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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第三章 唯一つ・・・たった一つ・・・
133/162

006 とある新人の遭遇戦

◇006 とある新人の遭遇戦




 暗い石畳を歩く。

 疲弊から着衣に汗が滲む。持っている松明もいわば炎だ。露出した肌に熱を感じる。

 松明の暖かな光に、全身の湿り気が乾けばいいのに・・・なんて益体も無い事を考えてしまう。


 心許ない一人歩きに、吐き出す溜息も音を漏らさないように気を使いながら――――。




 ――――声はかけてもらえていた。

 それは自分が有用というより、戦力エルフだからという事だろう。


 髪は明るいものしか選べなかった。それでもせめてライトブラウンで、短く刈り込んでいる。気恥ずかしくなって髭は限界まで生やしてみたものの、それでも地肌が見えるのだから種族差という物はたいしたものだ。


 シバルリのノッポドワーフという訳じゃないが、エルフを選んだのはエルフがしたかったわけじゃない。エルフの能力が必要だと感じたからだ。

 そんな事を言えば嗤われるでしょうね。


 実際に貧弱なシーフで一人歩きをしている人も居るって言いますが、それに比べればかなりのズルをしている事になるのでしょうか?

 

 そんな事を言っても始まらない、無理はよしましょう。少しづつ、一歩一歩でいいんです。



 【今日は下見だ】と自分に言い聞かせ、まずダンジョンに馴染む事、家路を急いだ。欲張りは良くない。それに、持ってきたのは【灯明フローライト】の魔法だ。なんとも頼りない。私の魔法はこれを唱えて、はい、終了。

 大体持ってる魔法自体少ないんです。後は【魔法の矢(マジックミサイル)】に【解読リードランゲッジ】。

 解読の魔法なんて必要?と尋ねましたが、魔法は取得する物。レベルが上がって自動習得って訳じゃない。スクロールを読んで習得するといった物で、その習得方法に石碑モノリスを読んで覚えるという物もあり、つまり、読まなきゃ始まらない。

 【魔法矢マジックミサイル】は仕留められなければ死の呼び水になりますし、【解読リードランゲッジ】は石碑モノリスを見つけてからで十分。そうなると消去法で【灯明フローライト】、僧侶のように反転使用は出来ない代わりに光の玉が宙に浮きある100m程度コントロールもでき、持続時間はなんと一時間。敵にぶつけてもダメージは与えない物の持続時間と引き換えに閃光を放つ・・・それでもやはり頼りない。


 「1レベル魔法でも使いようだ」と言いますが、自分にはその方法が全く思いつかなかった。世に言う「歩の無い将棋は負け将棋」的な。玄人っぽく聞こえるからとりあえず言っておけ的な台詞なのでしょう。

 当然、懇切丁寧に説明されれば納得はすると思うのですが・・・

 ――――実感は全く無い。

 大きく溜息をついた―――が―――


 無駄に長い耳が音を拾う。いやな汗がコメカミから冷やりと流れた。

 足音・・・




 ―――ゴブリン!重なっては聞こえないから一人・・・

 ・・・千載一遇の好機。


 ダンジョンを一人歩きをする初心者はいません。


 多人数というのはそれだけで武器なんです。個人の能力で覆せる物じゃありません。だから、山登りではまず多人数で行く事が必須条件になるんです。スキューバダイビングでもソロというのは資格、制度上認められていないはず・・・。

 それでもソロはいる。それは、練達の上での話で、逆説的じゃありません。


 ソロ=熟練者にはならない。


 未熟な者が一人で歩けたとしても、それは偶然不幸に襲われなかっただけの話―――と言うのが山歩きの定説です。


 ―――それはモンスターにとっても同じ事。


 松明たいまつを踏みつけ消し、四辻よつつじの陰に身を潜ませる。

 小剣を抜き、エルフは明かりのほうをじっと見つめる。


 髭で隠しきれない秀麗しゅうれいなその顔に、みにくしわがよる。

 エルフの特性で暗視がある。それはドワーフのように温度、赤外線を見れる目ではない。

 あくまでスターライトスコープのように極少量の光で普通に見られるというものだ。

 夜目が利くって事なんでしょう。そのかわり、ダンジョンのような光源が全く無い場所では何も見えない。


 ケータイくらいの明かりが一つあれば普通に見られるのだが、そこまで低光量の光源は持っていない。

 松明では待ち伏せの意味がなくなってしまう。

 幸い、その松明をゴブリンが持ってくれている。


 そこで、ふと思う。戦闘になればその松明も消えるかもしれない。そうなれば自分も見えなくなる。

 だが、持ってきているのは【灯明フローライト】だ。腰のワンドは暗闇でも取り出せる。


 明かりが重要なのだ。


 ――――闘うべきなンでしょう。


 単純に考えれば【魔法矢マジックミサイル】で削ってから攻撃を仕掛ける。運がよければ一撃で吹き飛ばせるが・・・


 欲しいのは経験。魔法を撃ってそれで終わりでは意味が無い。魔法使いならいざ知らず、エルフで一人歩き・・・白兵戦経験ゼロでは話にならない。何処どこかで、経験しておかなければいけない。


 人殺しの経験を・・・


 その為に散策に似た自称冒険を繰り返してきた。

 思えば、酷い話だ。練習台の為に殺すなんて、非人道的に過ぎる。


 自分でもそんな理由で命を狙われたら憤慨するし、自分がいつか殺されるとして、その理由にそれは避けたい。

 是非ともだ。


 そんな気持ちも何処へやら・・・


 ・・・のどが渇く。

 呼吸が荒くなってくる。動悸が激しくなり、足から力が抜けていく。

 今のエルフは風が吹けば倒れるんじゃないかというほど頼りない。


 そして・・・

 ゴブリン。緑色の肌にポコンと飛び出したお腹。それに比して手足は細い。絵にすれば見ての通りの雑魚モンスターだろう。しかし、それは腹が原因でそう見えるだけで、近場で見ると筋肉の塊だという事がわかる。


 彼らは野生なのだ。野生の猿程度でも雑魚とは言えない。そして、そのサイズ。

 ゴブリンとは人間大で武装した野生の猿。

 それ以下ではありえない―――


 気付いてしまった・・・自分が勝てる道理が無い。


 ゲームなのだから自分の方が有利には出来ているのだろう。

 だが、自分には出来ない。その心の強さが無いのだ。




 ―――気付くなッ・・・!


 このゲームではモンスター殺害での経験値取得は無い。

 つまり、ドラゴンを倒そうが、スライム何万匹倒そうがレベルは全く上がらない。


【逃げ出す理由】


 心臓が早鐘はやがねのように鳴り響く。もう既に背を壁にべた付けにしている。盾はぶつかって、鳴らないように縁を壁にそっと押し付ける。


 ジリッ・・・


 思いのほか手に力が入っていたのだろう。石壁をこすった音が響く。

 心臓が止まるかと思った。

 つばを飲み込むその音ですら大音響のように聞こえ―――慌てた。


 小剣をワンドに持ち替えたい。剣を捨てれば音が鳴り気付かれる。


 私は完全に身動きが取れなくなった。




 明かりが移動する。

 目の前をゴブリンが歩いている。

 水族館で鯨が横切った時のように・・・水族館に鯨は居ないか。


 それは数瞬。

 すぐに歩み去る後姿に変わる。

 どうやら、気付かれなかったようだ。


 だが、今度は別の誘惑が立ち上がる。


 [・・・無防備すぎる!]

 今襲い掛かれば確実にやれる。小剣を根元まで捩じ込めれば確実に勝ちだ。

 小剣に目をやると、それはみっともないくらいに震えていた。

 それを見つめながら、あたりが暗くなるまで、あたしはそのままだった。


 もし、この後、別の集団が通りかかってくれればまだ言い訳は出来たのに・・・





演武台周辺エンドラスト




「なんだそりゃ!?」

 目の前の男が酒瓶を片手に大仰に嗤う。

「そんな事言いなさんなよ。殺しなんて、あたしは、した事無いんです」

「んなの当たり前だろ?みんな同じだ!」

 私の反論をぴしゃりと斬って捨てる。


 ここはシバルリ演武台エンドラスト前。オープンテラスになっている広場の一席で私はくだを巻いていた。男は顔見知り程度で、それほど友好的とは言えない。暇なので同席したといった程度だ。発言に遠慮が無い。

 演武台では、罵声を飛ばしながら、戦士二人が戦っている。片方は軽戦士。もう片方は大型クランから移籍してきた本格的な戦士。レベルは20前後でそれを抜きにして戦闘が上手いとの評判の二人だ。

 事実二人の戦いには舌を巻く。


「お前はああ成りたいとは思わないのか?」

「思やしませんって、大方、漫画かなんかの主人公なんでしょうよ」

 私は半分腐って本音を口にした。


「やっぱり、あんたを誘わなくて正解だったよ。じゃな」

 男はそう捨て台詞と侮蔑を残して去っていった。


 誘われても行く気は無かったが、こう言われると面白くない。

 大体、このゲームは戦闘至上主義に対して反発するつくりだ。戦闘を嫌って何が悪い?そりゃ、臆病なのは認めるがそれが・・・陳腐な勇気が正解とは限らない。


 ただ、そんな事を考えてしまう自分に嫌悪感を感じずには居られなかった。




 軽戦士が剣戟をかわし体を滑り込ませる。次の瞬間、戦士の体が消え、あらぬ方向から剣戟を繰り出す。

「ズッケーぞっ!」

「だったら反応しないでくれっ!」

 その剣戟さえ軽戦士は受け止めているのだ。


(あんなふうに動けたら楽しそうだ・・・)

 呆然とその戦いの行方を見守る。本当にこの二人の戦いは目を引く。

 インスタント反戦主義を掲げた自分の目も吸い寄せられる。

 単純に凄い。凄い物は認める。

 単純でそれで良いんだと思いながらも、間違いなくくすぶっていた。




◆シバルリ




 とぼとぼと歩く。斜陽の日は影を長く伸ばし、切り取られた空は程なく、とっぷりと暮れる事を意味する。釣瓶つるべ落としというヤツですね。

 子供達が、家路へと駆け抜けていく。

 通りに面した家々の鎧戸が落とされ、そこからこぼれる団欒だんらんの火と明るい声に独り身だった頃のわびしさが込み上げる。


 妻の有難みを噛み締める。


 今帰っても、まだ昼過ぎ―――おやつ時でしょう。


 途端に訪れる寂しさを、紛らわす為に広場へと歩を進める。


 村を貫く用水路は岩を削って作った物で、そのまま作ると勾配が急すぎるのでしょう。小さい滝の連続で薄い水量が常に流れる。

 自殺するにもここでは死ねませんね。


 子供達には絶好の水遊び場なのですが、こちらは上水道。つまり生活用水路。遊べば叱りつける親の声が轟く。時々、住民がモップを持ってコケを落とす。その時ばかりは子供たちも許しが降りるので、大人も子供も水遊びに興じるような微笑ましい情景を作り出す。

 暑い日は良いのでしょうが、今の時節には厳しいもので。


 今は、日も暮れ、せせらぎだけが耳に優しい。


「あの人と一緒に歩きたいですね」

 妻の顔を思い出す。普段は『そんな物には興味ありませんよ』とツンとすましているが、最近になって世に言うツンデレなのではと思い至る。


 ―――まさかね。そうだとしても気付くには遅すぎる。

 今までどおり、あたしが誘い続け、彼女が気分次第で振り続ける。この関係が正解だったのでしょう。


 誰かに見透かされたのでしょうかねぇ?

 ここぞとばかりにベンチがあるじゃないですか。


 「お邪魔しますよ」と誰に言うでもなく腰掛ける。


 そこからの眺めは斜陽の日を受けキラキラと輝く水面。

 日が落ちるまでの一瞬のような短い時間。

 それを見送るのも悪くは無いでしょう。




「おや先客がおったのかい?」

「こんばんわ」

「こんばんわ」


 まるで夜逃げをしてきたかのように大荷物を担ぐ小男の老人―――ドワーフと挨拶を交わす。

 その背には似つかわしくない道具の数々、突き抜けた長い棒に手斧、ハンマー、子鍋にフライパン。肩口にまとめたのは天幕テントだろう。腰にランタンと山のような松明。


「わしはここで日が暮れるのを見るのが好きでな」

「奇遇ですねあたしもです。明日、明後日はわかりませんが」


 ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、と笑い老人はパイプに火をつけた。

 この老人は、川沿いの街灯に明かりをつけるのを生業にしているらしい。それにしても―――


「何処にお出でで?旅姿たびすがたに見えますが?」

「わしゃ、これでも風来坊での。それも引退じゃの。じゃが、家というのはどうにもしっくりこない」


 老人に見えるドワーフの中でも、この方は老人らしい。


「こうして村を見回りながら、好きな時に好きな場所で寝る生活をいとなんどる」

「ふむ。それはそれでよい生き方なのでしょうね。夜は寒そうですがね」


「そうは言ってもここでしか出来ないんじゃよ。老人のわがままじゃ。今の族長はそんなわがままにもお金を払ってくださる。ありがたい事だ」


 老人は楽しそうに笑った。


 ドワーフとエルフは犬猿の仲らしいのですが、あたしにはどうしてもこの老人が嫌いになれません。


「おや?お前さんエルフだったのかい?」

「ええ、お恥ずかしながら・・・」

 気付いてなかったのか・・・


「お前さんとわしがいて、たまたま、ドワーフとエルフという事じゃろ?気にする事はない」

 老人は私の懸念を察してなのかそういった。




「何をなさっているので?」

「大体は灯りをつけたり消したりじゃな。・・・後は山椒魚サラマンダーの大きいのが流れてくる事もある」

「・・・それは危ない」


 一般人にはピンと来ないだろうが、大山椒魚おおさんしょううおは実は危険な生き物だ。強い弱いではなく顎が強い。実際でも足の指を食いちぎられると言われている。そのおかげか今は絶滅危惧種だが・・・

 こちらのサイズは判らないまでも、「トカゲに噛まれた」ではすまない事になる。さらに立地だ。大人でも手を伸ばしたら大事故だ。


「わかるか・・・子供なんぞひと飲みじゃ」

「それで退治を・・・」

「いや、蒲焼・・・」


「・・・おいしそうですね」

 老人のタフネスは私の想像を裏切った。もっとも、土地の人にすれば危険な生き物も山の恵みには違いない。


「うむ、美味いぞ。後は釣りをして暮らしとる」


 老人はゴソゴソと荷物をあさり、串焼きを取り出した。どうやら大山椒魚ではないらしいが、元はトカゲに類する物だろう。タレがついて何なのかは判らない。それをランタンの火であぶりおいしそうに頬張る。


「―――ん?」

 そう言って炙った物を差し出した。


 若干の抵抗があったものの、ありがたく受け取ってかぶりつく。

 小骨が多くてタレが濃い。お世辞にも美味い物ではなかった。

 少しそれが残念で。


「―――ん?」

 そう言って今度は注いだ酒を差し出した。


「あたしはお酒はダメなんですよ」

「そう言わず、試してみんしゃい」


 何時もだったら匂いを嗅ぐだけでも赤くなってしまうのですが―――思い切って喉に流し込む。


 ―――飲める。

 というよりも、さっきの濃すぎるタレを巧い具合に中和して、程よい甘さすら感じる。


「いけますね」

 まだ美味いかどうかは判らない。でも、味覚自体が本来の自分の物と違うのか、喉をスッと通る。

 のりの佃煮と白米の関係のように、併せる事で食が進む。

 今では邪魔でしかなかった小骨も風情といった感で・・・


「いける口じゃの?」

「お恥ずかしい。あたしはお酒はからっきしだった物で」

「昔の話じゃな」


 そう言ってドワーフはお代わりを差し出した。

「あたしはニコルといいます。貴方のお名前は?」

「わしか?岩水晶とでも名乗っておこう。族長もそんな感じの名前じゃからの」


「戮丸先生ですか?」

「そう、それじゃ。ヘンテコな名前じゃが、今では愛着が湧いてくる。―――面白そうじゃ」


 ヘンテコ・・・確かに、ここで漢字の名前は珍しい。彼らの耳にはそれ以上に奇異な響きなのだろう。それを真似て彼らなりに変わった名前を考えてみたのだろう。


「大体、酒の席で名前は無粋じゃな」

 言われてみればその通りだ。



 あたしはしばらく歓談を酌み交わし礼を言ってわかれた。


 まだこの村では見たいものがある。



◆貴賓街




 貴賓街に出た。

 この辺は外交官宅が並び、場所によっては衛兵も立っている。

 この場所の独立を保つために軟禁施設と誘致したと聞いています。今では立派に観光施設といった感で、深夜に徘徊するには気が咎められる。とっぷりと暮れたその町並みは綺麗な街灯がその姿を浮かび上がらせる。

 貴重な板ガラスで覆われた窓の向こうでは社交界が開かれているのでしょう。

 皮肉な話で、こういった場所の外側というのは寒々しさをいっそう身に染みる。


 衛兵も、焚き火を囲んで歓談をかわしている。治安は異常なほどにいいのだ。

 もし問題が起こっても、戦力となる冒険者は山ほどいるし、その中でも【9番】は桁外れの強さを持つ。さらに【かいつい】の出動となれば・・・考えるのはよそう。

 深夜に浮かぶ花火大会のような攻撃魔法の応酬。それを縫って飛行するドワーフ。

 その戦闘は桁外れを通り越して戦意も湧かない。


 貴賓街の住民はソレが目当てで引っ越してきた者も多いと聞く。

 衛兵さんたちが、あの体たらくも頷ける。むしろ問題が発生して欲しいのではないだろうか?


 岩水晶に分けてもらったお酒を勧めてみたが、嫌な顔をされた。

 そこで、一緒に分けてもらった串焼きを薦めてみた。


 ・・・お酒が欲しそうな顔をしている。


「ああ!もう仕事おわらねぇかなっ!」

 衛兵の一人が叫んだ。気持ちは判る。


 ただ、その騒ぎを聞きつけて上官が来た。

 厳重注意程度で済んだのは行幸ぎょうこうだ。

 迷惑をかけてしまったな―――とその場を去ったが、別れ際、衛兵さんは上官を含めて手を振ってくれた。

 その場においてきたお酒が功を奏したのだろうが、悪い気はしなかった。


 今度は暖かいスープを・・・岩水晶の小鍋をうらやましくも思う。

 それには稼ぎを安定させなくては・・・




◆壁面住宅街




 シバルリは陥没集落だ。山の一部が陥没し、そこに村が出来ている。山側は絶壁になっているのだが、入り組んだ階段でドワーフたちの住宅街になっている。

 しかし、身長の低いドワーフの住処がこんな高所というのは皮肉に感じる。階段の上り下りも大変だろう。そう思うが、ドワーフというのは無尽蔵の体力の持ち主だ。大変そうに見えても気にした風のドワーフは居ない。階段もドワーフにあわせて少し段差が低めだ。ゆっくり歩くにはいい感じで、ただ、壁面周辺と壁面内部の通路の混合で、ダンジョンをあるっているのだか、登山をしているのかわからなくなってくる。


 そして、ドワーフという種族は昼夜の区別が薄いのだろう。生活の賑わいが昼間のソレと大差が無い。

 ここまで高所になると、上水道までの距離が難点で、通路の所々に清水を溜める―――なんと言うのだろう?洗面台の様な物が作られ、必要な水はそこで汲んでいく。つまりここで顔を洗うのはマナー違反なのだ。近場に必ず桶がおいてある。それで汲んで洗うのが決まり事だ。


 なんと言うことはない。顔を洗って怒られただけの事だ。それでも常に水は流れている。目くじらを立て怒るような事ではなかった。


 時折訪れる壁面からの展望は、今は夜景が楽しみと、実はドワーフ美人も楽しみの一部だ。ドワーフは極端な男尊女卑で、滅多な事では女性は表に出ない。


 アタンドット(ここ)だけらしいが、ドワーフの女性はほっそりとした女性で身長も人間にしても高め160~170といったところだ。黒または暗褐色の髪に目。肌は白く。穏やかなで芯の強い性格をしている。人間の目から見ても美人だ。


 悪ガキ爺のドワーフの男とそれを優しく見守る女性。いい夫婦関係なのだろう。


 そこで気になるのが戮丸先生だ。地位、その活躍と能力。さぞモテモテなのでしょう。実際、住民とドワーフには比類なき人気を誇る男だ。


 実にうらやましい。こういう奥ゆかしい女性にモテモテというのは男として度し難い嫉妬心を煽る。


 理屈ではないのだ。


 展望を眺めながら、松明をひとつ借り受け、それにあたりながら水筒のお茶を温め一息つく。ドワーフはタバコも良く飲む。こんな場所にもベンチと灰皿が設置されている。灰皿はそのまま焚き火にも使え、薪をくべれば立派に使える。金物で作られた五徳もドワーフの遊び心か細工がいい。

 階段を登ってきた余計な湿気を、体から追い出だすには都合がいい。


 一息つく、空には切り取られた宝石箱のような夜空。空気がいいのだろう。眼下にはささやかな夜景とドワーフの手による建造物が浮かび上がる。


 タバコもお酒も嗜まない自分が寂しくもなったが、今度熱燗に挑んでみよう。

 タバコも―――どうだろう?ドワーフの身体なら美味しいのかもしれない。


 

 ―――ただ、綺麗過ぎて寂しくなる。


 妻を連れてきたい。この夜景で愛を語り合うには少々年を重ねすぎた。

 ―――まてよ。


 今はあたしも現実離れした色男だ。

 妻も―――


 グッと来た。主に下腹部に。


 しかし、自分好みの容姿を妻が選んでくれるだろうか?

 そして、私は妻好みな容姿でしょうか?

 大体、自分の好みの全部を妻に吐露するのはそれだけで恐ろしい。


 このゲームの恐ろしさは私も身に染みている。

 それを妻に体験させるのは―――

 ―――とても出来ない。


 結婚に至ったのは外見が好みだったというのは外せないが、それが全てじゃない。表情の変化や親しみやすさ、そんな物を全部ひっくるめて妻を選んだ。

 自分に選択権がほとんど無かったのは間違いないが、それでもそれに頷いてくれた。

 自分の好みを言うは易いが、それが全てじゃない。

 自分だって知らなかった好みを、妻の表情は教えてくれた。


 怒った顔が好きだといったら妻は怒るだろうか?


 妻は芯の強い女性だ。普段は優しさで表に出てこない。

 それが一番出るのが怒った時なのだ。

 あの表情は私にだけ向けてくれるものなのだろうか?

 機嫌を損ねたい訳じゃない。


 ―――どういえばいいのだろう?


 あたしは勝手な男ですね。妻を危険に会わせたくないと思いながらも、もう妻と一緒にここにいる事を夢見ている。

 本当に迷惑ばかりかけ通しで、趣味の山登りで遭難した時も、あの妻が泣きながら『もう止めて下さい』といった。


 ―――本当に堪えました。


 最初は妻と行きたい場所を探して始めた趣味が、ずるずると深みに嵌ってしまい。危ないほうへ、危ないほうへと自分が抑えられず。出費だってかなりの物です。


 ―――そんな私をどんな思いで見送ったのでしょう?


 訊けば私が傷つかない言葉で返してくれた。

 それが真実ではないと知りながらも甘えていた。


 結婚して、妻との時間は減った。結婚前は同じ職場で、よく話したしデートもしました。

 結婚して十年。妻とのデートは愚か家族旅行もほとんどしない。

 子宝に恵まれなかったからか、理由が無かった。


 仕事も辞め、家に入った妻。子供も夫も居ない家。

 休みの日は私は一人山へと出かける。


 それも以前は、『唯一の趣味なんです。いいんじゃないですか?』と言ってくれた。


 今思えばその言葉にゾッとした。


 あの人は私のどこが良くて結婚してくれたのでしょう?

 結婚して何がしたかったのでしょう?

 私が何を与えられたのでしょう?


 ―――何も無いじゃないですか!


 こんな場所に来て自分の愚かさに気付きました。

 今、彼女はどんな気持ちでいるのでしょうか?

 望みどおり山登りを辞め、今度は寝たきりの夫と同じ家で、家事をしている。

 家は何時も綺麗で、趣味というものも無い。テレビを見て・・・それだけ・・・

 私は妻の生活を何も知らない。三流ドラマのように浮気でもしていれば、それも今では救いに感じる。

 ―――でも、泣いてくれた。


 私は妻というものが何も理解できない。

 その生活のどこに喜びがあるのでしょう?


「―――どうしたの?」


 黒髪の美女がこちらを覗き込んでいる。


 ―――ドキッとしました。


 彼女はドワーフの女性で、土地の物はあまり近寄らない場所で、物思いにふけるエルフをいぶかしんで声をかけたのだという。

 黒髪に黒目、潤んだような艶のある顔立ちに泣きボクロ。大地の精の末裔というには豊か過ぎる肢体。それでいてスラリとした印象を与える。色気というには強烈な物を発しながらも、全くの無自覚。


「私はこの場所が好きなんですよ。変わり者ですけどね」

「やはり、ドワーフは高いところは嫌いなんでしょうか?」

「あまり好きな人はいませんね。でも、地下といっても外より崖は多いんですよ。それを言うならエルフの方が高いところが好きなんじゃないですか?」

「あたしはプレイヤーなのでエルフの趣味は良くわかりません。ただ、ここからの景観は好きですね」

「私もです」


 思いがけず会話が弾んだ。ドワーフはエルフに恋愛感情は抱かない。それは知ってますが、私から見てドワーフの女性は魅力的で、しな垂れかかられたら私の理性は一発で陥落するでしょう。

 ただ、そういった気配を微塵も感じさせない口振り、―――当然ですね。

 それが会話を軽くさせた。


「何か悩んでいたようですけど?」

「そのあたしの―――妻の事を考えていました」

 思わず口ごもりかけましたが、思い切って正直に話しました。

 自分に対しての予防策です。


 想像通り残念な事に、彼女は全く気にしてないといった感じで私の話を聞いてくれました。


「―――それって酷いんじゃない?」

「そうなのですが、でも彼女はまだ私の妻なんです。こう言っては何ですが、彼女の考えが全く判らない」

「連れてくればいいんじゃないの?」

「―――それが世界が違うのでそう簡単には行かないのです。よろしかったら教えて欲しいのです」

「―――私は結婚まだだから判らないけど」


 『結婚してない』その言葉に反応した自分を呪う。


「族長に話したほうが良くない?」

「族長?戮丸先生ですか―――」

「何でも解決してくれますよ。それこそ男達はみんな夢中で、あなた達の面倒も一手に引き受けてくれるんじゃないですか?」

 どうにも、この女性は戮丸先生を良く思ってないようだ。


「あの?戮丸先生はあなた方のアイドルじゃないんですか?」

「―――冗談じゃない。女はみんな嫌ってます。そりゃ凄い人だってのは判りますけど男はみんな夢中で、でも、合うたびに色目を使ってくるんです。それも年も関係なく!」


「それは―――」

 ドワーフの年齢は判り辛い、早熟であり、若々しい。お婆さんでも魅力的な女性だ。子供と大人の区別も付かないのは無理からぬ事。


「失礼ですが、お年は幾つですか?」

 非常に失礼な質問をした。それでもエルフ・ドワーフは長命種だ。成長も色々と違う。何しろドワーフは5倍でエルフは10倍だ。もし年齢が多すぎてもそれに対しての認識も希薄だろう。

「12歳だけど?」

「・・・12歳?どう見てもそうは見えませんが」

「子供っぽい?」

「いやいやいや、実に大人びてて―――」

 大人びてというくだりが気に入ったのか彼女は上機嫌だ。先生も無理からぬ事。

「ちなみにドワーフの成人は何歳なんですか?」

「15歳。結婚はその50年後くらいから考えるかな?」

 衝撃的な言葉だった。彼らは青年期が長いのだ。


「かっこいいじゃないですか?」

 戮丸何某の事だ。話題を変えよう。

「―――どこがですか?」

 彼女は嫌悪感けんおかんあらわにしてそう言った。


 彼のドワーフ離れした容姿は、ドワーフの女性から見たら奇異な物だという事がわかった。それでも彼のAPPはかなり高い。魅力的な筈なのだが―――?実際、街の住人の女性にはかなり好かれている。

 彼の非ではない筈だ。NPCには外見よりも能力値としての値のほうが重要だと聞いた事がある。

 色男で、村一番の実力者。住民に好かれ、巨人すら倒す。幾つか限定条件はあるが、彼女にとってそういう存在の筈・・・


「逆に訊きますがどこが悪いのですか?」

「―――身長!」


 結局はそこですか?



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