043 襲撃者―――ただの人殺し
青白い二つの光点は絡まりながら夜の帳に放物線を描いた。
それはとても高い軌道で、虹を思わせた。
見るものが見れば、変わった流れ星程度に・・・気にも止めないか・・・
それは音も無く地に落ち、そこから這うように動いた。
戮丸は疾駆する。両手のアトラスパームが青白い光の尾を残し・・・
前方に発光体。大型。人くらいの生き物がいる。
側転の要領で手を突き、空を飛んだ。ぐるぐると視界の回る間に、発光体が人ではないことを確認した。
こうしてアジト付近を観察する。
側転をするのはアトラスパームの恩恵を受けるため。質量無効の性能は出鱈目で、こうして重さの無くなった自分を放り投げることが出来る。ただし着地はアトラスパームからしないと酷いことになる。
慣性も重力と同じ扱いを受けるのは意外だった。
このアイテムは分からない。重量が完全にゼロになれば、気圧の関係で空高く飛んでいってしまう。空気より軽いのだ。空気の水面に浮いてしまう。しかしそうはならない。
特殊条件化の筋力強化なら腕がもげる。軽くなったように見えるエフェクトを発生させるには、その素材自体の強化も必要なのだ。本当に重量低減なのか?その範囲は?
何もかもが分からない。実地で調べていくしかない。
ある日、飛んだら首がもげました。と言う懸念もあった。カッとなってオーメル相手に使ったが、使い勝手はいいように出来ているらしい。
更に、無敵の盾でもある。敵の攻撃を掌で受けた瞬間に推力は霧散し攻撃者の重量も消える。ダメージは破壊不可の恩恵で切り傷も負わない。そして攻撃者は攻撃の反作用で吹き飛ばされる。
当然戮丸も飛ばされる。オーメルはそのリフレクションを姿勢を崩さず受けきり、戮丸は回転で消費した。鋏やペンチのような構造体で無い限りダメージは与えられない。
戮丸の移動速度は生物にはありえない次元に突入していた。
トランポリンか――0G下での姿勢制御は困難を極めた。体のひねりは出来るものの、視点の安定は難しい。丁度トランポリンに似ている。姿勢を崩し始めればそれを止める術は無い。じりじりとヤバイ姿勢にシフトしていく。接地して仕切り治し、全身を開いて衝撃を殺せばトランポリンは止まってくれる。しかし現状でそれは望むべくも無い。ささやかな空気抵抗だけを頼りに姿勢を安定させる。
それを移動しながらやっているのだ。体操経験が無いのが悔やまれるが、カポエラには心得があったので何とか制御に成功している。
理論上は宇宙飛行士のように飛べるはず。ただその域には達していない。
高さを変えながら周辺を走った。歩哨は居ない。見張り台らしき櫓の上に一人。なってないな。
見張りは複数置いて、お互いを監視させなければ効率が悪い。よく見張りを倒して潜入する場面があるが、その倒された見張りを発見するまでのタイムサイクルを考慮しないと・・・
潜入から何分が許容範囲か?そうやって警護する。無敵の達人を置ける訳ではない。
そしてそれは潜入する側のタイムスケジュールの基本になる。余りにサイクルが短いなら疲弊したタイミングを狙うし、長いのであれば、そのまま作戦のタイムリミットになる。
現状は、ただ立たせているだけの見張りが一人。そのまま居眠りを始めそうだ。
それはそれで不味い。不確定要素ほど怖いものは無い。
当たり前の運など無いものと考え作戦を遂行する。
「―――騒いでもらうか?」
戮丸は背後の廃墟の内側に入ってそこに身を潜めた。
クロスボウを取り出し一射。
膝裏を打ち抜いた。倒れて手摺につかまる。
二射。今度がその掴んだ手を縫いつけた。
見張りは声を上げたが手を縫い付けられたため振り向けない。
建物の中から慌てて敵が出てくる。
見張りに「どうした!?」と叫ぶ。当の見張りは背を向ける形で縫い付けられているので、確認が出来ない。敵がいるのは間違いない。この暗闇では振り向けたとしてもそれは発見できない。だが、振り向けないという事実が、見張りの報告をあやふやな物にした。
櫓はいい的だ。接敵を許してしまえば。
もう一射。見張りの腹部を貫く。
―――後は移動だ。
部隊の目が潰された。縫い付けられている。当然救助に向かうが・・・
「・・・本当にいい的だ」
何人かが矢に射抜かれて落下する。少なくとも敵の存在は確認できた。それも、この暗闇で体の部位を好きに狙撃できる距離・技術の持ち主。ついに監視櫓は諦め、矢の方向を捜索する。
しかし戮丸は上空を経由して攻撃を続ける。矢の方向は出鱈目でしかない。
縫い付けられた見張りには見えていただろう。その事を承知の上で、味方を射抜いていく黒い人影。
声を上げようにも腹から生えた矢がそれを許さない。息が吸えない。警鐘を鳴らそうにも、縫い付けられて手が届かない。あまりに高速に移動する影、その情報を寸分違わず伝えられればいいのだが―――何をどう伝えたらいいのか?
次から次へと篝火が打ち抜かれる。矢が飛んできた方向は出鱈目。人影は背を向けた人間を外周部から一人また一人と減らしていく。悲鳴も毀れない。射的の的が倒れるように・・・
リーダーらしき人間が振り返った。
そこには誰も居なくて、鮮血が迸った。意識は暗くなっていく。
警鐘の音が響いた。
襲撃者が射抜いているのである。沈黙が返る。襲撃者はおそらく手練だ。この状況で不意に響いた警鐘。残存戦力のあぶり出しの意味があったことに気付く。
何もかもが時間切れで、悲劇的な結果だけが通り過ぎていく。
哀れな犠牲者の声が響き、小屋や廃屋はチロチロと燃え上がり始める。
死者は居ない。ただ誰もが立ち上がれなかった。
―――破壊された。
炎の照り返しが襲撃者の顔を映したが顔は覚えていない。
なぜならば、その顔は壮絶な笑みに全てが塗りつぶされていたからだ。
◆ 復讐の跡で
炎が燃え盛るのを眺めていた。少年少女たち。
襲ってきた大人たちは『化け物』に殺されたらしい。
炎はその建物に燃え移り始めている。
「・・・ああ・・・やっと終わる」
暖かい光が何もかもを終わらせてくれる。
―――これ以上酷いことって?
人生経験の浅い子供たちには想像がつかない。
―――知りたくも無い。
一人黒ずくめの男が入ってきた。一瞬顔を背けた。反射的に腰のナイフに手が伸びる。
その行為を思い直した男は子供たちに僕達にスクロール開かせた。何かを確認している。
そのまま男は出て行った。
しばらくして、女の人が来た。綺麗な人だった。その目からボロボロと大粒の涙が毀れる。
――――ナカナイデ
黒ずくめも入ってきた女の人より背が低い。
――――カッコウガワルイ
口論を始めた。嫌がる女性に男が命令している。
――――ワルイヤツダ
殴り飛ばしてやろう。
そうだ。
それがいい。
――――テガナカッタ
脚もだ。
――――ああ、もうどれが僕の手だかわかんないや。
僕らの手足は壁際にうち捨てられていた。
◆ 回復要請
「頼むっ!回復魔法をかけてくれっ!」
戮丸はそういった。
シャロンは拒絶した。拒絶するので精一杯だった。
だって、肉塊じゃない。触れたくも無い。
理屈で考えれば分かるでも―――拒絶した。
「高レベルプリーストの呪文の中には四肢再生がある。まだやり直せるんだ!」
――――イヤ―――
彼女の中の思考は凍結している。余りにも酷過ぎた。
かまわず戮丸は運び出した。火が回り始めている。優先順位は被害の多い子供から、ただ、瀕死すぎて手が付けられないものもいる。運べる子供から運び出した。
手に鈍痛を覚える。子供が噛付いたのだ。
「そう、その調子だ」
子供たちを運び終えた後は、手の付けられなかった子供とシャロンだ。
戮丸の恫喝が響く。その内容がシャロンには分からない。火はもう止められない所まできている。怒鳴り声が木霊する。
「ヒッ」
悲鳴を上げた後シャロンの極大回復魔法が炸裂した。
血の跡が消え、四肢が蘇る。二目と見れない顔は元に戻った。
「よし!」
少年は走り出した。その手は火掻き棒を握り、そのまま戮丸の頭部めがけて振り下ろした。
――ドッ――
戮丸の頭から血が流れる。
戮丸は気にした様子も無く少年を捕まえると、シャロンを促し外に出た。
生き残り―――いや死者はまだ出ていない。関節部は破壊されただけで、体力的にはまだゆとりのある賊が、ナイフを子供の首に当てて笑っていた。
その方法は戮丸には効かない。
躊躇無く賊は首を切り落とされ、噴水のように血飛沫を上げる。
子供たちの見てる前でだ。子供の目にはどんな風に映っただろう。
そのまま、戮丸は残りのトドメを刺しに行った。
シャロンも正気を取り戻した。
―――というより現状に順応した。子供たちの治療呪文をかける。宿は幸い別の建物らしく、全員に四肢再生と回復魔法がかけられた。
シャロンには子供たちにかける言葉の持ち合わせが無い。
ただ、言われたとおり抱きしめた。それしか出来なかった。
子供たちも抱きしめてくれる大人の存在がありがたいのか、寄り添って眠った。