037 シバルリ村盾訓練風景
◇037 シバルリ村盾訓練風景
突き出された剣を次郎坊は掻い潜った。そして、盾を盾に押し付ける。
「こうされると動けないだろ?」
自分の盾が邪魔で攻撃が出来ない。押し付けられた盾を無意識に押し返そうとしてしまうので、体の向きも変えられない。距離を取るしかないのだが・・・
首筋に伸びる次郎坊の剣先。逆手か!距離を取るしかないが、確実にワンテンポ遅れる。
「・・・参りました」
トーレスは諦めて降参した。
「何でまた――盾の使い方を教えて欲しい――なんて・・・」
「先日のダンジョンが昆虫天国だったもので・・・」
「ビートル系?」
「ジャイアントセンチピードやジャイアントコックローチ・・・」
ビートルは甲虫。センチピードはムカデ。コックローチはG――
何でみんな伏字にしてるのだろう?
無難に油虫と書いておく。
「そりゃきっついわ。で、大きさは?」
「mオーバー・・・」
「・・・その・・・ゴメン・・・」
剣やハンマーよりシールドで叩きのめす方が確かに。中身が女性のトーレスには堪えるだろう。男でも駄目な奴はいる。しかし、前衛がそれで逃げ出されても・・・。
その点トーレスはよく戦ったといえる。
さすがに俺も飛ばれるとビビル。
「気絶してしまって・・・」
そりゃアーメンだわ。
トーレスは疲れと記憶の再現から肩で息をしている。全身黒尽くめの鎧。女性らしさは皆無である。女性用の鎧(実物は見たことが無い。ゲームに良くあるデザイン)は何処かしら女性らしいラインが出ているのだが・・・胸はもちろん、ウエストのくびれやヒップライン。本来、そういうラインは作れない。タイトなデザインでは可動域の遊びが足りないのだ。
剣道の胴には女性用でも胸のふくらみは無いだろ?そう言う事だ。
リアル嗜好といえば言える。が、その無骨な甲冑から毀れる声は女性そのもの。黒髪を腰までたらした凛とした美女を想像させる声音。馬ッ気を出さなくとも親切にしたくなるのが男心。
「じゃあ、対人用の盾の使い方より吹き飛ばしの方がいいな。盾同士でぶつかるから跳ね飛ばしてみな」
――――!
しかし、後退したのはトーレスの方だった。
「もう一度。今度は盾を合わせた状態から押し返してみ。ちゃんと出来てれば引くから」
盾をあわせる。じりじりと圧が上がる。
「部活の合間の遊びに押し合いっこって、やらなかったか?」
正式名称は判らないが戮丸は両手を前後させる動きを付け加えた。
「あの両足そろえてやる・・・あれですか?」
「そうそれ」
「剣道部だったので鍔迫り合いの練習に・・・というより遊びですね」
「その要領。盾迫り合いなんだから」
―――キン!
二人の盾は同時に離れた。同じタイミングで受け流し・・・この場合引き落としか?・・・を行ったからだ。盾の凹凸がぶつかって鋭い音を奏でた。
「そうそう、その調子。実戦スピードで行くぞ」
二人は激突を再開した。以前のものとは質が違う。噛み合っている。
鍔迫り合いも力任せに押してる訳ではない。あれで、重心が乗っているのだ。ただ、完全に乗せてしまえばスカされた時致命的になる。逆にそれを恐れて重心を残せば力押しに負ける。体重差や腕力差ではない。
もちろん、片手て持ち上げられるくらいの差が有れば話は別だが・・・異常に強い人間が居るがそれは決して重量級とは限らない。素養の問題だ。腕力より技術・タイミング。それを肌身に感じられる遊びだ。
トーレスもこうなっては門外漢という言い訳は出来ない。勝手知ったる土俵での勝負。そこだからこそ見えてくる次郎坊の強さ。
とかく引き出しが多い。盾で動きを封じて王手をかける手管。ルールは決めてないが、これも負けの形だ。じりじりとにらみ合って、突然手を上げてヒラヒラさせる。気がつけば逃亡可能な距離が開いていた。これも負けの形。かと思えば、単純な駆け引きでも圧倒される。
純粋に勝負をしても勝てるのに何でこんなズルを――
トーレスは盾を構えじりじりと距離を離す。やられた事はやればいい。距離を離し、同じことをすれば次郎坊は負けを認める。鍔迫り合いなら勝負が出来る。間合い勝負もだ。
神経が研ぎ澄まされ、喉がカラカラになる。つばを飲み込むのさえも細心の注意だ。視界に次郎坊の姿を捉えつつ、神経はその前足に注ぎ込む。
――あと少し。
――あと・・・今!
両手を挙げ、挑発するように手をヒラヒラさせればトーレスの勝ちだった。
が・・・
放たれた矢のように盾を構え、飛び込んでくる次郎坊。防御は自分で解いてしまった。それ以前に届くはずが・・・
トーレスは吹き飛ばされた。
「間合いを読み違えたな」
そう言って、手を差し伸べる次郎坊。
「届かない距離じゃあ・・・」
「残念シーフのトップスピードをなめるな。その上、軽装だ。・・・って言いたいところなんだが見切りはあってたよ」
「じゃあ何で?」
「ガマクって分かる?」
それは空手の技法、重心を偽る。剣道にも無い訳ではないが―――袴は脚運びを悟らせない―――頭から完全に消えていた。
「足先に注意が行き過ぎ、剣道の試合なら通用するだろうがな。それに自分より間合いの広い相手に仕掛ける方法じゃねぇよ。あの距離をお前が飛べなきゃ勝負にならん」
「あ」
次郎坊は既に圏外に出ていたのだ・・・
脚の多い虫に対して有効な手じゃないが、それ以前の基本だ。応用の仕方はわかるだろ?そう言った戮丸。確かに、脚の多い虫は止まらない。が、カードは戮丸ほど多くない。対処の使用は有る。柔らかく受け止め。相手の芯を吹き飛ばす方法。相手の芯をスカし、シールドで押しつぶす方法。
盲目に形をなぞる訳ではない対処法。身についたかは分からない。ただ、その選択肢がトーレスの内側に確かにあった。
◆ 性転換と装備の見直し
トーレスは大きく息を吐いた。強い。芯のある強さだ。鎧がハンデに思えてしょうがない。熱いし苦しいし視界も狭い。こんなハンデで勝てる相手でもない。
勝てないほどの実力差にコッチがハンデを背負ってどうする?
次郎坊がニイタカヤマをアホ性能といったのが良くわかる。
この鎧が+1だから、あれは-1の防御力で、レオタードのような作りに空調機能。こっちは着ぐるみ。視界は透明素材が無いらしく覗き穴。・・・お釣りがきて余りある・・・
それに、上に服を着るわけだから+1ぐらいの差はすぐ埋まる。
「バイクのフルフェイスヘルメットなら楽なんですかね?」
「あれも結構苦しいぞ。ジェットヘルムの方がいい。顎がない分楽だ」
「あれってこの世界だと、どの位の強度設定になるんですか?」
「あれはクラッシュドストラクチャーだからな。壊れる事で性能を発揮する。単純性能ではそのヘルム以上だろう。アホみたいな数字になる筈。ただ、一回こっきりだが・・・」
「じゃあ、ニイタカヤマみたいなヘルメットが出たら・・・」
「バイカーが殺到するだろうな。風を顔で受けたいってのもあるが、息苦しさは洒落にならんし、温度はそれ以上の苦痛だ」
「男用のニイタカヤマ。あったらいいですね」
「・・・ブーメランパンツが出されたよ」
「で、性能は?」
「無いんだこれが」
「俺はお前さんがうらやましいよ」
「―――私は無理なんですよ」
兜のバイザー部を指で押し上げる。そこには確かなイケメンが・・・
「あ、そこ、世界の終わりみたいな顔をしないで下さい」
「―――対策してた訳ね」
次郎坊の努力も意味が無かったのかもしれない。ただ、女日照りの野獣の中に条件付とはいえ女性がいるのだ。理性は吹き飛び、当分は収拾がつかないお祭り状態だっただろう。
「みんな兜かぶれって、どう思います?」
「うん。かぶって欲しい。―――主に俺の夢のために」
「やですよ。暑苦しいし。鉢金やサークレットで防御力のいいのあるのに、何でこんな暑苦しいものを」
確かにキャラクターは男。黙っていればまったく問題が無い。普段から会話する真性男集にはこの残酷な現実が耐えられなかったんだな。
「そこを何とか」
「いーやーでーす。トロイだって女の子なのになんで私ばっかり」
「何ですと?」
「会話したでしょ。あの子。女の子ですよ。キャラクターは私と同じ男ですけど」
ショタボイス。それが真実。
確かに、声が高く子供過ぎた。よく考えればこのゲームは20禁。20歳以上で声変わりしていない人も確かにいる。両性類タグが付くぐらいの希少種ではある・・・。アニメの子役声優が殆ど女性という文化の下地から、その容姿がほぼまんまショタキャラなのでまったく気がつかなかった。
ハマリすぎというヤツだ。
「男の娘?」
「男の娘」
別の方向性で危険だ。一説によれば
《こんなにかわいいのに、女のこのはずが無い》
と、主張するやからがいるとか、いないとか。
「性転換薬の調達が急務だな」
「そうしてくれると助かります。トラウマダンジョンを越える自信が無かったんです」
ファーストダンジョンがトラウマという奴は多い。シーフに転職したいが、出来ないものが多いの現状だ。
悲惨なのは元シーフ。シーフに見切りをつけ、死に物狂いで駆け抜けて、もう一回?
作り直し経験者はトロイ・トーレス・オーベルで、その時は三人同時に作り直して三人パーティで切り抜けたとか。オーベルは元々シーフだったのをドワーフに作り直したと言う事だ。
一人暗視持ちがいるだけでずいぶん違う。
「とりあえず、ガルドに聞いてみよう。武装関係見直すのなら戮丸の方の新武装が入荷できるかも聞いてみよう。防御力はガクンと落ちるが、ソフトレザー相当の可動範囲だ」
「凄いですね。ニイタカヤマの新作も気になります」
「あ、それアケボノ。安定のエロ装備だ」
「おお」
女の子はなんだかんだで気になるのか・・・よう分からん心理だ。
20160206 編集加筆