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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第三章 唯一つ・・・たった一つ・・・
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009 シバルリ城講




「お疲れさん。一本どうかね?」

 そんな一言に差し出された串焼きは知っての通りグロテクスな物だった。


 ニコルは夕焼けに照らされ、その醜さに輪をかけた物体を礼を言いありがたく受け取った。社交辞令ではない。彼の世界の食材にもグロテクスなものは数多く存在する。

そして、そういったものはコク深く癖になる物が常だった。酒が欲しいと喉が鳴る。


「おっと、こっちが先じゃったな」

 そういっ、岩水晶は焼き物の土瓶を掲げ、ニコルはその容貌とは不釣合いな小者の仕草で「ご相伴にあずかります」と照れ笑いを浮かべた。


 岩水晶お手製の即席高座に二人は腰をかける。本日の演目は終わった。

 お客の大半は子供だが、保護者や年かさのいったご老人も多く見られ、それらとは無関係な大人の姿も多い。


「おぬしのラクゴも板についてきたようじゃな。こっちのほうが実入りがいいじゃろ?」

「お恥ずかしい限りで」

 そういって珍妙なエルフはドワーフの老人・・・ドワーフとしても老人のおかしな二人組みは杯を交した。




 おかしな話だと自分でも思う。

 咄家のような口調に戮丸から依頼を受けたのがきっかけだった。


「収入が心もとないのなら落語を聞かせてやっちゃくれないか?」

 本職は小学校教諭で、子供と打ち解ける為に落語を勉強した。実際現代っ子が落語に興味を持つはずもなく、あえなく頓挫したが、その口調は子供受けが良かった。

「寿限無でもやればいいんですか?」

「出来るんかい?」

「ムリです」


 寿限無はご存知落語の演目の一つ。もっともメジャーな演目だ。ニコルでもそらんじる事は出来るが、その演目で会場を沸せるのは不可能と言うことだった。

「元よりオチはご存知でしょう?誰だって知ってます」

「そういや、オチは知らないな」

「でも、どういう話かは知ってるでしょう。無理ですってば、それこそ名人でもないと」


 そんなやり取りがあったのを、もう遠い昔に感じる。

 戮丸の要求は、シバルリに娯楽が無い事だった。主に子供たちとってだ。それこそ演武台エンドラストで繰り広げられる死闘や、冒険者が語る冒険譚がもっぱらの楽しみになっているのだが、死闘は血なまぐさいし、冒険譚は冒険者の主観が多く含まれ、お話としては稚拙な事が多い。


 それこそマレ人の旅人が語る言葉なら十二分に魅力的だが、住人の半数以上が冒険者となれば、聞きだす機会も少ない。時には見栄を張りすぎて、口論になる事もしばしばある現状だ。


 そこで、戮丸は落語風の高座を設けてくれと言う話だった。

 演目は何でもいい。昔話を始め、ドラマ、アニメだっていい。お話を伝えてやって欲しいと言うもの「水戸○門でもいいんだ」

 天下の副将軍を隠居した老人が、身分を隠し御付の者を従え世直し行脚となれば此処の住人にも受けがいい。実際、かなり良かった。


「このエンブレムが見えませんか!」

「へ、へへー」

 土下座と言う文化を説明するのには手を焼いたが、プレイヤーからは爆笑を、現地人エヌピーシーからは感心された。ニコルが面白おかしく話そうとした姿勢も人気一つだった。


 おかげで落語はラクゴになり、人気を博している。


「小屋でも建てた方がいいんじゃないか?」

「芝居小屋ですか?止して下さいよ」

 仕事で教壇に立ち、ゲームで高座に上がる。きわめて自分の性に合っているのだが・・・・

「私は山歩きがしたいんで、ちょっとそれは殺生な」

「あっとると思うがな。ダンジョンじゃ満足できないのか?」

「苦手を克服したいんですよ」

 舌を突き出し苦い顔をする。と思いきや、指で摘まんだ。小骨が刺さったらしい。




「にしても、戮丸さんは何処まで考えているんでしょう?」

「なんか不満か?」

「いや、あの人――――ゲームにしても先の先まで考えて行動してるように見受けられる物で、六連水車なんて私でも見た事ないですよ」

「どういう意味じゃ?」


 六連水車も落語も消え行く物。少なくともそう感じる物だ。六連水車はドワーフも感心していた。「暇だな」と。

 水車を六つ組み合わせる事はドワーフには可能だった。だが、やらなかった。水車は一個で機能を発揮するからだ。ソレをわざわざ拵えた。

 その意義はあった。

 まずは水路網。多連式水車は水をくみ上げる機能も持つ。水量調整の役にもたって、さらにその動力は粉引きのみならずポンプを利用した汲み上げ能力も持つ。その仕組みは内部構造を見ても、「あのギアがああで、ここで回転速度をあわせているのか。このカムで杵を動作させて・・・」

 と、丸一日思案をめぐらせてもその全容が掴めないという代物だ。

 さらに言えば、この水車は戮丸の発注ではあるものの、実際の仕組みはドワーフを含む住人の発案だ。戮丸を含む製作陣が頭を抱えながら作った苦心の作。

 出来上がってみれば、流水の勢いだけで動く多機能全自動水車は評判が良く、不満が上がれば即座に改良と言う流れの組織も作り上げた。


 少なくともこの製作関わった者には職能が身につき、仕事を得た。

 これら全てが戮丸の想定どおりなら――――


 先見の明がある。と言うのは言いすぎだろうか?言いすぎだと思いもするが、ソレを指示できる人間は少ない。

 そして、このラクゴもその一環ではないだろうか?


「――――悪い事じゃないんですがね」

「ふむ。――――少々知恵が足らんようだな」

「と、いいますと」


 ドワーフの老人が語る言葉には少なからず衝撃を受けた。

 まず、多連水車は安定した水量でないと機能を損なう。そこで水路網全体で水量調整を行って機能させている。六連水車はその水路網の集大成である事。そして、このシバルリの水源は五箇所からの複合で行われている。コレは毒対策。その支流に少なからず魚を住まわせ監視でき、ポンプが汲み上げるのは地下水。もし、水源に毒を放っても職能を得た人間にとっては多少の勧告と水車の組み換えでどうとでも出来る。

 そして、水路網は水だけでなく、空気も管理している。

 シバルリは窪地の立地だ。いわば匂いが篭る。多数の水車は空気を水に溶かして流す真空ポンプの役割を果たし、且つ下水を敷設する二重構造。

 そして、家畜などの飼育は原則禁止。

 さらに恒常化した水車の機能で大量の小麦を粉に変え食卓に提供している。戮丸自体がビックベアと言う大量消費顧客である。

 さらに、美観による観光をさる事ながら永続動力による機織も研究中。染色も既に動き始めている。


「あ、あほですか・・・・」

「あほは言い過ぎだな」

「いや、失敬。そこまで考えていて・・・ってシバルリには重大な欠点があります。気付いて・・・」

「あの男は気付いてる」


 シバルリは戦争に弱い。もちろん、戦力的には大都市に匹敵するくらい潜在力を持っているが、窪地に都市を築く愚を覆せるような物ではない。

「では何故・・・・?」

「あの男が完璧な要塞を築こうとしたらかなりえげつない物が出来るだろうが、人を拒み、乱を呼ぶ」

「あ・・・・」


 唯でさえシバルリは武装組織としても名乗りを上げている。純戦力として彼我と比肩するレベルではないが、無視できない。現に各クランを率いディクセンの犯罪者を一掃した事件は記憶に新しい。

 その首謀者が手製の要塞に引きこもりでもすれば、それだけで戦端を開きかねない。

 内部意思はバラバラで、戦争に弱い立地、そこに各勢力の少なからずの要人を内包し、何も訴えない。


 このシバルリは絶望的に危ういバランスで成り立っている。その事実にニコルは愕然とした。


「あたしのラクゴも歯車の一つ・・・ですか・・・」

「いや、このシバルリ自体壊れていい歯車とおもっとるだろ?」


 ストンと何かが落ちた。全容は見えないが理解できた。

「若い衆が惚れ込むのも無理もない」


 岩水晶は苦い顔で串焼きを食い千切り、濁酒を呷る。

 その様にニコルは一抹の不安を覚える。ドワーフ・・・・現地人エヌピーシーのドワーフは全て戮丸認めていて好いていると思っていたからだ。

 憎憎しい渋面は見たい物ではなかった。

「あの・・・」

「ワシには出来んかった!こんな子供だましだとわかっているのに!考えれば思いつくとわかるのに!ワシには何一つ出来んかった!」

 施政者としての嫉妬を露にする岩水晶にかける言葉が見つからない。

 岩水晶も施政者だったのかもしれない。後に知る事だが、鉱物の名前を持つドワーフはかなり地位のある人物。偽名でも岩水晶と名乗ったこのドワーフはそういったドワーフの成れの果てなのだろう。

 この町で街灯の管理を生業とし、集落に寄り付かない。町の浮浪者。


 考えが足らなかったかもしれない。


「シバルリは好きですか?」

 ニコルは好きだ。誰もが遊ぶように働く街。その遊びのような仕事は遊びゆえに緩みのないきっちりした仕事。職人芸に目を楽しませ、笑う笑顔に釣られて笑ってしまう。そんな好きな街の住人の一人が嫉妬心を露にするのが残念で仕方ない。

 その半生を思えば無理かぬ事なのだろうけど。


「この町は美しい。歴史に残る町になるじゃろ。陽炎のように滅びなければ・・・」

「いや、ですがね。欠点を持った町ってなかなかどうして残るもんですよ」

「そりゃ他所の話じゃろ。街の一生は似た物を重ねてそうなるもんじゃない。滅ぶ物は滅ぶ」


 ニコルの言葉は山ほどの実例を挙げられる。江戸、境、京。よくよく考えれば、不滅を謳われた名城ほど現存難しい。実際、今でも機能しているかといわれれば圧倒的に否だ。戮丸は街を作っている。何度滅んでも人が集まりまた名を代え再建されるそんな街を。

 だが、施政者として街の崩壊を目にしたであろう岩水晶の言葉を否む事は出来ない。


「この街は手の掛かる美女と一緒じゃ。誰もが守ってやらないと駄目になってしまう。――――ワシさえもな」


 ソレをまざまざと見せ付ける。戮丸の築城術に嫉妬しつつも抗えない。

 諦念の一言はやさしかった。


「飲めぃニコル!自棄酒じゃ!」

「ああ、飲もぅガンさん!今夜は徹底的に飲もう!」


 こんな言葉吐ける日をいつか夢見ていたような気がしていた。

 ――――が酒で流した。

 

 

えーと、前の話、終わってませんね。ハイ。

色々未熟ですみません。

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