010 魔術師に理解できる魔王の純情
「農業?・・・ああ、あれか」
背の高い若者の言葉に戮丸はぼうっとした言葉を返した。
若者とはスレイバインその人で、最近では自発的に戸籍調査を行っている。その行動を好ましくも思うが、いかんせん焦点が定まっていない感が拭えない。
最近流行の四毛作・・・そんな感じの理論を実践したいらしい。
「我々の・・・調べれば効率的な農法は色々あるでしょ?それが試してみたいんです」
「おいおい・・・ここでシロツメクサって、シバルリで畜産は無理だぞ?」
シバルリの基本方針はショービジネス。いわば観光地やラスベガス・モナコを見習うべき方向で進んでいる。悪臭が篭りやすい畜産は通常の村落より致命的だ。
「だから、その辺は工夫して・・・」
「二毛作か?敷地面積でアウト」
ダメ出しばかりはしたくないが、あの方法はシバルリには致命的に合わない。
「間に芋が入っているのが致命的なんだ」
「え?育成期間は短いし、痩せた土地でも育つし、いい事尽くめじゃないんですか?」
「おれもチラッと聞いた程度の話なんだが、芋を植えると養分を軒並み吸い取って芋以外育たない土地になるんだって」
「はい?」
「その知識があったから、豚で休ませるって言うのは腑に落ちたんだが・・・」
戮丸もこの話は未確認だった。だが、ジャガイモ掘りの時に触った感触で、あの畑に麦は無理だと内心納得もしていた。で、実現可能な部分に削って栽培すれば、芋とシロツメクサがなくなり、ただの二毛作になる。さらに米はまだ発見されていない。
「・・・魅力がないと言う事ですか・・・」
スレイにしても散々ほかでやりつくしてきた手法を模すのには抵抗があったのだろう。それでも、戮丸に打診してきたのは経験が欲しいからで。
「それでも段々畑とかは」
水流に関しては既にかなり調整されているが住宅街の話で・・・
「ノウハウはあるでしょう?」
「そうなんだがね」
「失礼」とタバコに火をつける。これもスレイ主導の紙を使った新製品だ。すでにパイプでの喫煙はドワーフにとっては日常で、それを新開発の【紙】で巻くのは非常に贅沢なのだが、試作品の体だ。現にどんなに贅沢だろうが作ってしまえば買い手は出る。内心これで十分なんだが・・・と思いつつ煙をはいた。
畑を作る事は可能。だが、ディクセンは内陸で更に複雑に入り組んだ地形、平野と言う平野はある事にはあるが、モンスターハウスと化している。現に戮丸がオーガと一戦やらかした経験があり・・・
「あの平野でも、オーガが最下層。つまり、オーガ・トロルレベルじゃないと生きていけない」
「あそこを農地にとは」
「いや、畑と言う安全な餌場にモンスターが無自覚と言う事はないって話」
言葉を被せた。防衛戦力はある事にはあるが、フルタイムとは行かない。あくまで自衛可能な範囲での畑でなくば、割が合わない。冒険者の金銭感覚と現地人では・・・たった一回防衛戦の費用は農夫全員が一年遊んで暮らせる金額で・・・安いと苦情がでる。
万策尽きたと表情のスレイを尻目に、茣蓙の上で泥団子をつくる。
「何をやっているんですか?」
「泥遊び」
既に三十を越える泥団子が膝先に整然と並べられている現状。
「おい、なんだよその目は?」
「何か企んでるんでしょう?」
「いいやいや。何も企んでないで御座るよ。にんともかんとも」
「嘘ですね」
「そんなに信用がないか?」
「ハイ」
後頭部に念力の篭った視線感じる。
「・・・おれも農業は全く考えて無い訳じゃないんだ」
「やっぱり・・・どんな物なんですか?」
「そうせくな」
戮丸が作っているのは種団子。一時期無農薬が流行ったロハス時代に漫画で見かけたものの再現だった。原理的には卵に近い。種子を埋め込んだ泥球には発芽に必要な栄養分が含まれている。
「種をまくのとどう違うのですか?」
「そりゃね。いろんな種類の種が入っているから雑草とかも」
「なんでまた?」
「大体、畑ってのはおかしいんだ。一種類の植物だけがズラッとならんでるんだぞ?」
「言われてみれば・・・そうですね。でも山の花畑とかは?」
「アレは森林限界の絡みだろ」
標高が高い土地では環境が厳しく、背の高い木々は育たない。正確にはその種の植物が生息できない環境だからこそ、開花の時期にはいっせいに花開き、あたかも人の手で創られた花畑のように見える。
「実際自然は共生環境で、日差しの調整や害虫なんか単種では難しい部分を補い合ってる。畑はその逆をやっているのにすぎない」
「人の手でカバーしていると・・・」
「そういうこと。実際、人の手のほうが都合がいいからな。特に蔓科の植物なんかは」
「手の届かない所になられても困りますしね」
「それも有るが、トマトなんかは日照が関係して自然界で広域は望めない。草原と森林の境界付近がベストな植物だ。大量生産に向かないのさ」
「じゃあ、その泥団子は共生する前提で組み合わせた種子が詰まっているんですね」
「御明察。放置プレイ玉ってのが種子なんだが・・・」
「どうかしましたか?」
「いや、漫画のとおりのレシピじゃない・・・っていうか適当、実験段階だよ」
「調べなかったんですか!」
「うん。こっちとあっちじゃ根本が違うし・・・ほらこの間フレミングさんがご臨終してたばっかりジャン」
「あ、あれは・・・焦りましたよね」
フレミング御臨終とは、六連水車の絡みで発電機を設置したところ。ウンともスンとも言わず、【電磁誘導が成立していない】と言う現実に異世界を強く認識した件である。
宇宙線をどうやって防いでいるんだろ?とか雷鳴はどういう理屈で発生しているのか?摩擦による静電気は発生するのか?よしんば、電気の生成に成功しても電気をどう活用するか?
あまりにもショッキングな出来事なので、開発計画は頓挫を余儀なくし棚上げに、それに反して蒸気機関の可能性が強まった。
水筒にエンチャントで補強し、中の水に[[rb:沸騰>ボイル]]を掛けた所、びっくりするような成果を見せた。大吟醸がまた打ち上げられた。、戮丸は「離床」と呟いた。
そんな訳で電気開発人員はもっぱら蒸気機関に乗り換えてしまった。
そんな事件。
「まったくだ。ここじゃ原種も、農作物も平気で自生してるから何がどうなるかはなんとも言えんが・・・増やしたいのが幾つかあってな」
「といいますと?」
「こんにゃくとヤーコン、バニラビーンズは増やしたい。探すの大変だったからな。あとトマト・ナス・キュウリっていった定番。ブドウも試したいな」
「この間山葵使ってましたよね」
「あれは栽培は無理だろ?場所は押さえてあるから当面問題ない」
「ヤーコンって何です?」
「ああ、知名度は薄いがオリゴ糖が取れる芋に似た植物で、テンサイが取れればいいんだが、ま、その代用品にな」
「・・・糖分とバニラビーンズ・・・貴族。なんか見えましたよ!」
「見なくてよろし。問題は乳製品、チーズがあるのは知っているが製作工程を知らない。生クリームが出来るかは現在シャロンとビックベアの面々が試作中だ」
「またこの世界の歴史を塗り替えるつもりですか・・・」
「人聞きが悪いな。俺はあくまで気のいいドワーフにすぎないよ」
【気のいいドワーフ】の定義についてレポートを作成したい気分に襲われた。主に反証で・・・
戮丸はスレイの視線に気づかないのか、作業を鼻歌交じりで続ける。
いや視線には絶対気づいているが無視している。
「ここの連中に生クリームのケーキを食わせてみたいよな」
その意見には大いに賛同できる。バニラビーンズは乾燥させてから使うらしいが、その辺もこの人とあの面子なら心配はないだろう。
「それにしてもアイデアが湯水のように出てきますよね」
「なんだそれ?」
シバルリ建造をはじめ、ビックベアや演武台周辺それらは単品ではなく、それらが生む経済効果まで視野に入れている。聞いていてもワクワクするような話ばかりだ。それらが生むトラブルはシバルリにささやかで明るいニュースとなっている。
カツ丼(麦)は賛否が極端にわかれ、現地人は美味い美味いと絶賛し、プレイヤーは一口入れた瞬間噴出すと二極端な結果は程よい話題に事欠かない。
ビックベアの常連はヤバイ領域に足を踏み入れ、そのうち客の口からレーザーが出るんじゃないか?と。他愛もない噂だが笑って否定はできない現実。凄い物は金貨で売買される。材料を聞けば納得も出来るが、金貨一枚10万円。
10万円のパンを食うには勇気がいるが、ここではその出費は難しくない。
また金貨パンが店頭に並べば、スレイは『痛いな』と呟きながら購入するだろう。
戮丸の提供する娯楽を享受するだけの立場に飽きは来ているが、何をどうすればいいのか全く思いつかない。そんな焦りだけが募る。
「ま、俺もやってみたいだけだから」
「え?」
「お前とおんなじって事さ。同じ漫画で仕入れた知識の実践。ただ、お前さんのは規模がでか過ぎて、基本シチュエーションが全然違う。そのことに気づいてないから止めただけなんだ」
「シチュエーションの違い・・・」
「そう、漫画での状況は食料の欠乏。餓死者が出る騒ぎ。ここはそうじゃない」
金さえ払えば幾らでも食い物は手に入り、その金はダンジョンで命を担保に無限に等しく手に入る。それが戮丸が最初に気づいた現実との差異だ。
「そして、あの方法は粗製乱造に類する農法なんだろう。でなければ日本中がその農法を取っているはずだ。実際は寧ろマイナーな農法で麦や肉の安定した水準を満たすには適さない方法なんだと推察できる。ま、農業形態違いで導入が難しいってのはあるがな」
「確かに農業で基準にしているのは質の向上・・・って調べたんですか?」
「んにゃ、あてずっぽう。このディクセンで人間・・・エルフドワーフを含めた人口がオーガより少ないって現実も有る。オークじゃなくて、オーガな。それにトロールは同数以上いる」
「大規模農業は出来ないと・・・」
「次郎の王様としての権能で知りえた情報なんだがな。ゆくゆくは大規模農場も考えるべきかもしれないが・・・トロルたちと友好条約を結んだ形だ。おれは現実のコピーは望んでない。お前はどうだ?」
ノッツたちのが結んだ条約と言うより契約。グレゴリオ配下にしか効かないが、彼らが人間を保護した際、無事にシバルリに送り届けると挑戦権が与えられる。
モンスターは従来のMMOプレイヤーのような側面を持つ。難敵に挑み戦闘を経験すれば経験値とお金を合わせたようなものを取得する。
大吟醸や戮丸ははぐれメタル的な存在であり、キングはぐれメタルスライムゴッド状態の戮丸との戦闘はとてつもない経験になる。現に数度の衝突を生き抜いた(蘇生された)モンスターは例外なく上級種族への転生が可能になった。
新しい生に飛びつかないのは矮小でありながら驚異的な力を持つ両者の存在が大きい。そうなると、端的に装備に経験が消費される。
その装備こそが、いわばドロップ品である。
つまり、今まで経験の多くは転生に消費されてきた為出が渋かった。
この条件で条約は締結された。
モンスターは稀有な経験値を、プレイヤーは貴重なドロップアイテムを、そして、その戦闘に死者は居ない。可能な限り蘇生される。死に至るまでの戦闘の経験こそが何よりの至宝。口で説明しても伝わらないが、今は確実に伝播している。
練習試合のような小競り合いは何度も行っているが、無手の戮丸vsトロル10体なんてシチュエーションはまずありえない。
それを実現させるチケットであり、戦士の血と死によって塗り固められた約定は、門外漢が「害獣トロルの一斉駆除を行います」なんて言葉で踏みにじっていいものではない。
「・・・それは同感です。ですが・・・」
「未来が見えないのは当たり前の事さ。ただ、行きたい場所を思い描けないって訳じゃないよな」
「私には思い描けません!」
戮丸はともかく大吟醸やノッツたちもこの異世界に適応し始めている。
自分はただ置いていかれる。それがたまらなく嫌だ。
「焦るなって、俺もあいつらも目の前の人間をどうやって楽しませるか考えているに過ぎないよ。お前さんの守備範囲で劇的ってのは難しいが、だからって不要なもんじゃない。戸籍だってかなり嫌がられたろうにお前がこつこつやってくれて助かってるよ」
戸籍作成の件で真っ先に拒絶された。戸籍と言うのは言わば納税証明で、税を納める当てがない住人には断固として拒否さざる終えないものだった。
「それだって、次郎さんと戮丸さんのおかげで辛うじてです。誰でも出来ますよ」
次郎と戮丸は住民を全員ランクアップさせ現在は全員市民だ。識字率特に分盲は顕著で、さらに服装は風呂に入れても良い物を着せても一日もたずに以前の雰囲気をかもし出していた。原因の究明にスレイや戮丸は頭を悩ませ、その結論は意外なことにアリューシャがもたらした。
【住民のステータスが難民である事】
原因がわかれば後は暴力的な解決に至る。戮丸はディクセン解放戦線やファイブディズの収益を何も考えず注ぎ込んだ。まさしく国家予算クラスの収益を国家予算として投下した。実際は税収で賄う物だ。まさしく桁が違う。
シバルリ村の住民が市民なのは、識字率が100%になると言う観点だけで、そこで全く躊躇わないのは戮丸らしい。
そして、戸籍登録がされてない住民はその恩恵にあずかれないとなれば、住民は殺到した。実際はその荒波をよく捌き切ったなと言う点が強い。
スレイからすれば幾ら説得しても信じない住民が、飢えた犬のように整列して待っている状況。何も出来ていないと言う感が強く残る。
二人はすれ違っていた。戮丸は感づいてはいたがスレイのようなタイプの人間の望むビジョンが戮丸には見えない。
「お前も・・・いや、なんでもない。この農法には欠点があってな」
スレイは戮丸のいいかけた言葉が気になったが、次の言葉をまった。
「収穫が面倒なんだ。まず大型農機具は使えない。まさしく採取になる」
それこそシバルリの人間は余るほどいる。実際の作業自体はそれほど面倒ではないだろう。
「それと、分布と傾向を纏めて・・・」
「地質データを取ると言う事ですね」
「そうだ。その上で畑化する判断の基準を見ればいい。だから、俺個人ではこの辺が限界かな」
膝先の泥団子は五の十列。
「五種類の団子を十箇所で試行する・・・でいいですか?」
「正解。中身はこんな感じだ」
渡された紙面には種の内容と植生が書かれていた。
「これだと、同じ場所に五個は撒けませんね」
「話が早いね。蔓科の物は平地に撒いても期待薄だ。柵を付けるか考えているが、村の中では厳しいか?半々だ」
村の中では掃除されてしまう危険性も高く。小規模な植え込みであればちゃんと住人に管理をお願いしたほうが良さそうだ。
「実験は村の中で行って、戮丸さんには村外でばら撒いてもらう。バニラビーンズみたいな貴重な物はこちらで育成方法を調べてそっちにリソースを裂いたほうが賢明では?」
「いや、群生地は押さえてある。あんまり期待させるのもアレでな・・・弾数は気にしなくていいよ」
「っていうことは・・・」
「頼まれてくれるかい?」
この人から離れられないのはこれだからだ。
「人員には・・・」
「多分、お前より現地人を導入できる奴はいないよ」
その為の識字率100%。
「人選は・・・」
「子供でも可だ。ただ正等報酬・・・大人扱いでな」
「結構な額になるかと」
「お前ね。ドンだけ規模拡大するつもりだ?まぁいい。金庫も空に近いからその辺は継ぎ足すさ」
「アテは?」
「この間、ドラゴンが近場で死んでね。親の顔より見た光景だったんでそのままスルーたんだが・・・今考えると竜の全身骨格がドロップされた事になるんじゃないか?」
唖然。この人のドロップ運は異常だ。
「売り方次第でいい小金に・・・おい?」
(――――売っていいもんじゃない!!!!)
色々と壊れた戮丸に肩を震わせ、かといってそれほど存在が巨大な物をどう扱っていいかわからず声も出ないスレイバイン。大学生の肩には荷が重過ぎる。
「何がどうなったら!近場でドラゴンが死ぬんですかっ!常識的に考えて!」
(――――お願いだから!)
「いや、あのね。そこの森で大帝にシバルリの件で脅しかけられて『場合によっては戦争だよ』って、そりゃ困るってなって、ロックトロール討伐の片棒を担いで、巻き添えでドラゴンが死んじゃってね。岩だと思って思いっきり炎帝ぶっ刺したのは俺だけど誓って事故だと・・・」
大帝って何?
ロックトロールって何?
ドラゴンが死んじゃったって何?
嗚呼ファンタジー。
主に戮丸の言動が。
・大帝とは・・・ジャングルで戮丸が遭遇した巨大な白いライオン型モンスター。人語を解す為、戮丸が命名。二本の尾を持つディメンジョ・・・ネコマタ。
「ライオンもネコマタ化するんだね」
次元を自由に操る。簡単に言えばワープ常時&次元斬(通常攻撃)。
森代表で突如出現した人間勢力を危惧し調査中に戮丸と遭遇。それ以上の問題ロックトロールを抱えているため、出方を見る為に協力要請。
白い喋るライオンと敵対してはいけないとばっちゃが言ってたと快諾。
DNAに刻まれたらしい。
・ロックトロール・・・陽光を浴びると岩になってしまう混沌汚染されたトロール。深夜でも岩肌のままで再生能力は通常のトロールを上回り、尚且つトロールを汚染する危険な生き物。トロールから見ても不倶戴天の敵で、ドワーフにとっても憎むべき敵らしい。戮丸はこのことをドワーフたちには報告していない。
次元を操る大帝の助力を得て尚且つ、苦戦したからでは決してない。と当人は熱弁する。
・ドラゴンが死んじゃって・・・今日の被害者。
炎帝の基礎能力「加熱」は対象を設定温度にする能力。触れた時点で通常生物は即死確定。そんな物をぶっさされて爆散しなかったドラゴンの対組織を褒め称えるべきかは不明。
この説明を受けてスレイバインの脳は理解を拒絶した。
「犯人は貴方です」
とりあえず、金策の目処が付いたのでよしとする。
「お、おう。でも悪い事したなぁ。黒いから気にするなって大帝も言ってたが」
「それを躊躇わず売ろうとしてましたよね!」
「あ、ああ。まずかった・・・かな?」
心の声がそのまま出たのには驚いたが、戮丸の反応が反応なだけに気にしないことにした。
「相変わらず出鱈目な戦闘力ですよね」
「ああ、次元を操るなんて流石にチートすぎるだろ?」
「貴方の事を言ってるんです」
「俺は何処にでも居る一般的な善良なドワーフだ」
何処の最強種族ですか?道行くドワーフも全力で否定している。
時折、【ドワーフなら普通】等の発言を吐くがそれをドワーフが全否定するのはシバルリの名物となりつつある。
「何でまたこんな事を始めたんですか?」
「いや・・・あのな、俺のリアルのおじさんがさ、山持っててな」
「・・・凄いですね」
「いや、田舎の農家ではそれ程じゃないらしい。感覚は判らないが金銭にちょっとした奥の手がある程度の・・・売っても買い手が付くまで色々あるらしいし、買い叩かれる。そんな普通の農家のおじさんが、今は死んじゃっててな」
スレイは泥団子を纏める戮丸の手を見ながら続きを待った。
「一度連れられて、20後半の頃か。俺が・・・15年くらい前になるのかな?」
「まぁ、ちっぽけな場所だったよ。三叉路の三角形の土地に生ゴミを堆肥に変えるプラスチックの容器と三、四本の木。イチジクとか枇杷とか桃とからしい。俺が行ったときはイチジクだったな。なってた」
「おじさんちも後継者不足でな。継ぎ手は居ない。そりゃ従兄弟はいたけど、背負う物がでか過ぎる。俺が継ぐのも継がない事を非難する事もできない」
その情景は容易に想像が付く。寧ろ何処でもヒーロー然とした戮丸がでしゃばるのを躊躇ったのに違和感を覚えた。『俺に任せろ』と言い放ち不思議な解決策でなんだかんだで事を納める。それをでしゃばりと自覚して居たんだと。
さびしい情景だ。ヒーローコールがあればよかった。
この景色に子供が泣けば、この人は動き出す。動き出せる。
それこそ出鱈目に何とかしただろう。
「で、おじさんが笑うんだよ。一年中果物が食えるぞって、スーパーに行けばそれぐらいは誰でも出来る。『美味いぞ』って言うんだよ。俺には食いなれていないイチジクは甘い異物でしかなかったよ。イイ年だったし」
「・・・残念ながら俺じゃないし、おじさんは凄い贅沢をしたんだと思う。果物の木を育てる労力は金銭に換金したら幾らになるのか?とんでもない贅沢だ」
「その贅沢のラストシーンがあれじゃあ・・・」
「いや、違うのは判ってる。ただ、俺の中での最後のシーンはアレなんだ。人望有る人だったし、知人・友人もたくさん居た。俺の器量がその程度なだけなんだ」
「だから、同じ事がやってみたい。『美味いぞ』って言ってむしゃぶりつくのは子供で『おいしいね』の笑顔で〆るべきなんだ。一人の男が一生最後の贅沢のラストシーンは・・・ここで」
ゆっくりと話す戮丸の目元は陰になって見えない。執念にも似た原動力を持つ男の源泉を見た気がした。
「今はその場所はどうなっているんですか?」
踏み込めない雰囲気にスレイは素朴な疑問を挟んだ。
「遺言でな。町にポーンと寄付したよ。津波だか原発だかで大変な時期におじさんは逝った。親族だから火の車はわかってた。山は売っていとこの家族に残して、香典もな2千円以上受け取らない。更にその受け取った金額は全て被災地に寄付して色々正気の沙汰じゃない。香典を受け取ってその場で開封、お釣りの返却。前代未聞の珍事だ。そんな余裕は全然ないのにな。みんな笑ってた」
「それは・・・」
「勘違いするんじゃねぇよ。喪主のおばさんも、参列者も俺も俺の家族も皆笑ってた。『あの人ならしょうがないね』ってわらって許してくれた」
「影で泣いてたのは知ってた。・・・おれは泣けなかったから」
「・・・なんか凄いですね」
「世の中には色んな人が居るよ。身内からそんな人が出るとは思わなかったが、積み重ねた徳の差かね。おれは付け焼刃でインスタントな男だから・・・そうはなれない」
「だから、やるんですね。此処で・・・」
このシバルリでは『美味しいね』なんてのは日常茶飯事。極当たり前、飢えて震えた男にパンの差し入れは当たり前。何せ無料。
それも善意じゃない。単純にうまく焼く技術を褒めて欲しいからそんな欲望で差し出す。
ここにお菓子と果物が加わる。飢えたら藪を探せばいい。そんな小さな冒険に報酬をばら撒くと決意した男が此処にいる。
圧倒的に徳の違う善者が去った。それをまざまざと見せ付けられた小悪党は身分不相応にあこがれた。腕力で金を集め、暴力で人を守り、命がけで理を捻じ曲げる小悪党が聖者の最後の贅沢を捻じ曲げようとしている。
【嗤わば嗤え、一人善がりで生きた男の追加分だ】
――――この村の笑顔はそこにくべられる。
「すばらしく貴方らしい」
意固地で、捻くれていて、変わり者で、小悪党を名乗る大魔王。そんな人間に片棒を担ぎませんかと問われたら、スレイの短い人生では断る術を学べなかった。
「お前の番が来たら教えてくれ。その時は俺が片棒を担ぐさ」
――――空でも飛べそうな気分になった。