023 スイング・スイング・スイング
唐突に訪れたビックウェーブに成す術無いマティは幼子のように視線を泳がせた。
キスイの参入をシャロンは同性の知人という事で歓迎を示す。
ポーター二人は「パルパルパルパル」としか言わない。
心が死んだようだ。
女三人寄ればいやら・・・姦しい。と先人の言にもあるが明らかにキャパオーバー。
溺れる者は藁にも縋る。その言は正しい。
掴んだ藁は・・・
「おや、マティ殿。ちょうど貴殿に頼みがあったのだ」
一部始終を見ていたであろう騎士カリフは含み笑いをかみ殺しつつ。
さわやかに話しかけた。
◆◆ ◆ ◆ ◆
「うっし!設営完了!」
「で、どうすんだ?」と大吟醸が話しかける。
「そうだな。二人はここで解散って事になるんだけど」
「ササクレの南側への探索は自己判断ってことだよね」
「それで話は通ってる」
「行くなら嫌味にならない程度でざっと流すよ」
「助かる」
やはりノッツは話が早くていい。大吟醸は仕事がなくなったせいか「パルパル病」が再発しつつある。
意思の疎通は難しい。
二人は持ち込んだ焚火台を挟んで、折り畳み椅子の具合を確かめるようにお茶を楽しんでいる。適度な所で引き上げるだろう。
問題はこちらの飛び入り二人だ。
キスイはそれなり以上に経験があるのか落ち着いた佇まいだった。
彼女はガルドと同じ世界からコンパニオンとして連れてこられた存在という設定だ。英霊召喚に近い設定なのだろう。当人の弁もあり。英霊と言う程の活躍はしていなかったらしい。英雄ガルドの隣人で、若くして散った命をピックアップしていると聞く。
彼女の生前の職業は山師。鉱脈や水源を探り当てるもので、冒険者にかなり近い。
ただ、魔法・魔物が無い世界観から細かい所でズレが生じる。
キスイは宝石に強い関心を示した、山師なら当然だろう。
シャロンからすれば同好の士が現れたのだ。ひねた機嫌が戻りつつある。
もう一人は・・・
「よろしくお願いする」
黒髪に褐色の肌には幼さを残した青年エリクであった。騎士カリフの紹介で、冒険指南をお願いされた。
砂漠の民らしく腰にはシャムシールを履き、たっぷりした衣装は皮鎧で縛りあげるよう。そのおかげで、線が細いながらもネコ科の肉食獣のような体躯を持つ。
二人は現地人つまりはNPCで死ねばそれまでだが、蘇生魔法が使えるシャロンがいて、エリクは驚くことに魔法が少々使える。NPCの扱いに慣れたマティにはメリットの方が強い。
苦し紛れに引き受けた人員だったが悪くない。限定状況ではあるがミニマムパーティが構成できた。
(サムライ・ニンジャといったところか・・・普通にアリな構成だな)
戦士と僧侶が育っていれば不安は少ない。後はその技術の精度だな。
マティの目にエリクは高校生のように見える。童顔からか。年もそこまでいってないだろう。
(道場に出入りする高校生に雰囲気がちかいな)
柔道や剣道ではコネの有無もあるのだろうが、実力が秀でた学生が出入りするケースがある。
都市伝説に近い話だが、職場が警察なマティにはすれ違ったり挨拶を交わす程度は遭遇はあった。
魔法の素養はありがたい。
時間があれば戮丸ライブラリーから全種コモン魔法を習得させたいぐらいだが・・・
魔法の習得はレベルアップで覚えるのでは無く、スクロールで覚える。その上で、レベルが足りて初めて使用可能になる。だが、現地人はスクロールを勉強しなければならず、それ相応の時間が必要になる。
むしろ、プレイヤーが優遇されて勉強の時間を免除されてるようだ。
エリクの習得魔法は【明かり】【魔法の矢】【眠りの雲】の三種。すべてレベル1魔法だ。
そして1レベル魔法を4回使える。
そこで【眠りの雲】を二発に残りは【魔法の矢】【明かり】という構成でお願いした。
【眠りの雲】四発と頼みたいところだが、効かない可能性を考えてだ。
なお、今勉強中なのは【幻身】との事。
【魔法の矢】はレベル依存魔法でエリクが唱えると2本の矢が出現する。
10レベル魔法使いが唱えると矢は四本出現する。この事がエリクの魔法強度の目安になった。
マティやシャロンのポテンシャルから比べれば見劣りするが初心者とすれば破格だ。
「珍しいもの下げてるけど・・・飾りって事は無いよね」
「はは、曲刀ですか・・・どう答えたらいいのだろう?命を剣に預けた戦いは普通にあります。野盗なんかも出ますので、ただ馬に助けてもらっている部分が大きいでしょうか?」
馬上戦闘の経験ありって・・・
剣に着られている感じはしないのであとは実戦での勘所だ。
簡単な注意事項を伝える。
「敵に背は向けない。仲間は視界に収めておく、仲間の背後に気を配れば自然と自分の背後も見てもらえる。敵が出たなら声をかける。逃げる時は自分優先で、これが基本的なルールかな」
ざっくりと説明するとキスイは満足げに頷き、エリクは若干の疑問顔だ。
「それでシャロンは戦力と数えていいのかい?」
「すまないがシャロンとキスイは二人で一戦力、背面には気を配ってくれないか?」
「了解。じゃあ、手弩でいいか、そっちで片付けてもらう事になるけど」
「それで構わない。シャロンの面倒は任せる」
キスイは理解が早い。こちらが言わんとした内容は伝わって居るだろう。
問題はエリクだ。
「逃げる?」
「冒険に名誉の戦いは無いんだ」
「それは・・・聞いてますが・・・」
多分エリクは戦士階級なのだろう。貴族といった方が通りがいいか?
「女を前に逃げ出すのは恥?」
女性のキスイに言われてはたまらない。
「・・・逃げたくは・・・ないです」
「マティ、逃走指示は?」
「あ、ああ。現時点では俺ですね。戦闘は任されているので」
「じゃあ、安心してマティが「逃げろ」というまで逃げちゃだめだから」
「そうなのか?」
エリクは意外そうに聞き返す。キスイに対するエリクの対応は横柄に感じるが、そうするよう普段から心掛けている節が見える。
キスイは気にした風もないので指摘はしなかった。
「まぁそうだね。逃げたくなったら言ってくれる方が助かる。思い付きの行動はダメ」
「なら臆する事は無い」
「で、マティが言ってたのはその『逃げる時』の話」
この流れなら、撤退のしんがりはマティが務める。レベル・経験ともに余裕があるからだ。
「それでも・・・」
「あたしらが心配してもたもたしてるとマティが逃げられない」
「・・・なるほど」
エリクは思い当たる節があるのか納得した。
それを聞いていたベテラン二人が口を挟む。
「ま、勝てねー相手は居るもんだ。トロさんあたりは気力じゃどうにもならないし」
「落石・落盤と色々あるしね。苦手意識は捨てた方が良いね」
トロールスレイヤーが言うと説得力が違う。
「あ、・・・あれは・・・勝てない」
エリクはシバルリまでの道中で見かけた青白い光を放つ鎧姿のトロールを思い出し体を震わせる。
「多分それグレゴリオ・・・見回りしてくれてたんだ。助かるなぁ」
「はいッ?」
「それはトロさんの総大将みたいのだから別格。俺たちアレから生き延びたんだぜ」
「それは凄い・・・逃げたのですか?」
「逃げたかったなぁ・・・」
三人は心の底からの言葉を吐いた。
「勇敢なのですね」
「違う、逆。逃げたら間違いなく死んでた。生還確率が一番高いのが「戦う」だっただけ」
「ま、その辺も含めてマティが指示してくれるから、疑問に思ったら聞くといいよ。いざという時に迷わないようにさ」
「時間があるときにね」と付け加えてノッツが纏める。
「じゃあ主力はマティでアタシらは遊撃ってかんじでいいね。斥候の時は?」
「それは考えてなかった。モンスターになれるまで斥候は出さない方向で行きます。行けると思ったら声をかけてください」
「了解」
キスイは即戦力だろう。口ぶりからいきなりお願いしても多分大丈夫だが様子を見よう。
「やってみた方が早いだろ、ちょっとゴブリン引っ張ってこようか」
大吟醸の提案はありがたい。これ以上は想像で予定を組むのは危険だ。エリクはまだ釈然としない感じだ。
「シャロンどうする?」
「お任せします」
「なら先のここから引っ張ってきた方が良いだろう」
ノッツはマップを指していった。
「ついて行っていい?」
「あー、明かりどうしよう?俺、暗視あるから・・・」
「ついて行くぐらいなら夜目が聞くから大丈夫」
「大吟醸がいるなら安心だ。飛ばしすぎるなよ・・・」
「了解。わかってるって」
二人は設置したスイングドアを開け暗闇に消えた。
「罠使ってみる?」
「あ、それ俺もちょっと興味ある」
シャロンの発案にノッツが食いつく。
「弾数温存でノッツが使ってくれないか?タイミングは」
「任せて。配置につこう。シャロンは僕の後ろで、エリクは逆側ね」
マティはスイングドアの前に陣取ると「エリクごめん。多分俺一人で事が足りるというか・・・」
「ここならどうでしょう?」
エリクは刑事ドラマのように壁に背を預ける。
「いいね。・・・って早速引っ張ってきたようだ」
マティの邪魔にならない形に満足げに頷くと、聞こえてきた戦闘音に緊張を走らせた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はっや」
二つの光点は行きの速度からは考えられない速さで移動する。一つの点がぴょんと距離を飛び、残った点がそれを追いかける。
「走ってるね」
「正気の沙汰じゃない」
とニコルは吐くがマッピング済みなら、走ること自体はそれほど無謀じゃないとガッシュは思った。ただ、追従する方が普通の【走る】速度だろう。それを考えると大吟醸の移動速度は異常。ガッシュの全力疾走以上の速さで動いている。
ニコルの言葉を否定する気にはなれなかった。
「歌?」
ギルドが形成できるミルザの耳には大吟醸の歌声が響く。
「なんて?」
「うーさーぎ美味しいかの山?」
「え?」
『おいしいってなんだよ!?』
と失笑交じりのノッツたちの突っ込みが入るが、【グランドオーダー】がらみだと大吟醸は返答を投げ返している。
「グランドオーダー?」
グランドオーダーは大手クランが連名で発布した公式クエストの事だ。
シバルリを介して大手含め多くのクランが協議できるようになり発布された。
現在発布されているのは二つ。
・ダンジョンの探索
・オリジンの探索
ダンジョンの探索はシバルリのようなダンジョン都市の開発を見据えたものだ。
今までダンジョンはクランで所有権を主張し、秘匿してメンバーの狩場として機能していた。
そこにシバルリは交易都市としての可能性を提示した。
シバルリ自体から産出される資産はプレイヤーに帰属し、オープンなダンジョンはプレイヤーを集め、さらにはその資産を売買するために人が集まり、街が形成される。
その他、ダンジョン都市ならではのメリットは多い。
第二第三のシバルリは急務であるが進捗は難航していた。
【錆びた九番】・貴族の軟禁などの、つまりは目玉になる物がない。防衛力不足。
資金提供を名乗り出る貴族は多いが、今度は利権争いになり、住民の生活様式すら決められない。
これはシバルリ発足時に戮丸が危惧した内容が顕在化したものだ。
さらには今までの基本形が秘匿というのが要因の一つに上がる。
そこで、まず土地だけでも確保するためにグランドオーダーという形で発布された。
これには現時点では秘匿されたダンジョンのあぶり出しとして効果を発揮していた。
オリジンの探索はモンスターオリジン。つまり、原種。異世界転移してモンスター化したが、まだ一度も死んでいない個体をさす。
これはモンスターの精神が人間であることに事件性を危惧しての発布である。
とかく情報が少なすぎるので、オリジンの確保は急務となる。
いまだオリジンの発見は報告されていない。
その存在を否定する声も上がるが、ノッツを窓口にモンスターから直接存在が明らかにされていた。
これも、直接の狙いはモンスターがオリジンを殺害しないようにする保護目的が強い。
これらは公式としているが、運営とは別口である。
これらに事件性があれば犯人は運営となるので、正当性は期待できないからだ。
このクエストはシバルリを中心に発布されたが、まだ日が浅く認知度は低い。
なお、この報酬はクエスト報酬になるので当然EXPが発生する。
「そんなのもあるのか・・・」
「これですね、稼ぐ方法って」
「でも、なんで唄?」
グランドクエストにニコルは目を輝かせ、アクアは歌の因果関係がつかめず困惑する。
「そりゃアレを聞けば意思疎通の可能性には気づくでしょう?」
「白旗を上げてくれれば、こちらも分かるしね」
「そんなにうまくいくのかなぁ?」
大吟醸の行動の効果にはいまだ疑問の余地は残るが、奇行の理由は理解できた。
敵を示す光点五つ、あっという間に二つ消えた。
一つは大吟醸と思しき点と接触した点が一つ、残りは一番遠間の点が一つ。
「・・・制圧した・・・」
一瞬でその殲滅速度なら勝敗はすでに決した。
『ご、ごめん』
『どあほう!』
『ついうっかり』
『だまれはちべい』
キスイの謝罪に大吟醸の弁明、そして、大吟醸に向けた総突っ込み。
大吟醸の歌はデスメタル張りの金切り声に転調した。
ただただ、不快なシャウトがミルザの鼓膜をつんざく。
「どうしました?」
「いえ、大吟醸がウォークライで水に流すみたいで・・・耳がかなり痛い」
「・・・大変ですね」
『切るぞ。こん畜生』
ノッツの呻きには確かな殺意があった。
『・・・逃げるんだよー』
と、間の抜けた大吟醸の声が響く
『追ってきてるんだろうな』
追い払っては意味がない。
『うん、大丈夫。キスイって・・・もういない( ;∀;)』
『何やった?』
『殴った』
大吟醸の殲滅能力が高すぎて、カイティングに向かない不具合はあったが何とかはなりそうだ。
キスイはスイングドアの下をスライディングで滑り込み、マティの後ろに隠れ、手弩を装填する。拳銃サイズの弩は弓が固く、ベルトにフックを引っ掛け、足で踏み込むことで装填する。
キスイの慣れた動作にマティは内心感心しつつ様子を見る。
バンッとそれこそ西部劇のギャングよろしく飛び込んだ大吟醸。まだ余力があるのか余裕でマティを躱し、裏に逃げ込む。
そして・・・
「今です!【施錠】」
スイングドアというものは西部劇などの店先にあるアレで、内からでも外からでも押して開けられる扉だ。多分、鍵のかかるものは少ない。
構造的にはスーパーのバックヤードと店内をさえぎる薄い扉もスイングドアになる。設置されたのは西部劇に近い方だ。
追撃してきたゴブリンは不運。香港映画のワンシーンのように微動だにしないスイングドアに顔面をぶつけ・・・
『・・・とんだ』
仰向けにひっくり返るように飛んだゴブリンの胸をマティは落下してから無慈悲に貫き絶命させる。
興奮した後続はスイングドアに切りつけるもギンッと硬い音で跳ね返す。
ドア下を潜る判断は陣取るマティにためらいを覚えたのかゴブリンは再度ドアを攻撃する。
『さらに今です!【開錠】』
ノッツの掛け声とともにエリクがドアを内にあけると、たたらを踏んだゴブリンは、哀れ仁王立ちのマティの眼前に・・・て絶命。
『さてと最後』
と走り出そうとした大吟醸の脇をシュッと音が通り過ぎる。
キスイの手弩はゴブリンの喉を貫き絶命させた。
「酷いいじめを見た気分ですね」
ニコルの感想にミルザは二の句がつげない。
「スペックが違いすぎる・・・」
【凶王の試練場】のメンツなら単身でこなせそうな状況での連携成立。
「止めて差し上げろ」案件である。
「でも、これはドアの有用性を確認する為だから・・・」
「向こうもドアはいい具合だそうよ」
ノッツとマティらの会話をかいつまんで纏めると。
・間合いの主導権が取れるのがいい。
・常時盾が展開されてる状態なのでうまく使えば一方的な展開にできる。
・逃げ込んで立て直しの時間が稼げる。
・スイングドア設置自体は簡単。
デメリットは
・スイングドアは普通ない。設置が必要。
・【魔法鍵】の魔法は僧侶ではLv3と需要の多いレベル帯で残弾不足。シリアスと同じレベル帯は致命的。ただし。魔法使いの魔法なら同様の呪文がLv1に存在する。
という事になる。
「無理に設置するようなものではないかな?」
「今回のように誘導すれば・・・微妙・・・」
「わかんにゃい」
今回恩恵を一番受けたマティの感想は、この状況なら敵が大吟醸クラスでも確勝できるのは大きい。麻痺持ちのアンデットなど決して触れたくない相手には具合がいい。
【魔法錠】の影響で非破壊属性が付与されるので、戮丸クラスでないと破壊は不可能。
ただ、人が潜るに十分な隙間があるから、それを良しとするかはまた別。
『ただ、潜っている時、無防備になるが大吟醸どうだ?』
『お前が待ってて?死ぬわ!』
『キスイは?』
『滑り込みで脇を抜けられるとは思えないよ。そこまでぼんくらじゃないでしょ?』
「あまり効果は無いみたいね。発案のシャロンには悪いけど・・・」
『ミルザ酷い・・・』
『もともとどこから出たのそのアイデア?』
『戮丸・・・ゾンビに追われて聖印を出せないときに、壊れかけのドアに飛び込んで使ったことがあって』
僧侶が聖印を出せない状況って・・・
胸の谷間にひもに結んで入れて置いたら、戮丸に背負われる形から紐が切れ落下。パニック状態で逃げ込んだ部屋で、穴の開いたドアにロックを掛けつつ対処した事が発端。
扉に開いた穴から剣を突っ込み、弩を射掛け撃退した。その時の手際が見事だったので記憶に鮮明に残っていた。
その際に、「壊れた扉を付けるよりスイングドアを設置した方がいい」と言われ今回の発案になった。
『壊れた扉か・・・いい事聞いたな。そっちなら応用は効きそうだし覚えておいて損は無いな。マティどう?』
『これは有りだと思う。大体今回のエントリーは俺とシャロンの二人の設定だ。【凶王の試練場】なら必要は無いと思うし、ミニマムパーティを組めれば要らないと思うが、二人やソロエントリーには正直欲しい。拠点で迎撃用罠を組むと考えればお手軽な部類だ』
ソロやペアで行動するとき圧倒的に手数が足らないシーンがある。
立て直しの一瞬を買うと思えば無駄という気にはなれない。小型のラビットや虫系には効果は望めないが事前調査で解る事だし、もし。そういった敵の出るダンジョンなら普通サイズの扉を釣っておけばいい。
「なるほど。ガッシュとニコルには最適って事ね」
「ニコルサンは戦闘って名の付く行為は全くしないから・・・」
「・・・酷すぎない」
ガッシュが普段の苦労を吐露し、アクアは軽蔑のジト目を送る。
「・・・えっ、それくらいなら私だって」
「【眠りの雲】すらかけてもらえないから」
「それは酷い」
これにはミルザもさすがにフォローしかねる。
『何があったのミルザ』
声のトーンに反応したシャロンが訪ね、説明する。
『【付与】もかけないのか?』
「そうみたい」
『苦労してるねぇ』
ガッシュは項垂れ、ニコルは「やりますやります今度から」と信憑性の低い言い訳を叫ぶ。
『マティもシャロンちゃんと組んでガチで勉強になってるんだ』
『目から鱗の連続だよ。特にノッツお前な』
『えっ、オレのスキル低すぎっ!?』
『ほんとだよ、あとで説明するから覚悟しとけ』
『マジ』
マティの発言を冗談で流そうとしたが思いのほかマジなトーンに狼狽するノッツが可笑くミルザは微笑みを溢す。
「どうしたんですか」と訊くアクアに一部始終を説明する。
「すっごく優秀な人なんでしょ?」
「毛色は違うけど、【凶王の試練場】の柱骨を支えているのはノッツさんですね。アイデアとタイミングは誰もが認めてますよ。旅団からも勧誘が来てるほどですから」
「すげっ」『マジかよ』『そんな話は聞いた事ないな』『俺も初耳』『おいッ本人』
「オーメルさんから言われてません?戮丸さんは『本人次第って』いつものスタンスでしたけど」
『・・・言われた事ある・・・マティッ目が!目が!デストロイモードやめぇっ!!』
旅団からドナドナされてきたマティの心中は推して知るべし・・・
『冗談だと思うだろうッ!・・・オレ!多分旅団じゃやってけないからッ!』
なんだかんだで戮丸の元、自由にやらせてもらっている自覚がある。ほかでやっていける自信は無い。
「【凶王の試練場】はどこのクランでも通用するパーティですよ。何しろ数ある【凶王の試練場】というパーティギルドの一番手って意味でワンスなんですから」
始まりは69番目の【凶王の試練場】だった。パーティは大吟醸が名前を売りすぎた。トロールスレイヤーだと。ほかのパーティもトロールとタイマンで勝てる戦士は内包していたが・・・語弊が生じた。たった一撃で倒す大吟醸と比べられるのである。
50レベルでも絶大火力を内包した武器が無い限り不可能。そしてそのレベルの依頼が殺到し各パーティは疲弊していった。
当然苦情は大吟醸のもとに集まる。その際に誤解を解き、大吟醸のスキルの開示が行われた。
『お前ら頭おかしいよ』
これが結論であった。いくつかのパーティは内臓破壊という種を有効利用出来たが、それを主軸に活動するのは無理だった。
その際に混乱防止にギルドの統一化が図られ、情報共有と依頼の斡旋が行われた。パーティギルドの規模ではエイドバン有数の巨大ギルドとなり、明確に区別するためワンスの名が与えられた。
「それはうちの第一パーティの話です」と・・・
「本当にすごいパーティだったんだ」
ボルダリングジムに通うガリガリ痩せていったお客がそんなレベルの人間だとは露とも知らず、アクアは感心する。
そんなギルド支える僧侶のミスはアクアには気になった。
「どんな内容だかってわかります?」
そう思うのは無理からぬこと、アクアも僧侶だ。トッププレイヤーの真似はできずとも、そのミスは聞いておきたい。
「ああ、大体ね。驚いてたから、多分アクアさんには無縁な事ですよ」
「でも私気になります」
そりゃね。
「【凶王の試練場】には戦士と僧侶しかいないのよ。盗賊と魔法使いがいなくて、盗賊がいないのが致命的」
耳が痛いニコルとガッシュ。
「さっき宝箱をそのまま開けようとしてたでしょ。そうするほか方法が無いのよ。すごく危険なんだけど」
「わかります」
「で、扉なんかも同様で、設置された罠も気付いて避けるしか方法が無いの」
「大変ですね」
ニコルとガッシュは深く首肯する。
「シャロンはその七割を回避する方法と魔法を知ってたのよ。マティがすごく驚いてた」
『kwsk』
世にも珍しい大吟醸のマジトーンが響いた。
(やばっ)
『確保完了。マティ、こっちはやっとくから探索頑張ってな!』
『・・・ミルザ』
もう止まれない。
「どうしました?」
ギルドチャットが届かないアクアは怪訝に聞き返す。
「大吟醸さんも聞いてたんですね。多分」
「追い打ちかけるようで悪いけど、回避できる方法があれば切実に知りたい」
「チャット切ってもいいかしら?」
『なんですって?』
「ごめんなさい」
ギルドチャットは難しい。
「恨まないでね。僧侶魔法に【スネークサーバント】って魔法があるでしょ?アレで回避できるのよ」
『こいつ必ず持って行ってるもんな。それでどうやって?』
「あの魔法って蛇を作り出して、その蛇に憑依して操る魔法なのよ」
『OK。了解、理解完了した。ここから先はチャットを切った方が良いよ。ミルザさん。お耳汚しだ』
「あっハイ」
『たすっ・た・し・タス・・・・もがっ』
ミルザはチャットを切った。成仏してね。
「どういう事なんです?」
「リンチは聞かせられないんでしょ?」
「そうじゃなくて」
大吟醸は理解したがニコルとガッシュには理由がわからない。アクアに関してはさっぱりだ。
三人はその理屈が知りたい。ノッツのその後は興味の範囲外だ。
罪悪感から生じた誤解には蓋をして説明を始めた。
蛇は暗所を好む。嗅覚をはじめとした温度の変化などに敏感で視界はほぼ360°カバーできる。もちろん、長所ばかりではなく、目が悪いなどのデメリットも多い。
ノッツの誤解は、蛇を呼び出して頼みごとが出来る魔法だと思っていた事にある。これが、憑依になると蛇の感覚器をフル活用できるようになるという違いが生じる。つまり、索敵魔法としては非常に優秀で、生き物がいるかいないかには鋭敏に反応する。その代わり、テーブルの上にある種類の文字などは読めない。火薬や油のにおいなども人間にはかぎ分けられずとも蛇であれば反応する。さらに温度変化に敏感である。赤外線視のように見えなくとも人間やゴブリンは一発でいる事がわかる。
長距離移動に向かなくとも、壁向こう、扉向こうの索敵には驚異的な能力を発揮する。さらに憑依だから思考・判断は人間のそれに準ずる。
戮丸がお守りに入れて置けと言ったのはこういう万能系の魔法だからだ。戮丸自身もノッツに教えた時点では憑依系の魔法だとは知らなかった。シャロンとの探索行でその事実には気が付いた。彼が楽しんでいたTRPGの頃はそこまで万能な魔法ではない。
蛇を呼び出して頼む形だったからだ。それでも、頼み方の創意工夫で難局を打開できる可能性がある魔法だったからノッツには勧めていた。
その誤解に気づいたが訂正しなかったのは、使えばわかる程度の内容だったからである。まさか、勧めた魔法を一度も唱えたことが無いとは夢にも思わない。強力すぎるこの魔法に興奮を覚えても、憑依系魔法はほかのゲームでも実装されているので時代の流れかと忘却にうずもれていった。
つまり、この魔法を唱えれば、腰を据えて取り組める環境に限り、盗賊なみの危機回避能力を発揮するのだ。
「便利な魔法があるんですねぇ」
ニコルは感心する。話の内容からニコルとガッシュには無縁な内容だったが、アクアに視線が移るとこれからは無縁ではないと自覚する。
「それでも、盗賊の勧誘をお勧めしますけどね」
ガルドとキスイの罠解除に立ち会った今では、代用品は代用品に過ぎないと考えを新たにした。
あくまで緊急回避でしかない。さらに、デメリットはある。
術者の体は自由が利かない。シャロン曰く「本を読んでいる状態」に近いらしい。本を読んでいてもテレビが付けば、その程度は解る。その内容に意識を割けば本の内容は頭に入ってこない。そんな感じだそうだ。
「でも、魔法なんてすぐ尽きてしまうでしょう?そこまで怒るような事では無いんじゃないですか?」
「ああ、それに関しては、ノッツさんは【ドラウプニル】を持ってるから1レベル魔法は事実上使い放題なんですよ」
「使い放題は凄いな」
ノッツの持つ円筒状のピアス【ドラウプニル】は1レベル魔法を1分間でチャージする機能を持つ。さらに使用した結果チャージはすべて並列で行われる。ノッツのレベルでは1レベル魔法は12個セット出来る。そのすべてが使用した先からチャージが開始される。1レベル魔法は12個も無いから、使用頻度の高い【小回復】などは複数セットされている。
【ドラウプニル】は回復するから使い放題という側面と共に6個も同じ呪文をセットしておけば、使い切る頃には最初のスロットが回復している。使用者のレベル次第で待ち時間はどんどん短縮されていくので超強力アイテムだ。
更に僧侶魔法の反転使用とノッツのスナイプが重なり、持ち前の近接戦闘能力が加わり他の追随を許さないほど能力を発揮している。
「そういうアイテムって市場に出ないんですか?」
「【ドラウプニル】は無理ね。ただ、直列回復でチャージスピードを問わない、レベルを問わないとなれば流れてこない事も無いけど。ただ、ここぞとばかりに高額がつくわ・・・探した方が早い部類かな」
「魔法回復は強力すぎるだろ?」
「スペルポーションとかって無いんですか?」
アクアは自分のゲーム知識内の事を聞いてみた。
「ああ、これは言っておかないとこのゲームで、ポーション・・・つまり、【やくそう】に分類されるアイテムは全くといっていいほどないから」
ガッシュが警告を発する。
「ああ、そうだね。だから、他のゲームから流れてきた人たちはよく『回復量が少なすぎるッ!』って嘆いてますね」
「ええええッ!」
アクアの常識が崩れた。
「その辺も含めてノッツさんは貴重な前衛に立てる回復役として一目置かれてるわ。多少時間はかかっても戦闘後完全回復出来るのは凄いメリットなのよ」
「麻痺とか毒消しとかは?」
「その毒に対応した薬は有るけど、麻痺なら全部治るとかは魔法の分野ね」
「あっぶな」
まったくないとは言わないが、あれば貴族たちが買い占め死蔵する。世に言う【秘薬】とはこういうものだ。
逆に高位貴族に恩を売れれば報酬の代価に貰える可能性はあるが、かなり危険な駆け引きを要求されるのでミルザは黙っていた。
「その辺って初心者指南に書いてありませんでした?」
ニコルとガッシュは自分の意志でこの世界飛び込んだ組だ。
「もらったけど・・・読んでない・・・」
たかがゲーム。
「ここは本当に泣くじゃ済まないんで」
「そのうち思うよ。死んで済むならまだ安い方だって」
穏やかなニコルとガッシュの言葉には重みがあった。
「あんまり脅さないでよ・・・死ぬとどうなるの」
「ベットで復活・・・なんだけど、死に方による」
「痛みの記憶が残るっていうのかな。・・・樽いっぱいのウィスキーに溺死した後の二日酔いって所かな」
「うまいこと言うね。でもガッシュさんなら・・・」
「無理。足が震えて全くいう事聞かない・・・いや、動くんだ。全身が死ぬのを怖がってサボタージュして、情けなくって涙だけがボロボロ出るんだ」
「やっぱり戮丸さんは特別なんだろうね」
「ああ、それでも現場まで駆けつけるプレイヤーの話は聞くから、単純に凄いと尊敬できるよ」
「ズルしてるって話が出てるけど、どう思います?」
ニコルは戮丸の性格を知らない訳じゃない。それでも・・・
「鉄が切れる達人ですよ?不可能可能の境界が凡人とは違うだけですよ。何より!」
ガッシュの声に怒気が籠る。
「そんなズルがあるなら、真っ先に公開する人ですよッ!」
言いえて妙だ。
「確かにッ!・・・でも無痛症って話も出てますが」
ガッシュの訴えはスッと腑に落ちた。小耳に挟んだ素朴な疑問を続ける。それなら、彼の性格にも合致する。
「ははっ・・・そうだったら・・・よかったなぁ」
隣のテーブルの美青年が零す。脇の美少女が青年を心配そうに見上げていた。