024 真似るな危険
「あ。貴方は?」
「いや失礼。盗み聞きしてしまって・・・私はナグというよりオーメルと名乗った方がいいかな?」
隣の青年はアタンドットのアバターとしては異色な色男で、やたらと目を引く。
――――レディコミ?凄いわ、イケメン!!
漫画やアニメをクソマジメに3D化するとキグルミのようになる。
平面の2D表現を3Dに落とし込むのにはある種の才能が必要だ。
もちろん、2D・3D両方に通用する書き手は多く存在する。
デフォルメが激しくとも書き手がちゃんと三次元把握できている場合だ。
ただ、安手なレディコミなどではそこまで三次元把握できている作家は少ない。
技術的に難しいという事もあるが、パースがいい感じに狂っている作家たちだ。
こういったものの模倣は難しい。何しろ描写としては間違っているのだから・・・
それが作家の癖であり読者には容認される。
これは漫画文化において圧倒的に後者が多い。
間違いを容認するのか?
と思おう人間もいるだろうが、すべての漫画が劇画調になるべきか?という問題にすり替えれば分かりやすいだろう。
もちろん劇画調がいい作家もいるし、劇画調にならずとも三次元把握をかっちりできている作家もいる。
その、模写・模倣すら難しい物を3Dに落とすのはある種の天才の御業である。
平たく言えば
Q、ス●夫の前髪はどうなっているの?
A、可動式
それをフィギアでどうしろと?
この永遠のテーマには様々な論客が色んな仮説を立てたが、その仮説通りにクソマジメに三次元化しても、漫画のキャラとは似ても似つかない代物が出来上がる。
しかし我々はどこかでそのキャラクターのフィギアを当たり前のように見ているはずだ。
それこそ天才の御業。もちろんそれは有る角度から見れば破綻している筈ではある。それでも自然とそのキャラクターだと妥協できる範囲だ。それを見抜ける人間は本当に少ない。
発見といってもいい。その妥協点を天才が発見してくれれば、凡人でも模倣は出来る。
それは誰もが知っている大作に限った話である。
安っぽいレディコミ風味をモデリングで表現しようとする暇人はいない。
いや、乙女ゲーなどで3D需要はある。が、イベントシーンでは二次元のカットインでごまかすのが大半。
あとは、同じキャラという記号を張り付け、見る者のイメージで補ってくださいという逃げだ。
しかし、その男は安っぽいというフレーバーをそのままに、乙女心を『トゥンク』と刺激する容姿の持ち主。
破綻は無い。
こんな理屈はアクアの考えにはない。ただ、その類を見ない異常性がアクアの目を奪って離さない。
「セカンドですか・・・」
アクアの驚きをよそにニコルは会話を続ける。
「妻がエントリするので・・・あれとセットで再エントリですよ」
「ケイトです」
と美少女が頭を下げる。
こちらも同じ理由で美少女なのだが、「アニメみたいな女の子」という印象しかない。大きな男の子向けなのでしょうが無いが、その異常性には気づけなかった。
「アニメみたいな美少女」という感想を抱けるアイドルが居たら上げてみてほしいものだ。
――――いや、妻と紹介されたせいだろう。
二人はあまり首を突っ込む気は無かったが、シバルリの日常で興味深い話に自然と耳を傾けてしまった。
大吟醸の間抜けっぷりや、新戦法の開発などは実に興味深い。
「結構聞き耳立てられているんで気を付けた方が良いですよ」
周りの客は一斉に目を伏せる。
「聞かれて困る事は話してないので大丈夫ですよ」とミルザ。
今までの内容はむしろ周知が必要な部類だ。
単純に気恥ずかしさは有るのだが。
「では、そうじゃないのですね」
ニコルは話題を戻した。
「私たちは同じ会社に所属しています。【電網警備保障】。なので同じところから入ってきてるんですよ」
戮丸の体は貴重な検体でもある。アタンドットが人体に与える影響は重要な案件で、主治医も常駐している。
プラグのAED機能などの確認などや周知、発展研究を模索していた。
「そのためアレの体の報告書には私も目を通しているので」
「プライバシーって一体」
「検体ですよ。自分をモルモットに提供してるんです。無痛症なら前提条件が変わるので、プライバシー云々で秘匿して良いものではないんだ」
「それでも結構ショッキングでしてね。バケツ一杯分の血を吐いてプレイする姿ってのは」
ナグの発言は衝撃的な物だった。
「大半は胃液だそうで、医師に相談しても壊れた先から回復しているので問題は無いと・・・」
「・・・規格外すぎる・・・」
誰かが呟いた。
「素の生命力が強すぎるんですよ。ただ、見てる人間はたまったもんじゃない」
「止めないんですか?」
アクアが問うた。
「何故?」
同じ職場で恩恵も少なからず受けているのに?とナグは続ける。
穏やかに笑いながら・・・
アクアは答えに困った。
「友人というより知人、あいつは完全に変人です。それでも保育園から知っている男が血を吐いて、這いつくばって、やってることを・・・」
「その意味が理解できて、恩恵にあずかって。止められないんですよ。根を上げるみたいで」
「あいつの事が全然大切じゃない私にはね」
「男だったらしょうがないですよ」
ニコルは理解を示した。
「本当に大丈夫なんですか?殴り飛ばしてでも・・・」
「それは君がやってくれ。一瞬で返り討ちだ。そういう緩さは一切ないんだ。遺書の準備が必要になるよ。あいつはアレで弱ってるから手元が狂う可能性がある」
「・・・うっそだろ?」
ナグの言葉に周囲から辟易の言葉が零れる。
プレイヤーはアバターより弱い。当然だ。だが、アバターより強いプレイヤーのスキルが、戮丸の強さを異次元まで高めていた。
その理屈は知っていても、言葉にされるまで気づけなかった。
「あれは、ああいう人間だ。友人という気になれない私の気持ちも分かるだろ?」
とガッシュの肩をナグは叩いた。
「私はオーメルとして法が存在しないエイドバンにガマンできなかった。だから旅団を興し、自分が楽しむ環境を整えた」
さらりと言ったがとんでもない事をナグは言った。
「当然、裏切り、策謀、権謀術を盛大に駆使して、そういうのが楽しいプレイヤーだからね。まっさらにする気はなかった」
ナグのとんでもない話は続く。
無法の地に、いや、中世に法を敷く。偉人クラスの偉業をだ。
「それでもきれいなものは見たくなるんで、アイツを呼んだ。アレは期待通りに躍ってくれたよ。そしてあいつはいつだって暴走する。やりすぎるんだ。あのイレギュラーは」
戮丸が零す、「リアルのコピーじゃ芸がない」の言葉はオーメルの思想と真っ向から対立する。
「じゃあ、戮丸さんも自分が楽しむプレイ環境を作るために動いているんですか?」
「そうなんだ。もう少し育ってくれないとぶつかりようが無いんだけどね」
「ぶつかりゃいいじゃん」と誰かが言ったが、「真っ先に暗殺、破壊工作に行動を移すよ?それじゃ分が悪い」のナグの答えに返す言葉は無い。
「想像以上の結果だった。モンスターは排斥という考えに対し、このシバルリはモンスターとプレイヤーが笑いながら殺しあっている」
「それって・・・」
酷い字面だ。
「でもそれが楽しいのは私にもわかる。ゲームの大半は大体そんなものだ。サッカーや野球のスポーツ感覚だな。通常では生じる不具合をあいつはとことん駆逐している。迫害なんかは最たるものだ。治政に有効なカードなんだが、単純に「嫌い」って言葉で駆逐している」
心情的に分からなくはないがね。と。
「ただ、お互いに共通する部分は有る。「自分が楽しむプレイ環境を整える」だ。だから止めない。男とか、そういうご立派なものではないんですよ、ニコルさん」
必要なら共闘もしますし、とナグは笑って話した。
「それじゃあ、一方的に敵視はしてないんですね」
「リアルのコピーって言葉にはカチンと来ましたがね。あっという間に袋小路に入ったのも確かなので、シバルリみたいな風穴はありがたいんですよ。下手なエリート意識なんかは真っ先に砕きに来るし、こちらの都合で見逃した目障りを吹き飛ばしていく様は痛快でもある」
ニコルの問いにナグは応える。考えは違えど、思いのほか行動はかみ合う。現に戮丸といえど警察機構は便利に使っている。
「じゃあ今の状況って、二人が画策したって訳じゃないんですね」
「アドリブです。アレが俺の言う事をきく訳ないじゃないですか」
・・・あどりぶ・・・
周囲はその言葉を反芻するようにどよめく。
「ケイト。私はオーメルに着替えてくるよ」
「あ、あたしか・・・はいっ。って冒険はおしまい?」
「・・・どちらにしろメイン盾不在だから無理だ。あの変態と同じことを期待されても困る。ナグは戦わないキャラなんだ」
「ドツとは戦うのにね」
「ルンデス家とクンデス家の確執は根深い。分かり合う事は永遠にない」
「あーはいはい。いてらー」
ナグはニコルに「よろしくお願いします」とケイトを頼んで、場所を後にした。
ニコルはケイトに椅子を勧め、一通り紹介する。
「ケイトです。盗賊で、レベルは5です」
「始めたばっかりですよねッ?」とニコルは驚きを口にする。
「ええ、ダンジョンに一回入っただけです」
「一気に5レベルも上がるんですか?」と、アクア。
「最初のダンジョンを出た時点でLv3。そこから一つダンジョンに潜って今のレベルです。食事を済ませて来たので・・・」
「そんなに簡単にレベルが上がるの?」とガッシュを見るが、ガッシュは猛然と首を振る。
「戮丸さんとオーメルさんなら何が起こっても不思議じゃないですよ」
ニコルの言葉に『何その超パーティ?』とどよめきが広がる。
入ってすぐで、初心者折り返しレベルっていったい。
「三人パーティなんで分け前が多かったんですよ」
にこやかにケイトが笑う。
オーメルことナグと戮丸ことドツにケイト含めた魔法使い、僧侶、盗賊の三人パーティだったと明かす。
「後衛オンリーパーティってアリですか!?」
「ドツは魂が前衛なんで大丈夫ですよ。ゾンビをボンボン爆発させてましたし」
戮丸に魔法職は混ぜるな危険
「爆発なんてしないでしょ?」
「退魔って斥力場を出すじゃないですか。こぶしをゾンビにねじ込んで「アメリカゴー」って叫ぶと爆発するんです」
内爆である。
「アレは字が違う【破壊僧】だからって、否定できないわー」
目に浮かぶその様。
「抵抗は無かったんですか?」
「あの二人の悪行は常々聞いていますので、可愛いものでしょ?」
「ドツは宣言通り回復を一回も使わないんですよ。信じられないわ」
「あー、解る気がします。あの人はそういう人です。ならナグさんは影が薄かったでしょう」
「夫は対抗して魔法を使わなかったんですよ」
・・・魔法使いって・・・
――――後衛の定義が崩れる。
「何しに行ったんだ?あの人?」
「でも、二人でずんずん進んで行っちゃってついて行くのが精いっぱいだったんですよ」
「は?あの人【戦わない】って言って【魔法使わない】って・・・」
「『言葉こそ【魔法】!』ってル●ーシュっぽいポーズとりながら、あっちでこそこそ、こっちでこそこそ罠をしかけて、ドツを巻き込んでは喜んで。子供みたいにはしゃいじゃってこまりますよ」
「神々の遊びです。絶対に参考にしないでください」
ミルザはしびれを切らせ宣言した。
確かに『言葉こそ【魔法】』なのかもしれない。
今の一説で良識ある無垢なパンピーには【パラライズ】がかかったようでしびれている。
回復を行わない僧侶に魔法を使わない魔法使い。何をやってるかは想像がつくが・・・
・・・一体どれだけのプレイヤースキルが要求されるか?
まじめなガッシュは痙攣していた。
【よい子は真似をしてはいけません】
この言葉が聖句のような響きを放つのは初めてだ。
「あの二人は・・・」ニコルが眉間を押さえる。
パラライズに頭痛まで込みとは恐れ入る。
「大変だったでしょう?」
「ええ、大変で」
「ドレイクの真上でロープを切った人のセリフとは思えませんよ」
「どちら様?」
「お初にお目にかかります。貴女の夫です」
「アナタ=ノオットさんですか?」
「ええ」
まるで動揺を見せないオーメルに唖然とする。
「やっぱり、ナグの方がイケメンね」
「それでもあなたは私に恋をする」
頤をつまみケイトの目をまっすぐに見つめるオーメル。
「で、でも、ドツも中々のイケメンよ」
「証拠は頂きましたよ」
とほほ笑みで返す。オーメルの方が一枚上手で涼やかな貴公子然とした態度に隙はなく。
ケイトの顔は朱に染まった。
「いちゃつくなら家に帰ってベットの上でお願いしますよ」
「これは手厳しい」
ニコルが合いの手を挟むと、ロールプレイに慣れたオーメルはそれを止め普段の雰囲気を取り戻した。
・・・が『同意』と言ってしまったケイトを見つめる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ドレイクって?」
「ワニです」
それは火を吐かず飛べないドラゴンだとガッシュは説明する。
「倒したんですか?」
さすがに倒すには準備が足らない。ドツをドレイクに蹴り込んで、その隙に財宝を掴んでナグは逃げ出した。
「戮丸さんは・・・ドツさんは?」
「置いてくぞ。といえば程なく上がってきましたよ」
「そんな簡単に済む相手じゃないんだが・・・」
「でも、あなた・・・テイムしかかっているように見えたんだけど・・・」
「そう見えたのならそうなのだろう。私にもそう見えた」
馴致可能動物【ドレイク】衝撃の事実はプレイヤーに新たな課題を叩きつけた。
「間一髪だったな。アレの扱いには一定の慎重さが必要なんだ」
注意をそっとよそに移してやらなければいけない。
オーメルの語るアレは決してドレイクではないのだろう。
「戮丸さんも苦労しているって言ってましたが」
「その言葉はそっくりお返しさせて頂きます」
戮丸3rdキャラ
ドツ=クンデス 僧侶
オーメル2ndキャラ
ナグ=ルンデス 魔法使い
ケイ(奥さん)新キャラ
ケイト 盗賊
外装モデリングはすべて戮丸によるものです。