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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第三章 唯一つ・・・たった一つ・・・
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027 策士、策に溺れる




「たぶん、ゴブリン3・・・4・・・いや、5匹・・・」

 キスイは4匹のほかに奥に一匹を看破した。

 キスイの剣技は未知数だ。それでも自分以下という事は無いだろう。

 手弩の技術は見事な物だ。『狙って引き金引くだけ』と簡単に言っていたが、我々のすれすれを危なげなく打ち抜いている。そして、小さいだけに金属でできた弓は固く。装填はマティですら苦労する程のそれを、足を使っているとは言え問題なくこなす様は技量を確信するには十分だった。

「まずいな」

 マティの言葉が零れる。仮にマティに追随できる技量といえど、圧倒的に力不足。


 腕力不足という事だ。こういったときマティは盾で吹き飛ばしの巻き込みを狙う。それが効果をなさないとしても、その一瞬の隙に切り崩し、他の敵のパニックを誘う。つまり、力業と早業で思考停止に追い込むのだ。

 この力業というカードが無いのは痛い。早業だけで5匹は厳しい。


「優先順位を確認する」

 マティは慎重な声で言った。

「わかってる。・・・私が何とかするわ」

 シャロンは意を決したように言った。

「【範囲回復】の【反転】で一掃できるはずだ。使ってもいい、キスイを守れ」

「了解」

 マティの顔を覗き込むが、バイザー越しの赤い瞳は何も語らない。


「ちょ、まっ、逆だろ?」

「逆じゃない。死んじゃいけないのは、エリク・キスイ・シャロン・オレの順だ」

「復活できる順ってか?それならあたしは大丈夫だ。何度も壊れたらしいから」

 ガルド直々のコンパニオンはやはり条件が違った。


「なら、私の方が先ね。キスイに忘れられたら泣いちゃうわ」

「同感だ」

 『壊れた【らしい】から』という言葉は記憶の喪失を意味する。

 いや、死ぬのだろう。そして、また新しいキスイが作られる。

 実際のところ、どうだかは知らない。


 復活はプレイヤーにのみ許された望外のチート。仕組み的に外部記憶装置が残るから記憶の消去が難しいだけなのだが・・・

 【錆びた九番(ラスティ・ナイン)】ではこの案件には神経質なほどに議論を交わしている。

 復活の仕組み。現地人・モンスターに密接にかかわってきた以上この案件を軽視する者は居ない。

 記憶の消去は、【錆びた九番(ラスティ・ナイン)】が喉から手が出るほど欲しい技術。

 それが手に入るまで戮丸はペテンを止めることは無いのだろう。


「キスイ、優先順位の確認だ。シャロンの反転でもゴブリン五匹なら吹き飛ばすだろう。二人が・・・いや全員が生き残る方法だ。お姫様をしている余裕は無いんだ」

「させてもらってると思ったけど?」

「訂正、シャロン以外にだ」

「その分、働くわ。キスイよろしくね」

「マティッ!僕が飛び込む!」

 反射的に言葉が出た。


「ダメだ。二人が気絶するほどの落下で奇襲ができるのか?着地と同時に戦えるのは大吟醸くらいだ。それに・・・」

 【範囲回復】の範囲はそれほど広くない。敵の陣形が崩れれば効果は瓦解する。

 先んじて飛び込めば、間違いなく距離を取られる。そうでなくとも、着地の反動で動けない間、攻撃を喰らい続けるのは致命的である。

「今はシャロンに任せるんだ」

 忸怩たる思いに唇をかむ。今までシャロンを守ると思っていたが、その実、シャロンもマティも自分を最優先に考えていたという事に・・・

 (貴族の家督を継ぐ僕がだ)

 頭ではわかる。貴族たるもの守られるのも当然だ。だが、砂漠の民でもある。部族の人間はそんな相手を歯牙にもかけない。

 (間諜に来た僕を・・・)




「わかった。シャロンに任せる。相手は五匹だ」

 キスイは念を押した。彼女らの視界には四匹しか映って無いのだろう。

「ありがとう。・・・ペテン・・・できるかなぁ」


 『あ、アレをやるのか?』大吟醸の呻きが聞こえた。すでにノッツを引き離し全速力でこちらに向かっている。

「あ、アレって・・・」

 マティが僕の口を押えた。


 戮丸が時々口にするペテンには形が無い。結果的に有耶無耶にしているだけだ。

 それでも、最低線でいい方向に転んでいる。結果論といってもいい。

 共通するのは、どれも、人間離れした力業だった。


 意図的に出来るものではない・・・が、シャロンは戮丸のパートナー。

 無理だ。とも思うが、期待もある。


 間に合えば大吟醸が飛び込むのが一番いい。アレには隠している裏技がある。

 この状況下ではそれが最良である。


 マティの緊張が語っていた。

 大吟醸は間に合わないと・・・


 シャロンの小さな口から不似合いな、錆びた金属をこすり合わせるような音が響いた。




◆◆ ◆ ◆ ◆




「ゴブリン語・・・」

 ノッツの呻きが響く。

「なんて言ってる?」

 マティが叫びたいことを大吟醸が叫んだ。




「・・・命乞い・・・いや、戦闘の意志は無い・・・?」

 トロールやオーガが使う巨人語は大吟醸もマティも習得していた。

 ただ、戮丸がゴブリンを虐殺した経歴がある。そのおかげでシバルリは拓かれたのだが・・・

 おかげで、ゴブリンは寄り付かない。

 ゴブリンにとって戮丸はクトゥルーに近いという。

 SANチェック・SAN値直葬で市民権を持ちつつあるアレである。

 それだけに、大多数は誤解しているだろう。

 クトゥルーに直で出会うとSANチェックに成功して1d10のダメージを受ける。

 ここで重要なのが【成功して】である。


 だから【良くて発狂】と言われる。

 ここを、戮丸周辺の人間が間違う訳が無い。


 泡を吹いて痙攣しているゴブリンはよく見た。

 SANチェックに【成功した】哀れなゴブリンのなれ果てであった。




 その理由からゴブリン語を習得している人間は少ない。

 発狂したゴブリンの言葉を理解したくないのが本音だ。

 ノッツとスレイはモンスターの群れに赴いて説得するから習得する必要があった。


 シャロンが習得していたのは意外だった。


「ま・間違って・・・いや、不本意に・・・」

「お前普通に会話できるだろ?ちゃんと訳せ」

「ゴブリン語は感覚的なんだ。意味じゃなく感覚。シャロンの声はきれいすぎて聞き取りづらい」

 ゴブリンの会話は錆びた金属をこすり合わせるような発音だ。シャロンの声は高すぎてガラスか黒板をこすり合わせるような音で、理解しようとすればするほど神経を引っかかれるような感覚が支配する。

「間違っている訳じゃないが・・・」

 もしかしたら、発狂したゴブリンをベースに言語を習得したのかもしれない。

 チャットにはノッツの荒い息ととぎれとぎれの翻訳が響く。


「ざっくり言えば戦う意思は無いって事だよ」

 息を整え、シャロンの言葉を理解するのを止めたのか、落ち着いた声でまとめた。

「悪い判断じゃない・・・」

「説得がきくとでも?」

 大吟醸のつぶやきにエリクが疑問を投げる。

「きく可能性はゼロだね。ただ、圧倒的優位に油断を誘うのは・・・おびき出しにはいいね」

「不意打ちか?」

 ノッツの分析にキスイが悪戯をするように溢す。


「・・・それでペテンか・・・引いてくれるなら宣言道理、手は出さない」

 こちらの提案を蹴るのであれば、反撃は当然の権利だ。


 反転させた【範囲回復】がきれいに決まれば、やられた相手からすればだまし討ちに見えるだろう。


 まごう事なきペテンにマティは安堵し、エリクに手話で指示を出す。

 状況が変わった。

「キスイは隠れているんだな」

「ああ」

 最悪、四匹を戦闘不能、いや、行動をキャンセル出来れば、残る一匹はキスイが仕留める。

 その瞬間に二人が飛び降りれば、現実的な可能性がぐっと見えてくる。


 回復魔法はレベル非依存魔法だ。唱えられれば威力は誰が唱えても変わらない。


 思い違いはあったが、シャロンの意図が全員に伝わる。シャロンが傷つく可能性はあるが、許容範囲に落ち着く。

 シャロンは身を晒し『戦いたくない』と訴えているので、会話に参加できないが、その口調に変化が見受けられない。

 チャット内容が耳に入っているのにだ。

 それが、理解が間違っていない証拠だろう。


 こんな状況でなければ恐れるような相手じゃない。

 作戦は伝わった。


 あとは作戦勝ちの結果を導くだけだ。


 だが、やはり、うまくはいかないのが冒険だ。

 誰もがこの現状を疑った。


 最後のゴブリンが切り込み、割って入り、シャロンに背を預け、錆びた剣を構えたからだ。

 ほかのゴブリンたちに向かって・・・


 作戦は霧散した。

 


多分、全員が『ふぁッ!?』ってなった瞬間。

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