052 荒野戦4 効かない理由
爆音が響く。再現映像の飛礫は女史とガルドの体をすり抜けていく。超重量がもたらす純質量攻撃は爆発と表現したほうが近い。加重加熱により地面は焼けている。二人にはデータでしかない現状も、戦っている戮丸にとってはリアル。
無数に打ち込まれた打撃が局所的に気温を上げている。飛竜のブレスも加わって咽るほどの温度だ。
「よくやるわね」
女史が評したのは、それでも回避を続ける戮丸の姿にだ。次々とビルの支柱のようなモールが振り下ろされ爆炎が降り注ぐ。
モールは避けられる。テレフォンパンチと同じ要領だ。攻撃範囲は巨大といっても点。精々1mを超えない点。軌道が確定してから・・・引き付けてから避けるのは無理な話ではない。
もっとも、回避できる。笑い話だ・・・新幹線の突進をm単位で避けてるのだ。気力がこそぎ落されていく。風圧で足が浮き、腰の回転で芯を保ち、足で地面を捕らえ回避の糧にする。そのロスタイムが次の回避に必要な時間を蝕む。
そこにブレスだ。ブレスの範囲から一気に離脱する移動手段は戮丸には無い。
巨人の足元から離れないのは遮蔽物を失いたくないからだ。
そうなると巨人も攻撃方法が変わる。蹴りが加わる。線の攻撃。当然、モールに比べ威力は落ちるが戮丸一人をペースト状にするには十分な威力だ。
大きさの対比では人間と犬・・・犬ほどのサイズは無い。猫くらいか?
猫を蹴っ飛ばしてもペースト状にはならない。当然だ。しかし、ここでリアルのサイズと質量がものをいう。
よく、昆虫が人間大になったら驚異的な強さを発揮するという考えがあると言うが、それは軽さの恩恵を無視した話だ。
虫が人間大になったら・・・自重で肉体が崩壊する。
筋力はサイズに比例するとしよう。では、その強度は比例するだろうか?
詳しい話をグダグダ話す気は無い。人間は垂直跳びで1m飛べたらアスリートだ。身長の半分だ。
では猫は?
自分の身長の何倍跳ね上がる?
落下は?
身長の3倍の高さから落ちたら・・・人間なら約5m。平気だという人には普通に「凄いね」という。では猫はどうだろう。
戮丸を猫にたとえれば酷く鈍足で、身長の半分も跳ねられない。腰の高さから落とせば病院行きの貧弱な生命体。
もし猫サイズにダウンサイジングしたら、猫に近しい強靭さを手に入れるだろう。そこで生活すれば筋力は近しいものになるはずだ。
逆に猫を人間大に巨大化させてみたら、下手をすれば通常の人間のほうが優秀な可能性もある。人間大のねこ科の動物は実在するだが、そこまで大型の動物であれば四肢が極端に大きいなど、それなりに家猫とは体の構造が違う。骨折するんじゃないか?そういう意味も含めてだ。
しかも、俊敏性に関しては大きな隙間が出来る。
「勝てるの?」
「ふつうは無理だろう。生き残ったら表彰ものだ。システムに則って戦闘すれば勝てなくも無いが、それにはレベルが低すぎる」
「だね・・・でも、武術が柔よく剛を制すって言うけど嘘なのか?」
「規格が違いすぎる。何事も物には限度というものが有る。少なくとも相手を揺らす程度の力と質量が必要だ」
猫に転ばされる人間は居ない。居たとしてもそれは猫をかばっての結果だ。どんなにバランスを崩しても猫の質量では、人間は弾き飛ばしてしまう。
「もしかして・・・」
「そう、武術が通用しない二大巨頭の理由が揃っている。役には立たない」
武術が通用しない理由の二台巨頭は、まず骨格が人間ではない。あらゆる武術は対人戦特化の行為・アクションだ。そして体重差。
柔よく剛の代名詞で知られる柔道でも、最低限、相手を背負える程度の筋力が必要だ。対人間戦ならばやりようはあるが――
相手の勢いを利用する。これは無理。その際には軌道を変更させるだけの筋力が必要。
極めて投げる。これも無理。極める、巨人相手に関節技・・・指関節?
指の位置に手が届かないし、その力を逃がす方向も、支点足りうる力も無い。指を痛める程度が関の山。しかも命と引き換えに。
急所攻撃・・・届かない。足にもツボは当然あるが、痛みが発生する所まで刃渡りが足りない。ツボ押しは結構力が要るのだ。もちろん人間であれば踵や膝、肘といった手段もあるが・・・猫が足の上のツボを歩って悶絶する人間が居るか?
「それでもやる価値は・・・」
「無いね」
女史は何時の間にか戮丸を応援する立場に立っていた。
「あれにツボ押しが効くと思うか?」
巨人の足が眼に入る。象の足のようだ。思いっきり控えめに言って・・・
「じゃあ、ガルドだったらどう叩くの?」
「俺なら、『爆槍』に『天雷』を持っていくな。5体というのは多すぎる。札もありったけ持っていく」
「お願い。わかる言葉で言って」
「『爆槍』はパイルバンガー・・・あれなら膝でもぶち抜けるだろう。『天雷』は対物スナイパーライフル。航空機対テロ用の強化ガラス越しにぶち抜くアレ。札はわかるな。俺の世界では魔法は一般的に無い。札に封じ込められた力をキーワードで解放する。俺がよく使うのは転移符だな回避に使うし、急所に攻撃を当てる際にも・・・移動に便利だ」
女史は呆れた。ガルドの世界に現行火器は・・・場合によってはそれ以上の武器が発掘される。
「それって・・・なんか違う」
「相手が多すぎる。戦いに妙な美学は持ち込むな」
戮丸は回避を続ける。
「もしかして、逃げたいけど、逃げられない状況?」
「俺には戦っているように見えるが?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「逃げるのは簡単だ。立ち止まれば終る」
そう、かれは戦っている。脛に拳をぶち込み離脱していく。その様はマンガのような手ごたえ――大きな衝撃音の書き文字が出るような手ごたえは無い。神社の御神木を殴ったような鈍い音が、無常に泡沫のように湧き消えた。
「――お?」
「もしかして?効いた?」
「拳がめり込んだな――たいしたもんだ」
巨人は気にした風もない。
「どうなってる?」
「脛打ちの効果は発生していないがダメージにはなったはずだ。1ダメージといった所か?」
「無駄ね」
「いや、攻撃と認識させれば話は変わる」
「積み重ねが有効?」
「あれを千発ぶち込んであの巨人が死ぬと思うか?」
「無理ね」
ゲームでは良くある話。どんな化け物でも1ダメージ抜ければ倒せる。いつかは――。リジェネレート持ちでない限り。
大抵は攻撃者が先に死ぬので、机上の空論の代表格ではあるが―――
「もういい加減教えて!戮丸はどうしたいんだ」
「行動原理は変わってない。あの5体を仕留める気だ。その為の布石をうっている」
「アレは逃げてるだけ!」
「そう、敵は戮丸を追っている。つまり、戮丸の誘導が効いてる。相手の行動に干渉できれば・・・そして、誘導を助長するための攻撃は効いた」
「格闘技には手も足も触れずに相手を投げ飛ばす技でもあるって言うの?」
「あるよ。フツーに、俺だって使ってる――『使えた事が有る』っていうのが正しいが・・・」
「まさか・・・『フルフェイク』?」
フルフェイクというのはガルドがたまに成功した奥義――奥許しだ。
一息に攻撃できる手段を全てフェイントに。そして全ての攻撃をかわす。ガルド持ち前の殺気があって初めて可能になる。種を明かしてしまえば敵の眼前で踊っているだけ、反応しなければ傷ひとつ負わない。
下らない攻撃。
しかし、殺し合いの場で怖気の走るほどの絶技に対応しないものは居ない。
逆にフルフェイクと格闘ゲーム張りに叫んだとしても、それを信じられない。それだけ見事なフェイントだ。
攻撃してくる敵の言葉を信じて真っ二つになっては世話が無い。
必ず来るはずの必殺の一撃を打ち落とすための剣を振るい。全てがあざ笑うかのように消えていく。そして最後に限界を超えて、自分の勢いを殺せず敵は吹っ飛ぶ。
正確には転ぶのだが・・・
ガルドが生涯で数度しか使っていないのに、ガルドの字『人喰い』と共に記憶に残る業。
「それは無いな」
あっさりとその発想は却下された。
「あれでは精々1匹。それに防御させる事があの技の肝だ。それも転ばせれば必ず止めがさせる確証も無い。相手は5体だ。飛竜には効かないしな」
「―――もしかしてわかんないの?」
「ああ」
善戦する方法はいくつも想像が付くが、5体を片付けるとなると可能性の断裂が邪魔をする。女史の指摘とは水準が違えど、戮丸が目指す最終形までの道程は確証が持てない。
将軍ならわかるだろうか?
スイマセン遅れてます。