015 シバルリ協定
「あーれ、どうするんだ?」
【ボルゾイ】のクラマス、エディスあきれたように言った。
戮丸廃絶運動は、最近目に余る。戮丸不在時にしばらくすると湧いてくる。次郎坊時でも湧くので失笑ものなのだが・・・
「【独裁者】って言葉に踊らされているだけだろう。あいつが居なければひと月もたずシバルリは更地だ」
ディクセンの状況に詳しいムシュフシュの分析だ。オーガ・トロル・ジャイアントならまだかわいい、ドラゴンにロック鳥、ネームドクラスが来襲すれば撃退できても、村の体裁を保つのは不可能だ。他所なら笑い話だがディクセンでは笑えない。
「あれだろ?公共スペースを占拠しているって勘違いしてるって」
常識的に考えて、ゲームエントリー最初の町で独裁者を名乗るプレイヤーが居れば、反応は普通だ。
「予定じゃ統治権を運営に移譲する事になってた」
「対応速いな・・・いや、予定通りか・・・」
クロウのクラマス、フロウ。対応が速いのではなく最初から予定通り、不満が上がるの事も織り込み済みでシバルリが作られたとみれば、そうなるとこのシバルリの終着点はどこだ?と疑念がわき言葉が濁る。
「で、その案件はどうなった?」
エディスはそちらの方が気になるとムシュに訊く。その言葉が思考の淵からフロウを引き上げる。
「俺が潰した」
当然だろとジョッキを鳴らす。
「ナイスファイン」
「常識的な判断だな。モンスターとの協定を運営がこなせるとは思わない」
「・・・協定?って」
店主が怯えを含んだ声を漏らす。グレゴリオたちが時折闊歩しているが問題ないといわれてはいた。戮丸に訊けば『友人だよ』と答えられグレゴリオ当人?もひどく丁寧なあいさつをしてくれた。その声音に贄を求める響きは無かったが、怖く無い訳じゃない。
「ああ、シバルリの協定はいけにえとかそういうのじゃなくて・・・ムシュ!説明してないのか?」
「どう説明しろと?少なくとも住民は安全だ。互いに危害を加えないそれでいいだろう」
「ざっくりスギだ」
「経験値なんていっても理解できないぞ」
モンスターの中身は転送されたプレイヤーだ。別のゲームの。そのゲームはFPSのようなPVPがメインコンテンツなゲームだと判明した。
モンスターが主役で通貨も無い。【シン】と呼ばれる要素を集め、それを消費し武器や身体強化を施す。クラスチェンジや転生もあり、処理は焚火で行われる。
そのシステムは現在も機能している。そして、ゲームのアバターなので食事・排泄・生殖欲求は無い。
この【シン】は倒す対象の強さに比例して得られる。倒さなくとも、戦闘中常に流入してくるのだ。
つまり、非戦闘員との戦闘はうま味が全くない。住民が受ける被害はモンスターが人間だったころの名残、模倣行為である。
邪魔だから殺した。きれいだから犯した。その程度の認識だ。
ここで肝なのが対象のレベルではなく強さ。
そこで戮丸はPVPの提案をグレゴリオに持ち掛けた。
戮丸や大吟醸はいわば経験値豊富な獲物であり、深刻な【シン】不足に悩むモンスターにとっては願ってもない事だった。
条件は、人間の救出である。
旅人たちに白い旗を渡し、これを目立つところにつけることを義務付けた。
この白い旗を持った人間をシバルリまで運べば、【錆びた九番】を中心としたメンツに対しての挑戦権になる。
当然、モンスターに義務はない。街道を行く以上獲物であり、薄いながらも【シン】と愉悦は手に入る。ただ、死体であれ何であれ対象を運べば、それに応じた挑戦権が得られる。そして、戮丸に限ったことだが、かなりのハンデを要求できる。
10分間だけ戦いたい・殺さないで・武器を使わないで等々。
ハンデをつけると【シン】が薄まるが元が莫大なだけにお好みだ。
オーガ100匹vs戮丸(武装は現地調達)戦は呆れられながらも激戦であった。
結果は戮丸の敗北に終わり、100分割された【シン】は流石に薄味であったが・・・
・・・友情が生まれた。
敗れたストライクドラゴンがフル武装したコボルトキングで再戦を挑んできた事もある。『こっちの方が面白そうだ』と当人の弁だ。結果は再度返り討ちにあったのだが、基本サービスの蘇生も断り、次は『ズールタークあたりでまた来る』と言っていた。
転生には死亡が必要で致し方ない事なのだが・・・アイテムはドロップされた。
プレイヤー側にはうま味である。
元ストライクドラゴンが対戮丸に厳選したフル武装一式。
「レベルが2上がった」(戮丸談)
この協定はゲームシステム外では無く。プレイヤーとモンスターの内輪の口約束。
当然、取得アイテムと処理され金額分の経験値が戮丸に加算される。10レベル台のプレイヤーが2レベル上がる価値の武装は――――
・・・また、友情が生まれた。
―――けがれた友情も生まれた――――
欲の皮が常に突っ張っているプレイヤーは黙っていない。
そして、協定はゲームになった。プレイヤーもモンスターも共にゲーマー。
ゆえに、シバルリで住民を害する行為はモンスターにとっても『あり得ない』状況となり、着々とライバルが量産されている。
この何もないけど鉄壁の防衛機構が協定の正体だった。
この状態で戮丸を排斥すれば――――
――――モンスターから苦情が来る。
「あいつの脳みそどうなってるんだろうね」
「俺に訊くな」