042 学生の歪んだ歯車と殺害計画
「戮丸さんディクセン入りしたんだってな」
「ええ、その筈です。次郎坊さんもあまり来れないって言ってましたよ」
妙義の問いに東雲(しののめ)が答えた。
東雲は次郎坊から格闘訓練を受けているし、ソロ攻略も始めたので次郎坊との会話は多い。
二人ともドワーフと盗賊のWキャラなので共通点は多い。
このゲームで移動は意外に辛い。次のログアウトゲートに必ず着かなくてはならないのだ。
途中中断は当然無し。走ったり、夜間行軍を行ったり、シャロンを寝かせて移動したり、かなり無理をしている。その為、戮丸自体の補強強化が必要になる。
今まではシャロンがインしてない時間は、次郎坊で行動が出来た。だが、次郎坊自体限界値に到達しているのでやれることは少ない。
その為、戮丸のほうを優先させている。食糧確保などやることは多い。路銀の増加も必要だ。
オープンフィールドでは金にならない。移動時間は出費するだけと考えた方がいい。
東雲以外は基本的に暇である。レベルが限界値に達しているし、妙義はレポート。目黒は論文。巴はリアルで修行・・・剣道場に通っている。東雲のように格闘技術をゲームに転化するには一工夫が必要だ。現在目下模索中。トロイは平常運転だが、やる事が無いのでイン率は下がっている。
時々大学で見かけるが飽きた風ではないので安心だ。
「大吟醸たちはどうしてます」
「大吟醸もノッツも出てったよ。全員一緒って訳には行かないでしょう」
「そうだな」
現状、留守を預かる形になっているが、全員で待っていてもしょうがない。戮丸到着後移動しなければならない。その事を考えれば、出て行くのはありだ。
「奴らシバルリに来るかな」
妙義の疑問も尤もだ。強制力など無い。どのクランに所属するのも自由だ。
今は好意的に考えている。ただ、戮丸クラスの知識を持っている先達は無数にいるだろう。
「僕もどっちか行こうかなって考えてるけど・・・どっち残した方がいいと思う?」
東雲はWキャラだ。移動時間は2倍かかる。先行させた方がよい。その際パーティーバランスを考慮に入れたい。
「オーベルを残してくれ」
「なんで?ウォルフだろう?」
妙義の意見に目黒が疑問の声を上げる。
「壁が一枚ってのはどうも・・・トロイに壁役頼む訳にはな・・・」
「ただ、トロイは女になって防御力が跳ね上がったし。効率で考えれば・・・」
「性格的に無理だって!」
実際に、この状況では女性二人が壁役に徹する事になる。少なくとも戮丸はいい顔はしないだろう。
彼らは彼らの陣形を≪ドーラ≫と呼んでいる。問題は欠員。次郎坊とノッツがいない。ノッツはトロイの参入で代わりが埋まるが、次郎坊の代役がいない。
後半はスレイ達にノッツ・大吟醸を加え、一人当たりの収入は減るが安定を見せていた。
ただ、戮丸に言わせると豪勢過ぎるだろ?と笑われたが。
東雲がウォルフで次郎坊のポジションをチャレンジしているが、実力に不安を残すのと、壁役のオーベルが自動的に消える。実質は大吟醸とペアで何とかポジションをこなせていたと言ったものだ。
ドーラはエルフのオックスを最後衛に下げる。本当はノッツにオーベルの代役を頼みたかったし、実際何度かこなしてもらった。
そうする事で、バランスが取れる。巴一枚の壁では射線が塞がる可能性が出てくるので、オックスは嫌った。
ウォルフを消すことで、バランスを取ろうと言うのが案だった。
ドワーフのオーベルと戦士の巴が前衛で、中堅がスレイとトロイ魔法・僧侶コンビで最後衛にエルフのオックス。非常に安定した布陣だ。
ただ、シーフの副次効果。スキルは無視できない。鍵や罠に対応できないのがネックだ。そして、奇襲ポジション不在という事は事実上ドーラとは言えない。
「再構築が必要か?ウォルフをオックスとポジションチェンジって言うのはどうだ?」
「シーフを後衛・・・難しいな」
オーベルをシーフであるウォルフに代えて、エルフのオックスを上げる。常識的な判断だ。
だが、何より次郎坊のイメージが強すぎた。普通なら後衛が盗賊正規のポジションなのだが、次郎坊は前衛を勤め上げた。前衛より前。壁役をこなしていたのだ。その落差はでかすぎる。
「じゃあ、俺が次郎坊ポジションってのは?」
オックスをさらに前がかりで活躍させる案だ。
「却下」
「ライトニング持ってるって事忘れないでね。うちの主砲だよ」
「やりたいだけだろ。オックス上げるくらいなら巴を上げるね」
「トロイだって《金魚すくい》くらいはこなすだろ」
「じゃ、ウォルフ残留でいいね」
目黒の言った《金魚すくい》とは、従来の闘法で、盾を構えて腰が引けながらチョイチョイ攻撃する様から定着した蔑称である。
実はオックスの主張の方が正しい。現状は前衛が戦士盗賊。中堅が魔法使い僧侶、後衛がエルフとなる。シーフが突出する流れだが、そうなると巴が全面的に壁役になる。当然中央に陣取るし、そうなると弓矢の効率が落ち、突出した盗賊への支援に不足が出る。ウォルフが次郎坊でもこの陣形は取らせないだろう。不安定すぎる。それに一番好戦的な男が最後尾だ。上手くいくはずがない。
今まで上手くいったのは、接敵、即座に勝利という公式が出来ていたからこそ、オックスに不満が無かったのだ。
歯車にズレを感じながらも、彼らはそれがなんなのかわからずにいた。
「今後のうちの身の振り方だが・・・」
「兄貴についてくぜ!」
「妙義の言うのもあれだけど、実際ね。それがいいと思うよ」
「そうだよな・・・」
「何か不満か?」
「いや、実力不足じゃないか俺達・・・流されるだけで意思が無い」
「自分の冒険をしてないってっとこか・・・」
妙義も自覚はあったのか、低く唸る。
「酒場脱出する時に言おうと思ってたんだけど・・・見つけちゃったんだよ俺・・・」
「何を?」
「ドラゴンだよ。財宝の上で眠ってた・・・」
◆ 殺人計画
「・・・戮丸・・・」
「ん?」
「無理してない?」
「・・・してないよ」
沈黙は続く。
「あたしは仲間だよね」
「何を言ってる?」
「最初のダンジョンで言ってくれたじゃない。一緒にやろうって」
「ああ、そんなこと言ったかもしれないな」
「正直に言って、足かせになってない?」
「正直に・・・か・・・」
戮丸は生存者がいると踏んでいる。モンスターの索敵能力はそこまで高くない。親が匿えば・・・子供達は生きている可能性がある。モンスター掃討後に発見されれば殺す必要も無い。大方、囚われているだろう。そして、酒代の代わりに売られる。
売られると言うのも悪くない。被災地に取り残されるよりはだ。
「いつもの戮丸だったらどうしてた?」
迷わず追走。賊を許せないのもあるが、生存者の保護が・・・
奴らの手法を逆に利用する。推定の埋蔵量と経験値を餌に他の冒険者を・・・
交渉のカードに使える。だが、今はシャロンの身が第一だ。
「あたしは仲間だよ。戮丸のしたい事の足枷にはなりたくない」
「殺しの手伝い・・・殺しをすることになるぞ」
「いいよ」
「マンハントだ。PCならいざ知らず、NPCを手にかける。事実上の殺人だ」
NPCは死んだらそれまでだ。この世界のNPCはよく出来すぎている。
「ん。いいよ」
「分かっているのか?」
「うん。戮丸に殺された時ショックだった」
「なら・・・」
「凄く怖くて苦しくて・・・だから、助けてくれる筈の人に殺されたのが、悲しくてショックだった」
「すまない」
「だから、今も待ってるよ。戮丸だって知らないかも知れない。でも、待ってる」
シャロンの涙が戮丸のほほをぬらす。
「あの時みたいに苦しんでる子がいるなら、それを助けたい人の足枷にはなりたくないな」
「助けるのはこの場合、さらった人間を殺すことになる。怖くないか?」
「怖いよ。でも・・・仲間でしょ?」
「・・・わかった」
「計画は道すがら話す。シッカリつかまっていろ」
闇夜をドワーフは疾駆した。カサカサと草栄えを踏みしめる音は後から付いてくる。松明は捨てた。ランタンも消してある。二つの月が照らす荒野を駆け抜ける。速度が乗ったのだろう、振動は以前より少ない。彼には色の無い世界が見えているのだろう。
「奴らのそば。安全なところに下ろす。攻撃は立体的に行う、抱えては跳べない。戦闘に関与はするな。雑味が入ると予定が狂う。敵はPC・NPC問わず殺す。それにはまず生け捕りにしてからだ。予定に変更は無い」
「なぜ?」
「多分子供らはイニシャライズされてる。譲渡させなければいけない。殺すのは法的機関を俺が信用していないからだ」
「よくマンガとかだと殺す価値もない奴だって言わない?」
「俺は、それが怠慢だと思っている。どんなに罪人が悔いても被害者は帰らない。それにそうやって解放された奴が何をするか?想像してみてくれ・・・俺には野放しに出来ない」
「・・・」
「拷問も行う。譲渡させるために手段は選ばない。その際に命乞いをするだろう。耐えられないなら同席しないでくれ。それ以前に殺しは俺がやる。同席は遠慮してくれ。一緒に恨まれるのは効率が悪い。罪の重さは軽くはならない」
「私は何をすれば?」
「子供たちを抱きしめてやってくれ。多分おびえてる。優しい大人が必要だ」
「それってずるくない?」
「人殺しの手で抱きしめるには、子供の体はもろすぎる」
「被災地行ったの?」
「行ってない。おれは耐えられないからな」
やれる事は山ほどあったろう。それでも戮丸は《被災地》に行ってない。それは・・・
「俺は悪い大人。シャロンは優しい大人を演じきってくれ。薄っぺらな嘘でいい。その薄さ無しで直視できる状況ではないんだ」
シャロンにはその話の半分も理解出来ていないという事だけはわかる。それでも異論を口にしないのは戮丸が膿を吐き出すように言っていたからだろう。