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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第三章 唯一つ・・・たった一つ・・・
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011 閨事の前に

「あの化け物をどうするかだ」


 薄暗い燭台に浮かんだ青白い顔が溜息混じりに呟いた。その場にいる誰もが気持ちは一緒だ。頭痛と吐き気が電車ごっこで訪れた気分だ。


「犯人は判っているんでしょ?」

「軽率な発言は控えるべきだ。まだ、あんな芸当が出来る人物が一人しか該当しないというだけだ」

「確定じゃねぇか?」

 会議は二分していた。【犯人を捕まえるべき】と【証拠を優先すべき】の二つ。

 だがどちらも共通の結果のみが一致している。

 【出来ない】だ。


 現在、旅団管轄のケイネシアで自由通商同盟の拠点襲撃が頻発している。

 共通しているのは生存者ゼロ。それ自体は敵対している旅団としては万々歳なのだが、自由通商同盟に攫われた現地人エヌピーシーも含めてとなれば話は変わる。

 蘇生された現地人エヌピーシーもしくは、蘇生したプレイヤーを含め犯人の目撃例は無い。

 全員がスニークキルされている。


 現状は自由通商同盟の救助要請に旅団が駆けつける形だ。大抵は手遅れなのだが・・・。蘇生できる現地人エヌピーシーはほんの一握りという現実にほぞを噛む。

 非常に奇妙な事件だ。


 事件的に自業自得と言えるが、救助に向かう旅団の面々の心情として奇妙なのだ。


 現場で見られる決定的な証拠。高さ1m以上が建物、人物問わず奇麗に【焼き切り飛ばされている】そんな事が出来る人物は・・・


 群党左門芝瑠璃戮丸。シバルリ騎士団領の首魁にして超の付く人情家。


 スベトニーは露骨過ぎる事件にありったけの溜息を吐いた。

 こんなに吐いてしまえば、陸でも沈みかねないくらいに・・・




「スベトニー殿」

 保留と一応の結論・・・これ以外どんな結論が容認できるのか?知っている方がいればぜひともご教授願いたい。現地人エヌピーシーとして旅団の要職に付きどんな難解な問題でもといてみせる気概はどこへやら、今は自室への帰路がこれほど心救われるとは・・・そんな最中に呼び止めたのは女騎士メイシャ殿だった。

 彼女は軍属らしくピシッと異国の敬礼をしている。

「メイシャ殿ポリスラインの重鎮がいかがなされたか」

 彼女の用件は容易に想像がつくが・・・


「事件の件ですが・・・」

 そら来た。正義感を形状化したような彼女だ。結論の先延ばし・・・実際、旅団もポリスラインも全敗を喫している形だ。今の体たらくは彼女の望む物ではないだろう。

 ただ、事件は露骨過ぎる魔法を複数かさね掛けすれば似たような現場は再現可能。

 それに、ディクセンの件でも現地人エヌピーシー殺害も腑に落ちない。

 何より、自由通商同盟の為にケイネシアとシバルリ間で戦端は切れない。

 切りたくない。


「何とか・・・」

 したいのはこちらも山々・・・。

 彼女の薄い唇は音を紡いだ。


「・・・保留を長引かせられませんか?」




「どういうことかお聞かせいただいても?」

 彼女の提案は願ったり叶ったりだが、彼女の真意を確かめる為に自室に案内した。

 ホットココアを・・・これも一悶着を起こした品だが、ケイネシアでは入手がコーヒーより容易だ。糖分たっぷりなら恥ずべき行為だが、舌を滑らかにする程度なら無粋なかんぐりはしないだろう。

 メイシャ殿はその悶着も知った上で「有難う」と受け取って口を付けた。


 いや、ココアって中世代では媚薬なんですよ。


「恥ずべきながら【ジェノサイド】の存在は有り難いのです」

「はい?」

 思わず素の声が出た。彼女の呟きは乱心の類ではない事は表情から判る。

 【ジェノサイド】は彼女らの使う犯人を指す言葉だろう。


「私達は被害者の保護を全面的に受け持ってきましたが、正直現場は崩壊寸前だったのです」

「薬物依存ですか?」

「それも有りますが・・・精神汚染と言うのが近いです」

「精神汚染・・・」


 被害者は全員が元の生活に戻りたいと思っている訳ではないらしい。

 現に救出して、再救出された人物は非常に多く。中には開放されたその足で自由通商同盟の門を叩くというケースが多いらしい。

「それは生活苦からですか?」

「いえ、ヒエラルキーの崩壊を嫌ってというのが近いです」

「判らない。彼女らは奴隷扱いだったのでしょう?」

「そうですが、奴隷の中にも上下関係は存在します」


 向き不向きの問題で、奴隷・家畜扱いされるのに向いている人間もいると・・・この時点ではスベトニーには理解できなかった。

「それは、その人間が人格的に問題があるのでは?」

「男の方はそう思うでしょうね。でも、想像してみてください。あなた方の親族にそういった境遇の女性がいたら?」

「それは救出されたと言う意味で?」

「ええ」


「我が家の名誉の為に保護しますが、当然報復も辞さない」

「そう、保護されるのです」

「それがいけませんか?」

「いえ、至って良心的な対応だと思いますが・・・自分の事と想像してみてください」

 いよいよもって気持ちの悪い話になってきた。

「貴方は汚された利用価値の無い不良品と哀れまれて生きる事が耐えられますか?」

「は?」

 と、メイシャの言葉に反応してしまったが、確かにそうのとおりだ。貴族子女で汚されるのは致命的。家のお荷物と日陰者の生活が待っている。もし、何か能力があって勤労で汚名を雪ごうとも「無理しなくていい」とその能力を震わせても貰えないだろう。もし開明的な働きを残してもそれは、家の恥部も燦然とさらけ出す事になる。

「貴方のように生活が潤沢な人間は一握りです。貴族だって蓋を開ければ火の車はザラです。優しさも保てません。そして、多くの人間は貴族層でも無いのです」


 開いた口が塞がらない。他に何か方法があるはずだと思いはしたが出てこない。

 助けられた人間には幸せな生活が待っていると漠然と思っていた。

 彼女はその何かをずっと探してきた人間だ。私の浅知恵では太刀打ちできない。


「彼女らは労働を教育されています。奴隷階級の中と但し書きが付きますが、自分の地位向上の方法も知っている。ただ、その方法は我々の作った社会では通用しない。受け入れられないと言うだけで」


 ふと水商売に従事すればと思い至ったが論外だ。

「シバルリではどうしているのでしょうか?」

「ケイネシアとシバルリでは話が違います。あそこは国民全てが難民ですよ」

「意識が違うと言う事ですね」

「それにシバルリでは娼婦街も準備してます」

 その言葉に耳を疑ったが、プレイヤーを主軸にした世に言う慣れた人間が対応している。なにしろ戮丸には水商売関係者に太いパイプを持っている。娼婦街というのは語弊だ。


「こっちの娼婦街とは違った歓楽街ってつくりらしいのですが・・・」

「オーメルの渡航禁止令ですね」

「彼の秘密主義にはこっちも苦労してますよ。プロだプロだ言うなら、アマチュアの私が教えてもらってもいいでしょうに」


 オーメルは経済協力を謳っておきながら、上級職クラスのシバルリ入りを禁じている。何人かは身分を偽って潜入しているが、それもオーメルより早く反応した極一部の変わり者だけだ。


「確か、元旅団の人間があちらで所長をしてる筈では?」

「旅団加入してから日が浅すぎて、私とのパイプが無いんですよ」

「階級社会の弊害ですね」


 彼女の頭を抱える姿は近親感を覚え、失礼ながらも好ましいと思った。プレイヤーと現地人エヌピーシーの間では未だに壁がある。メイシャは初期メンバーなだけに開明的な立場を取ってきたが、近親感を覚えるほどではない。


「シバルリに行けたら何がしたいですか?」

 スベトニーも禁止令対象者だ。シバルリは彼の目からも魅力的で、ドワーフ建築をこれでもかと言う町並みも見たいし、食事も期待できる。戦技のメッカと言われるほどだ。門外漢の彼でも流石に【精霊雨アルブス・レイン】のナハトと戮丸の対戦は見てみたいと思う。

 何よりも【魔法矢マジックミサイル】避ける戮丸の高機動は花火のようで一見の価値があるとの噂だ。トロールのダークロードを間近に見たものもいる。

 命一個分の価値はあると笑い話にもならない。


 ともに上司の愚痴を言う同僚の近親感から出た言葉だ。深い意思は無い。


 だが・・・


「ホストクラブで豪遊!」

 耳を疑った。そして股間は甘硬く・・・

 法の守護者である彼女の口からホストクラブ。スベトニーの知識では娼館の逆バージョンのと聞き及んでいる。


 ――――持て余しているのか!


 視線を落とす。彼女の肢体を避けたそれが捕らえたものは・・・ホットココア。


 ――――私はなんて物を!


「シャンパンタワーもあるっていうのよ!リアルじゃ破産コースだけど、こっちは城が建つほどお金が唸っているのに!」


 これがケイネシアとシバルリの差であるのだが、二人はまだそれを知らない。

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