表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第三章 唯一つ・・・たった一つ・・・
132/162

005 ひよことひばり4

◇005 ひよことひばり 4




 上段の構えで、戮丸の盾を踏み下げた巴。その後は容赦ようしゃ無い斬撃が無防備な頭を襲うはず。しかし、戮丸は屈しない。下げられた盾の下に体をねじ込み、下げに耐える。

 巴の姿勢から踏み下ろしには限度がある。ある点まで耐えれば脚は外れる。


 その予想はそのとおりになったが、外れたのは戮丸の予想もであった。


 加重がはずれ、跳ね上がる盾の下から、百足のようにひよこの舌が伸びる。とっさに盾を下ろしたい誘惑に駆られるが、裏拳の要領で盾を振り払った。

 やわらかい感触が盾越しに伝わる――――が、ひよこの舌はへその奥程まで突き刺さるのを止められなかった。


 ・・・腸が出るかな。


 鋭すぎた。痛みの認識が追い付いていない。――――が後手に廻る。

 そう思った瞬間、盾に衝撃を感じた。衝撃分析でもわかるが、目に入ったのは巴の白く柔らかい絶対領域。


 予測し、それが正解で、そのものの美しさが、致命の隙を呼び込んだ。


 衝撃の正体は蹴りだ。いかに格闘の達人とは言え、振り払った盾の向こうの蹴りは料理できない。格闘技では圧倒的に未熟な巴が唯一攻撃できる場所は盾だった。良い判断だと感心してしまい、それが隙を呼ぶ。


 巴の蹴りは未熟、だが、盾を戻す。いや、盾を戮丸の支配から切り離す事は出来た。一瞬だが、その一瞬で十二分。巴の剣道にとっては・・・


 砲弾の雨のような斬撃が盾を襲い、半端な防御姿勢を崩していく。


 そして、『面』を意味する気勢きせいと共に鮮血が飛び散った。




◆ 油断の顛末てんまつり戻し




「入ったの・・・か・・・」

 誰かが言った。一瞬の逆転劇。





 一連の流れは、巴が前蹴りの要領で、盾を踏み下げた。そこから、遊んでいた手で柄を掴んだ訳だが、それが逆手だった。

 ひよこ丸はくるりと回転し、上段ならず、盾の下から突き込む。

 それは盾の下に体をねじ込んだ戮丸の腹を割いた。盾で叩き落されると思ったが、そこも計算の内、腹に刺さった剣を叩き落せば、被害は拡大する。

 しかし、戮丸は肩も胸も頭も構わず盾を振り払った


 忌々しい盾。刺さった剣はまっすぐ引き抜かれてしまった。距離が離れる――――致命の距離がだ。その瞬間、巴の目には皮肉な物が映った。普段、隙など全く無いからこそ、そこの隙はまぶしい位に光り輝いて見えた。

 反射的に蹴りを放っていた。

 自分でも『しまった!』と思うほど、誘蛾灯に誘われる羽虫のように・・・しかし、それで繋がった。


 あとはごり押し、狂ったように面の連打。雪崩のような連打で相手を崩し、真の一撃で勝利をもぎ取る。


 必勝パターンと言う気もないが、勝敗を決する時は一番多いパターンかも知れない。





 飛び散った鮮血と肉片。戮丸の耳であった物だ。

 つまり、巴の『面』はかわされた。剣道であったのならばだが・・・

 ひよこ丸は頭部の側面をズルように進み、僧帽筋を斬った。

 戮丸の筋肉が硬かった訳ではない、剣道が斬撃では無く打撃が基本の所以だ。


 ―――アレ・・・頭蓋砕けてるだろ・・・

 斬撃がちゃんと入っていなかった訳だが、金属で即頭部を縦に叩かれた事に違いは無かった。面といわず兜をかぶっていれば、唯のはずれで済んだのだが―――

 流血に赤く染まり、即頭部はささくれだって、妙に白い物が見える。そのままエラを斬り飛ばし、逆にそこは綺麗な断面で、一箇所だけ・・・奥歯が砕けている。誰もが勝負の決着を思った。


 しかし、戮丸の眼光だけが全てを否定していた。




 戮丸はSの字を宙に描き、剣を構える。それは仕切り直しを意味する。

 この程度の苦痛では戮丸は死ねない。敗北を認めるには至らない。

 そして、此処こそがアタンドットの怖いところだ。此処から先の戦いがいや、そここそが試されるのだから―――


 戮丸のエラからプッと血が噴出す。口腔まで貫通しているのだろう。邪魔な血を排斥した。その中には骨か歯か判らない白い物が、妙に硬質な音を立てて転がった。




◆ ひよこの死




「・・・やっばいだろう・・・」

 ガッシュは思わず呟いた。戦闘に感想を漏らすのは無意識に嫌っていたのにだ。観客も武器に手を伸ばす。

 誰だって女の子の公開処刑は見たくない。確かに巴は戮丸と拮抗していたが、アレが戮丸の全力とはどうしても思えない。


「・・・魔法で吹き飛ばす?」

 素っ頓狂な・・・いや、この場ではそうでもないか。アリーゼの提案にガッシュの思考は冷静さを少しだけ取り戻した。

 戮丸は魔法をかわせる。それはアトラスパームあっての事だが、アリーゼを惨殺するまでの時間くらいは平気で稼ぎ出す。

 申し訳ないが、戮丸の前にガッシュ程度は障子紙ほども頼りにならない。


 ――――何よりアレはあの人だ。

 今見ていても信じがたいが、あの人が苦痛程度に屈したりはしない。

 あの状態で理性を保っていられる事を知っている。


「いや・・・余計な手出しはしない方がいい」

「・・・それってよくあるアレ・・・?」

「じゃ無くて、殺される!」


 ガッシュの言葉に観客がビクッと我に返った。

「じゃぁ・・・」と心配そうなアリーゼの視線。

 この能天気な女魔法使いが怯えている。


「その時は私が止める。余計な心配はしなくていい・・・」

 と騎士カリフがガッシュの言葉尻に乗った。「ただ、戮丸に治療を飛ばすべきだったな・・・」とも言った。

 慌てて僧侶が回復呪文を紡ぎ出すが、「・・・手遅れだ」と制した。


 現に巴の決定打にならない負傷は全て治療されている。対して戮丸には回復は一切無い。レギュレーション的に致命打かわした戮丸の負傷は癒されるべき物だった。

 だが、大番狂わせを期待した観客たちはそこに考えが及ばなかった。

 此処の面子の対処速度であれば痛みを感じる前に治してしまえるというのにだ。


 二人の戦いは続いている。巴は目に見えて防戦一方で、戮丸は片手持ちで圧倒している。戮丸の剣は既に振り回しているだけに見えるが、時折、キュッと体をねじ込み巴の剣を大きく跳ね返す。

 そして、戮丸は大きく、いや、場を広く使い戦っていた。脚を使い始めたのだ。


 剣道は線の戦い。だが、戮丸にはその概念が無い。

 巴は戮丸を軸線上に乗せようと躍起になるが、それこそが遅滞につながり、圧倒される直接の原因になっている。


 対して戮丸はダンスホールで踊るかのように、優雅とも言える剣舞を披露している。もう西洋剣術の枠さえ超えてしまった。


「・・・すごい・・・結局は勢いとか強さとか・・・そう言う物の勝負なのね」

 アリーゼの言葉にガッシュでさえ同意しそうになる。だが、カリフは断じた。


「アレは技術の応酬だ。やっていることは変わっていない。そうでなければ巴は当に真っ二つだ」

 そういって『巴に回復を切らすな』と指示を出す。気付かなかったが巴の首という首が全て数回の斬撃を受けている。それも剣の先がかすめる程度、実際の鎧だったら、その隙間から大量の血を流し、倒れている事だろう。

 巴の必死の防御で、斬り飛ばされるような腰の入った斬撃を打てないようにこなしていた。


「回復を飛ばしたほうが良くないか?」

 当然、戮丸にだ。それをガッシュが問いかけるも、カリフは「いまさらだ」と突っぱねる。

 これは剣術、剣技の比べあいを端に発した戦いだ。条件を公平にしたほうがいい。戮丸も余裕さえあれば、また冗談飛ばしながらの戦いに戻れるのではないだろうか?という事なのだが・・・


「見るんだ。卿の血を」

 戮丸は舞うように戦っている。その軌跡のように流血が後を追うが、それはリボンのように延々と続いている。気がつけば盾も使っていない。盾は腹の辺りでずっとそこにあり、つまり腹を押さえている。そして、零れ落ちる腸を自分の剣に巻きつけ、切り取りながら戦っている。


 ――――人間じゃねぇ!


 何よりも今の今までその事に全く気付かなかった。

「痛く・・・無いのかな・・・」

「・・・そんな・・・訳、無い・・・はずだ」

 アリーゼの声に怒鳴り返す事もできない。


「手を差し出せばいつでも戦いは止められる。・・・止められないのだよ」

 人が一生で一度達せるかどうかの境地で戦っている。

 それを騎士であるカリフには止められない。


 だから、戮丸は巴に教えているのだ。



 全身全霊を傾けた戦いという物を。




 戦いは動く。必死の巴にはもう何もかもだ。あいまいで。

 疲労は極地に達した。ゴールドドラゴンとの戦いでも何度か心は折れたが、それ以上の疲労。支えているのは今、この秒数まで生き延びた実績。

 その積み重ねた物に怯え、もうやめたい。逃げ出したい。


 震えが止まらない。


 ただ、判るのは逆にかたむく可能性もあるということ。

 不撓不屈ふとうふくつの男を倒せる。超えられる。――――恐れ多い。


 ――――風が吹けばパタリと倒れる。


 そこまで来た。

 手の中に握った物がそこまできたと教えてくれる。


 だから、すがってしまった。




 巴は猛然と駆け出した。戮丸の頭蓋を砕いた一手。

 ――――面の乱打。


 一打、二打、――――行ける――――


 キン、キン、――――シャリン。


 乱打といってもそれは巴の中だけの事。込められた力も速度も巴の支配が及ばないだけで、物体の移動に相違ない。そして、それは巴にとって埒外であっても、戮丸にとって想定の範囲内。


 ――――流された。


 時が止まったかと思った。剣が流され、胸に飛び込むように巴は迎えられた。何が起こったのか判らない子供のように見上げる。男の目は大きく丸く愛嬌があり、何も写していない。深い眼差しだった。


 唇が動いた。


 ――――いくよ。



 男は一変した。

 慌てて離れ、備える。


 ――――其れがくる。


 津波のようだった。

 戮丸を持ってして埒外の乱打。

 命の塊で殴られえるような斬撃。その勢いは何もかもを吹き飛ばした。

 目を逸らす事も忘れ、逃げ出したい気持ちすら忘れ、命綱に必死にすがり、戦いの気概もとうに枯れ果て、唯ひたすらにすがった。


 ――――ああ、こう死ぬんだ。





 雲雀丸の切っ先が巴の眼前に突きつけられる。

 巴は尻餅をついていた。

 腰も抜けていた。

 しかし、最後の一振りはいつまでたっても下されない。


 仕舞いには、額を押さえてしゃがみ込んでしまった。


「――――ごめん(ごふぇん)

 ポツリと聞こえた戮丸の声。


 裁定が下される。


 ――――勝者、戮丸!

 ――――決まり手、武器破壊!


 ダイオプサイトの声にて勝敗は決した。

 巴の手の中では、剥がれたひよこのプレートが転がっていた。




◆ リザルト



 子連れ狸亭はかき入れ時を過ぎていた。

 宿といっても泊まる者は少ない。食事と言えば演武台周辺エンドラストで事足りるが、流石に夕飯時となると屋根が恋しいのか人が集まる。


 だいだいの明かりが灯るガラスシェードのランタンが店内の各所に置かれ、調度品を照らし出す。

 この店には川が流れている。シバルリには上下水道が完備しているが、そのどちらにも属さない店内河川。場所によってはテーブルの高さから、床の高さまで、小さな橋も架かっていて、元来酒場の熱気を冷ますための設備は、ランタンの光を撥ね、時に魚の来訪など見る物の目を和ませる。


 カウンターの端、大き目の観葉植物前が、戮丸の指定席だった。

 それも決まり事というわけではない。かれは座る場所を選ばないのか、同じ場所に座りたがる。人目を引かない端っこのほう、競争倍率も高くない。

 暗黙の了解というものだ。先客がいれば彼は別の隅っこに行ってちびちびやってる。


 戮丸にとってはカウンター席はそれほど高くないが、ドワーフには少々難儀する。防犯対策の一端で、こっちから店主の襟首を掴めば店主に見下ろされる形になる。『よっ』と掛け声と共にダイオプサイトをカウンターに座らせる。

『ありがとー』の声、抵抗するドットレーの襟首を引っ張り上げてから、観葉植物に背を向ける形で、戮丸は椅子に座った。


「こっぴどくしかられたって話じゃないですか?」

 店主はそういったが、シャロンにと言う意味で、挨拶だ。

 簡単に注文を済ませる。エールをジョッキで三つ。腸詰と魚のフライ。ポテトサラダ・・・後、醤油とわさび。

 店主は調理に取り掛かる。この店主は脱出行のきっかけになった店主のイバだ。注文の内容はこの世界では珍しい物だが、戮丸が調理法を提供した物だ。

 そんな物もなじみになりつつある。


「アレはタイミングが悪かったの」

「ま、いつもの事だ・・・」

 巴との戦いの最後の一幕をシャロンが目撃したのだが、その後の顛末いは言うに及ばないだろう。


「あっちで休んだほうがいいんじゃないのか?」口髭に泡を残していったドットレーの言葉に、『まぁ、・・・そういうな』と苦笑い。


 リアルはリアルで、心配した慧が覗き込んでいた。こっちは慣れっこだが、血を吐き、見る間に痣が広がっていく姿は、なかなかにショッキングだったらしい。嗚咽を溢しながら叱られると言う回避不可能な難問を提示された形だ。

 いっそ博愛固めで水に流そうかと考えた時、遼平と目が合った。

 本当に心臓に悪い。結局スタコラ逃げ出し、子連れ狸亭に逃げ込んだと言う顛末。口が裂けてもいえないトップシークレット。


 ――――言えないので書いて見た。


「爺さんにひよここれの修理を頼みたいんだが・・・」

 ひよこ丸は刃毀れでズタボロだった。その象徴とも言えるプレートは剥落はくらくしている。


「ずいぶん年季ねんきが入ってるね」と店主の声も「まだ一回使っただけだ」と返す。ちょっと店主は驚きに青くなる。

「親方とやり合えば・・・どうだ爺さん」ドットレーが見守る中ダイオプサイトが、値踏みをする。ドットレーの見立てではまだ剣は生きている。


「ギリギリじゃな。・・・ほれ、此処、結構深い傷があるじゃろ。あと少し深かったらダメじゃッったろうな」

 剣の腹に一筋の亀裂のような傷があった。それ自体はひどく小さいが、深く力骨に達するギリギリのラインだ。戮丸の目には他の大きな傷のほうが気になったが、『そんなもんはどうとでもなる』と一蹴された。


 とは言え、言葉が理解できない訳じゃない。この傷は筋肉と贅肉で例えれば筋肉に達する寸前。達せば振るたびに己自身にダメージを蓄積してしまう。

『蓋してやらんとな・・・』『飾り細工ですればいい』


 だが、手を貸す気は無かった。自分の武器の手入れは自分でする。ドワーフならなおの事だ。


 ただ、飾り細工も蔦のような細かい物がのぞましい。それは持ち主の技量と気風きふうにあっているようには思えない。『重くなるな』といったのがドットレー。戮丸の腕ならプレートのような物と想定した意見だ。実際それが現実的だとダイオプサイトも思った。


「それとな。心持こころもち、伸ばしたいんだ」

 リカッソの部分が丁度外れている。刀身に追加で足すのは論外だが、柄の中のなかごを足し、延長。全体的に心持こころもち細く削りだす細工をしたい。

 そして蔦の細工に、外れた場所に補修と意匠いしょうを合わせた彫刻。


「親ビン!それ、ひよこ丸違う!」「いっくらなんでもそりゃあんまりだ」

 『自分でやれ』の言葉も忘れてドワーフたちの反論。それにしても昨日今日出来た剣に『それ違う』は無いもんだ。


「巴さん用にって事だろ」店主イバもたじたじの戮丸がおかしいのか口を挟んだ。この人は女子供に心底甘い。聞けば勇戦したらしい、なら結果は判っている。ねだられた剣を取り返し、そんな気障きざな意匠の剣をドワーフに打たせる。そんな奴はひよこ丸はおろか戮丸じゃない。


「気力ゼロよ。頼むわ」何しろひよこ丸を打った時点でグロッキーだった。そんな気力はもう無いし、何よりひよこ丸の必要なサイズは身に染みて判ってしまった。なんて事は無い。戮丸自信がひよこ丸の主を巴と認めてしまった。

 こうすれば良くなる。そう感じてしまっては文句も言いようも無い。


 「相変わらずの苦労性だ」とイバが料理を置く、注文に無い料理に『サービス』の一言。そして、ひよこ丸がネームエントリ状態に気付き指摘した。

 単純に今までは?剣で銘を勝手に呼んでただけの物が、ネームドコモンに認定されたらしい『こうなるんだ』と妙に感心するも、問題は名前。

 現にネーミングテロには苦渋を舐めた。銘をそのままアイテム名に登録すればひよこ丸+?雲雀丸と非常に不本意な形に終わる。


「それ、大事」

 二人の真剣なまなざしに、「蒸留酒一本」と追加を頼む。

 一杯ではなく一本がポイント。

 通知表を開くには度胸と覚悟が要る。システムに刻まれた永世黒歴史もあるが、雲雀丸も同じ剣に認定される。+3ついたら、世界は悲しくなる。


「はやく、はやく」と脚をパタ付かせて、急かすダイオプサイトに、どんな名前が付くのか気になるドットレー。地味に脚がパタついている。


 ビンのコルクを奥歯で抜き、ゴッ、ゴッ、ゴッと呷る。さすがにラッパ飲みの最中にまでは、その間に覚悟を決めて・・・


 ヴフォゥッ!・・・・見られてる!

 「鼻に入った」とむせる戮丸。地味に痛い。心配するダイオプサイトに、逃げたドットレー。――――見たぞ。

「そりゃ気になるだろ?」「めったに無いぞ」「・・・貴方ならやってくれると信じてます」と店内の反応。最後の一名は不穏当な物を期待しているようだがネームドコモンの命名の瞬間に立ち会えると言うのは絶好の肴であった。


 大仰な名前をつける気は無い。カテゴリーの名前が相応しいだろう。実際はロングに、ショート。順当に行けばミドルあたりだが、書物を紐解けばそれそのものは実際にあるし、長さを意味する言葉より、造り、拵えのカテゴリーだ。実際にあるものはその物ズバリを製作した物に悪い。

 【ミドル拵え】ではギャグにしかならない。それっぽく、それでいて「ああ、そういうもんなんだな」と納得してもらうには和名の方がいい。


 感覚の違いだ。”無”なんてのは、マンガ等の書き文字ではよくある表現。ゲームでもデカデカと表示されることがある。でも、それを海外で、”NOTHING”とルビがふられていると突っ込むのも忘れて笑ってしまう。

 そんな感覚の違いを嫌った。


 【唐太刀からたちこしらえ】それが戮丸の考えていた物だった。

 その事を伝えると、ピロンと電子音が響いた。

 「受理されたのか?」あいも変わらず先走りぎみのシステムに辟易する。


 後は流通すればネームドがはずれコモンになるのだろう。

 恐る恐る、腰の雲雀丸を覗く。


 ・・・ピシッ



「ここにいたのか?・・・ん?どうした戮丸卿」

 堅物の彼には珍しいさわやか(●●●●)な笑顔で騎士カリフの登場。何時もならピシッと決まった黒髪もややはだけ、服装もあいまってラフな格好。だらしなく映らないのが一流騎士のゆえんか・・・

「・・・何か企み事でも上手くいったのかな?カリフ卿」

 いや、地の底から響くような、深海に横たわる海神わだつみの呼び声『TPO弁わきまえろJK』と低く唸る戮丸との対比によるものだろう。


 店内の住人は戮丸の不機嫌に怯えながらも『お互い様だろう』と内心突っ込みを入れる。当のカリフは何処まで神経が図太いのか『何があったんだ戮丸』と平然と話しかける。

「・・・+5・・・・いや、なんでもない。そんな事より巴の様子はどうだった?」


 端正な顎にその騎士とは思えぬ白い指を添え思案する。そんな姿も様になるのだが、店主イバが席を勧める。高名な騎士をそのままというのは気が咎めると言う物、戮丸もその高名な騎士だが、よく忘れる。普段の振る舞いの違いだろう。


 ドワーフ二人を挟んでも視線がぶつかる。そのカリフは思案をやめようとしない。戮丸が声をかけるが『私はエールで』と注文をし、思案を続ける。

 ドワーフ二人は緊張に耐え切れず、パクパクと料理を口に運ぶが、味などわからんだろう。


「と、言う事は+5の武器で巴を負かし『骨が足りない』と捨て台詞を吐いた心境は、騎士としてどういうものでしょう?」


 ――――黒い!

 難問を解いたようなさわやか(●●●●)な笑顔で言い放った。

「痛いところ突きやがって・・・巴の状況はどうよ。大体お前が――――」

「巴君は調子を取り戻したよ。怯えていた訳じゃない安心しろ」


 その一言に安堵の溜息を吐き出す。最後の攻防はやりすぎたかと、心中しんちゅう心配していた。漠然と耐えられる確信は持っていた。だが、その後の烈火のごときのシャロンの説教と、巴が若い娘と言う事で心配になっていた。

 実際、親子くらい年の離れている。娘の心中などは当然戮丸には埒外だ。


 物欲や色欲、金欲そんな欲望でもいい。強い信念を巴からは感じられなかった。大吟醸なんかは逆なんだが、巴はひよこ丸が欲しいと言う物欲で戦った。その事を非難する気はない。ただ、それも最後に折れた。

 物欲が足らない。と言う話じゃない。巴がそこまで芯を張り通せなかった。


 巴の悪いところは命令に忠実すぎるところだ。だから、ゴールドドラゴンとの戦いも悪手と知って尚も愚直に戦い続けた。これが恋心や物欲に根ざした物なら逆にドラゴン退治という過程を捨てる判断も出来たはずだ。


 骨といったのは、誇りのように持つ物じゃない。削られて捨て続けても最後に残ってしまう物。それを自覚しろと――――伝えたつもりなんだが・・・

 でなければ、冒険者家業は危険なところまで来ている。


「巴は危ういからな。憧れじゃ限界があるし・・・・言った俺が言うのもなんだがそれほど執着の強いほうにも見えないし・・・」

 下手に色欲や恋などといって、男漁りを始められても困るし、強さに憧れと言っても、ゴブリン狩りやオーガ狩りに邁進しても、こっちは間違いなく違うとしかいえない。そういう意味で危うい。


「――――そうですね。でも大丈夫。ちゃんと彼女は見つけましたよ」

「おっ、そうか。どんなだ」

「彼女の場合は忠誠心でも骨になりうるかと――――」


 ――――ぽむ。

「ああ、なるほど!そりゃ盲点だったな。やつぁ歴女だし、巴だし、確かにぴったりだ」

 戮丸は破顔し、蒸留酒の残りを呷り空にすると――――


「今日はおごりだ。コイツノ。みんなじゃんじゃんやってくれ!」

「――――まあ、いいでしょう」


 子連れ狸亭は何かが決壊したように喧騒に包まれた。




「――――後は巴の主探しだな。そんな立派な貴族なんていたか?カリフその辺よろしくな」

「ええ!お任せください!」

 上機嫌の戮丸に満面のさわやか(●●●●)な笑顔でカリフは答え、『・・・・黒いのぅ、黒いのぅ』と忠臣ドワーフ、二人はポンコツ手遅れ確定な主の仇を少しでも討つべく、モッシャモッシャと喰いまくった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ