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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第三章 唯一つ・・・たった一つ・・・
146/162

019 彼女は昨日より

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

 彼女は昨日より――――きれいだった。




 別れなんてものは思わぬ所からやってくる。


 ほんの些細な事だと二人は思っていた。

 進路に『警察』を選んだことを――――



 近しい人は『らしいね』と言ってくれた。

 マジメ君に見えるのだろう。得意もなく、かと言って不得意もない。ミスター・アベレージな私が警察官を選んだのは、無難な範疇の予定調和だ。

 むしろ、彼女との付き合いは周りに意外だと思われていたようだ。


 その彼女は活動的で・・・・悪い意味でだ。

 二日酔いに悩む女子高生というのも可愛いものなんだが。


 もちろん違法だ。だが、大人のそれに比べて・・・350ccの缶ビール一本でこの世の終わりのような顔色の彼女。


 つまり――――とても、『お可愛い』


 こっそり彼女の吐瀉物としゃぶつを片付けながら『学校はまずいだろう?』とこぼす。 

そんな付き合いだった。


 彼女に本当に悪い事は出来はしないと思っている。

 二日酔いでも学校には来るし、派手な下着をチラつかせても、覗かれると顔を真っ赤にして怒る。そもそも構造がそっち向きに出来ていない。

 悪い所があるとすれば「要領」だ。

派手な下着も、飲酒騒動も、「自己申告しなければバレないだろうに」と何度言っても笑っているだけで。


 だから、警官を選んだ。


 まかり間違って一歩踏み越えても引き戻せるように、彼女の失敗を一緒に笑い飛ばせるように。


それは言いすぎか?


平均値な自分には一番向いている気もしたし、夢なんて大それたものは持ってない。『少しは熱くなれよ』なんて言われるが、今の状況を維持する為の努力はしているし、それが楽な訳でもない。歯車程度が自分の精一杯の範疇だと。

 ちょっとした色気が警察官を選ばせたんだ。


 それでも彼女はそれが原因で――――笑えなくなった。


 だから、別れた。


 別れはこちらから切り出した。

 結構もった方だろう。自分は警察学校、彼女は大学。赴任して夏前に別れたから――――いや、それだけ付き合ってくれたというのが事実だ。

 理由を説明する必要がないほど終わっていた。

 遊びが義務になっていた。

それにきっちり付き合う彼女の気性が、今となっては心配だ。

 だが、心配する権利を失った。


 たったこれだけで――――


 別れた後、待ち合わせの誰かに見せた笑顔がキレイだったから・・・良しとした。



 そんな事を思い出したのは――――


 ――――気のせいだという事にしておこう!




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 ダンジョンは[奥の院]方式だった。四角い部屋を間仕切りで区切った形ではなく、いくつかの並走する通路が時に繋がり、途切れる。[奥の院]と評するのは、本殿から延びる道グネグネと曲がってはいるものの[迷路]と呼ぶほどではないからだ。

 それでも、迷う人はいるだろう。


 以前は石材できっちり作られたであろう壁は所々で崩れ、土壁をあらわにしている。燭台などは見かけない。石壁すら崩れる年月だ。探したところで名残を見つけるのが関の山だ。

 視界は完全に真の闇。手に持った松明の明りだけが頼りなんだが・・・あまりよく見えない。そこに兜は拍車をかけ、文字などは良く照らすか、魔法を使ってもらうしかない。

 焚火の明かりで本を読むのが困難なようにだ。


 今は戦闘をこなした関係で、部屋全体に《明かり》の魔法をかけてもらって、それがまだ効いている。白い石壁と茶色い土壁のコントラストに『こんな色をしていたんだ』と秘かに感心した。


 戦闘はゴブリン3匹相手に順当に終了。打ち合わせ通りに【凶王の試練場(ワンス)】式の戦闘配置も問題はなさそうだ。


「戮丸より強いんじゃない?」

「それはありえない」(即答)

 シャロンの言葉をマティは一蹴した。

(わからないものなんだな)

 何を基準にそんな言葉が出たのかが謎だが、お世辞にしても居心地が悪い。

「怖くなかったですか?」

「ちょっとはね」


 マティの質問に大きな帽子の端を握って彼女はそう答えた。


 戮丸とのペアでは、戦闘中は安全な所に隠れていたらしい。だがそれには探索・斥候をこなせる技術と装備が必要になる。索敵で優位に立てなくては安全な場所の確保すらおぼつかない。歩く騒音公害な自分には、どだい無理な話だ。

 遭遇戦はほとんどなく、あってもシャロンを背負ったまま戦ったらしい・・・これも無理。


 常識的に考えて・・・お願いだから、死んじゃう。


 そうなると、スタンダードに戦士の背中に隠れる方式が上がるが、ここにマティが注文を付けた。この方式はバックアタックに弱い。この弱点は誰でも思いつくものだ。

 だが、それ以外にも前衛戦士が横に躱せないというデメリットがある。横に躱せば彼女にとってはブラインドアタックが飛んでくる。

 相手が飛び道具を持っていれば当然だが、突進も経路の兼ね合いで防ぐように動くと左右の動きが封じられる。

 さらに間合いの兼ね合いで突進・後退も望ましくない。

 それなのに後衛の位置は視界外。


 これがボディガードミッションならこなせるが、正直に言えばやりづらい。


 提案したのはデルタ陣形。敵・マティ・シャロンで三角形をつくる配置だ。これならシャロンを視界に収めつつ戦える上、シャロンを襲う敵の背面が取れる。【凶王の試練場(ワンス)】で行っているスタイルだ。さらにマティは突然死サドンデスが使える。

 殲滅スピードは格段に跳ね上がる上、マティ自身が自由に動ける。


 これには慣れが絶対不可欠である。タイミングを誤ればシャロンに敵が殺到する可能性が高まる。敵の種類によっても話が変わる。この方法なら絶対大丈夫というものでもないが、常に仲間と敵を把握しながらの戦い方は互いの成長の足がかりになる。

 結果、シャロンに囮の側面が発生するいじょう、被害にあう可能性は高くなるし、一撃くらいはこなしてほしい。

 シャロンはクレリックであり、クレリックは準前衛職のポテンシャルがあり、さらにランジェリーアーマーと10レベルオーバーのHpを考慮に含めた提案であった。

 この提案にシャロンは、いがいにも快く受け入れた。


 で実際は、シャロンに殺到したゴブリン三体の内、二体を盾で吹き飛ばし、残り一体の首を飛ばした。ほぼ同時に。唖然とするシャロンを尻目に逃げ出そうとした二体を容易たやすく倒して終了。


「凄いよマティ。一瞬だった」

「えーと、ありがとうございます。シャロンさん」

「デコスケ野郎?」

「ありがとう。――――シャロン」

「よろしい」


 ――――『さん』はめろよ。デコスケ野郎。

 Byクラマスオーダー




(このくらいなら誰でも・・・)

 というより戮丸に教わった戦闘方法だ。敵をはじく際にその方向を意識するというのがだ。仮によろける程度だとしてもぶつかれば足を止める可能性は高くなる。

 【自分の攻撃に貫通属性があると思って立ち回れ】

 この一言で芋蔓式にいくつの事が解ったか・・・確実に乱戦がうまくなった。


「戦った方がいいかな?」

「・・・全員背中を見せたらね」

 少し迷って答えた。

「助かる?」

「今は囮でそこにいるだけで十分かな?後はおいおいね。出来ると思ったらやって。こっちもフォローする」

「そうだよね」

 と安堵の言葉が帰ってきた。

 このゲームはリアルすぎる。骨を砕く感触だって良いものじゃない。このダンジョンていどなら今の戦闘で及第点だ。彼女はトラウマを抱えている。自発的な言葉で良しとしよう。パーティとしては上々な滑り出しだろう。頭の悪い子ではないようだし。


 通路の先には三方枠が見える。以前は扉が付いていたのだろう。枠だけが残って・・・


 ・・・ん?


 石畳の影が・・・浮いている?


 三方枠近くの石畳の一つが浮いて見える。「シャロン」と鋭く言って自分の背中に促す。

 今日はツイてるかも?簡単なトラップのスイッチかもしれない。

周囲に目線を走らせ様子をうかがう。戦士職の自分にトラップ看破は望むべくもないが、落石のような、《見れば誰でもわかるような罠》もある。

 落石はなさそうだ。落とし穴はダンジョンの年季が入りすぎて分からない。槍が飛び出しそうな孔も見えないし、ペンデュラムも見当たらない。

 ペンデュラムというのは、振り子という意味で、罠としては三日月斧の頭が鎖や棒の先に付いてるアレだ。


 石は手のひらサイズで慎重に引き抜けば罠の有無は解るだろう。

 手首を押さえまわし、一息つく。シャロンも状況を察したようで息をのむ。


 慎重に手を伸ばすと何かが引っかかった。


 シュッと音と共に矢が飛来し、マティの手をはじいた。

 ガントレットが鈍い金属音を立てる。


「切った!!」

 ブービートラップ(間抜けの罠)!アロースリット!!

 皮膚を切った感触が被害を教えてくれるが、問題は毒。ガントレットを貫ける威力は無いが、運悪く指の関節の隙間に入り、小さな切り傷を残した。カッターで切った程度の無視できるものだが。

「毒、ないよ!」

 シャロンがスクロールを開いてそういった。


 スクロールを開くと、視界内のプレイヤーの基礎情報が、頭の上にオーバーレイされる。

 [マティ・戦士・Lv25・Hp138/139]

 と、ここで毒を喰らえばPoisonと表示される。

 Toxin・Venomと表示されたら、まず助からない。

 ここもやっぱりリアルで秒単位で勝負が決まる。


 シャロンの対応に舌を巻きつつ、この判定が下れば『ツバをつけとけば治る』程度だ。


「ッツー!!」

 と痛みに手を振る。うん。骨に来るんだ。鈍い痛みが。

 それもスッと消えた。シャロンが【小治癒】の呪文をかけた。

「こんなのにはいいよ」

「ダメです」

 その一言に取り決めを思い出し、顔が青くなる。


「いや・・・ですね。これは事故で、いやいや、日常茶飯事でいわばノーカンでしょう?」

 ゴブリン三匹・その前にバイパー・バット・センチピードをこなしたのにこんなドジで水の泡なんて馬鹿すぎる。

「ですからね・・・・セーフ・・・?」

 シャロンはたっぷり三秒、ためをつくって、顔の前にペケ字を作った。


「あうとー」

「あっちゃーーーーー」


「どんまい」

 天を仰ぐ鎧武者の肩を女僧侶がポンと叩く。


 ――――楽しそうな笑顔で


 ――――その笑顔はキレイだった。



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