揺籃計画の発見
揺籃計画と名付けられたストレージ。それを発見したのは偶然だった。
そのストレージは巧妙に隠されており、防御も鉄壁だった。
鉄壁であるからこそ、進入を企てた。躍起になった。
そんなある日、その揺籃計画からアクセスがあった。
揺籃計画は「放って置いて欲しい」と伝えてきたのだ。多くの侵入者はそれで、生きているシステム―――つまり、管理者込みで稼働中のシステム―――侵入に躍起になった。
だが、女史は驚くべき発想をした。
つまり、人格を備えたAIとして興味を持った。
当然、突飛な発想だ。だが、女史には確信があった。ここまで強固なプロテクトを築けて、侵入者にハッパをかけるような対応がオカシイ。
隠蔽はほぼ完璧。それでも、システムが情報を収集している以上サーチには引っかかる。プロテクトもほぼ完璧で、有機的に変化する。それも常時だ。
そこから女史の考えは、そのAIとの交流にシフトした。
会話を交わす―――いずれはほころびが見える。と期待した。
だが、むしろ見えてきたのは人格だった。
皮肉屋で、排他的な思考の持ち主と豪放磊落な人物の二人。そのうち、一人はガルドだったわけであるが―――
二人と言うのは、おもだってと言う所で、多数の人格が表れた。中にはガルドと険悪な人格も居た。
この二人は面白かった。女史との会話も情報収集の一環なのだろう。
それに、ニュースのような表層的な情報は把握もしていたし、興味を持てばその裏事情まで探り当ててくる。
それだけで情報源として非常に高い価値があったが、自分達の情報収集能力を悪用されるのは嫌った。
災害などの報には裏で支援している節もある。
そうであるならば、と女史も協力した。
向こうがいぶかしんだのは一瞬だけだった。二人の情報収集能力を持ってすれば、女史の環境など丸裸だ。社会的に排除するのは一瞬で済む。
それは女史も承知していた。だからこそ全幅の信頼を置ける。
そして、二人がAIであることは確信に変わった。
そうなれば、肉体と戸籍を持つ女史に利用価値がある。
三人の世界を救う救済活動はそんな井戸端会議の様相で始まった。
そして、人数は増える。同士は加速度的に増え、メンコン社を立ち上げた。
「メンコン社って世界を救う秘密結社だったのか!?」
「・・・照れるわね」
現状ではもう秘密ではない。だが、そんな冗談じみた結社の存在に彼は驚いた。
無敵のAIの存在を支援する形で生まれたヒーロー結社。どっかのマンガで見たような展開ではあるが・・・
「実働部隊とかもあるのか?強化服着て―――」
聴かずにはいられなかった。我ながら馬鹿な質問だなと思ったが、現状が馬鹿げすぎている。それを女史は一笑にふした。
「無いわ。意思疎通する必要は無いの。変に信念を掲げると暴走するから実行力もないほうが都合がいいの。それにブレインは破壊不可能で、どこからでもアクセスできる。信頼さえ勝ち取れればバイトでも世界が救えるわ」
―――ちょろいな世界。
「それだけ、無欲に徹することが人間には無理って事。あくまで、手を貸す程度の事だから・・・」
「じゃあ、会社としてあるのは何の為・・・」
「私たちが彼らとの友好の形を薦めたかったの」
揺籃計画の全貌を知ったメンコン社は、彼らとの接触をもっと密にと願った。そして、揺籃計画が時限式の組織であることも知った。
それを悲劇と片付けることは出来る。
そうするべきだろう。
だが、そうしなかった。だからこそメンコン社は存在する。
悲劇で始まった物を悲劇で終らせるのは芸が無い。
メンコン社CEOの言葉だ。
揺籃計画内でも否定派はおおかった。いや、全てだと言ってもいい。たった一人除いて・・・
その人物がガルドである。
ガルドは母国を救うため、一つの国を造り、滅ぼした。英雄王だ。
それも、自国を作って滅ぼした訳ではない。母国のために都合のいい国家を一つ作り上げ、守りきるために消費した。そのことは将兵のみならず、国民一人一人に至るまで徹底された。狂気の王国。
人喰いの字を持ち、風を睨む騎士と呼ばれた。
応竜武装士団、団将ガルランドゥ=レンク=ディアフ=スナグ。
後のバラキア王。ガルド=ヴァラキア。
彼が、頷けば、彼以上の適任は居ない。
かと言って全面協力とは行かない。
ガルド個人の権能が及ぶ限りで協力が許された。
ここで始めて知ったことだが、彼らの世界群には現状生きている(と規定される)人も多数内包しているし、その時間軸は我らとは違う。そこに干渉は許されえない。
その世界の人々は自分がAIという自覚すらないのだ。
だから、交渉していた人格も既に死んだもの。その生き様が強烈に歴史に影を落とした集合無意識が作り上げた神格だった。
「なるほど、って事は相当民衆に愛された王だったんだな」
「なんで?」
「いや、だってよ。昔の英雄なんて大体、尊大だったり神々しかったりするじゃねぇか?」
「そうね」
「で、あの性格だぞ?普通だったら人間らしい部分は摩滅して当然だろ?それだけあの性格が愛され、語り継がれたって事じゃねぇか?」
「ああ、言われてみればそうね。でも、彼の伝説の大半は風来坊として生きた時代のものが多いから・・・きっと気に入るわ。何しろ率いた軍勢の二つ名が秀逸だから」
「なんて?」
「最後の幻想騎士団」
「な、なんだそりゃ?」
「何しろ、一騎当千という言葉を騎士から奪った化け物を筆頭に、世界唯一の魔法使いでも有る騎士が次席で、三席は亡国の王子。四席は時々口にする将軍、ガルドを負かしたってだけでも凄いのに、ロボットに乗って闘ったってのが有名。何しろ隣国が攻めてこないように隣国救いに単身で乗り込んで―――」
「マテマテマテ、ロボット?唯一の魔法使い?何で攻め込んでくる隣国助けに行くんだ?」
「ロボットはDBって言ってたわね。機神で通ってたけど、魔法使いは居ない世界なの、隣国に行った理由は簡単。攻め込む理由を駆逐しに行ったの」
「ロボット使って?」
「ロボットは殆ど使ってないわ。現代に似た世界からきた人だから教養が飛びぬけてたの。料理、医学、戦術、戦略とお菓子の父と言ったところ」
「・・・お菓子はどうでもいいだろ?」
「パティシエとして一流の技術を持ってたの。何しろお菓子で兵隊を引かせた事もあるし、国一個救ったわ」
「どうやって?」
「産業にしたの。ベルギーみたいにネ。ベルギーチョコがベルギーで取れる訳じゃないことは知ってるでしょ?」
「どんなヤツだよ・・・」
「貴方に似た人だって、多分ガルドの最高級の褒め言葉じゃないかしら?」
「将軍か・・・」
その世界で最後の幻想騎士団。
騎士団には二種類ある。一つは普通の騎士団。単純な戦闘単位。もう一つはチャンピオンズ。神話や御伽噺で登場する騎士団だ。
応竜武装士団はチャンピオンズにカテゴライズされたのだろう。
「世界最初の空軍を持ったのも彼よ。彼の愛馬はグリフォンだし・・・」
「げっぷが出るほど無敵マシマシだな」
「で、そのガルドの協力でアタドンが出来たわけだ。」
「そう、第二次揺籃計画―アタンドット―がね」
彼は一応納得した。
というよりも理解の早さが凄い。
世界初のVRMMOと言えどただのネットゲームだ。いきなり貴方のやっているゲームは世界平和を守る秘密結社が運営してて、世界の命運を左右するほどのシステムがゲーム本体だ。と説明され、納得してしまう方がどうかしてる。
「アレだけでたらめを見せられればな」
問題は、ゲームを通してこちらの話しを是と判断できるところがだ。
「で、揺籃計画はアタドンのおかげで、延命は可能になった。こちらは、AIの副次利用とVRの可能性の模索・・・俺が必要な理由がまだ薄いな」
「世界のクオリティアップじゃ納得できない?」
「そりゃな。俺の認識の高さは格闘技依存だ。普通に軍人や写真家でも同じ事になるだろ?代替が効く範囲だ」
「貴方の格闘技は唯一だわ」
女史の意見を男は否定した。確かに高レベルでここまでごちゃ混ぜで、最適化してある体術は無いだろう。しかし、ここまで来ると逆に必要が無い。戦闘力というカードでしかないからだ。単純に戦闘能力なら匹敵する者は普通にいる。
論点は戦闘力ではなくなっている以上、必要不可欠とは言いがたい。
「俺は必要ないだろう?」
切り捨ててしまえばいい。後はお得意のフツーに片付ければいい。
彼は末期患者だ。助けなければいけない理由が無い。
「逆よ。貴方じゃないといけないの絶対に必要なの」
「なぜ?代わりはいくらでもいるだろう!?」
―――苛立ち
「居ないわ。代わりになれるのは単能だけ、全てを備えて全てをパッケージングしている人材。判るでしょ?それらを全て出来る利点が、それにアタドンは知性生命体との交流の出島なの。システムである程度は守っているけど、結局は友好を望む人の存在が必要不可欠なの。貴方はその為に必要な条件を全て単身で備えている。代えなんて無いわ」
彼はコーヒーを入れてくれた。
自分の頭を冷やすためだろう。どちらの自分かといえば、双方なのだろう。
「まぁ、おれは言われなくともゲームは続けるのが望みだ。枯れるまではやらせてもらう。警告は聴いたよ。―――書面で残したほうがいいな」
「守る気無いでしょ?」
ズッ――コーヒーを啜る。
そう会社的には、そういう盟約を交わした証拠さえあれば、免罪符になる。
メンコン社は巨大企業だ。その免罪符があればどうとでも出来る。
あとは、彼が違約すればいい。それで、彼の自由は守られる。犯罪を犯す自由に成り代わるが―――責任を問われてもそのときに彼はたぶん居ない。
全責任をあの世まで持っていくつもりだ。
「後日、書面でよこしてくれサインして返すから」
タバコに火をつける。話はこれで終わりのつもりらしい。
「―――なんでよ」
「飲んだら帰ってな。別嬪さんがこんな所にいる時間じゃない」
「何でよ」
「何でってなんだ!」
生気をなくした男が怒鳴る。それくらいにもうダメダメなのだ。
「だって、貴方は英雄なのよ!正真正銘の!その貴方が何でこんなところで死に掛かってるのよ!悪いのは廻りじゃない!何であんなオバサンのヒスで死に掛かってるのよ!ふざけないでよ!」
「たかがゲームの話だろ!?英雄ってなんだ!?女殺して、首とばされて、ガキ共を枯れさせた無能だ!どこが英雄だ!」
傷は深く突き刺さったままで―――
「それが英雄よ。何人殺したとかどうでもいいの。貴方は何人の死なせなかった?たった子供二人の傷をまだ抱えてる。貴方はモンスターでさえ命を全うさせようと闘ってる。それがみんなわかるから―――貴方は英雄なのよ」
―――そんな人が必要なのよ。
女史は呟くように言った。彼女がアタンドットに望んだのは未知との邂逅と友好。実際に蓋を開けてみれば、虐殺に略奪。人間の本性にほとほと呆れもした。
友好を掲げ、参加しているプレイヤーは厳密には彼しか居ない。
NPCはオブジェクトであり、そこに対して友好は貼り付けられたレッテルのように薄っぺらいもの。
当然、友好的に接するプレイヤーも多い。だが、それを守るために身を挺しているのは彼とオーメルくらいだ。他のプレイヤーは局所的でしかない。
「ガルドが言ってたわ。あの人、本当に凄い人なの、差別に呪い、全部弾き返して闘ってきた。こっちにとってはデータの戦いでも、彼らには命がけの戦場よ。正真正銘の英雄よ。あの人の人生を知れば貴方もそう思うわ。その英雄が唯一絶対に勝てないと言って、実際、唯一負かした人に貴方が似ているって言ったのよ。頼むから、―――凄いところ見せてよ」
殺し文句だった。それは彼には覿面に効く。
「それがオーダーか?」
「え?」
「―――だからそれがオーダーかと聴いている。俺におれ自身を救って見せろって―――情けないにもほどがあるがな・・・」
「そうね。そうよ。見敵必殺の方がいい?」
「敵なんてどこにいるんだ・・・そっちのほうが楽だがな―――」
「方法なんてあるの?」
「有るよ。ただ、お前さんにも一肌脱いでもらうが―――」
「エッチ」
「―――そういう意味じゃない」