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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
転章 未定
115/162

こんにちわ





 明るい外の日差し。

 安アパートの一室。窓側の壁に深くもたれかかる男が居る。

 ―――死体。

 そう言った方がいい。そのほうが正しい描写だ。

 その顔は逆光でうかがい知れないが、一応は生きている。手も足も投げ出した格好で―――


 ―――すまないね。


と言った。


 ふいごの様な呼吸音。ゼーゼーと言ってくれればまだいい。歪になった彼の呼吸器は老朽化の進んだ配管のような音を溢す。人間の口から漏れる音じゃない。




 ◆




 おばさんは『健康なんだから遊んでないで働け』と言った。

 ―――健康?これが?

 追い返した後、崩れるようにしゃがみ込み、死体の様なさまを晒す彼が・・・


「本当にごめんなさい」

 女史は深々と頭を下げた。


 奇しくも「―――頭が上がらないんだ」と戮丸が何度もこぼした言葉がぎる。

 ―――まさしくその状態だった。胸が痛い。いたたまれない。




 ◆




 女史は戮丸・次郎坊を名乗るプレイヤー宅を訪問していた。

 表向きは謝罪。―――映像の流出。夜空に浮かんだ巨人戦は、ゲーム内は元より、アタンドットのCMとしてネットに流れた。今まで映像化不可能と目されていたアタンドットの映像は衆目集め、ちょっとした騒ぎになった。明確な個人情報の流出に、彼女は事態をあまり慎重には受け止めていなかった。


 裏の事情は彼のバイタルが危険な点だ。

 もし万が一にゲームユーザーがゲーム中に死亡したら会社として致命的だ。

 このシステムは建前上医療目的で出来ている。そうでなくては法の認可が下りないのだ。


 そのシステムが返したデータに寄れば、心停止三回。即座に蘇生プロトコルが起動して、彼は生きている。

 会社とすれば、緊急措置機能が正常に作動したのは喜ばしい事だ。

 だが、身体に良い訳が無い。遠からず死に至る。

 ゲーマーにプレイスタイルを変えろと言うのは気が咎めるが、会社としては警告を促さないわけには行かない。


 実際、女史はこの二つをもってしても、あまり深くは受け止めていなかった。

 彼は戮丸であり、次郎坊なのだから。


 そのバイタルは危険域を指し示しているにもかかわらず、それを彼は弾き飛ばす精神的タフネスに満ち満ちている。どんなに危険な状態でも彼は「仕方ないな・・・」と言って行ってしまう。

 そこに安堵し、知らず知らずに絶対の信頼を寄せていた。



 その「仕方がないな」の一言に命がけだと気付けずに。

 バイタルはそのことを常に訴えていた。


 見てはいけない男の素顔というヤツだろう。


 女史はそのことを忘れ、戮丸の中の人に会うのが単純に楽しみだった。

 アタンドットの映像化不可能な点は小説の映像化に等しい。小説はそれはそれで、辻褄が合っているがそこから導き出される映像は人それぞれで、実際には監督をおいて映像を規定化しなければならない。たとえば単体の映像があっても、その縮尺は受け取り手のイメージに依存する。そういった細かな所を規定しなければいけない。彼の観察眼はそれらを正しく規定した。超人的な観察眼と実経験の持ち主だ。

 その経験に興味は尽きない。


 健康は心、体、社会的に万全な状態を差す言葉だ。

 身体はボロボロ。精神は歪み。社会的には最底辺に位置する彼が、健康と言うのは、驚くべきレトリックだ。むしろそうならよかった。一本残った芯だけが彼を健康たらしめている。

 少なくとも女史にそう錯覚させた。


 これは何と言う喜劇だろう。その芯こそが彼の全てを蝕んでいる。




 あのおばさんは彼を轢いたドライバーの奥さんだそうだ。

 状況を考えれば立場は逆の筈が、助けに飛び込んだ事。誰も助けられなかった事。それを面白おかしく記事にしようとした事。夫を亡くした婦人であること。絶望的な状態から彼が回復してしまった事。その偉業に興奮した医者が健康ですと言ってしまったこと。

 どれもこれもが些細な食い違い。それらが全て重なって、誰も倒せない男が虫の息だ。


 そんな所に、女史が遊びに来てしまった事。彼を戮丸と呼んでしまった事。

 流出映像から、既に個人特定の動きは有る。全てを混ぜ合わせ内包した体術からは個人の特定は難しい。だが、稼動する前、リズムを計るようにステップを踏む癖がある。その動きはボクシングに似ていて、非常に特徴的だ。


 ネットの雄志は彼にたどり着きつつある。比較動画が上がっている。そこから今回のことを含めた個人情報の流出は、文字通り致命的なものになるのは想像に難くない。

 無邪気な捜索は次々と情報を掘り当て、その内容が驚くべきものばかりで、無邪気を加速する。


「働か・・・ないの・・・」

 恐る恐るきいた。彼の答えは冷静だった。まず、長時間働けない。疲労がピークを過ぎると言語障害を引き起こし、簡単な計算や時には物を数えることも困難になるという。


 つまり、仕事を恵んでもらう形でなければ、他の人材のほうが優秀なのだ。

 それでも働くのであれば、寿命を削りながらになる。彼ならやりそうだが・・・おこぼれに縋ると言うことじゃない。命を削って普通を演じると言うことがだ。


 彼は被害者だ。保険金は生活補助という形でおりる。働けば、それは当然おりない。

 つまり、働くとは命を削ってその対価に貧乏になるのだ。


 デスクワークならどうだと訊いてみたが、論外らしい。肉体労働に従事してきた人間をいきなりデスクワークに雇う会社は無い。

 格闘技のトレーナー。恨みを持った格闘団体が多数。―――望みは無い。


「それって・・・」

 女史には理解できなかった。才能溢れる彼が枯れようとしている。

 滅びかけた国一つあれば彼は奮戦するだろう。かけがえない人材になるだろう。

 それが悔しい―――





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