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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第三章 唯一つ・・・たった一つ・・・
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002 ひよことひばり1

◇002 ひよことひばり1




「―――返しなさい」

 巴は剣を返してくれない。胸の谷間に埋めるようにしっかと抱き。無言で首を振る。彼女の名前は木曽巴。レベル15の戦士だ。その名で俺は思わずニヤリとしてしまうのだが・・・

 凛とした顔立ちにシュッとしたスタイル。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿はユリーゲラー・・・ってのは違うか。楽なチュニックが浮くくらいの和装美人。装いは西洋のそれだけれども―――まぁ判れ。


 そんな娘が口を真一文字に結び、首を横に振る。


 思わず「あい判った」と武将ロールプレイをしたくなる真剣なまなざし、これから討ち入りに行く訳じゃないんだから、そんな目をされても・・・


 これは無謀な戦いに赴く武将を引き止める奥方―――というシーンじゃない。まぁ、そうであっても彼女が【巴】ならミスキャストだ。いや、巴は正妻じゃないし・・・


 実際は武器を模索する自分用に、自分で打った手前味噌。そんな剣を参考になればと、同じく模索する巴に見せた結果―――痛くお気に入りなられたようで返してくれない。

 つまり、駄々を捏ねるお子様の相手をしているようなものなのだ。


「それは俺の【ひよこ丸】で、こっちにオプ爺の打った【雲雀丸】がある。な、お前さんのはこっち」

 こっちだって、見せびらかす為に見せた訳じゃない。


 この二剣の特徴は拵えにある。大雑把な括りはハンドアンドアハーフソード。俗に言うバスタードソードだ。最近はそれも厄介な表現で、鉄板のような物ではない。【片手半剣】両手でも片手でも使える剣という意味のほうだ。

 日本では盾を持つ習慣が無い為、日本刀すべてがこのカテゴリ入るだろう。

 ぶっちゃけ西洋剣を日本刀風味の拵えにしたものだ。


 とは言え日本刀そのものは技術面でさまざまな無理がある。普通に考えて日本刀はマテリアルから頭おかしいからね。

 まず、刃が保たない。『―――5人が限度』と申しますが、それ時点でおかしい。だから鈍器の側面を強化し、しなりの無い直刀に。これで鉄の棒程度の威力は期待できる。こう書くと弱そうだが目指したのは鉄の竹刀。鉄刀。イメージで鉄刀、実際に鉄刀・鉄塔などと呼ばれる十手みたいな物もあるがそれじゃなくて鉄製の木刀、変な事を言っているのは上場承知だが、わかってくれ。

 剣道有段者の巴や俺なら武器としてグレードが下がった分、補える技術がある。特に小手面のように打撃の反発を使って放つ連撃は、刃がついていないほうが具合がいいだろうという考えの(もと)だ。

 そして、西洋剣の特色、【片手で振り回す】のに具合がいいように柄は短めに柄頭を少し大きめに、柄頭を包むように持てば両手で握れる。

 バットを想像して欲しい。片手で振り回すにはグリップを短く持つ必要があるが、そうしたら長い柄が暴れるだろう?


 当然、日本刀からは大きく遠ざかる。日本刀に窮屈な握りは無い。その分【刃根元(リカッソ)】を設けた。リカッソは刀身ではあるが刃がついていない。彫刻を施されたプレート状になっている。リカッソは握ることを前提とした部位だが、徐々に退化し、形骸的な部位の名称になるが、ここでは握るほうだ。基本的にリカッソは両手剣などの大型武器に見られる。

 リカッソを設けると切る際の威力が上がる。いわば槍のような使いなのだから当然だが、その縁起だけを担いでレイピアなどにも名残が見られる。非常にややこしい。

 そしてそこにひよこ丸は雄雄しいひよこが、雲雀丸は雲雀が彫刻されている。

 ここだけはちょっとドワーフたちに一太刀浴びせたかなと自負している。

 奴らは頭おかしいよ。熱して赤熱してる刀身をノミとハンマーでカンコンやって雲雀の彫刻が出来上がってるんだから・・・


 ―――砂型で作りました。


 後は切っ先を【擬似刃フォールスエッジ】にして・・・


「素人が始めて作るもんじゃないぞい」とオプ爺に心配されたが、最後のほうは後悔の塊。自分で使うんだからと芯だけはしっかり出して研ぎあげた。

 未熟なのはいやというほど判った。成長するほどドワーフのありえなさが判ってくる。

 それでも生みの苦しみ。過ぎ去れば自信と自負に代わる。

 卑下はしてるが、やはりなんだかんだでうれしい。完成というのはだ。


 これからこの剣とどう動くか、それを夢想する。剣にあわせて動くか、動きに合わせて剣をいじるか。この剣は短命に終わるだろう。それでも、一振りの剣として生涯を全うさせる。それが楽しみで指先はタバコを求めた。

 探る指先に触れたのは雲雀丸とダイオプサイトだった。

 ダイオプサイトの目は褒めて褒めてとせがむ。


 震える手で雲雀丸を受け取り抜き放つ。



 ―――神は言っている。



 ―――神棚に奉れと―――



 自信の崩壊。

 ひよこ丸は太さまばらな糸をまっすぐ並べただけに対し、雲雀丸は光の筋の様に空間を切り裂く。柄頭の大きさ、リカッソの長さ、自分が棚上げした問題点すべてが浮き彫りに、それは絶対値で出来ていた。

 威嚇するようにほえたひよこは、見る者を和ませる雲雀に置き換えられている。それら全てを含めて―――


 完成品でした。


 暗転。この日、ムンクを超えた。





「返してくださいお願いしませう」

 その子の生涯は俺が全うさせてやらないと。

「・・・お、おーこーとわりしまーす♪」

 腰に来た。


「こっちのほうがいいだろ?雲雀だって凶暴じゃないし」

「うちの子は凶暴なくらいでちょうどいいんです。それに一目ぼれです」

「まぁ、親ビンの細工はなかなかのもんじゃ・・・」

「納得しないでオプ爺!」

 ひよこ丸はデフォルメは一切されていない。えさを求める無邪気な凶暴性、そして、どこまでもふかふかな羽毛。その瞬間をうまく切り取っている。細工の出来云々よりその瞬間を切り抜いたという点では軍配は戮丸に上がる。

 トータルすれば圧倒的にオプ爺なのだ。木彫りの原型から砂型を興し、そこに溶解した湯を注ぎ込む。それでは砂の隆起が作品に残るのだが、そこから補刀を入れ、磨き上げ、欠点もうまく利用している。

 リカッソに鉄板を貼り付ける手法にドワーフは眉根を寄せたが、重大な欠点にはなりづらく、使い手が作り手なので強くは指摘しなかった。

 いつかはポロリと剥がれるだろう。


「あきらめて、もう一本打てばよかろ?」

「MP0です。もうやめたげてください」

 戮丸の心は折れていた。単純に剣を打つ作業は想像以上に難しかった。

「ワシのをお前さんが使えばいいじゃろ?」

 目から生気さんがログアウトしました。雲雀丸では具合が悪いと手を加える気になれない。なまじ鍛冶を齧ってしまったからこそ手が出せない。その為にもひよこ丸が必要なのだと力説する。

「ワシのは駄目かの?」

 ダイオプサイトの寂しげなまなざし。

 ―――あちらを立てれば共倒れ―――


「・・・いや・・・だから、俺のって緩いだろ?オプ爺のは出来がよすぎるンだって」

「親ビンなら使いこなしてくれると見込んだんじゃが・・・」

 元々、雲雀丸は別口で発注した物。それがいつの間にか同じ拵えになっていた。鍛冶の手順などオプ爺に指南してもらいながら作ったのだから、ちょっとした茶目っ気程度の物だろう。

「いや、そりゃね。ちゃんと使えると思うよ。―――そうじゃなくて」

「私もその緩さが気に入りました」

「嘘コケッ!」


 ひよこ丸が欲しい巴。

 返して欲しい戮丸。

 雲雀丸をあわよくば使って欲しいオプ爺。

 そして、ここは剣の修練場。町の広場のお立ち台ではなく裏方の練習場。こんな騒ぎは衆目を集める。


 口論の行方を気になる者が大半だが、大半は戦士。魔法もかかってない珍妙な剣がどうして奪い合いなるのかがわからない。剣技においては一人者ばかりだ。

「剣道と同じ使い方が出来るからだろ?」

「そんなに大事か?」

「俺経験あるけどそこまで不具合かんじねぇな」

「魔法が乗ってるかのほうが重要だろ?」


 ここの連中は実体験があるが、説明すると、長剣はざっくり竹刀ぐらいの長さがある。これは馬上から地上の敵を切る為の長さだ。

 で、ネックになるのが柄の長さ。西洋剣は拳1.5くらいしか握りが無い。

 つまり、竹刀のケツの端を持って切りあうのだ。こうなれば剣道にはなりようが無い。竹刀だって片手で使えって言われれば無意識に鍔元を握る。

 長剣ならそこは刃だ。当然、柄を長くしてもよかったが、具合が悪いので、リカッソに転じた。リカッソには重量物を鍔元に置く事で重心を下げる効果もある。


 それが判っても、片手で使う分には従来の使用法で戦う訳だ。毎日モンスターとバリバリ戦ってる連中には、口論になっている時点ですでにおかしい。

 それでも、あの戮丸が打った剣となれば、気になるのが当然。一概に笑えない。


「ここは実技で証明というのはどうでしょう。私も気になりますし」

 と涼やかな声が割ってはいる。

「そうじゃな。剣の鑑定は打ち合って初めて判るからの」


「げぇ、カリフかよ。あんたにゃ関係ない話だ」

「それは切ない。非常に興味がありますよ。巴君には指南してますが、ちらほらと見える影の正体は―――気にするなというのが無理な話で」

 カリフと呼ばれた青年は慇懃無礼の微笑を浮かべる。

 カリフ=ステインバック。職業:騎士。レベル45。50レベルのプレイヤーが束でかかって敵わない所からPKの異名を持つ。その異名の残忍さとは異なり騎士として人格者と高い評価を持つ。

 NPCの貴族側勢力といってもいいのだが、彼の仕える領はかなり昔から孤立していた。それを彼が軍事的な面で支えてきた背景がある。つまり、貴族の操り人形ではないものの、それで身を立ててきた能力に戮丸はげっそりした。

 かといって、ディクセン掃討作戦ではかなりの重要な働きをしてもらっているので無碍に出来るはずも無い。

 涼やかな天才肌の騎士様で絵に描いたような美青年。戮丸は生理的に受け付けないのだが、どういうわけか【かいつい】の一員でもある。


 つまり、戮丸にとってもカリフは身内だ。

 「立っているだけで負けてるのに、勝負しても負け越してる」「それはあなたが本気を出していないからですよ」そんなやり取り。







 訓練場の石畳は掃き清められた。素足で石を感じる。指で噛み具合を確かめる―――十二分にいける。装備は剣道を意識して普段着だ。袴の代わりにロングスカートをズボンの上から着用。ランジェリーアーマーのおかげで足裏が傷つく事は無い。違和感があるのではと危惧するが、それも無かったので安堵する。

 鞘からひよこ丸を抜き放ち、手ぬぐいを下敷きに鞘を置く。ここまでする必要があるかは―――相手はあの戮丸だ。全身全霊をもってしても勝てない。ならば全身全霊を出せる装いは必要不可欠だ。

 リカッソを握り正眼に構える。

 周囲から「ホゥ」という呟き。これではまだ判らない。

 ――――ッ!!!

 気勢を吐き、面を放つ。

 会場に巴の澄んだ・・・それでいて座った声が木霊する。


 ―――本当に良い剣だ。竹刀だって自分の物は自分で選ぶ。そこには些細な違いがあって、それが自分に合うかどうかの基準線が明確に存在する。一見ばらばらでちぐはぐな、このひよこ丸は、そこだけはしっかりと抑えてある。一目見て惚れ、振ってみて惚れ込んだ。

 面も胴も付けずに上がる試合場。裸同然のこの身に心地よい緊張感が走る。

 そして、相手の出現はそれ以上に刺激的だった。


 悠然。と言うべきだろう普段着を革のベルトで締め上げ、剣道家ではなく格闘家。全裸よりセクシーなヌード。全身の緩みを一切廃した姿は否応も無く普段隠れた凶暴な筋肉を露出させる。これで気勢を発しているのであればまだいい。そんな凶暴な体で、いつもどおりの所作で笑っている。腰が砕けそうになるが、ひよこが(かいな)の中で吼えている。

 大人になる前に叫んでいる。無邪気に無謀にも叫んでいる。

 この剣に出会えて本当によかった。


 そして、戮丸の手に収まる雲雀丸。全身凶器の恐ろしさのなか、そこにある自然は、それはどこにでもある運命の苛烈さを現すようで、一匹の凶獣の腕に止まった小鳥。ダイオプサイトが見た姿だろう。そこには一切の妥協は無かった。


「戮丸ぅ。手加減してやれよ」

 そんな言葉が飛び交う。戮丸はかまわず準備体操に余念が無い。手足があり得ないほど曲がる。一流アスリートが体をねじるようにもくもくと体を捏ね上げる。普段どおりの動きだ。普段は衣服や鎧に隠されて判らないが、普段から彼はこれをやってる。

「加減はいつでもしてるが、手加減はした事ねぇな」

 そんな言葉で弾き返す。


 大きく息を吸い、胸が大きく膨れ上がる。ベルトが悲鳴を上げるかのように引き攣れる。そして、それを飲み込み腹に落とす。

 さらに大きく息を吸い―――


 ――――!!!!

 いきなりの大乗音。戮丸の放った奇声は物理干渉力を持たないものの命あるもの全てを震わす。カリフですら盾を構え、苦い顔する。


「―――必要ないだろ?」

 戮丸はただ、巴を見つめそういった。

 巴は動かなかった。彼がそういう人間だとは知っていたし、ここでこれが出たのは意外ではあったがうれしかった。全身を貫いた振動は下腹部に熱い疼きで残る。この感覚は知らない。まだ知らない。だが、そうだ。そうであるべきだ。


 ―――お父さん、お母さん。

 ―――生んでくれてありがとう。

 多分私は―――殺されます。




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