有限会社電網警備保障
代表取締役社長 田嶋ハル・・・
女史の事だ。現在社員は一名。男はこの会社に所属している。
今回の件で急遽作った会社。ちょっと考えれば有りそうでない会社だ。警備会社の人間が見れば、ネットセキュリティの会社だと思うし、逆にネットセキュリティの会社から見れば、ネットを利用した警備会社に見える。
彼のプロゲーマーというアイデアは却下された。ゲームとは言え国家元首に近い人間にスポンサーが付くのは危険だ。
メンコン社も当初の理念を離れ、ゲーム会社としてどうしても経営理念から逃れられない。マーケティングもしなければいけないとなれば、当然黒字を目指す。
宣伝部署も当然ある。世界初のVRMMOを扱っていながら、自転車操業では形にならないし、そこに配属された人間も不満を募らせる。
オファーやタイアップ企画は矢の催促で来るのに、それらをただ断るだけの仕事だ。営業理念から利益は莫大な数字が馬鹿でもわかる。それでも、断り続け単純なユーザー確保にだけ注力する。
更に医療メーカーからの大量受注も白紙にしてしまう上層部。事情を知らない社員の忍耐も限界に達しつつある。
そんな所にプロゲーマーが出現すればスポンサー権限で様々な指示が来るのは火を見るより明らかだ。
女史は、彼に何かしらの収入源を与えたい。彼が、アタンドットを去る事態だけは避けたいし、ゲーム中の死亡はそれ以上に回避したい。
現に田嶋ハルは自分がバイトとして戮丸・次郎坊を雇うという認識だった。
もう少し期待したのだが、ワンクッション置くという点で納得言った。
彼の存在はアタンドット映像化の面でも大きな役割があるし、そこからできる映像素材はよだれが出るほど欲しい。
今回の映像流出も田嶋ハルの電網警備から画像素材を、メンコン社が買い取ったという形に落ち着いた。
201を自室に定め、引越しを済ませる。自室としてはグレードはグッと下がるが、部屋のよしあしに頓着する性質ではない。ベットとシャワーとトイレとPCが有れば他は気にしない。世界遺産級の残念美人ならではだ。
そんな事より、一流ゲーマー二人に直接の接点を持つほうが何百倍もプラスになる。
ただ、頓着しないとは言え、今回の出費は痛い。ごっそり取った筈の映像料はアパートの改装費もろもろで吹き飛んでしまった。
何とかして、社の収入を考えないと。彼女のサラリーで会社一つを切り盛りすのは・・・事実国一つ救った人だし・・・微妙な所だ。
田嶋ハルは40代の中年男性を一人飼う事になる。
専属モーションアクターを雇うと思えば・・・引っかかりはしていたが納得せざる終えない。
―――あの表情はなんだったの?
階段を降り、103号室に向かう。一応電網警備保障のオフィスだ。
―――目が覚める。
遠くで電車の音が聞こえる。煩いというほどではない。聞こえる程度だ。沿線脇の立地でこれなら物件としてはいいものだ。都心のように引っ切り無しに電車が通る訳ではないし、高架工事も済んでいる。
散歩するのもいいかも知れないが、一応出社しないと―――。
ベットもよくなった。ただ、慣れないいいベットに体の節々がゴキゴキと音を立てる。SBを操作し風呂を立てる。今の一般家庭でもボタン一つで風呂が沸く。それをSBに代替させているだけだ。
左足を庇いながら、流しに向かいコーヒーを入れる。
―――贅沢だ。
女史の申し出で、生活は遥かによくなった。
オフィスの他に医療器具も用意されている。ゲームの与える身体的影響を計るという名目で、102号室はちょっとした病院より豪華な設備が入れられている。
届いた、今日の分の食料を手早く調理する。栄養バランス、塩分、蛋白、カリウムの摂取量を厳密に調整された食材が毎日届く。
通院費と相談して、パッケージの成分表示とにらめっこする生活から解き放たれた。
入浴を済ませる。朝風呂と言うのは贅沢だが、起床時に体温の低下を感じる。一風呂浴びたほうが調子がいい。
体のストレッチを済ませ。間接を根気よくほぐす。その上で、膝と腰に補助具を取り付ける。これで、真っ直ぐ立てるようになる。
髪をなでつけ、その上からタオルを巻く。髭は風呂でそった。
ゆったりとしたチノパンを履き、シャツに袖を通し、ベストを着込む。
ベストのポケットにケータイとタバコを差込、ゆったり開いた内ポケットに革財布をいれる。ケータイは世に言うスマホだ。それより高性能な物を内蔵しているが、基地局としての機能もあるし、捨てられる電話と言うのも必要だ。
―――後は名刺入れか。後でいいだろう。
―――まだ時間はあるな。
コーヒーをもう一杯入れてタバコに火をつける。音の無いコールが響く。
「―――ああ、慧さんも来るのか。了解。鍵は開けておく。会社会おう」
用件はほどほどに通話を切った。遼平は自分の考えに気付いているようだ。
社長は、―――ハルさんは気付いてないかもしれないな。
と、なると忙しくなるな。少し早いが打診しておこう。
音の無い呼び出し音が鳴る。
「―――ああ、大体想定どおりだ。後日、あらためて―――」
「―――何やってるの!?」
田嶋ハルの出社第一声はそれだった。二人の中年が巨大なモニターでゲームをやっている。
あのゲームはアタンドットで開発された自作同人ゲームだろう。出来がいいのが困り物で、ゲームは終盤に差し掛かっている。
驚くべきは共闘ではなく、対戦しつつゲームを進行している事だ。
「何しやがる!」「黙れ貴様は橋頭堡だ!」「うるせぇてめぇが前に出ろ!血を流せ誠意を見せろ!」
そんな掛け合いのような二人のやり取りを見ていた女性がハルに話しかけてきた。
「おはようございます。社長さん―――?」
「え、ええ」
「夫がお世話になっております。私は妻の朽木慧と申します。大事なお話があるとかで―――失礼とは思いましたがお邪魔させていただいております」
「あ、ハルさんおはよう!慧さんまだ話し通ってないから―――ってめ、ボスに叩き込むな!」
「戦場では一瞬の―――敵を間違えるな!」
二機のロクマルは銃撃戦を開始する。その間にボスを挟んでいるから辛うじて戦闘にはなっているが―――明らかに狙いが違う手榴弾が飛び交う。
この二人は・・・仲がいい・・・
程なくしてゲームは終った。二人の勝利だ。本当の勝負は付いていないがボスが死んだ以上、ゲームモードが終了してしまう。コントロールが途切れるまで二人は打ち合っていたが・・・。