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グレゴリオは震えた。
武者震いという物だろうか?いや違う、本当に恐ろしいのだ。あの人とは思えない戮丸が横たえる。襲い掛かるは悔恨。あまりにも大きすぎるものを殺めてしまった。
今までの戦いは本当に生涯誇れる物だった。ただ最後は偶然の振る舞い。
それが身の丈に合わない贅沢だとはわかっている。
甘い期待と確信。
「誘ってるぞ!気をつけろ!」
大吟醸の声が一縷の望みに芯を与える。
それは想定外では無い。さっきも思い描いたように期待してしまっていた。だからこそ恐ろしい。
戮丸は図抜けて優しい男だ。それは圧倒的な強さが支える物か?いや―――優しいから強さを求めた。それは岩盤のように頑強で堅牢。そこでだからこそ―――はしゃげた。
その岩盤に穴を開けてしまった。
自分の立つ岩盤に大穴を開けてしまった。それが怖い。そこには圧倒的なマグマが埋まっていることはわかっている。
倒れた戮丸の姿は火口に見えた。
―――王というものを人はどう思うだろう?
責任を背負う者。万の民と兵を束ねて明日を約束する者。この辺だろう。つまり、荒野に一人立つ男には相応しくない・・・
そこには首を傾げてしまう。
彼は王だった。原風景を守るために蛮勇を誇りたい。その一言がたまらなく王だった。
言うなれば彼は人のヌシだ。
ヌシは何も導かない。その意思など伝わらない。扱いを間違えばただ暴れる。
その姿に人は何かを間違えたのだと悟る。
そんなものも王の姿だった。
グレゴリオにはそう見えた。そうとしか形容できなかった。人によっては蔑称に聞こえる言葉を尊敬と親愛を込めてそう呼んだ。
その経験は二度目だ。一人目はノッツ。本当に賢い男だと思った。その機転には何度も脱帽した。だから、なんのてらいも無く賢者とよんだ。
賢者を賢者と呼んだだけだ。
世界はそれを認めた。ノッツには賢者としての能力が芽生えつつあった。それはグレゴリオにとっても意外な現象だった。
それがグレゴリオの罪科の正体だ。
戮丸の姿に震える。倒れているからこそ、動きが読めない。近寄って剣を突き刺せば全てが終る。
当然、代償はグレゴリオも求められている。腕に力が入らない。レベルドレインだろう。
規格外の魔法を規格外の使用法、盛大にルール違反だ。この身が消し飛んでもいいと思ったのは嘘ではない。いや、消し飛んだほうが良かった。レベル換算なら5は下がっている。
それを呪う―――訳には行かない。世界はグレゴリオのわがままを叶えたのだ。
そして、彼も王なのだ。
ただの位階だと思っていた。実際そうだったのだろう、民草に明日を誓った事もないし、戮丸のように雄雄しくも無い。未熟な王。それでも王なのだ。駄々子のように啼く巨人に明日を誓ってしまった。
―――逃げることは許されない!
二人の王が見ている。一人は蛮王、もう一人は赤の王。
誰も責めはしないだろう。しかし、王であろうとしたものがそれを覆すのあってはならない。
誇りというよりも憧憬だ。
グレゴリオは呪文を高らかに編む。
一つ一つの音を現出させるように。
近寄るのは危険過ぎる。この状況で魔法戦なら―――
それでも無理だろう。だが、動かせる。それだけは確信がある。
つばを飲み込み、簡単な呪文を絶対失敗しないように細心の注意を注ぎ呪文を編む。
「おっさん!」
大吟醸が叫ぶ。
――――!!!
大質量の衝突音。グレゴリオの足が地をけがく。
「ヤツが王様なら忠臣の存在を忘れるな!」
巨大な戦斧を振り切ったムシュフシュがそこにいた。
瞬間唖然に取られた―――
「忠臣?貴方じゃないでしょう」
「それを言うなよ。今日、今、限りの限定忠義だ」
「安い台詞を吐く!」
「だから!お買い得だって言ってるんだ!」
巨体と巨体が激突する。
裂ぱく音が軍勢を舐める。
戦斧と剣では戦斧に軍配が上がる。だから剣は攻めなければいけない。威力が乗ったら勝ち目はないのだ。どちらが強い武器と聞かれたら話は異なるが、剣では大木を切れない。そういう事だ。
それでも剣と戦斧は合を重ねる。軽々しく振るう腕力か、それを受け止める腕力かどちらをたたえればいいか?答えは出ない。
当然、グレゴリオは仕切りなおせば闘い方は変わる。剣のスピードを活かした闘い方に、しかしムシュフシュがそれを許さない。分厚い盾と斧を均等に使いこなしている。グレゴリオの闘い方が悪いかといえばそうでもない。あの、斧を盾で受ければ衝撃が抜け芯が崩される。
それでも盾が開いている。使いこなせていないのだ。使いこなそうとすれば、そこから決壊する。その判断は流石だ。だが見ている分にはもどかしい。
バラキはその嵐をこなしたのだ。その性能は凄まじいの一言に尽きる。並みの剣なら根元から折れているだろう。そして、その真価はほかにある。それを知ってか力の触手を主に伸ばすが―――
グレゴリオはそれを良しとしない。戮丸との剣戟の余韻がそれを許さない。
―――こうだったな。
身体を畳み。肉薄する。ダイオプサイトがやっていた。至近戦、シールドのジャブ弾幕を張り相手の懐にもぐりこむ。弾幕と呼ぶには弾数が少なすぎるがデスロードの放つ威力は数を質で補った。
懐にもぐりこまれたムシュフシュに取れる手段は一つしかない。距離を取る。斧は有効エリアが狭いのだ。通常なら吹き飛ばしと離脱の二拓だが、グレゴリオの重量は動かない。ムシュフシュの重量では跳ぶ事も叶わない。跳んだが最後止まらないのだ。
ムシュフシュも馬鹿ではない。大きく足を引き距離を確保する。スタンスを大きく取り上半身を移動させれば斧を打ち込む距離ぐらい取れるのだ。肉弾戦の本職、こんな事はよくあるのだが・・・
グレゴリオも只者ではなかった。大きく足を開いた互いを線で結び、その縦の衝撃には強い。だが、横は脆くなる。ムシュフシュの襟元にシールドを引っ掛け捻じ伏せる。これはノッツの得意とする動きだ。
彼は学んでいた。
そして、この距離を制したのであれば当然出てくるのが大吟醸・・・その延長線上にある戮丸の動き。彼は大剣を組み技に多用していた。組み技の距離では大剣は所在をなくすが、彼は長い刃として使いこなした。
マズイッ!!
ムシュフシュは流れに身を任せた、と言うよりも加速させた。グレゴリオの腕力で振り回されるムシュフシュの体躯。それに自身の力が加われば凄まじいエネルギーになる。引っ掛けた程度のフックなどやすやすと切られる。
その機転に手放しの賞賛は贈れない。
仕切りなおしの隙を与えたのだ。
戮丸でさえ恐れた魔法戦の距離。ムシュフシュとて例外ではない。
詠唱が毀れる。本当に零れ落ちる。彼だって、ノッツの戦いぶりに感心していた。だが、それを試せる相手は居なかった。グレゴリオの磨いていない刃。それを研ぎだすに相応しい標的。
獣臭を笑みに溢し、猛獣の形相。そんな面が彼の顔を覆う。
「お楽しみのところ悪いがそりゃ無理だ」
ムシュフシュが落ち着いた表情で語る。彼も戦士だ。自分の弱点は当の昔に対処済み。着込んだルーンプレートも抗魔の力を持っているが、ノッツのような搦め手には弱い。そこまではグレゴリオも見越していた。
ムシュフシュは護符を取り出して、それを砕く。そして・・・
「・・・逃げるなよ」
グレゴリオはそれがわかった。【時騙しの護符】それは使用しても何も変化は起きない。見かけ上の話だ。先の魔法でアドレスに近い考え方をしたのはわかってもらえたと思う。この護符は影響範囲内の時間軸方向を出鱈目にしてしまう。つまり、こちらがムシュフシュに魔法をかけても、効果が発動するのが何時になるか判らない。それも、ムシュフシュにかけても、詠唱時にムシュフシュが居た座標に掛かってしまう。
危なくて使えるものではない。同時に回復魔法も封じられた。
魔法戦力ほとんど持たない枯山水のリーダーだからこそ持っていた奥の手だ。
それでも回復魔法をかけておいて、急場の回復するかもしれないポイントとしては使えるが、それは間違いなく逆手に取られる。そこまでムシュフシュを舐めては居ない。
そして、ムシュフシュは巨人を背に立つ。
バラキの能力では決戦には影響しない。巨人に致死の威力は無いと知っていても、グレゴリオには振るえない。
使う気はなかった。それでも、それを知っていてなおムシュフシュは完全に封じた。何の為にグレゴリオが巨人に付いたかわかっている筈だ。何故、ムシュフシュがこの場に立っているかもおおよその見当は付いている。軽んじられている気がした。
だからこそ許せない。
ムシュフシュはこれ見よがしにニヤリと口角を吊り上げる。