020 帰らずの迷宮
ビアガーデンを思い出すのは何故だろう?
雪がちらついてもおかしくない季節なのに。
ああ、そうか。
ドワーフ壁面街の明かりが、ビルのそれに見えるからか———
ターミナルは半開放型で・・・大きな屋敷の一方だけの壁を取り去ったような造りだ。
屋根のある方にカウンター、その反対にゲートが野ざらし。島のような丸テーブルには背の高い椅子が置かれ、野外には日よけ・・・雨除け、夜露除けの傘が立てられている。
あたりには篝火がたかれ、中央にはキャンプファイヤーのような組木が煌々とあたりを照らしている。
おかげで寒さは感じない。
カウンター脇の通路はエントランスにもなる客室へとつながっている。厨房へとつながるのは逆だ。
正面がカウンターなら左壁面はフードコート。厨房との兼ね合いもあるのだろう。
食事はガルドに頼めばポンと出してくれるのだが、原価・労働・工夫の入る余地がない。
それに余った食材でお値打ち品・・・フェアなどが組まれていた方が味気がある。
反対は雑貨。元は松明などを買い忘れた冒険者用の店だが、買い取りも可能で、その集客に色気を出した商人が小間物や雑貨も並べ、お土産屋のような風情だ。
現地人には大規模な宿泊施設として機能もしている。昼も夜もやかましくてあまり評判は良くないのだが。
おかげで人の波は途切れない。
現地人の客・冒険者・ウェイター・酒売りが目まぐるしく練り歩く。
当然、オペレイターも・・・
テーブルの一つでシャロンとマティの帰りを待つミルザは、スクロールを広げ足をプラプラさせていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
彼女は本来オペレイターではなくマネージャーだ。元来この二つに技能的に違いはない。
ただ、苦情処理で「店長を呼べ」などとなる際に、しっかりした服装で受け答えが出来る人間がいた方が良いという事から、二重構造にしてある。コミュ力不足でオペレイターが捕まえられない冒険者に斡旋なども行っている。
おかげでマネージャーは飲酒が出来ない。服装もきっちりしたもの。ただのはったりなのだが・・・
友人のシャロンが冒険に出る際は休暇を取り、お酒が飲めるオペレイターに早変わりと言う訳だ。マネージャーはミルザだけではないので問題にはならない。
マネージャーには実はこっそり戮丸から給金が出ている。構造上収入源が無いのだから仕方ない。この金額が彼らにとってかなりいい金額・・・副業が必要ない程度で、あこがれの職業と言ってもいい。
ミルザの立場で考えてほしい。手を抜けばどこまでも手を抜ける仕事で、憧れともいえる金額を貰う。
ああ、あやかりたい。
失礼。
預けられた裁量分くらいは采配を振るいたいと思ってもごく普通の事だ。冒険のいろはを学びたいし、先日の遭難騒ぎではダイオプサイトが命を落とした。今は落ち着いたが、勉強すればどこまでも勉強できる仕事でもある。
だから、シバルリでの基準となるプレイヤー戮丸と組んでるシャロンのオペレイターを買って出ている。聞けば答えてくれるし、勉強にもなるのだ。
シャロンと組む際、石橋を叩き砕いて平地にする勢いの安全策を取るので実に勉強になる。
冒険者にされる相談は生還率の上げ方が大半を占める。
何処にお宝がある?→しらんがな。なので当然だ。
ギルドチャットから零れる二人の会話に微笑みを溢す。
マティは戦闘をおこなった室内で、石畳を調べようと手を伸ばしたらワイヤートラップに引っかかったようだ。
油断と言えば油断だが責めるのは難しい。幸い軽傷で済んだようだが、「被害を受けたら引き返す」縛りに得心が行かないようだ。
「シャロンのいう事はちゃんと聞かないと駄目ですよー」
「・・・・・・・・・了解した」
何とか得心をいかしたマティの呻くような声が響く。
これはペアという少人数対策である。戦況はヤジロベーのようにあっという間にひっくり返るものだ。
戮丸は、厄払いだと言っていた。
ノーダメ縛りでゲームをやる際に、微ダメが抜けると確実に緊張の糸が切れる。これは意識をしても無意識に切れているのでどうしようもない。個人差はあるだろうが、多かれ少なかれそれはある。
だからこれ自体は厄払い・・・、頭をリセットする儀式なのだが、他にも副次的な効果がある。
・少人数ゆえのペイロード不足
・呪文などのリソース不足
・地形の習熟
これらが解消できる。ゆえに戮丸は徹底していた。
元より欲張って奥へと向かえば、積載重量は確実に足を引っ張る。それを嫌って厳選した結果持ち帰ったものが指輪一個などというケースもあるのだ。
再エントリーをすればいいのだが「多分、いかないよ」との言だ。
リソース不足は戦士系には無縁だが、ここはロープが欲しい。棒が欲しい。というのは当たり前にある。逆に要らないものはおいてこれる。元より呪文職は持っていく呪文を選ぶ時点でほぼギャンブル。だが、現状ダンジョンの空気をたっぷり吸った今では呪文セットの刷新だけでもかなりの理がある。
それでなくともシャロンの持ち呪文はかなり消費されている。
【明かり】を部屋にかけた時点で消費されている。杖にかけるなどなら有効利用はできるのだが。
呪文数から見ても引き返す頃合いではある。
そして、最大は地形の習熟。
ペアで逃走しないという目算は慢心以外の何物でもない。このゲームはオートマッピングだが、問題は逃走中にそれを見ている暇がない。
オペレイターが最も力を見せる瞬間だが、飲酒オーケーであるし、離席中だって無い訳じゃない。
これにはオペレイターの怠慢との指摘もあったが、冒険者の責だと両断した。
元来、逃走しないで済むように立ち回るものだ。つまり、冒険者がうまく立ち回れば立ち回るほどオペレイターの集中力の維持が難しくなる。細々とした連絡である程度は回避できるが、絶対にトラブルのもとになる。
「一度通った道なら迷わない」という人で本当に迷わないのはごく一握りだ。ダンジョンは迷宮であり、逃走中は「あれ?おかしいな」では済まない。
十回も往復すれば、移動ルートくらいは覚える物だし最適化される。
これだけ利点があれば戮丸が徹底した理由には十分だが・・・
「マティさん」
「デコ助?」←シャロン会心の突っ込み
「あなたの家に泥棒が入ったらどのタイミングで襲う?」←無視
「・・・ミルザ?」←さらなる追求
「・・・マティ?」←降伏
「・・・失礼。一瞬なごみました。アレ・・・目から・・・」
【凶王の試練場】では絶対に味わえない喜びがここにある。
「寸劇はいいので?どうですか?」
テンプレ劇場ではなく、割とマジなのだが・・・
「そりゃ、遭遇した瞬間・・・」
「荷物担いで出るタイミングの方が良くないですか?」
薄々気付いていたが、言われてしまった。モンスターはそんなに頭が良くないと反論したくとも、元FPSプレイヤーで中身は人間だ。
初見は気付かなくとも、何度も死ねば対策は講じる。
荷物をもって出るタイミングならまだいい。重傷を負って退却の際に襲われればひとたまりもない。
「了解しました。ですがこのダンジョンなら・・・」
「通路にささくれがありましたよ。そこからモンスターが先回りしている可能性があります」
「ささくれというのは?」
「斜めに支道が走っていて、行きでは一本道に見える通路です。建築用語でもそういうらしいですよ。ちょうど今差し掛かっているので見えるはずです」
「そんなはずは・・・、出口はどっちですか(恥)」
「マティこっち」
「シャロンさ・・・の方です」
「むぅううう?」←疑惑の判定
「気を引き締めて戻りましょう。先行しす・・・まって」
「シャロン!」
ミルザはぴしゃりとシャロンを窘めると、シャロンは唇を尖らせた。
・・・なごむわぁ
【凶王の試練場】にも女性オペレイターの採用・・・ダメだ。大吟醸が茹で上がる。
耳元に響くちょっと舌足らずなほろ酔い声の破壊力はマティにも大ダメージを与えていた。
帰れないかもしれない。
【凶王の試練場】に・・・