなくなり、頭の中では乾いた板を叩くような衝撃が襲う。その不安感こそが一番のネックだった。


 医者に聞いても、ピンとくる返答は得られない。よくない状態だということはわかっている。これが、寝ていても襲ってくる。バイト中でも当然襲ってくる。

「心不全を起こしてもおかしくないのです。運動量に気をつけてください」


 医者は軽々しくそんなことを言う。じゃあ、健常者の烙印を外してくれ。と常々思う。

 彼が務まる仕事はほぼ体力勝負。

 時給800円で命を削っている実感。それも二線級の働きしか出来ない。

 ・・・酷く惨めだ。


 生き延びたいという感覚さえない。ただ苦しいだけ、しかもその辺の学生さんでも出来るような仕事でだ。


 それでも、そんな仕事では死にたくは無い。小説やマンガのようにロスタイムのカウントは表示されない。後何回この症状が起こったら死ぬ。・・・と言ってくれれば諦めもつくのだが。


 漠然と『死ぬかもしれません』そんな医者の言葉が思考の隅に引っかかる。

 死んだら、『医者は警告したのに』と言うのだろう。行く度に薬を増やし費用は毎回上がる。

 その治療費を稼ぐために仕事は増量を余儀なくされる。

「・・・逃げてぇ」


 ―――そう呟いた。誰もが平気な仕事場で命を危ぶむ。ならいっそ誰も生き残れない戦場で必死に生き延びたい。そう願うようになった。


 今は、望んだ通り死ぬに値する戦場だ。肩の鈍痛と胸の激痛、全身に痛みが点在する。頬に違和感を感じて指でこする。


 ―――う

 痛みと共に固いものを感じた。頬骨だ―――頬肉が削げている様だ。


 戮丸はまたモールをかわした。

 ―――今のは80cm。

 上手く避けた。

 列車のような蹴りが迫る。20cmのプラスマージンはあっという間にチャラになった。

 苛立ちにコントローラーを投げつける余裕も無い。


「―――逃げてぇ」


 はじけ跳んでお仕舞い。

 それが、俺程度が頑張った成果。妥当な線だ。

 それでも戮丸はかわし続ける。その肉体に刻み込まれた戦闘カンが避けさせる。

 ここじゃあ―――もう何度も死んでる。初めてじゃない。


 ・・・何かあったような・・・

 ・・・そうだ。俺は悔しかった。


 破壊された村。死体こそ無くても被害の後は見て取れる。親の無くした子供たち。自愛の心など無い。ただ、そこを通過しただけの人間にしか過ぎない俺が・・・俺風情が・・・悔しいと感じた。


 何故?


 俺がそこに居れば何か出来たはず。と自惚れて・・・


 事故現場で死体を抱えて彷徨ったのは?

 自分だからわかる。生存者など居なかった。誰かを助ければ自分の蛮行を仕方なかった事にできる。

 どうしようもない鉄火場で、飛び込んでしまった償いを探していた。そんな擬態。


 そうだ。ここが最終線だ。

 ただの腕力馬鹿が、関与できる最後の場所。


 ここで倒せばすべてマルッとかたがつく。こんなうじうじと悩む必要は無くなる。


 逃げる?―――散々逃げてきた。

 あの日、確かに拳を握ってしまった。

「俺は無力だ」と、涙を流せばイケメンなら様になるだろう。俺のようなブサメンには・・・俺が見ても鼻で笑う。

 それが、どんなに素晴らしい理念や自愛の言葉であっても、絵にかいた餅だ。


 マルッと片付けても俺は怒られる。危険行為だと―――

 俺のやることは全て他の人の気に障るらしい。その証拠にほめられた記憶が無い。


 だから、人目の付かない路地裏で缶コーヒーで一服しよう。

 多分、それさえも見咎められるんだろうな。


 それでも、見捨てられた人間の怒りと悲しみを無かったことにできれば・・・


 ヒーロー。実は戮丸も鼻で笑う。

 事件さえなかった事に出来てしまえば、残るのはただの変人。


 もちろん、警察と言う選択肢もあった。

 ―――が、人脈と試験が全てだと信頼できる人間に言われその選択肢は消えた。

 割になど合わない。戮丸だって嫌だ。


 やりようは幾らでもあるはずだ。ただ、普通のやり方を全て嫌って逃げ込んだ。

 そう、ゲームの世界まで逃げ込んで探していた場所が・・・


 今この状況こそが戮丸の全ての希望が叶っている。

 泣きたくなる。

 缶コーヒーとタバコの為に生きてみよう。


 そのためには、もっと削る。距離を50cmまで削る。それも間断なくだ。

 チラッと見た混乱薬に希望を見た。煙が消えていない。何処かしら設定ミスがあると踏んでいたが・・・煙を永続設定にしてあるのか?と言うよりも、時間設定を忘れたか?封印?あるな。

 混乱薬と仮定していたが・・・希望的観測で事を進めよう。





「すげえな。あいつ等はブレスを前に避けるのか?」


 噴霧口に向かって避ければ、回避は容易くなる。ガルドはそれが一般的な行為か?と言う意味で訊いた。


「ロボットゲーマーがよく取る回避行動ね。でも、機動力が天地の差があるわ」

「そこは見切っているんだろう」

「頭がおかしい・・・今何か投げた」


 それは、石だった。先の拳と同じ注意を集める攻撃だろう。問題はその石を何処から出したかだ。拾っている様子も無い。ストックしておく場所など当然無い。


「情報密度が跳ね上がったぞ。足場の固い場所柔らかい場所、風向きまで観測された!」

「どういう事?」

「奴さん本気だ。その情報が必要なんだろ!ラグが発生する。プレイヤー負荷が想定外の域に突入する」

「ガルド!」

「演算を俺の本体に回す。本気に水を差す気は無い!」

「プレイヤー保護優先!このエリアを初期化して!」

「断る!水を差す気は無いといっただろ!」


 戮丸のやったテクニックは石を足の外側で踏みつけはじく。サッカーボールなら器用な人は普通にやっている行為だ。強烈な回転スピンを与えられた石は戮丸の外側を駆け上り、脇の下を通りその掌に収まる。石畳でボールなら出来ない行為ではない。それを荒野の石でやった。そのためにスピンを与えられる地面のデータと小石の分布データも観測された。風向きは気象条件や雲の状況で把握した。これで、飛竜の軌道に制約が付いた。

 先のシステムの説明であったように監視者が求めれば、妥当な状況が創造される。つまり、投げつけた石は、裏を返せば戮丸が作ったのだ。

 もちろん、無制限ではない。妥当でなければいけない。

 そのために雑草の根の張り具合、大型動物の分布付近の地面の状況。硬い地面の発生条件、引いてはその場の降雨状況まで、思考の串が貫く。


 石はレーザービームのように飛竜に命中する。ダメージは無い。ただ、観測射撃としては・・・更に情報密度は跳ね上がる。一度観測されたデータはシステムも無視が出来ない。


「何だあの回避技術は!?」

「ド○?」

「何だその○ムっていうのは?」

「アニメでああいう感じに避けるロボットが居るの。でも視界の関係で実際やってるゲーマーは居ないわよ」


 実はサッカーやラグビー。戮丸は想定がファンタジーバトルと奇特な条件で情報収集を行っているので、使えそうなものは一通り修練している。実際にやって納得いくまで修練してしまうので自他共に認める変態なのだ。

 そういう実績があるから車道に飛び込む等、危険行為が出来た。


 巨人達の攻撃も加速する。散発的な攻撃も今は連続した打撃音に聞こえる。


「モンスターも連携してきた!」

「そこまでできた思考回路は積んでない。指揮者が居るんだ」

「どこに?」


 親指でヨコを指差す。


「操ってるの!ガルドじゃあるまいし、何のために!」


 女史は驚く、攻撃は一定のリズムで続く。

 ほぼ連携に見える。戮丸はブレスの巻き込まない位置。モールの当たらない位置へと回避する。


「敵の動線を把握しているんだ。なるほどね。俺は恐怖で操ったが、最適の攻撃に抗える奴は居ないか・・・」

「敵に加勢してどうするのよ!?」

「見事だ。やつらは友情に近いものを感じてるぞ。そりゃそうだ。本来一番邪魔になる味方が実に効率的な動きをしているんだからな」

 ガルドの幻体をモールが貫く。


 戮丸は地面から出た岩に足を引っ掛け、軌道を変化させながら避ける。当然破片は戮丸を蝕むが、転倒も全て想定内。システムが悲鳴を上げるほどの観測能力に隙は無い。即座に走り出す。逃走に見えるが、そこでは次の攻撃が干渉する。


「そろそろだ」

「何が?」

「判らないか?オーケストラが気持ちよさげに演奏している。指揮者不在で。その見えない指揮者が急に指揮をやめたら?」

 大事故に繋がる。音楽的な大事故だ。

 それだって指揮者不在と言う環境であれば、あるいはあったかもしれない。そういう音がなった瞬間がだ。ただ、それは何でもない事だ。大事故ではありえない。

 もうわかると思うが、日常の一風景と大事故の違い。


「その為の仕込みって・・・」

「奴は【昭和の男】なんだろ?」


 これはガルドの勘違い。件の将軍がそう言ってしまったことが原因で、それを聞いたガルドは『昭和=とんでもない修羅の時代』と認識が出来上がっている。


「多分、生まれは昭和だと思うけど・・・」

「混乱は一時的な物だ。その間に片付ける。しかし、5体・・・」

 うっすらと、戮丸の演技の全景が見えた気がした。


 だが、現実的ではない数字だった。


 まだ・・・



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