021 罠というもの
「だからですね・・・」
シャロンは興奮気味にミルザに語っている。何とか誤情報の訂正をしている訳だが、どうにも徒労だ。
「でも、戮丸ってふざけてるんだモン。相手に失礼だよ」と憤慨しながら話を続ける。
どんな相手も子供をあやすように対処できる戮丸と、がっぷり四つで組み合って毎度毎度命がけの自分ではレベルが違う。
ミルザもマティの言わんとすることがわかるのか苦笑いを浮かべていた。
収穫物のチェストに肘を乗せ葡萄酒を口に運ぶが、杯は空だった。
「追加頼みます?」と、ミルザが気遣うも「いや、いい」と断る。
腰に根を生やすわけにはいかない。
「で、拠点を作るべきじゃないかと思うの?」
主語は抜けたがシャロンの提案は、ダンジョン滞在時間の延長についてだ。
ダメージ喰らったら即帰還のオワタ式ルールはそのままに。
それが脱線して飲みの会話へと流れつつあった。
「それは・・・異存はないなぁ」
このダンジョンを即日クリアは考えにない。シャロンのスタイルを考えてもあって損はない。
「ダンジョン変更は?」
「ンー・・・無しで」
あのダンジョンの期待値は低いがそれに応じてレベルも低い。予想の範疇を出ないが・・・
ごっそりクリーニングして当たりが出るのを・・・
「枯れかかったダンジョンの方が当たりアイテムが出る気がするのも不思議よね」
よくある心理トラップだが、否定は出来ない。
「そこはまかせるよ。拠点作成は・・・」
「じゃあ、オーソン呼んどくね」
そういって御用聞きにドワーフを一人呼んだ。
「で、どんなものがご入りでしょう?」
御用聞きには色々いるがシバルリでドワーフを呼ぶのはこのメンツの特権だろう。
「板四枚に棒とロープ・・・どれくらい必要だろう?」
「そうだなぁ。板は仮設の橋とかに使うと考えればそれなりな大きさがいるだろう。ロープも棒もきりがない」
秘密基地程度なら予想もつくが、ダンジョン攻略資材となると限度が無い。
「ロープは20m二本に、板はスノコ状のもので1.5×1mを4枚。棒は2mを8本でようすを見るのはどうじゃろ?」
「加工か・・・なら、工具や釘も欲しいな。連結金具なんてのも作れるか?」
スノコは加工を前提にしたチョイスだろう。そうなるとはめ込みで枠などを作れる部材があればありがたい。
「なんに使うの?」
「板で四角い枠を作って、その上に布をかける。そしてその中に拾得物を放り込んでおけば、撤収するとき楽になる」
「ゴミ箱と一緒だ」
「そう」
ざっくりとした。一例をあげる。
「布も用意っと、いくら何でもデカすぎないかの?」
「その辺はおいおいで、袋は・・・ズタ袋があるか・・・当然、小分けもしておくし、必要なら枠を材料として使うケースもある。まとめておくものは必要だろう」
小分けした袋やチェストを除いて、雑多な回収物を漏らさないようにという事なら話が変わる。それにはオーソンも納得した。
「それなら木箱用の金具を加工して直ぐだな」と仲間を呼んで指示を飛ばす。
「こうなると族長がこさえてた珍妙な物が役に立つの」
「焚火台とか有るんだっけ?」
「全部持ってくとなるとえらい事になるぞ?」
「全部はいらない」
ハンモックなんてものは必要ない。ターフは欲しい気がするが実用性は皆無。
「まぁ、見繕って持ってくる」
「任せる」
オーソンも勝手がわかってきたのか、初回に持ち込むものをリストアップしていくが・・・
「・・・ちょいと量が多すぎやしないか?」
・・・えらい量になった。
「枠物に絞ったんだが、マティの旦那・・・持てますかい」
「シャロン・・・」
・・・シャロンは不思議そうに見ている。
「・・・ポーターも必要だ」
「それなら拠点とシバルリの往復便を作れば利便性は上がりますよね」
「いいアイデア・・・だが、ポーターのレベルアップが止まらなくなる」
「あ・・・」
ダンジョン脱出時に取得金額相当のEXPが発生するので、自然と却下の流れになる。
・・・が逆にパワーレベリングの際には役に立つ。
「拠点制作のみに限ったポーターを工面すれば問題は無くなるし、あては有る」
全員冒険者である必要はないし、マティに限って言えば、暇をしている残りのメンツなら心配はない。
このダンジョンならノッツが一人で戦闘は全部任せられる。荷物持ちには人足かドワーフを雇えばいいし・・・
「・・・ただ、黒字になる気はしないな・・・」
「大吟醸たちならただでやってくれるだろう」
マティのつぶやきにミルザは気付いた。
とても大事な事だ。
「あの人たちだと勢いあまってクリアしません?」
「それは・・・あるな。シャロンどうだろ?」
目をつぶらずとも思い浮かぶ。
「・・・大丈夫。そんなひどい事はしませんよ。・・・戮丸テイマーの名に懸けて」
アレを嗾けるのか・・・嗾ける側なら非常に魅力的な提案だ。
「マティ・・・悪い顔」
「そうですかぁ?・・・フフッ。っというのは冗談でササクレの先を任せていいかもしれません」
あそこの分岐で二系統のルートに分かれている。この分岐が合流しない可能性が高いのが奥の院の嫌な所。
「あっちはハズレかぁ」
「カンですがね。多分岐同時攻略というのもアリでは?連絡も取れますし・・・」
「ン~」
「随分面白い事をしてますね」
覗き込んだのはニコルをはじめとしたアクア・ガッシュの面々。
「どうしたんですか?」
「いや、今日のエントリーはやめておこうという事になりまして・・・」
アクアの実地研修を兼ねて見学という事らしい。断る理由もない。喜んで応じた。
「便利ですねギルドというのは」
「まあね。・・・って初心者部屋抜けないと使えないんだっけ?」
「そうなんですよ。オペレータとか羨ましい限りで」
そんな雑談を交え、現在の進捗を話した。オーソンは固まった注文に応えるべく離席し、その際に大吟醸たちを見かけたら声をかけておいてくれとお願いした。
「で、お宝は?」
アクアの目が俄然輝く。
「大したものじゃないよ」
「って、宝箱ごとってアリですか?」
マティの肘下にあるチェストにガッシュはギョッとした。
「持てるならありだよ。鑑定も半分すんでいるような物だし」
「マティ・・・」
シャロンが涙目でこっちを見ている。
あ~、彼女からしたら初めての収穫か・・・アトラスパーム引き当ててるんだけど・・・それがノーカンっていうのもすごい話だ。
とはいえ、ダンジョン出て自分もシャロンもレベルアップしてない。拾得金額がそれに達していない。
そろそろ、レベルアップの頃合いだから自動的に期待が下がる。経験値が数字化されていれば逆算で金額鑑定は可能なシステムだから・・・
「シャロンさ・・・レベルアップは何時からしてない?」
シャロンは突っ込みも忘れガクリと項垂れた。言わんとしたことがわかったのだろう。
「それじゃ、開けますか」
少し離れ。地面にチェストを置き蓋に手をかける。
「離れてね。死ぬから」
「待ってください。罠は?」
「Hpで受ける」
マティ以外が呆然と見守る・・・が、慌てて退避する。
「んな無茶な!」
「うちは何時もこう」
「ガスが出たらどうするッ!」
「治療します」
回復要員沢山
「マピロマハディロマトだったらどうする!?」
「何を言っているのかわからないな?」
うん。わかる人にもわからないな。
「そういうのはダンジョンでやってくれ」
「道連れは多い方が・・・ガルド?」
こめかみに充てられた銃口の冷たさとガチリッと撃鉄を起こす音が響く。
戮丸をして「絶対に勝てない」と言わしめた巨躯に、認識外で背後を取られる恐怖。
・・・・←言葉が出ない。
「あー、シャロン」
「はひぃッ!」
「罠感知」
騒めきさえ止まった中、震えながら呪文をかける。
チェストは赤く光った。
「当たりだな」
銃をホルスターにしまうと腰のポケットから針金を取り出す。
ガルドはGMとしての機能は使っていない。ガルド本人が生前体得した技術のみでマティの背後を取った。
ただ、一つだけ装備は生前の物へと変化していた。これはGMとしての機能だろう。
「ガルド・・・あたしにやらせてくんない」
そういったのはキスイ。
「やってみろ」
硬直したマティの前にこちらも生前の装備になったキスイがしゃがみ込む。
「どうだ?」
「開けるとブレードが出る仕組みだね・・・歯車を外すよ」
「出来そうか?」
「あー、かぎもかかってる。久しぶりだけどイケるイケる」
「気を付けろ。ここじゃ概念で切りに来る事もある」
構造上、小手を付けていれば防げそうではあるが、小手ごと手首が落ちる罠もある。
「ちょーッと同時進行が厄介だけど・・・うん開いた」
そういってキスイが離れる。胸が揺れる。
「開いたよマティ」
目の前にあるのは閉まったチェスト。
「開けるのは持ってきた人間の特権だろう?」
不思議そうに二人はマティを見る。
――――何が起こった!!!!!!!!
生きてる自分が不思議。
「あ、ああ、あ~。ご面倒おかけしました。有難うございます。死んだかと思った」
「大げさ・・・じゃないか。人食いにバック取られて生き延びた奴はいないからね」
「まあ戮丸の下だけあって生存本能は正常らしい」
「旦那、違うの?」
「ああ、この辺の奴はパニックになって暴れだす。神経がオカシイ」
「あ~解る。『どうやって生きてきたの』って聞きたくなる奴多いよね」
「ささ、マティどうぞ」
ガルドはキスイとの雑談そこそこにマティに譲った。
罠を解く前より開けるのが怖い。とても背後のガルドの顔を見る気にはなれなかった。
「お宝だねッ!」
生存本能異常代表のシャロンが横に来てた。それでも、なんか凄い事になったと軽い興奮状態だ。
その後ろに張り付くアクア。多分この中で一番生存本能がまともなガッシュは目を剥き微動だに出来ない。
位置的にガルドの非現実的な挙動をモロに見てしまったからだろう。
「あけるか」
蓋に手をかけゆっくりと長持ちのようなチェストを開く。
――――空
ふざけるなぁああああああああああああああああ!!
マティの激昂も今の衝撃で声にならない。
「おかしいよ。カラカラいってたよ?」
そう、棒状の何かが入っているのは手応えでわかっていた。
「その歯車じゃないんですか?」
「これは今外したの」
「どれ」
ガルドがチェスト持ち上げゆっくりと傾ける。
「確かに手ごたえは残っているな。上げ底か」
箱の底は確かに厚くなっていたが、底自体はしっかりと固定されていて取り外しは出来ない。
「バールか何かでぶち抜きましょう」
「シャロン」
開いた宝箱は赤く光る。
「マティ、ステイ」
「ちゃんと開けた方がいいな。キスイやるか」
「さすが旦那解ってるね。ちょっと見せて・・・内側はこりゃがっちり、って事は裏・・・も無理そう。四隅の金具が・・・二重・・・引き出しになってるね・・・この隙間でブレードって正気の沙汰かい?・・・ここまでくればぶち抜いた方が速いけど・・・」
カタン
いい仕事にキスイは胸を揺らす。
「開ける?」
「あける」
語彙がけしとんだ私にはオウム返しが自然と出た。
「なんかショボい」
アクアの感想だった。引き出しは皮袋が詰まったエリアと四角くまじ切ったエリアに分かれ、その鞘付きの大ぶりな短剣・・・バゼラードかグラディウスサイズのものが無造作に置かれていた。
「小学校の机の引き出しにリコーダーが一本って感じ」
剣には装飾が施されておりそれなりに見えない事も無いが・・・置き方。
「シャロン」
「はい」
剣は光らない。
誰ともなく安堵の息が漏れた。
「ちょっと見せて」
アクアが手を伸ばす・・・がその手を掴み。
「シャロンさ・・・解呪を」
「なんか出た」
2mくらいのガスに似た何かが立ち上った。その中に恨みがましいしゃれこうべを見た気がしたが、その怨嗟の表情がマティの溜飲をそっと溶かした。