ゼニゲバとオバサン
「雇う!?」
想定していたが、ハルは金切り声で叫んだ。
それも当然と言えば当然だ。この会社は零細中の零細企業で、書類上看板があるだけの様な物だ。当面の収入源も決まっていない。ハルの目算では俺一人の給料をペイするのが精一杯と言う所だろう。
「まぁ落ち着いて・・・」
「落ち着ける話じゃないでしょ?どうするのよ。そんなお金をどこから引っ張ってくるのよ!」
「メンコン社から―――ですね」
遼平が落ち着いて補足する。その通りだ。取引先はそこしかない。
「その為にこうして働いているだろ?」
「遊んでいるって言うの!もしかして、これ売り出して収入源にするつもり?プロとして言わせて貰えばこれじゃダメよ。ゲームの無いあそこで大人気でもこっちで大人気じゃなきゃ意味が無いの!―――よく出来てるとは思うけど―――もっと人を引き付ける物が無いとダメ!」
会社を一つ引っ張れるようなタイトルでは無い。
「そりゃそうさ。コイツは小遣い稼ぎとめくらましだから・・・」
「どういうこと?」
「メンコン社って世界平和に暗躍する秘密結社なんだろ?」
「一時期そういう側面があったというだけで、そんな話を真に受けた訳?」
「そんな会社が世界崩壊の危機を誘発するのは問題だよな?」
「なにそれ?」
「ガルド―――ヤツの暴走は世界の終わりだ」
失念していた。ガルドは超級AIその気になれば世界の破滅は造作も無い。
「でも、ガルドはそんな危険な存在じゃない!判るでしょ!?」
「ああ、判ってる。俺達はな。話もわかるし説得も効く、頭だって廻る。世界の崩壊がヤツにとって全くプラスにならないなんて事も判ってる」
ガルドは巨大な竜だ。その背中に世界が乗っている。その性格は温和で世界を愛している。多少の行き違いは存在したが―――それはメンコン社の努力によって事なきを得てきた。
まだ理解していない。攻め方を変えよう。
「うちの会社の名前は?」
「電網警備保障でしょ?言われた通り申請―――まさか!メンコン社を脅す気!?」
「人聞きが悪いな。メンコン社の意思は分裂気味だ。経営理念が邪魔をする。図体がでかくなり過ぎたんだ」
「どんなに安全だと主張しても、信じない人間も内包している」
「それって・・・」
「逆に効くが、今まで他の―――急進派とでも言えばいいのか?」
「―――ゼニゲバ」
「口が悪いな。まあ、ゼニゲバどもの意見を却下するのにガルドを使ってきたんだろう?」
事実、何度か暴れて緊急非常事態に陥った。軍の回線を開きスクランブルまでガルドはかけた。その事件の隠蔽にメンコン社が沈みかけたほど・・・いや、今までの功績が有ったからこそどうにか立て直した。
「そうよ。実際ガルドを止めるのは不可能。それこそ全てのネットワークを人類が放棄しない限り―――神様なのよ。良くも悪くも―――」
「で、純粋な信者は神に頭を垂れるか―――俺やハルさんはそれに全く抵抗がない。それは全人類となれば話は変わってこないか?」
「―――大げさな話ね」
「大げさじゃないんだ。単純に不可能。取ってつけたようなそれは、とりあえず人類は挑むもんさ。引力に逆らうよりは簡単に見えるだろう」
「丁度よく目障りだしな。水面下では動き出してるだろう」
遼平が補足する。
・揺籃計画の本体の発見。
・ガルドをウィルスとしたワクチンの作成。
・ネットワークの寸断。
・システムを利用した超兵器による破棄。
「どれも無理よ。もし、全てが上手くいって出来ても揺籃計画自体が使えなくなる。元も子もないわ。それに人間の精神構造に似たガルドをウィルスと定義したら・・・」
「死亡事故待った無しだな」
「だから、対話と共存こそもっともいい方法なの!」
「対応としては生ぬるいと思うよな・・・実際」
「だから電網警備保障で対ガルド対策を請け負うのさ」
「どうやって?」
「だから対話で」
「それじゃ納得しないって言ったばかりじゃない!?」
「対策内容まで正直に話す必要は無いさ」
つまり、最適な方法が『生ぬるい』と却下されるのであれば、その手法を懇切丁寧に教えてやる必要は無い。『企業秘密です』と押し切ればいいのだ。
「何時だったか政治家が我に秘策アリって吹いて政権もぎ取っただろ?あれと同じ手だ」
「何・・・その幼稚な詐欺・・・」
「そう詐欺ならいいんだが、実際ガルドが暴走したら、宥めるのは俺達プレイヤーだろうし、ヤツをひかせる可能性が一番高いのは、実際に向こうで闘って勝つことだ」
「無茶でしょ?」
「無茶でも何でもやらなきゃしょうがない。あいつが暴走したらゲームどころじゃないからな」
「どうやって?」
「アイツは一度負けてる。それで強くなったのだろうが、その手法でしか勝負は無い」
ガルドが敗北したのは、試合形式の制限があったからだ。
「それなら、コイツなら、【どうにか】は出来るかもしれない」
巨人戦にシバルリ開放、どうにも出来ない難問を彼は解決?してきた実績がある。もちろん、華々しい結果ではない。結果的にそうなったとしかいえない点も多々あるし、ケチはダースじゃ足らないが、概ね良好で回っている。
それに期待するのは甚だ不本意ではあるが否定出来ない。
「お前だって、俺をてなづけて散々利用してくれたろ?」
「規模が違う」
「こっちだって規模が違う。・・・あわせ技で何とかできたら、おめでとうだ。そして非常に残念だがそれが一番ストレートでスマートな方法だ。俺達が恐れるのはその現場から弾き出される事態だ。さっきの方法のどれかが採用されたとしても悲惨な未来しか待っていない」
いかに最強のスーパーマンでも、お客様である以上、暴走したゲームからは守らなければいけない。実際動転ぶかまでは判らないが、彼らは弾き出されるだろう。ならば、その席を用意しておこうと言う狙いも含まれている。
「でも納得するかしら?」
「そこはぼかすさ。その為のゲーム作成だ。難度とかそういうのはどうだっていい。問題は製作時間だ。このクオリティをポンと用意してやれば、いいデモンストレーションになるだろ?それに俺の実績もある。システムじゃどう考えてもあの数の巨人とドラゴンは止められない。レベルカンストのオーメルは倒せない。」
だが、それをやってのけた。あの事件の後、オーメルと戮丸はファイブデイズという戦いを繰り広げる。戮丸が三勝するまでの戦いだ。
その戦闘は五日で蹴りが付いた。戮丸が先制で勝敗を繰り返した。
その戦いぶりは凄まじく・・・というよりも見るものを呆れさせた。
それでも、勝ち逃げを宣言し、その晩に五大クランによる、ディクセン掃討の一斉攻撃に転じた。
その際に弱小である【錆びた9番】はトロールや巨人さえも従えて参戦した。
ファイブデイズの悪夢がPCに向ったのだ。その際に戮丸は10レベルアップという偉業も達成した。
勝ち逃げ宣言で、取っ組み合いの喧嘩をする寸前だった二人に、一瞬の隙が生じた結果だ。
そこまで出来るプレイヤーが所属しているとなれば、見る目は変ってくる。
何しろゼニゲバは、ガルドがどういうふうに厄介かも正しく知らないのだ。説得力という分では足しになる。
戦闘力では、出鱈目を証明した。組織力ではオーメルがポリスラインを敷設した偉業がある。本来、そういった組織がないはずのゲームに一プレイヤーが警察機構を立ち上げたのだ。
当然、こうなれば、『それがガルドに何処まで有効なのか?』と話が転じる。そこにゲームを持ち込んでプログラム技術の出鱈目を証明してやれば・・・話は変わってくる。
「もちろん、それだけで、セキュリティ全般を任せろ!なんてのは弾かれる。今は会社の名前と金を出させればいい。単純に俺のデータは金になるんだろ。それに、監督責任もある。俺が危険な事をしていないか、監督しながらそのデータを収集する。ゲーム開発はほんとについでなんだ」
「会社側には、あくまでコイツを実験素体に肉体へのフィードバック研究といえばいいだろう。この名前も了承させるだけでいい。基本はジャックインの弊害に対しての保障だ。筋は通る。そこに、映像素材の提供のおまけ付き。これで出資はペイできる」
人道的に筋が通っていても、何処に得が転がっているか判らないと商談にならない。宣伝課には映像素材とタイアップゲームの提供で商売の幅はグッと広がる。
遼平が男の説明を補足する。
権利を勝ち取る必要があるのでは?という質問に『匂わせる程度でいい』との事。絶対保障は出来ないし、出来ると思ってもらっても困る。
実際に緊急事態に直面したら、自分たちは勝手に動くし、向こうさんも拡大解釈で押し付けてくるだろう。
非常時に書面上ではセキュリティ会社の様な物と契約している。知らないものが見ても問い合わせの連絡はこっちに来る。そんな仕組みだ。
「その場合、ゲームの版権を渡してはダメですね。あくまで、補助部品の販売の方向で進めてもらったほうがいいでしょう?公式パッドの販売とか、あっちに考える隙を残しておかないと、少しずつ小出しにね」
黙って様子を見守っていた慧がいう。確かに、ゲームやるに当たって『パッドは自前で用意して』と言うのは芸が無い。自前のものも使えるが、公式アイテムを用意したほうがいいだろう。
「パッドには意見がある。罰箱のが最適なんだが、このゲームをやるにはこのモデルのほうが手に馴染む。LRボタンの2がずらしてあるタイプだ。罰箱はそこがアナログになっているんだが、押し込みストロークが長すぎて若干のラグが生じる。このタイプのパッドは各社出しているが、粗製乱造で耐久力に難がある」
パッドは消耗品と人によっては言う。アナログスティックの押し込みで作動する3ボタンは劣化が激しい。というよりも3ボタンの劣化が、コントロールに悪影響を及ぼす。利かないならまだいい。入力していない方向にレバーが入ってしまうのは末期だ。その辺は使い込んでみないと判らない部分では有るが、良い物を用意したい。
「もしかして彼女は・・・」
それを見越した人員だ。夫の遼平が所属するかは判らないが、彼女は専業主婦だ。経済的にも助けになる。それに、怪しい動きがある。その際に重要人物を一箇所にまとめておきたい。
奥さんが人質に取られて赤の旅団が暴走―――馬鹿げた話ではあるが、無視出来ない。
「住宅ローンが無い新婚生活。素敵だとは思わないか?」
朽木夫妻は『えへへ』と笑う。
そう考えれば人手は多いに越した事が無い。そうなると遼平も・・・
「アルバイトの朽木遼平です。よろしく」
基幹メンバーと目していた男がまさかのアルバイト・・・
「旅団と9番の癒着は・・・な・・・」
念には念を入れて・・・遼平は弾いた。二人のクランマスターが同じ会社と言うのは問題があるだろう。給金は奥さん経由で入るから問題は無い。
元よりこの二人は判らない。何処まで意思の疎通が出来ているのか?
その辺は上手くはぐらかされる。
「でも、そうなると警備の人間を置いたほうがよくない?」
「その辺は対処してある。おいおいでいい。多少の事は俺で対処できるし、不健康な体というものは社会的には強いんだ」
「無茶はするなよ」
インターホンの呼び出しが来客を告げる。
違和感を覚える。ガス電気水道の類は既に契約済みで、書類も役場に提出済みだ。このアパートの存在を知るものは少ない。
家電か?それにしてもオカシイ。大家だって居ない。書類上持ち主は田嶋ハルになっている。近隣のあいさつ回り?それにしたっておかしい。個人の引越しではないのだ。
インターホンを確認するとそこには【オバサン】が立っていた。
立ち退きの挨拶は済ませてある。近隣とは言え引っ越したタナゴの引越し先に訪れるのは異例な事だ。
「あのオバサン・・・」
ハルは嫌悪感が先にたつ。それを制して『自分が出る』と言った。対策はしてある。ここまで露骨な追跡をされるとは思っていなかった。
「―――どうしました?」