017 帝国不要
——男は裏切りの者だった。
だってそうだろう?
電柱のような鉄槌を当たっていない。というだけの距離だけでかわし、頬肉は風圧で引き攣れ、裂ける。それを回避だとはだれも認めない。碇のような珍妙な剣を担ぎ、絡めた腕は紫に変色しだらりとたなびく。
普通ではない。
躱すというのはもっと大きく華麗に交わすものだし、物々しい剣は勇者には相応しくない。
それは主観と無視できても、剣は切るもの。攻撃に使うもの。
だのに男は添木程度に担いだまま、ほどほどでそれを投げ捨てた。
普通じゃない。
それは見る者に対し裏切りで、普通への冒涜だ。その代償に男は削られていく。舞というには必至すぎて無様すぎた。戦いというより、ふるいにかけられしがみ付くようなふるまい。
吹き飛ばされ、這ずり回り、転げ、しがみ付き、よじ登る。
一番弱いはずの男は辛うじてしがみ付く中、巨人が、竜がおちていく。死んでいく。
それだって裏切りだ。戦いはこうじゃない。
最後の巨人に挑むとき、その背に被った文字。
【SWORD DANCER】
男は剣をまともに振って無かったし、ダンスというにはほど遠い。冒涜だ。
こうじゃない。これじゃだめだ。
いや・・・そうじゃない。
そのはずの事を『相応しい』と思わせる背中は——
——裏切りの者だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あ、PVの人・・・」
アクアが言葉を止めたのは絶句したからだ。
PVの中では雄々しく、勇敢であった。決して美しくない瞳には生気をみなぎらせ、苦悶に引きつらせても揺るがない、折れない男の顔は視線を引き付け離さない独特な魅力を放っていた。
のだが。
・・・男がクラゲのように・・・折れないどころか曲がる・・・いや、まっすぐにならないくらいに倦怠感に身を任せ。白い学生服を思わせるパリッとした老練の肩を借りて立っていた。
あーうー。と情けない呻きを上げながら・・・
PVで想像した太く渋い声で無く。予想以上に高くいい声なのだが、それだけに漂う仮病感と薄っぺらさが幻滅スピードにブーストをかけた。
呻きに混じって繰り返す「かえってフロ入ってクソして寝たい」セリフがダメ人間当確烙印をアクアの胸に深く刻んだ。
こんなセリフは経験上、かなり『大丈夫』な人間のセリフ――――まだ余裕がある。
それでも周りの人間は血相を変えてるところからも、普段からは考えられない醜態なのだろうと、納得もしておく。
「どうした!?」
「ああ、何でもない、いつもの死に戻り・・・肩、ありがとうございます」
白尽くめの貴族服に身を包んだ老人はアランズ卿というらしい。【軟禁貴族】という意味は良くわからないが、相当に身分の高い人物だという事は所作からわかる。
長官とか艦長みたい。というのが印象だ。
「君にはいつも世話になっているからな」
「・・・そりゃどうも・・・で、本音は?」
「また良い出物があったら優先取引をお願いしたい。フォルソンのドヤ顔には・・・」
身振り手振りを交え芝居がかったセリフに質問を被せた。
「・・・で、本音の本音は?」
「君・・・王様になってみないか?」
「間に合ってます。————みんな」
『俺のログには何もないな』
「良し」
さらりと不穏当な会話があったが、流れるような流れ作業で強制的に流されたのはアクアにも分かった。
「今のって・・・」
「挨拶みたいなもんだから気にしない・・・・いいね」
ノッツのにこやかな笑顔とドスの効いた『いいね』に気圧され口をつぐんだ。
シバルリ協定だけでもややこしいのに戮丸は、動物は大帝を代表に見立て不可侵条約を結び、防備を固めるが、一方【赤い旅団】のシバルリ建設時の協力、【砂の冠】の中核メンバー【銀】のぶっこぬきに対してアクションを起こしていない。
地盤固めの一環なのだろうが、大型クランにはあえて攻め込む名目を残している。誘い受けの構えで均衡を築いている。
軟禁貴族の大前提、【権力闘争からの隔離】は権力欲が無いから安心していたが・・・軟禁貴族からの突き上げが厳しいと。訳の分からない状態。
いろんな意味でつつくとやばい。
当然、軟禁貴族は人格者ぞろいである。
たとえ『大帝国を作るぞ!』と声をかけても、それこそ死んでも首を縦に振らない。
のだが・・・戮丸の性格は致命的にダメだった。
治水技術・建築技術・商業的な発明の数々。それ自体はリアルの偉人が残した知識の産物だが、トライ&エラーで日に日に発展していく。ショービジネス都市などは概念すらない上、シバルリは完全魔法解禁都市。教会や学院から完全に隔離された状態でバランスを取りつつある。
領地運営を飽きるほど、自慢できるほど、こなしてきた軟禁貴族が『ちょっと、このおいぼれに任せてもらえんか?資金・・・かまわんかまわん必要な分は“増やす”から』ってほざくのが日常茶飯事になっていた。
銅貨一枚からでも軍資金を作りそうな人間がそろっているから非常に怖い。
仕入れた知識を使いたくてたまらないのだ。
軍略に関しても同様で、ミックスオーダーをやって見せたのを覚えているだろうか?銃器の開発が大前提な戦術だが、魔法・マジックアイテムで代用できる。銃の威力は恐怖にあるという人間もいるだろうが魔法にはそのものずばり【恐怖】というものがあるし、戦場の前線で体が治るというのは冷静に考えればとんでもない事だ。
魔法ありきで考えれば前提条件の違いから軍略は、未知の発展を残している。MMOの戦術に近い物になっていくだろうが、痛覚の有無とそれに伴うストレスなど未知のマイナスファクターも多い。
トライ&エラーでこれから発展して行く分野だ。
こちらの世界の戦争は戦場を領地化し、魔法制限をかけて行うので、中世の戦争に酷似していただけに全く新しい発展を見込める。
更に銃器の開発もできなくはない。ゲリラ戦術・軍隊格闘技など、モンスターを含む種混成部隊・航空戦力などの話をすれば、『そんなものもあるのか』と孤独なグルメが言いそうな言葉を吐いている。この辺はムシュフシュ率いる【枯山水】をあてがって引き延ばしを図っているが、時間の問題だろう。
しがらみが切れた老人が楽しみに【内政】【軍略】がしたいから、神輿は戮丸でいいやという流れだ。大帝国を作っても戮丸なら何とかこなすだろうと言う訳の分からない信頼を獲得しつつあった。
そんな「やってみたいから」という理由だけでの開戦を戮丸が許すわけもないが・・・
・・・酷い話だ。
この現状を今日エントリーした人間に理解しろというのは無理な話。
◆ ◆ ◆ ◆
軟禁貴族中でも上位に位置するアランズ卿にも驚いたが、散歩中に壁を伝って歩く戮丸というのも驚きだ。それを見かねて肩を貸してくれたとの事なのだが。
「戦場を思い出す」とアランズ卿は上機嫌だ。
「悪党には軽く悪夢だな」とエディスが零した。
アランズ卿はダグワッツの貴族だが、ケイネシアと隣接している。
ダグワッツから主家エトワールを脱出させケイネシアを築いた訳だから、裏に表に激戦地である。そこの大領主。その辣腕を存分に振るい今日の安定に貢献した人物。軍略面では当然であるが、自領の治政にも苛烈極まる。地元マフィアにとって天敵であり、引退し自領を離れたとはいえ、失ったはずの軍事力に肩を貸す姿は悪夢であった。
「それにしてもお前がそのざまってどんな・・・」
アクア以外の人間にはこの戮丸の醜態が信じられないようだ。
『・・・ヘラで伸ばせる・・・』
落胆とともに言葉が零れた。
聞いた者の顔が苦虫をダースで噛み潰したような顔になり、分らないアクアには『死に方』と教えてくれた。
アクアには不思議に思えた。噂の人物が話の流れから死んだのがわかる。実際ゲームに入って痛みがある事も分かる。
というより痛みだけが無いというのが逆に信じられないほどだ。
だからこそ———
「そんなにつらいの?」という疑問が零れた。どんな死に方も死ねば一緒だと思っていたし、漠然と信じていた。
それに答えたのは戮丸だった。
「あー。可能であれば避けた方がいいな。(この死に方は)・・・オレでも1週間は寝込みたい。猛烈に」
「お前が言うと・・・いや・・・普通に死んでも1週間は戦闘に出たくないものだが———」
「あー。欠損した部位がボロッと崩れる感じが・・・思い出したくもない!」
死にざま談議に花が咲く。戦闘しないと宣言しているニコルでさえ「蟲に食われたのはきつかった」とこぼしている。聞いているだけで痛い。
ちなみにニコルを食った蟲はジャイアントセンチピードのような巨大なモンスターではなく。大量の毒虫に全身を食われた。傷口から入ってくる無数の百足やゴキブリに内側から喰われる恐怖と激痛。発狂しそうな状況で、先にHpが切れて死に至ったのがすくいだったと。ただ、今でも夢に見るとの事で・・・
「あー、それもきついな。骨に達するとカリコリカリコリ骨を伝って・・・寒気が止まらん」
「あーやめてやめて。その前に死ねたあたしはまだよかったんですねぇ」
「おれ、死ななくてさ。捕まえて引っこ抜くんだが、ぶちんぶちん切れてな。傷口塞いでもその【回復】がムカデにも効いて息吹き返すんだ。ナイフで掘り返しても埒あかないんで、ロープレスバンジー・・・でも、まだいる気がするんだ」
「やめてくれええええええええええええ!!」
ちょんちょんと肩をたたいたのはノッツで、戮丸は頭が吹き飛ばされてもベットから跳ね起き戦線に復帰できる珍しい人間だと教えてくれた。
「それって・・・すごいの?」
「・・・無理!」
アランズ卿と戮丸を含めて会話に花が咲きそうになったが、戮丸がぶった切った。
「悪い。まだ戦闘は継続中でな。急ぎって訳じゃないがのんびりもできない」
「援軍が必要か?」
ムシュフシュがにやりと口を挟んだ。
「悪いが無理だ。お前らは耐性が無い。オレと同じドワーフじゃないとダメなんだが・・・」
「機動力に付いてこれないと」
とフロウが補足する。
戮丸が戦闘を開始するとなれば味方で参戦する方が得策。
「高機動型ドワーフだからな」
「R1」「2じゃないの?」「R1-Aがいいな」
「多分フリーダムだろう」
「それな」
「そ、喰らったら昇天間違いなし。ムシュでも無理だし、アトパじゃ跳ね飛ばして・・・ICBMみてぇなもんだ。チョーはた迷惑」
「そうなると厳しいな・・・」
戮丸を殺すほどのモンスターで感染持ち、魔法使いの遠距離殲滅戦も考えるが、超インファイターの戮丸とは相性が悪い。戮丸の至近距離火力を上回る火力を魔法で叩き出すことも難しい。
「ああ、大丈夫大丈夫。一度倒してる・・・【混沌】だからな。殺し損ねてたってところか。いまのだって武器の相性が悪くて苦戦してるところを、後ろから別の中立モンスターにバッサリとみじめな結果だ」
腰に差した愛用の小刀【熊手酸漿】に手をやる。
これは【ひよこ丸】【雲雀丸】に影響を受けたドットレーが秘かに作っていた小刀だ。先の二つは【炎帝カグツチ】の代用品という条件からロングソードのカテゴリーに入るのだが、これは戮丸専用という事からショートソードそれも比較的短いものになる。
この剣は完全に小烏丸拵えで、若干のしなりが入っている。そして、刃根本には凶暴なクマの彫り物と全体が真っ黒という特徴をもつ。
この黒色は塗装ではなく、ミスリルの打ち方によりるものらしい。
ミスリルは鍛え方によって変色する鉱物で、加工が進むほど明るく光の反射が強くなる。金属としての性能に影響はないというが、ドワーフは黒に近いほど良いとしている。【熊手酸漿】ほどの漆黒の刀身となると名人芸の域の作品で、戮丸は一発で気に入って愛用している。
強力な武器だが無属性だ。混沌相手には属性攻撃が欲しい所だ。
「ああ、そうだ」と、思い出したように「トロルは一発感染だから南にゃくるなって言っといて。来たらね」
「わかった」
これはグレゴリオに対しての伝言だろう。
「戮丸さん!炎帝持ってく?」
「親父さん悪いっ!それ取りに来たんだよ!・・・ああ、いいっていいってオレがとるからこいつはあぶねぇんだ。熱いじゃ済まねぇ!一瞬でボンだ」
戮丸は親父さんと問答をしながらも、粉屋の鉄板下から炎帝を取り出した。
「・・・まて」
「なんつーもんで焼いてるんだ・・・」
「炎帝焼きって売り出せば儲かるんだろうが、親父さんの命がピンチだ。世の中上手くいかない事ばかりだよ」
なんでも炎帝に万力を組み合わせた簡易コンロで、絶妙な火力調整が可能という事だが・・・
(論点はそこじゃない!!)
「もう、めんどくせぇから全部吹っ飛ばす。おや、エディスの旦那にフロウの旦那。居たんだ。ああ、そうだ。アレ、すぐ買う?急ぎなら置いてくが・・・」
「持っていくのか!」
「まぁいくつか試してみたい使い方あるから・・・楽なんだよ。混沌相手にゃオーバーキルくらいでちょうどいいからな」
「【火葬】があるだろ?」
「あれは成功率と集中がめんどくさいし、前回はそれで駆逐できなかった。かけらが残ってたみてー。めんどくせんだ。今度は物量で押し切る」
「ぶ・・・物量でって・・・」
「持ってきてくんねぇか?」
「お前・・・それって相当な物量だぞ?」
「そのためのアトパです」
「なんでもいいのか?」
「金貨一万以上・・・でいいか。だりぃんだ。悪いな」
「泥棒?」
「ああ、違う違う。この辺の高額商品は全部戮丸からの委託販売状態なんだ。売れていない以上全部戮丸の私物」
「こいつは全部安値でバラまくから・・・一万か・・・軍事バランスが崩れるレベルだな」
「もしかしてムシュ!お前が値段を釣り上げてるのか!?」
「俺だけじゃないが、感謝してくれよ。あんなのが『百円金一』なんてばらまかれたら、悪夢じゃすまない」
「あのバカげた値段はそこかッ!・・・感謝・・・すべきなんだろうな」
「大口が売れれば俺も当分楽が出来るんだが・・・」
シバルリ求心力の一つ。
大手クランが秘蔵しているレベルのアイテムが商品棚に乗っている。
この事態を重く見た赤い旅団内で買い占めの提言が挙がったが・・・「資本力で負けるぞ」とオーメルが一蹴した。
なお、なぜ売りに出したかは・・・
「ああ、裏で使って『飽きた』から・・・売れば今度は『攻略』出来るかもだろ?」
・・・・度し難い。