044 ディクセン市を目指して
北東のクライハントから南西のケイネシアに近いシバルリ村を目指すに、はディクセンを斜めに横断することになる。
その過程でディクセンの町に寄ろうというプランは、襲撃者のアジト探索に大きく南にそれた。
そのまま、シバルリを目指すことも出来るが、北上を選び元の街道の村へと戻った。
街道なら極まれだが馬車が通るだろうし、最悪、馬車を買うという選択肢も取れる。
子供たちに故郷とお別れをさせたいというのもあった。
「―――逆効果じゃない?」とシャロンは言った。
酷な事は先刻承知だ。ツライ認識ならキチンと済ませておく。もう無いものを求めて荒野へと脱走されては困るし、互いの為にもならない。流石に蜘蛛の子を散らすように逃げられたら捉える術がないのだ。足をうちぬくという訳にもいかないし、したくない。
実際問題、衣類関連の補充に親類縁者の手がかり、一行の建て直しも目的である。
異論をはさむ者は居なかった。ただシャロンは暗い顔をしている。
子供達はシャロンに無条件に懐いた。それも要因の一つだが、どういう訳か戮丸を嫌っている。シャロンを虐めているとの事だ。現実は治療を拒否したのを戮丸が怒鳴っただけなのだが・・・
―――気が滅入る。
汚いと治療を拒んでしまった。反射的にだ。そんなシャロンを気にして子供達は声をかけてくれる。どうやら、戮丸に無理やり言う事を聞かされていると思っているのだ。
―――分かってないのだ。一方、治療を主張し、身を張って守った戮丸は嫌われている。それが胸を締め付ける。
「――演じきるのが大事」今になって戮丸の言っていた言葉の本当の意味が分かった。
◆ 廃墟への里帰り
子供たちのか細い親を呼ぶ声が響く。返るのは風の音ばかり―――
―――酷な事をしているとは思う。
戮丸は衣類関連を探した。裸同然の子供たち、靴も探さなきゃならん。当座の食糧と荷車もあれば欲しい。今の子供らに長旅は酷だ。
ロバでも居ればいいが望みはない。
ただ、今やる事があるのが幸いだ。
「戮丸・・・子供たちのことなんだけど・・・」
「シバルリに連れて行く・・・今のご時勢で孤児院が正常に機能しているとは思えない・・・王都ディクセンにも寄る」
「―――そこでいい孤児院があれば!」
現状はシャロンの器を大きく越えている。きちんとした大人に任せればきっといいようにしてくれる。こんな場所でもそんな考えに縋ってしまう。それさえも無自覚に。
「何処も同じだろう。裕福なら逆に信用できない。何で稼いでるんだ?人肉商売ってのもあるからな」
「そう・・・」
「ディクセン入りは、怒鳴りつけてやらなきゃ気がすまん。―――って訳じゃない。ひと言、話を通しておきたいんだ」
現状、子供らのイニシャライズ権を持ってるのは戮丸だ。それは人身売買をした事になる。もちろん、もぎ取っただけなのだが・・・
それを理由に攻め込まれてはたまらん。というのが戮丸の弁だ。
こちらの感情を斟酌してくれればそれはないのだが、攻め込む理由を探している相手には通用しない。
まだ優しく受け入れてくれる場所があると信じているシャロン。
そんな物は無いと知っている戮丸。
廃墟で一夜を過ごした。
戮丸は出発の準備を始める。幸い荷車を見つけた。脆そうな部分は応急修理を施した。年長組みは聞き分けたのか、協力的に働いた。
出発時、ぐずった子はいたが説得の後、戮丸の命令で荷車に乗った。
確かイニシャライズされたらその命令に逆らえないはず・・・説得して矛盾点を消したのは子供たちの精神が崩壊しない為の配慮かもしれない。
荷車の中央に奪った(奪い返した?)財宝を置き、代えの衣類でクッションを作り子供たちを座らせる。荷車はリアカーのように箱形状はしておらず、板に車輪が付いた形状で、重さは馬でも動くかどうかというレベルに達したが、アトラスパームであっさり動いた。
シャロンは歩ける子供たちと戮丸と荷車をはさんで対極に位置して進んだ。
元気を取り戻した子供の中には戮丸に指示を仰ぐ子も居た。
「シャロンを守ってくれ。彼女は治療が出来る唯一の人間だ。任せたぞ」
子供たちが言うには、あと三つ集落を越えるとディクセンに着くらしい。
子供達は戮丸の言葉を聞いてはいるが処世術だ。基本的に嫌っている。嫌な命令ばかりするのだから仕方が無いのだがそれが、シャロンにはたまらなく嫌だった。
発作的に拒絶したシャロンに、ブレる事のない戮丸。どちらが綺麗かといえば、シャロンではない。
シャロンは暴挙に出た。子供たちが戮丸を信じられないのはわかる。ただ、こうまで悪し様に言われているの我慢できない。現に今だってほぼ接続しっぱなしで子供たちを守ってる。
子供たちはシャロンが無理やり同行させられていると思い込んでる。何度訂正をしても信じない。
そこでシャロンは戮丸の天使の外套のベンチを下ろし、そこに腰を掛こういった。
「ここが、私の特等席なんですよ」ニッコリ。
ええ! ――子供たちの間に動揺が走る。
(出来れば荷台に乗ってくれ・・・)
(駄目です)
「・・・重くないですか?」
年長者の少年が訊いた。子供達は不安になったらシャロンにしがみ付きたいのだ。年長者の子とは言え例外ではない。そのシャロンが、最も危険な男の背に乗ってしまった。
「いいか、坊主。こういう時に答えは『楽勝』しか許されてないんだ。たとえどんなに重かろうが・・・イデデ」
「り・く・ま・る・さ・ぁ・あ・ん!」
シャロンの梅干は強力だった。梅干とは食料品ではない――って、いいの?
「荷車のほうが軽いな」
「嘘!」
「ほら」
そう言って、荷車を浮かせた。子供らは浮かせた瞬間だけ驚いたが、その環境になれ、キャッキャと喜んでいる。
「僕らが乗っても大丈夫ですか?」
「ああかまわんよ。魔力だから・・・」
少年は浮いてる荷車に掴まってぶら下がった。掴まった瞬間は揺れたがビクともしない。
それに、ぶら下ってるのに体がきつくないのだ。吊革を掴まっているくらいの負荷しかない。
「シャロン様シャロン様!」
浮いた荷台の上から幼女が手を伸ばす。こっちに渡りたいのだろう。
幼女を受け止める
「グッ!」
魔力の影響圏外に出て実重量が復活する。
「戮丸さん!?」
「楽勝・・・ようじょぱうわぁに当てられただけだ」
それをきいて、後続は続く。
シャロンはモミクチャにされる。
「・・・お、重い」とシャロン。
シャロンで重いのだ、そのシャロンをも背負っている戮丸は・・・
戮丸は開いた手で子供を一人掴むと荷車に放り投げた。
「!?」
子供は混乱した。当然痛いはずが、まったく痛くない。アトラスパームからアトラスパームへ放り投げたのだ痛い筈がない。ただ、外れたら大変な事になるが・・・
子供達はキャッキャと喜ぶ。
移動しながら、ぽーいと子供が跳ぶ。周期的に戮丸は黙々と作業を繰り返す。時々シャロンも跳ぶ。
―――自分を抑えられなかったらしい。
抑えられなかったといえば、ぶら下っている年長組み、よじ登って――その際に体が軽かった。首をひねる。軽く跳ねてみた。
ぴょーん。ありえない高さに打ち上げられる少年。
「あぶねぇ!」
慌てて突き戻した荷台の上に着地。加減を間違ったのか。乗っていた子供たちが荷台から落ちて泣き出した。紙の上に載った紙人形の一つが打ち上げられ、それを他の紙人形を落とさぬように受け止めた。落とすなというのが無茶な話だ。それでも、アトラスパームから与えられた移動速度は減衰しない。落とした程度で済んだのはそれだけ神経を配っている証拠だった。
「ゴメンナサイ」
と謝って素直にぶら下った。遊んでいた幼年組みは暫しおとなしくしていたが、我慢の限界なのだろうお手玉を再開した。
街道をすれ違う人々に驚愕の目で見られながらも、戮丸は歩みを止めなかった。
やがて一行は集落に到着した。この時点で戮丸らを難民と思うものは居ない。超大型の大家族に見える。子供たちの顔に笑顔があったからだ。
集落の規模は大きく、ここなら馬車が手に入りそうだった。馬もだ。
―――子供らには不評だろうな。
子供らはあの遊びを痛く気に入っていた様だが、防衛面を考えればどうしても馬車は欲しい。
それなりの金額になるだろうが、まぁ、気にしない。
村の財宝は換金して・・・イニシャライズの関係で経験にならないのだが・・・盗賊を生け捕りにして譲渡させたので何とか金になった。
宝石に換金した。重量軽減のためだ。子供でも持てるのが大きい。食料品はこれから先、シバルリが機能すれば値崩れ、大暴落を起こすだろう。最小限に留めた。
余分な品は子供に譲渡してしまってもいいが、宿屋で預けた。
衣類関連は問題なく売ってくれた。これで、孤児扱いは受けないはずだ。
買い物を済ませ、ポリスラインで連絡。――村が壊滅した旨を伝えた。
あの手口は一般化していて、ポリスラインでも諦めている状態だそうだ。てっきり、戮丸が救援要請、または救済要請かと勘違いした警邏は無理の一点張りで、話を聞かなかった。
落ち着いて話せば理解した。こちらの要求は撃退した事が逆に騒動の種にならない事。子供らは可能な限りで無事保護している。
土地勘も無く信頼にはまだ至らないので、こちらで子供らは預かる。縁者が着たらシバルリにいると伝えて欲しいと金を握らせた。
その連絡をしてくれ。
その内容には快諾してくれた。非道な事をしてないか?など失礼な対応を受けたが笑って受け流した。
無理の一点張りだった人間の言う人道を、慮ってやる戮丸ではなかった。
そこから聞き付けたのだろう。自称慈善家が現れた。恰幅がよく、身だしなみも整っている。
穏やかな微笑を浮かべ、子供らが可愛そうだから引き取りたいと言ってきた。
「人肉商売をする気はない」といってやったが、その微笑みは全く変わっていなかった。
クロ
「冗談はさておき、宛があるので結構です」そういったら引き下がった。ここで食い下がったらガレット嬢の名前を出そうと思っていたが・・・最後に名前を確認し、困った事があれば連絡しますといってわかれた。スクロールを開いて名前が偽名じゃないことを確認し、宿でその男がどのくらい根を張っているかを確認した。
ポリスラインでは手がうてないだろう。というより、信じてない。
オーメルに直通・・・覚えておいたほうが早いか・・・
人肉商売がこのディクセンでまかり通っているのは、子供たちの存在が証明している。
ディクセンで通報しても受け止められないのでは意味が無い。これで、次ぎ来た時にあの男が消えていたら本腰かけなきゃならない。トーシロや新米には無理な物件だ。最悪、匿名でオーメルを引きずり出さなければいけないかもしれない。身軽なら自分でかたすのだが―――
相当、病んでるな・・・
シャロンはログアウトさせる。明日のリアルの仕事が・・・人の命といってもこれは電子データで、仕事を休ませる訳にはいかない。
これで、当分はこの村に足止めだ。短い時間ログアウトして用たしと食事、風呂を済ませ再びログイン。シャロンに別れを告げ、部屋に戻った。
襲撃を避けるために、ベッドを部屋の内壁に集め野営の感覚で眠りに着く。
窓辺というものはとかく危険なのだ。カーテン等という気のきいた物はないが、気配が毀れる。
いくら戮丸が経験者とはいえ眠っている間に襲撃に気づける訳ではない。対テロ対策を思い出しながら指示した。
今眠ったら泥のように眠ってしまう。冒険者を雇うにも信頼に足るのがいない。宿で眠っている間だけの警護なんて依頼は笑われてしまう。それを笑わないレベルの冒険者なら、頼んでみるのもありだが・・・
子供らはキャンプの要領で楽しんでいる。子供の心変わりはお手玉だけではなく、食事をキチンと取ったことが大きい。多分村で暮らしてたころよりしっかりした食事だ。それを現金に感じはするが口に出す気にはなれなかった。これから行く場所も楽しみでしょうがない様だ。
下手な王宮より立派な場所だといえば子供は驚くが、嘘は言ってない。
シバルリ村の作りはオーメルでさえ感心していた。如何にしてそれだけの量の仕事をドワーフにさせたのか?と真剣に聞かれた。
子供達は寝息を立てている。
昼間あれだけ遊んでやっと緊張が解けたのか、無邪気な寝顔を見せている。
戮丸も目を閉じた。泥のように眠るかと思ったが、寝付けなかった。
首のもげた子供を抱えさまよった経験が、眠ることを許さないのだ。
―――もう許してくれよ。