029 スレイの入団希望
「何度来られても答えは一緒だ」
「そこを何とか」
巨体のムシュ事、ムシュフシュの言葉にスレイバインは食い下がる。
「私からも、一考いただけないだろうか」
口を挟んだのはアランズ卿。
正確には武人たるムシュと白服貴族の中でも武勇で鳴らしたアランズ卿の飲みにスレイがねじ込んだ形だ。
そんな無粋は疎まれるものだが・・・アランズ卿への根回し済みと言う訳か・・・・
「スレイ君の活躍は私の耳にも入っている。私でも特例で士官を許す所だ」
「そりゃ・・・内政面の実行部分はまかせっきりだしな。今だってシバルリの要人って認識だ。それじゃ足らんのか」
「やっぱり【錆びた九番】の看板にはかないませんよ」
「いや実際問題、必要な権限は戮丸からほぼ無制限で引き出せるだろ?」
ムシュに比べれば小さな魔法使いを見つめる。
「そこはソレ。気持ちの問題だろう?」
現地人のアランズ卿にはスレイを拒むムシュの方がわからない。「逆に何故そこまで拒むのか?」
「あー、拒んでるのは戮丸だ。最近俺もうっすら意味が解ってきたんだが・・・」
「悪い部分は治します」
「そうじゃない」
高齢のアランズ卿は若い二人のやり取りを見守る。戦場を駆けた若かりし頃に思いを馳せて。
「いいかスレイ?おまえの気持ちはよっくわかるが・・・そりゃ【錆びた九番】を【赤い旅団】にするって事だぞ?あいつが受け入れるわけがない」
巨人の指摘に若い魔術師の顔が青くなる。
「どういう意味かな?」
「【錆びた九番】は変人の吹き溜まり、【赤い旅団】は上下社会っていえばわかりやすい」
「なるほど・・・」
「こんなんでも俺はクランのサブマスだ。だが、うちの連中・・・特に大吟醸当たりに尊敬されているか?といえば、全くない。多分あいつは大木かカタパルトくらいの認識だ。それで喧嘩になる事もあるが・・・うちはそれでいいと思っている」
「旅団ではありえないな」
「そうなんですか?」
「アメミットに行けば一発でわかる。以前の古巣だがクソみてぇな街だ」
「そうか?冒険者に開かれた旅団の本拠地だろう?」
「そりゃアランズ卿は貴族だからそうみえるだけだ。あそこはお題目上平等をうたっているから質が悪い」
「その辺は良く聞かせてくれないか?」
アランズ卿は施政者としては引退した身だが、こういった問題には興味が引かれる。
「愚痴になるから簡単に済ませるぞ」
「かまわない」
「俺らは旅団には属していなかった。これは確認だ。 【枯山水】はマイナー・メジャー問わず各クランの変人の寄り合いだからな。その俺たちが集合していれば旅団のペーペーが言うのさ「越権行為だ」ってね」
「ひどいな」
「そんな場所だったのか・・・」
「うちの戦闘力が高すぎるってのもあるんだが・・・、うちだって出撃には足並みを合わせなきゃならない。まぁこの辺は愚痴だな。そりゃ旅団の人間が『越権行為だ』といえば通るよ。だがそれは明文化していない。違法でも何でもない」
「もめるな」
「で、最終的に旅団の軍門に下っていないお前らが悪い。もっと言えば、『土下座して頼むならお前らを使ってやる』ってなる。そんな組織を戮丸が許すか?」
「ごめん、言った連中がボコボコになってる姿しか思いつかない」
「それが彼だ」
「どっちがいいかって問題は棚上げで、俺だって枯山水を引っ張っている。そういうのは有るさ。ここで言いたいのはどっちの方が水が合う。スレイ。お前さん、今、『権限の明文化・申請・特権の許可』何てこと考えてるだろ?」
「そうですね」
「その辺が上下社会になじんだ人間の考え方だ。旅団ならお前は上手くやるだろう。オレらが出撃する情報を掴めば、先に申請書を持ってくる。広場に先ぶれを走らせて根回しをしてくれる。権限の拡大解釈をする人間の摘発までやってくれるかもしれない。だが、戮丸は明確に違う」
「ふむん。言いたいことはわかるが・・・」
「あいつだって馬鹿じゃない。あいつのやり方は大規模都市では通用しないのはわかっている。あいつのやり方はあいつ自身の負荷が大きすぎる。わかっているんだ」
「すべてを内包すると言う訳か」
「そうだ。スレイのやり方も認めているし、自由にやらせている。ただ、それを【錆びた九番】のやり方にする訳にはいかない。そうなったら、互いの首を絞める結果になるだろ?」
スレイが【錆びた九番】として、新しいルールで対応すればシバルリの法になってしまう。
納得できない事を、納得できてしまった。
・・・納得したくなかった。
「私はどうしたら【錆びた九番】に入れるんでしょうか?」
気の毒な青年に二人は酒を注いだ。
「で、さきの問題はシバルリならどうなるんだ?」
「ここの日常だろ?ってそんな所、見てないか。ちょうどうちの奴らが帰ってきた所だ」
日の暮れたシバルリの大門がゆっくりと開く。
明らかに巨大な武器や盾を持った一団がようようと進んできた。
その威容に戮丸廃絶運動を掲げた人々は潮が引くようにいなくなる。
「レビンッ、首尾はどうだったッ!」
ムシュは大音声で一団に声をかけると、枯山水の一団は武器を掲げ・・・
「ダメだったーッ!!!」
「オイーッ!!!」
エンドラストに爆笑が木霊する。
「やっぱムシュ抜きでベヒモスチャレンジは無理だったよ」
自棄の笑みかランナーズハイか、喜色満面のレビンがムシュに話しかける。
「ベヒモスか・・・」
アランズ卿は青くなる。一軍を敷いて討伐できるか・・・いや波状攻撃を、連合を敷く必要もあるモンスターだ。
それをこんな少数で・・・話の流れで軽く流したが、そんな武装集団が門前に大挙すれば兵が悲鳴を上げるのも当然。
「で、損害は?」
「ゼロ。全員無事撤退。追撃は無し」
「まあ、及第点だろ?増員までしてこのざまだしな」
「・・・あ・・・そのぉ」
いやな予感が・・・
「撤退にはグレゴリオにも手伝ってもらいまして・・・」
「はぁッ?」
「損害ゼロですし・・・」
「阿呆ッ!あそこにゃ巨人もいるだろうが!」
「巨人とベヒモスの激突は凄かった。武人とヤマネコの戦いを巨大化したみたいで、さすが戮丸直伝お見事」
頭を抱えるムシュフシュ。
「冷静に今の話を受け止めると、グレゴリオにうちの動きを見破られ、負けると見越して兵を忍ばせてだ。案の定敗走。枯山水の救助作戦に奴らは成功したって事だな?」
「そうなりますね。でもベヒ突撃前にグレゴリオは観測してましたよ。うちも」
「つまり、枯山水は保険付きで激突して負けた・・・と」
「そうっす」
自棄の極地かレビンはさわやかに答え、ムシュは暗鬱な気分になった。
「楽しかったか?」
「チョー楽しかった。アホと出鱈目のオンパレードで、ベヒが下段攻撃を飛んで避けたんスよ。あの巨体で!」
「ああ、サイズがかみ合うとモーションが変わるのか、確かに見たいな」
「だしょう?奴ら空挺部隊までそろえてヘリボーンかましてたんすよ。うちらも抜本的な改革が必要っスよ」
「空爆に、ヘリボーンか・・・魔法系は・・・うちは弱いからな」
「アルブスのナハトにオーダーを掛けるのはどうでしょ?」
「使い手がいない」
「使い手ごと」
「そいつは棚上げだ。まずは全員マジックアイテムを吐き出せ。その上で足らない部分を・・・エンドラスト購入も考えて並行でアルブスに持ちかける。じゃなきゃうちらがおまけになるからな」
「エンドラスト購入・・・ってアレですかい?」
「アレだ。さらに言えば、エンドラストの品ぞろえは戮丸案件のみだ。次郎坊案件も実は死蔵している」
「マジっすか?」
「エンドラストのは、ある程度はけてるからな。次郎坊案件のカタログは手つかずで閲覧可能だ」
「手つかずの次郎坊案件・・・」
「なんでこんなもんを持ってるんだって品揃えだ。店に出せば秒で消える代物もいくつか残っている」
「条件は【枯山水】を【錆びた九番】所属にってのはなしですぜ」
「安心しろ。次郎坊自身が【錆びた九番】の所属じゃないからそれは無い。多分、高くはつくだろうがな」
「皮肉な話だな」
アランズ卿の言葉にレビンはスレイに気付き『お疲れ』と声をかけた。
「レビン今の話で皆に伝えろ。まずはグレゴリオに返礼だ。グレゴリオか巨人が出れば俺も出る。テストベットにはちょうどいいだろ。シフトの組み直しと装備の再編、人員も可能な限り増員だ。ブックメーカーを通してレギュレーションの策定。日時は決定し次第通知。暇な奴は片っ端からダンジョンだ。一気に増強して血祭りにあげろ!」
「了解しました。うちらしくなってきましたね」
「おうよ。今回のはただの気付けだ。・・・ああぁッ」
「どうしたムシュ?」
「いやな。・・・転職考えてるんだが・・・タイミングが悪い」
「そういう重い話はちょっと」
「ばか、こっちの話だ」
「でもよ。今のムシュで意趣返しと転職ムシュじゃどっちがウチらしい?」
「聞くまでもないな。廻していこう。オレも忙しくなる。そっちは頼むぞ」
レビンは胸を強く叩いて、宴会場と化した仲間の元へと掛けた。
シバルリは目を覚ましたように活気づく。現地人は頼まれる前から調理をはじめ酒を運び込む。
帰還兵は今回のスペクタクルを声高に叫び語った。
「なんか楽しそうですね」
「わしも血がたぎるの」
スレイもアランズ卿も熱気にあてられたのか、食事と酒の追加を頼んだ。
「まぁ、さっきの話だが、シバルリじゃ身内にビビっている場合じゃねぇってのが形だ。ネガティブなことを言えばきりがない。片肺飛行でも枯山水はグレゴリオをぶちのめすし、俺らにビビっている連中はいい商談にもありつけない。喧嘩は当然あるが、同格の人間が処理する。イーブンな勝負以外は認めないって空気が居心地がいいんだ」
「救助をした部隊をぶちのめすのが返礼とは・・・面白いな」
「だろ?奴らは激辛がお好みだ。根回しや忖度なんて通用しない。手加減なんて理解できないだろ?俺とグレゴリオの間じゃな」
「いいなぁ」
「『いいなぁ』じゃねぇよ。とっとと内政なんか投げ出してこっち来いって戮丸が言ってるのがわからないのか?」
「えっ?」
「今回の件で援軍の話を【凶王の試練場】には持ち掛ける。ただ、【ドーラ】には持ち掛けない」
「戦力比を考えれば・・・」
「そうじゃない。わかっているんだろ?」
スレイはムシュの言葉に返答を持たなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【ドーラ】vs【凶王の試練場】
単純に戦力差で勝てない。開幕ライトニングかファイヤーボールが連発で着弾してイーブン。それがオックスの自信の源だ。だが、そんな事をさせるほど彼らは甘くない。万に一つの机上の空論だ。
真っ先に落とされるのは自分で、次にオックス。大吟醸が戦ってくれれば巴で止められるかもしれないが、突破となると一瞬で抜かれる。彼の突破力は異常で、対魔法使い用装備も使いこなす。巴じゃマティは止められないし、ウォルフじゃなくオーベルで出てもらってツーマンセルで当たっても止めるが精一杯だろう。オプ爺が間に合えば二枚は軽く吹き飛ばされる。さらにオプ爺はクロスボウも嗜んでいる。そして、定番のノッツによる【沈黙】が入れば、ドーラの基本戦術は瓦解の憂き目をみる。
だが、問題はそこじゃない。
基本戦術が崩壊した後の対処力の違いだ。ドーラでは指示に絶対順守を言い聞かせている。結果、メンバーは指示待ち人間になっていて、常習的に無視するのはオックスくらいだ。それだって結果の成否より「指示に従ったか否かで」自分は責めてきた。
SNSで指示待ち人間を嫌う書き込みはよく見るが、各個人の瞬発的な反応や意見を認められない指揮官にこそ問題が有るのだろう。
現に、オックスをワンスに派遣した時も「動きのパターンが少なすぎる」とノッツに言われた事を思い出す。
その時ノッツはオックスの性格を変えるより、反応が鈍く、応用力が乏しいオックスに一定のエリアを任せ活用した。
結果オックスの仕事量は増大し、基本走るパーティの【凶王の試練場】が相まって「こき使われた」と愚痴をこぼしていた。
この件に関してもノッツは「そういう事は言ってくれないと」と笑っていた。
メンバーの思考を取り上げた以上、それ以上の指示を出さなくてはいけない。だが、自分には圧倒的に実力不足。
それでいいのか?
ノッツは当初特段に指揮能力があったわけじゃない。声を裏返させながら指示を出す彼を笑っていた時期があった。
どこで違いが・・・
――――しゃべれなくなるのが一番怖い
一番最初に答えを教わっていた――――
今から取り返しがきくだろうか?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「よかった~スレイ君いた」
思考の淵に沈んでいたスレイを引き戻したのはシャロンの声だった。
ムシュとアランズ卿はムシュの転職という興味深い話をしていたが、それさえも耳をすり抜けていた。
「どうしました?首尾は」
「ふっふー。オリジン見つけました」
「凄いなッ!」
ムシュと自分の感想が重なったとき悩みは既に吹き飛んでいた。
「それで、その彼の出身は?・・・いやゲームのタイトルは?システムについても伺いたい?転生時の状況は?」
「ちょ、ちょまっ、待ってよ」
「落ち着けスレイ。シャロンも困っているだろう?それ以外の首尾は?」
とムシュが間に入る。
「結構上々よ。今もキスイと大吟醸がアイテムの奪い合いをしてる」
「譲ってやれよ・・・それでどんなアイテム?」
大吟醸が超初心者のキスイとアイテムの奪い合いというのが想像がつかない。それほど強力なアイテムという事だ。
「小手でね。ピッって爪が飛んでロープが引っかかるアニメとかのアレ」
「ワイヤーアンカーか・・・大吟醸に持たせると物騒な代物だな」
そんなクリティカルな代物が出れば、論争も頷ける。
「マティが間に入ってくれたんだけどね。珍しく逆に論破されて、土下座交渉してる」
「ノッツは?」
「真っ先に土下座を始めたわ」
【凶王の試練場】必殺の土下座交渉に、スレイは目頭が熱くなった。
「でキスイはなんて?」
「――――踏めばいいの?」
「そりゃいいッ!ここでやれ」
「だめよ。喜ぶだけじゃない」
「否定はできないな」とアランズ卿
「それで、どうして自分に?」
「あ、そうそう。オリジンがゴブリンなの。それでノッツもお手上げで、アナタなら交渉できる魔法を持っているって」
「なるほど。状況は理解しました」
「どういう事だ。ノッツもゴブリン語くらい話せるだろ?」
「日常会話くらいはね。ゴブリン語自体、語彙が乏しくて、発音に限界があるから、状況説明や交渉となると難しいんですよ」
「そうなのか?」
「オレ・オマエ・マルカジリ。程度の語彙で自己紹介できますか?住所、氏名の方です」
「無理だな。ってそれじゃ・・・」
「すでにナハトに依頼を出して、意志交換魔法を作ってもらってたんですよ。そういう魔法は魔法使いでなくては覚えられないので」
「それでお前か・・・そういえばゴブリン集落の移転交渉に行ってたもんな。あの・・・三叉路の所」
ディクセンにも街道は走っている。以前使っていた物でも、国の崩壊と共に消える訳ではない。動物、モンスター、なども利用しけもの道を形成する。そんな道でも馬車が通るとなればそこを利用するほかにない。
衛星都市サテライト計画の一端として、宿場町にと目していた場所に大規模なゴブリンのコロニーを見つければ、何とかしない訳にもいかない。
殲滅は簡単だがそれを嫌った結果。スレイが適当な冒険者を連れて交渉に当たった。
「地名の整備も必要だな・・・」
「いくつか整備はしてますが公開がまだなので」
「やはり、有能か」
アランズ卿から見てもスレイは在野に放置できる人材ではない。軟禁の立場でなければ自分の幕下に加えたいぐらいだ。
「それを踏まえた地図を渡してもらっていいか?うちとしてはありがたい」
「ですが、戮丸の認可は降りてないので、正式な物じゃないですよ?」
「ああ構わない、縄張りも載っているのだろう?」
「ええ。調査が済んでいる範囲で、動物とモンスターで共存可能かは載ってます」
「そりゃありがたい」
「版図が広がるのぉ」
「うぉッ旅団の駐屯地がこんなところに!ここにもッ!アルブスもだっ!どう見るアランズ卿?」
「アルブスはともかく旅団はエグイ所に・・・防衛と言えば聞こえはいいが、白紙撤回したらすぐさま襲い掛かる構えだな」
ムシュとアランズ卿は、手渡された地図に目を落とし、思い思いの感想を述べた。
「あー、混乱を避けるために公開はほどほどにとの事で・・・邪魔になったらどかすとの弁です」
「戮丸がか?」
「把握してるならいいか」
戮丸はそれが可能である。一番の懸念は立地による状況に危機感を抱いた住民感情で戦端が開かれる方が怖いのだろう。
「スレイくん?」
「ああ、行きます行きます」
シャロンの誘導に従い無能だか有能だかわからない青年は、ヘコヘコとついて行った。