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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第三章 唯一つ・・・たった一つ・・・
152/162

025 帰ろう。帰れれば




 部屋の中には歓声が満ちた。

 ゆっくりと倒れる牛頭の怪物と、生皮を剝がれたような犬頭の怪物はすでに倒れ痙攣している。

 その向こうでエリクはシャムシールを両手で構え震えていた。


「やったなッ、エリク!」

 その言葉に呪縛から解かれたようにあたりを見回す。見回すというよりどれを注視すべきか迷い、何をすべきかわからないといった感じだ。

「凄いよエリク君!」

「やったなぁ」

 シャロンの歓声とキスイの意外そうな言葉に、所在を見つける。


「無茶しないでください!ミノタウロスとズールタークをこっちに投げるなんてッ!」


 エリクも自分のしたことに自覚が持てない。


 事前にマティから提案されていた。

 エリクの武器はシャムシール。曲刀だ。その長い刀身は切る事に主眼置いた作り、剃刀のような刃は切ることに特化し、その重量は手首くらいなら切り飛ばす。日本刀に近いが断ち切るとまではいかない。

 そこで、一刀で複数の箇所を切れないか?という内容だった。

 当然これにエリクは無理だと答えた。そんな達人のような技術は無いと。


 そこにマティが食い下がった。


「無茶するよな。ミノをエリクにパスするなんて」

「死ぬかと思ったよ」

 マティが対峙していたミノタウロスをシールドバッシュで吹き飛ばし、エリクの対峙するズールタークにぶつけた。

 ミノタウロスは単体なら立て直しただろう。意識外のズールタークにぶつかり、少しもつれた。


 ズールタークもしっかりした体躯の持ち主だが、大人と子供がぶつかったようなもつれ方。

 その瞬間に、エリクは提案されたタスクを実行に移した。


 ズールタークは手首を切り飛ばされ、余力はミノタウロスの頸動脈を切り裂く。

 暴れるミノタウロスはズールタークを吹き飛ばし、致命に至る斬撃を放ったエリクに意識が移るが・・・

 シャムシールを両手で構えたエリクに隙は無い。マティを背後に攻め込むほどには。



 そして、今に至る。




 大量な血に濡れた地面を避け、乾いた場所にしゃがみ込んだ。

 キスイはシャロンを連れ物色に行った。マティは周りに気を配りながら、前衛は休憩タイムだと言わんばかりに話しかけた。

「うまくいったじゃないか」

「無茶でしょ?」

「そうかい?ズルさんを崩せれば万々歳だと思ってたんだが」

「あ・・・」

 意識散漫になった敵二匹を挟撃の形だ。悪いどころか戦況を無理なく良い方に傾ける一手。

「もちろん、この結果も期待してたけど。パニックにならないだけで十分だったんだ」

 圧が凄かった。地元じゃ見かけないズールタークを任された時点で、かなり腰は引けていた。マティがいなければ逃げる算段もあったほどだ。それが、目の前で衝突。戦況など吹き飛んでた。

「無我夢中ですよ」

「だよな!悪い悪い」

「楽しそうですね」

「まぁね。次は狙っていけるよな」

「またやるのかッ!」

「そりゃね。デメリットないし、上手くいかなかった場合の経験は欲しいだろ?」

「あ~・・・両方がこっちを狙ってきた場合は?」

 マティなら余裕だろうがこっちはそうはいかない。朽ち木のように吹き飛んだズールタークの姿が脳裏をよぎる。

「その場合は、バックステップ。距離感が必要だろうけど、引きながら耐えてくれればこっちで片付ける」

 マティは間合い内で踏ん張る必要はないと言外に告げた。

 マティ自身も膂力に優れたミノタウロスを吹き飛ばすのは不可能だ。大振りのバトルアックスを躱し、バランスを崩したところに盾ごと飛び込みたたらを踏ませた。それが第三者の目には吹き飛ばしたように見えた。

 だから、マティといえどミノタウロスクラスは防御した時点でアウトの相手だ。

 だから練習が必要なんだ。と

「当たればタダじゃすまない」

「だから距離感。受ければ足が止まる。ギリギリ攻撃が届かない距離にいてくれればいいんだ」

 伸びきった攻撃は体制を崩すし、慎重に間合いを測れば背後のマティにはありがたい。

 エリクにしても要求内容の難易度は極端に下がった。

「こっちにはアクセルがあるから、どちらに転んでも悪い事にはならない。最悪は剣を放り投げて逃げ出した場合だ」

「バカにしてるのか?」

「してないよ。さっきその心配はしていたけど、そうはならなかった。ただ、次、同じ状況で逃げ出したら指さして笑ってやる」

「・・・酷いな」

 そんな事にはならない。今経験したから、胸を張って言える。

 逃げ出したかったのは本当の事だ。


 『おおぉ~』と黄色い歓声が上がる。

 キスイとシャロンが開錠に成功したのだろう。

「行こうか。可愛いお尻が待ってる」

「マティ殿!」




「見てマティ。当たりだよ」

 コインを振りまきながらシャロンが喜ぶ。

「どんなもんなんだ?」

「まぁ、ミノさんが出てれば普通かな。ミノさんが出るかを心配してたから」

 エリクの目には信じられない光景だった。盗賊討伐の戦利品でも見た事のないお宝の山だった。

「これに見慣れてちゃあ、さっきの剣一本はハズレだったんだな」

「いや、まだわからない」

「なんで?」

「不懐属性付き。魔法もかかってないのにだ。このダンジョンで使うキーアイテムの可能性が高いから」

「まだお宝がッ!」

「シャロンがっつくなよ。ハシタナイ」

 そういうキスイの首にはゴテゴテした首輪が下がっている。

「呪いは?」

「おっかないこと言うなよ。エリク」

 慌てて首輪をとろうとするがマティは「テオクレ」と笑った。


「俺たちの本命はこっちだな」

 と戦場だった部屋を見回す。アーメットのバイザーを下すとブンッという音と共に赤い光がともる。

「何か見えますか?」

「いや、見やすくはなるけど【魔力探知】があればわかりやすいんだが・・・」

 と、マティは小手やら剣やらを見て回る。

「マティ。不謹慎」

「死者の冒涜は流石に・・・」

「う~ん。ミノさんが居ただろ。それに挑んだ先人の亡骸だよ。多少は装備が整ってないと挑むことはまずありえない。だから、使える装備はこっちの方が多いんだ。マジックアイテムなら値段も桁違いだし・・・埋葬」

シャロンとエリクの言わんとしたことがわかったのか言い直した。


「そうね」

「野晒しは不味いよな。うん。善意だ」

 女性二人は優しさと理解を示したが、『見分け方は』で台無しだ。


「これだから、冒険者は下に見られるんですよ・・・」

「否定はしない・・・が、死活問題だからねぇ」


 マティのアーメットはインフラビジョン持ちである。ご丁寧に赤い光が灯るデメリットがあり、ネタ装備らしいがその恩恵は筆舌に尽くしがたい。襲撃や奇襲はほとんど看破して見せた。稼ぎだけの問題ではない事ぐらいはわかる。


「魔法がかかっている時点で不懐属性が付くから原型を保っているものは高確率で魔法の品。錆が指で落とせるかなんかが目安」

 名前が解る物なども後々価値が出るので遺品として持ち帰る。・・・墓碑に刻めるから。


「まぁ。こんな剣で戦えるとは思えないな」

 と、エリクはいわゆる宝剣を袋に詰め込んだ。

「俺たちが持つには逆に趣味が悪いよな。ただ、シャレにならないものがたまにあるけど」

「言えてる。趣味が悪いけど仕事♪」

 そういってキスイは装飾品を嬉しそうに詰め込んだ。


 マティはまとめとばかリに頭蓋骨を集める。これを埋葬の代わりにするのだろう。

「シャロン。魔法をよろしく」

「え・・・」

「魔法に【死者会話】があるでしょ?魂が残っていれば情報が引き出せるし」

「呪われたりしない?」

「そうならスケルトンか幽霊になって襲い掛かってくるから・・・来てないでしょ」

「そっかそっか」

 冷や汗をかきながら、シャロンの詠唱が響く。


「ひゃいッ・・・」

 と、死者との会話が始まった。


「で、なんだって?」

「名前も何も覚えてないそうよ。恨みや、やり残したこともない。埋葬してくれるならありがたいって、装備品はお好きにどうぞだって」


「サバサバしてるな」

「そういう感じじゃなくて・・・寝起き?ぼーっとしてる」

 感想をもらしキスイにシャロンが訂正した。


「結構そんな感じだよ。アンデットになって彷徨ってた訳じゃないからね。寝起き程度の感覚なんだそうだ」

「あの世までお金は持っていけないしな♪」

「これって必要?」

「あんまり」

 埋葬や成仏は生きている人間の感覚でしかない。当の死者はまた眠るだけ。成仏していればここには居ないし、どうなるのかは誰も知らない。

「マティ、どうすればいい?」

「ノッツは【退魔】を使って終わりにしてたよ」

 聖印を胸元から取り出し掲げ「ターンアンデット」と宣言すると、聖印に淡い光が灯った。

「・・・これで成仏したのか?」

「居るよ。【ありがとう】だって」

「なんだかなぁ」

 救済されたとかそうじゃなくて、挨拶に会釈を返すような感謝だ。


「本当にこんなことする必要があったのか?」

「微妙だね。ただ、墓荒らしの罪悪感は消せる程度だよ」

 『そうだな!』とキスイは胸を揺らせた。身長差的にどうしても視界に入るし、自己主張が激しく良く揺れる。彼女の胸にはソフトボールでも入っているのか?

 そりゃもうソフトなボールなんでしょうが———


「強烈に反対されたらどうするんですか?」

「そこまで自意識が強い死者にはあった事ないねぇ。そこで初めて考えるかな?」

「冒涜・・・では?」

「嫌がっている事はしないよ。それで祟られてもね。でも。こちらが喜んでる方がうれしいらしいよ」

 とノッツが言ってたと締めた。

 思いのほかに軽いマティの対応に呆然とするエリク。

「ありがと~」

 と、言って手を振るシャロン。

 これでいいんだと同じ方向に手を振って、その部屋を後にした。




◆◆ ◆ ◆ ◆




一同はコツを飲み込んだのか探索は順調に進んだ。

 怪物に慣れたのかキスイは早々に斥候を買って出た。それが大きな違いだ。

 遭遇戦は無くなり、戦闘はこちらの一方的な奇襲になる。奇襲となればマティの投入で勝敗は決する。

 それでもマティの制圧人数には限界があった。

 この辺が通常パーティだろう。


マティの奇襲は制圧まで絵図を描いて終わりになった。

つまり、マティの制圧限度はゴブリンクラスなら3匹。それで終わっては芸がない。エリクとキスイがいる。

先の戦闘のようにあらかじめ狙いを決め提案し、決め打ちで片付ける。

戮丸が好む奇襲の連鎖。マティの奇襲はヘイトを集める。その瞬間は残りの二人は意識から消える。意識外の攻撃は強力なマティの存在を打ち消すに足る。

戦力評価はかなり過少に見積もっても、十匹くらいの集団でも奇襲をかけた時点で勝敗は決していた。

二人はマティの組んだシナリオを実行するだけの簡単な作業を繰り返すだけだった。


 そして、乱戦に至る見積もりは、極力避けた。


「人数って力だなぁ」

「そうだね。ただいればいいって考えると何人いても足らないけど」

 一人増えれば戦力は何倍にも膨れ上がるペテン。

「それだけに奇襲されないようにしないと」

 エリクはミノタウロスを倒したが、自分が強くなった気は全くしなかった。

「たまたま、ペテンがうまくいっているだけのような気がして」

 慌てて言葉を飲む。


「そんなもんだよ。慣れるのは有りだけど、気持ちが大きくなるのはダメだね」

 それが難しんだけどと照れるように溢した。

「まぁ、奥の手はまだまだあるし、かなり安全マージン高めにしてるんで、余裕があるね」

 ノーダメ縛りはいまだに生きている。


「奥の手って?」

 キスイはすり寄るように問うた。

「シャロンの投入に、この盾の魔法も使ってない。アクセルも温存してるし」

「なんで使わない?」

「イレギュラーが怖い。今は作戦勝ち出来る状況以外の戦闘は考えてないよ」

「堅実なペテン師?」

 少し拗ねたようにシャロンがきいた。

「シャロンは純後衛の扱い。キスイも後衛だけど盗賊だからね」

「聞き捨てならねぇな」

 キスイのヘッドロックが決まる。そこ代われ。

「冒険者の職業に当てはめてだ。斥候は危険な作業だし、弩は戦闘に絡みやすい。何も盗んでないでしょ?」

「えッ?」

「ちょっと署まで」


「そんな調子で大丈夫ですか?」

 と、いちゃつく二人に呆れ声でエリクがいった。


「そうだね。そろそろ引き時かな?」

「えぇー」

「いや、そういう訳じゃ・・・」

 順調にいっている興奮冷めやらぬ新人二人は論外とばかりにシャロンに視線を移す。


「そうね。随分進んだし、時間はまだ余裕があると思うけど・・・逆にその根拠は?」

「緊張が切れてきた。酒場で飲むには十分な稼ぎだし、シャロンの戦闘編入なり、なんなり酒のツマミは十分だ」

 そう言われれば今のテンションなら話したいことは山ほどあるし、ききたい事もだ。

 酒代には飲みきれないほどの稼ぎもある。

「装備の一新もね」

 楽しい楽しいお買い物。


「で、本音は?」

「荷物が限界です。魔法も消費が少しね」

「まだ持てるだろ」

「ミノさんクラスで持ちきれなくなるよ、ダンジョン深度的に、それ以上だろうしね」

「帰りも考えているんだな」

「この手荷物でミノさん以上の敵とは戦いたくないよ。一時的に捨てるのは有りだけど、ブレス持ち相手にそれする?」

 戦利品はズタ袋に入れて持ち歩いている。戦闘時にはこれを置いて戦う訳だ。

 二人は苦い顔をする。

「撤収もアリね。でもそれも本心じゃないように見えるんだけど?」

 次はマティ不参加でしょ?とシャロンが伝える。


「嘘だよね!」

「そんな!」

 このパーティのキーマンはマティだ。

「【凶王の試練場(ワンス)】を放っておく訳にもいきませんが・・・それも切ないでしょう」

 と件の短剣を振ってニヤニヤと笑う。


「それなら安心。でもどうするの?」

 今のテンションの二人を何日も放置は難しい。シャロンにとってはまた明日でも、二人にとっては2・3日後になる。

「あっちを巻き込むっていうのはどうだろう?」

 大吟醸たちの欠点は、新人という意識に自分たちのスタイルを押し通す所にある。

 ミノタウロスとの遭遇戦はかなり危険だった。その事は伝える必要はないが、その上を考えれば戦力不足は否めない。

 作戦勝ちで進めるスタイルは崩したくないとなれば、劇薬クラスの【凶王の試練場(ワンス)】の参入は有ってもいいし、稼ぎも期待できる。

 現にミノタウロスは確保できた。アレに【凶王の試練場(ワンス)】で立ち向かえば、三人にはいい勉強になるだろう。


 そして、【凶王の試練場(ワンス)】に対しての教化でもある。

 自分たちのスタイルには自信があるし、それを鼻にかけるつもりもないが、それを全く譲らないのは問題だ。

 現に、補充要員獲得の失敗がその証拠だ。


「何よりあいつらなら、これだけ稼げればアイテムの奪い合いにはなりませんし」

「それは・・・」

「宝石に全く興味ありませんし」

「そうねッ!」


 笑ってタダ働きを引き受けた二人だ。不参加だったダイオプサイトも【凶王の試練場(ワンス)】一の温厚な人格者。

 疑う余地はない。


「帰りましょう。帰ればまた来れます」

 提督たちが愛した名句でマティは冒険を締めくくった。


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