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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第三章 唯一つ・・・たった一つ・・・
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004 ひよことひばり3

004 ひよことひばり3




 巴は硬直していた。戮丸の考えがまるでわからない。それで硬直しているわけだが・・・・攻められない・・・・得たいの知れない構えに全身の神経が警鐘けいしょうを鳴らす。

 先に見た。【万の受け手】は【万の切っ先】にかわった。

 切っ先は『打ち落としてごらん』小さく円を描く。


 言葉はそれに反していた。


「―――今度はこっちから行くぞ」


 タタンと歩をならし、飛び込んでくる。腕は畳んだまま―――

 『どう変化するか』などと観察する時間は無い。直立に剣をセットしたような構えだ。そのまま突進を受ければ串刺しになる。伸びるタイミングを待つ訳にはいかない。飛来する切っ先は切って落とすが剣道。

 残心未練は無い。この人相手にぬるい剣撃は意味を持たない。砕く気で振るった剣の手ごたえは―――


 ―――柔らかかった。

 宙に浮かんだ剣でも叩いて砕く。そのつもりで振るったのにだ。


 ここからは一瞬の出来事。多分、二人の意識の時間軸にしか存在しない。

 余人には微細な変化は理解できず、一瞬で終わる。


 戮丸はかまわず突進を止めない。グニャリとした手ごたえに衝撃は霧散したと悟る。返し手がうてない。それでも戮丸は止まる様子は無い。

 力で切っ先をずらす事には成功した・・・が・・・

 力負けする!?


 戮丸は腕を畳んだまま、微細な動きで気付きづらいがしょっていた。両手といえど伸びきった腕は下半身の捻りから出される力には抗えない。

 引いたのがまずかった。ひよこ丸は遅れて弾かれる。

 雲雀が飛んだ。ここ《・・》から飛んだ。

 弾く動作、巴の剣圧をばねに弧を描き突き気味の斬撃。


 ひよこ丸が弾き飛ばなかったのは両手持ちだから―――と、巴の未練だろう。それでも片手は離れていた。そして、胸元に鈍痛。


 それでも、弾かれた切っ先戮丸に向けて突き出すが、背中越しの盾に弾かれる。ぷすりと刺されば良い程度の物だ。期待はしてないが、それさえも見越した構えに愕然とする。


「チョイ熱すぎたか?」

 今度は盾を遊ばせながら聞いた。

「・・・・あ・・・とっても・・・いいです」

 イイカゲン。良い加減。

「ま、これで【小手返し】ってとこか?2・3ダメ抜けたろ?・・・って、巴、胸しまえ」

 巴のチュニックは肩から胸の付け根が綺麗に切られ、ぺろりと剥けていた。


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ・・・・うおっ!


 群集は沸いた。「魚って逝ったのドイツだ!はえぇな!」といつもの戮丸。

 巴はランジェリーアーマーを着用しているので、それ自体は無傷。ただ、その名の通り、大きく肌の露出したそれと肌には醜く大きな青痣。

 このゲームでの2~3ダメージは短剣で切りつけられた程度のダメージ。それ相当の衝撃ダメージ。骨には達していないが現実だったら大怪我で、その通りに再現される。痛みも含めて。

 ただ、高レベルに達した巴にはそれが支障をきたさないだけで、痛みは現実と大差ない。


 ただ、衣服はランジェリーアーマーにサンドイッチされるので普通より露出しやすい。

 痛みはサッと消えた。誰かがヒールを飛ばしたのだろう。

 ここシバルリのヒールワークは異常。


「お前ら自分の欲望にはGJ過ぎるだろ?」

 実際、冒険中も同じ状況なのだが、上にマジックアーマーを着ておけば露出は皆無だし、鎧は魔法がかかって無くてもそうそう吹っ飛ばない。

 つまり、冒険者はお色気とは無縁である。


 『反射的に回復してしまった』というよりも、醜い痣を拭き取ったという感だろう。決して色白な巴ではないが胸元の肌の白さが服装との対比で際立つ。

 そこにLAがちらりと見える。隠してはいるが扇情的な姿だ。


「おい、着替えて来い」

 群集の一斉ブーイングは鬼の視線に駆逐された。


 巴もこんな事で逐一中断してはたまらない。それにLAだってレオタードか水着と思えばむしろ露出は少ない。考え方の違いだ。恥ずかしくないわけじゃないが、完全にスポーツ脳にスイッチ入ってしまった、今の時点では煩わしさしか感じない。


 ―――めんどくさい。

「脱いじゃダメですか?」

「―――オイ、女の子?」

 逐一、服が弾け飛ぶ度に中断はありえない。そんな物に邪魔をされたくない。ならLAのみで戦う方がよほど集中できる。羞恥心が無いわけじゃないが、夏の浜辺で水着になれないほど潔癖じゃない。


「判った続けよう―――ただ―――」

 言葉を濁した。

「ただ?」

 この人の潔癖ぶりは知っている。それは後々の風潮、差別を及んでの性格だ。巴もその意思に理があればそれに背く気は無い。


「俺だって男だ―――」

「目のやり場に困る?―――ですか」

 妥当な理由だ。それほど純情とは思えないが、それで剣先が鈍るのであれば、それは巴も望む物ではない。

 あきらめかけた。


「―――ケダモノになっちゃう」

「じゃあ、続けましょう」

 返答はノータイム。唖然とする戮丸を文字通り尻目に、巴は構えを取った。




 ちち、しり、ふとももと飛び交うリクエストに指弾の返答。次から次へと発言者が倒れる。アトラスパーム併用ではないがちょっと洒落にならないモデルガンくらいの威力はある。

 此処の生活になれた者にとっては慣れた物。調子に乗った観客は彼の手に短剣が握られた時点で初めて躊躇した。


 さらに慣れた人間はどこからかテーブルを持ち出し・・・

「我々はこの戦いを見守る義務がある」

「誰が決めてどこに書いてあるんだ?」

「我らの【男の章典】に!――――見抜きよろしいか?」


 呆れた戮丸は苦笑いで巴を見る。苦笑いで返すしかない。男という物はそういうところがある。


「見抜けるもんなら見抜いて見やがれ」

 戮丸の動きは、この際どうでもいいのだが、日本語って難しいよね。

 そして悔しいが、彼の動きからも目を離せない。


 畳んだ腕を緩く伸ばし、腰を落とす。背の盾は後ろで遊ぶ。型の理から遠く離れた姿だが、非常に彼らしいスタイルだ。


 ―――あ、やばい。

 この期に及んで戮丸のスイッチが入ってしまった。いったい、いくつスイッチがあるか知らないが、ここまでスイッチが入ってなかった事に驚嘆する。


「ひーひー言わせちゃる」

「ひー」

 抑揚の無い巴の言葉にいい度胸だと言わんばかりに戦闘は再開された。




 ◇




 たわんだ金属音が響く。その一合一合に観客からどよめきが上がる。

 巴の切込みを戮丸がいなす試合運び。アリーゼもその気迫に飲まれるが、違和感を感じる。

 試合の展開にではない。観客の反応にだ。その違和感が無視できないところまで来て、ガッシュに訊いた。


 巴が切り込み、戮丸が受ける。その瞬間に歓声が上がるのはわかる。だが、戮丸がかなり苦しい姿勢で受けているのに、観客からこぼれるのは巴を案じた悲鳴だ。その後すぐに戮丸が切り返すがそれを巴がかわす時に観客から賞賛の声が上がる。


「逆じゃない?」

 その問いにガッシュは困ったようだ。

 観客が巴の味方であれば、切り込んだときに歓声、かわした時に悲鳴のはずだ。

「ズレてるのはあんただよ」

 ガッシュを始めとした戦士系の観衆は戮丸の戦闘方法をおぼろげながら理解しはじめていた。


 片手剣は両手剣に比べ初動がどうしても遅れる。

 野球のバッティングを、片手で打とうとすれば二三呼吸早く振り始めないと振り遅れる。これは握力しだいで軽減されるが絶対的に生じる物だ。

 このことはすでに戮丸に指摘され広く知れ渡っていて、剣道経験者が不満感じる点だ。

 きっかけだけでもつけられれば、両手片手はあまり変わらない。命中率という点でだが。

 その隙を補うのが戮丸の闘法。


「でこピンの応酬だ」

 戮丸は初速の影響を受けずらい突きで巴の斬檄を誘い出し、それを無理な姿勢で受ける。この際に力でつぶされては意味が無いが、それを弾き返した時、戮丸の剣には巴の力の分だけ鋭さを持つ。

 ちょうどバネが押されて弾けるようにだ。


「親指で抑えないと、でこピンのスピードは出ないだろ?」

 だからそれを、剣を振るテイクバックの姿勢で受ける。前からの攻撃を前に返すので剣線は弧を描くが、それを差し引いても巴の防御は分が悪く間に合いづらい。

「なるほど、じゃあ戮丸は相手の力を使って戦ってるの」

「そう、それを踏まえてみれば―――がんばってるよ。ただ、盾が詐欺だ。ちょっとしたパズルゲーみたいな戦いになってる」


 戮丸の構えは相変わらず半身だが、盾と切っ先、立ち居地が微妙に変化している。単純に背面側をねらい目に考えるが、剣を垂らして受けられると、その姿は肩に担いで力を溜める姿になる。そこから繰り出される剣線の鋭さは見ての通りだ。

 だから、アリーゼが巧打と思った斬撃は悪手であり、その恐るべき報復をかわした姿が賞賛される。


「だから押してるのは戮丸で、何とかその隙をこじ開けようとしているんだが―――」

 壁のような盾でチャラにされる。盾は連撃を丸ごと潰してしまう。

 ガッシュが盾は詐欺だと称したが、連撃という面では片手は両手にどうしても劣る。盾で何とか巴の回転速度に拮抗している側面もある。


 そして戮丸の闘法にも欠点がある。初速、鋭さは両手剣並みのものが得られるが、受けからの返し技と、その剣閃がどの軌道を描くかの予測が容易という点。

「ええっと、ああなって、こうなって、こうなるから――――って早すぎっ!ガッシュこれってもしかして」

「もしかしなくても超高度な頭脳戦。だからだまってろ」


 戮丸の姿は一瞬一瞬が出題であり、現実が回答になる。

 この戦闘が直感的にわかるから戦士勢は目を離せない。


 戮丸が腰を少し落とした。

 盾はだらりと垂らしている。

 どこに切り込めばいい?腰を落とした事で剣は膝までカバーできる。背面方向からの斬撃は危険。さっきは何とかこなせたが、腰を落とした事でさらに踏み込める。伸びるので危険だ。逆に戮丸正面方向は未開の地だが、垂らした盾が間に合う。盾が間に合えば肉薄をしつつ巴は串刺しになるだろう。


 かち割れと言わんばかりの頭がにくい。間違いなく罠。

 巴はリカッソの握りを緩めた。


 これが気付かれてはいけない。これが巴のテイクバック。このテイクバックから何度も相手が反応できない【面】を繰り出してきた。剣道、竹刀であればだ。

 逡巡を感じた時、体が動いていた。


 ―――腹は当に決まっていたのだ。

 神速―――に近しい剣は空を切った。首の動きだけでかわされた。

 だが、腹は当に決まっていた。

 巴の剣は直角にひるがえり、横なぎに逃げた頭を追う。


 巴の裂帛の気勢はむなしく響いた。

 戮丸はその剣をくぐったのだ。それは正確ではない。巴の剣は戮丸の頭をよけるように空を切る。


 気付けば戮丸の剣を反転して置かれていた。伸ばした腕に沿うように。

 そこから握力による復元力で巴の剣は不自然な軌道を描く。その隙間さえあれば戮丸が潜るには十分だった。


 戮丸の剣は押すのもありだった。

 自分の剣戟を押される形には抗えない。そして戮丸の剣は磁石で付いたように離れない。


 巴の無防備な脇腹は眼前。そして、戮丸には盾を纏った左こぶし。


 ドン。


 盾のふちは無遠慮にわき腹、でん部、太ももを梳る。


「つかまっちまった」と嘆息の息が観衆から上がる。巴はそのまま吹き飛ばされる形で距離をとり構えなおす。

 

「・・・おまいら?」

 パサリと軽い音を立てて、巴のスカートが落ちる。


 おお、おおお、おお?

 戸惑を隠せない微妙な歓声が上がる。戮丸の盾は巴の衣服を破壊していた。

 スカートは無残に落ち、その下のズボンは未練がましく残り、大きく開く。その下にはガーターベルトのようなLAと白い肌。


 待ちに待ったはずの扇情的な姿だが・・・限界バトルの最中に混ぜられても困る物である。






 全て予定通りなのだろう。悔しさよりも嬉しさがこみ上げる。

 しかし、この人から何らかの結果をもぎ取らなければ、愛剣は自分のものにならない。


 それだけは絶対看過できない。


 剣道のリズムで戦える。これが第一の喜び。そして、盾を持った際の互角に戦える闘法の実演。技の伝授には程遠いが理屈はわかった。それも煮詰めていきたい。これが第二の喜び。

 ここまでであれば雲雀丸でもいいのだが、第三の喜びは自分にしかわからないだろう。

 やはり、剣のできは雲雀丸のほうがいい。だが、ひよこ丸は騒ぐのだ。


 もっと力任せでいい。もっと適当でいいと―――


 元来、天衣無縫な戮丸のための剣。剣道、西洋剣術以外の戦闘法も視野に入れた物。つまりこれは棒ッ切れなのだ。刃がついた鉄の棒ッ切れ。しかし、そんな物でも最低限のラインだけは押さえてある。

 歪に大きな柄頭は「指を引っ掛けて廻してみな?できるかな?」と問いかける。剣道、剣術、刀としては未完成だが、その歪さには意味がある。


 ひよこ丸は達人が作った豊かな苗床。戮丸が返せと言ったのもうなずける。

 万の試み、うちに戮丸が作り出せるのは百か、十か?だが―――


 ―――私に一つ実らせられるかな?


 むちゃくちゃな話だ。そりゃ名人の作った豊かな畑を素人に渡せば、何かしら出来るだろう。これ以上の好条件は望めない。

 しかし、その結果を思えば許しがたい暴挙。


 最初はただのファン心理で駄々を捏ねた。戦国武将を地で行くような戮丸の物を持っておきたい。そんな理由だ。

 振るって判った。三度目に惚れ込んだ。


 三度も惚れ込めば、愛だろう。それは綺麗な物じゃない。一方的で利己的な愛。それを見透かしたようなひよこのエンブレム。


 だから巴は柄から手を離した。

 剣を握る手はリカッソのみ、ゆっくりと上段に持っていく、柄を持っていた左手は柄の付近で遊ぶ。

 見え見えの片手面の構えなら腕が逆だ。そして、離した手が離れすぎている。

 巨大なひな鳥は巴の中の剣道というしがらみを無邪気に駆逐していた。


 ―――手放せない。断じて。







 美しくも超然と立つ巴、剣道の姿勢は美しく、履いてない下半身のラインを際立たせる。戮丸ははじめて盾を前に構えた。


 ―――これは顰蹙物だろうな―――

 我ながら思う。今すべきモノは剣の術技の比べあい。

 観客がもっとも嫌った展開をするのは気が引ける。


 ―――これでかんべんな。

 説明すれば理合いがばれる。観衆もその辺は承知したようで騒がない。

 何よりも戮丸の構えの変化の方が重要だった。

 巴からは見えないだろう。だが盾、体のブラインドの中では雲雀丸を持つ手は後ろに伸びていた。


 戮丸は条件付けしだいで、何でも斬り飛ばす。炎帝カグツチではオーガを両断し、巨人の槌を切り飛ばし、岩塊を斬ってならした。

 雲雀丸の様子からそれに匹敵する力が蓄えられていると知る。


 ―――大きな、大きすぎる助走だ。


 巴も奇妙な構えを取り、戮丸も物騒な物を拵えた。

 その緊張感に息を呑む。顰蹙などあげる余地が無い。


 ―――誰かが唾を飲んだ。

 二人は微動だにしない。

 ―――安堵の息が幾つか聞こえた。

 それでも動かない。


 ―――巴は戮丸の盾を踏んだ。


 戮丸にしては間抜けな話だが、自分の構えのおかげで巴の下半身の動きに気付けなかった。無意識に避けていたせいかもしれない。


 腕に力が圧し掛かる。


 チュニックは後ろから下にかけて大きく損傷している。巴の姿は寝巻きワイシャツで尻丸出しと言った装い。当然そんな姿では試合どころではないランジェリーアーマーを着ている。

 下半身だけを言えば黒のガーターベルト付きストッキング。胸元は先の斬撃で未熟ながら魅力的な谷間を、黒のレースで飾られている。



 無自覚。

 性欲は人一倍強いほう。それを自覚し、痛い目を見て、本能と遺伝子を書き換えてしまった悲しい男。


 戮丸は助平だ。

 だが、それ以上にストイックな人間になってしまった。


 このことに関して戮丸は無自覚だった。


 戮丸”だけ”である。


「なん・・・だと・・・!!!」

 圧力に屈し驚愕きょうがくの声をこぼすが―――





 その発言に『なん・・・だと・・・』である。

 

 



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