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斬ってしまった。
結果その衝撃をその身に受ける事になる。
直撃は避けた。だが、だからなんだというのだ。地を叩く衝撃も致死性の攻撃には違いない。
戮丸の体が宙を舞う。その姿も噴煙にまぎれて見えなくなった。
「死んだか!」
取り巻きから歓声とも驚嘆ともつかない言葉が上がる。
誰が敵で味方なのだか・・・人の善悪は非常に軽い物だ。イメージで決まる。
これで死ぬような男だったら誰も苦労はしていない。
戮丸の姿は追えないが発光するアトラスパームの光だけが追える。
その光にオーメルは落胆を隠せない。殺す準備は出来ている。その刃を振り下ろすのはまだ先になりそうだ。
「チィッ!」
「オーメル!号令を!」
「まだ撃つな!ヤツを敵に回したくない。巨人は兎も角、ヤツを殺しきる方法は無い」
「私達は味方ですよ!?」
額に手をして肺腑の中の重いものを吐き出す。巨人もろとも葬り去る人間の口から出たのが【味方】という言葉だ。たちの悪い事に本気でそう思っている。こんな場面を『よくあることさ』と冷めた目で言っていた。それをオーメルは『そんな事は無い』と笑った。
そんなやり取りを思い出す。
言った言葉に殉じるか否かは、こちらも自由であるのであればあちらも自由。それが判らないものは居ないとオーメルは笑ったが、戮丸は信じなかった。いや、知っていた。といった顔だった。
鎧の部分は飛礫を弾いたが、皮鎧の部分は進入を許した。それでも致命打になりえなかったのは悪運の賜物といえる。斬撃の後に己の重量をゼロにし後ろに飛んだが、それでも間に合いはしないのだ。その間で戮丸が死ぬには十二分な要因に晒されている。
プッと口の中の血を吐き出す。
悪い癖が出た。
斬撃の筋が良かったので思わず斬ってしまったが、それでもこちらの被害は予想を上回った。
こんな時は考えないほうがいい。
不幸の対価。悲劇はお説ご尤もだが、だからといって今有る営みを気晴らしに砕かれるのは由とはできない。
戮丸が感じているのは巨人が弱すぎるという事だ。だからといって手加減しているかといえば・・・
気に入らない闘い方をしていないだけだ。
詠唱の響く野で戮丸は宙を駆る。
その呪文の意味は理解の埒外だが、この一面が焼け野原にする物だという事はわかる。
戦いの終局に納得は未だ行かない。
何処を目指して闘っているのかすら判らない。
思考の放棄が好転の兆しになる確証も無い。
ただ、思考に能力を割いていい場面ではない。
巨人の腕を切り飛ばした。
今の自分がまたベルセルクガングを発露しているのかも判らない。
「治してみました」
ノッツの【四肢再生】が巨人の腕を癒す。
は?
戮丸は理解できない。
何で?何故?どうして?治した。
戮丸は地に戻り、剣を構えなおす。刀身が一瞬炎に包まれる。魔剣の発する熱がこびり付いた脂を焼き飛ばしたのだ。
それは本人にとっても意外なことだった。
戮丸にとってノッツの判断は思いのほか好ましかったようだ。
空が白む。
闇より暗い未明の時を終え、世界はあけの紫に包まれる。
巨人の動きは一廉の武人のそれに成り果てた。
戮丸はもう喋らない。
今まで叱責を繰り返してきたほうが異常だった。それくらいにはダメージを負っている。
やっとここまで来たか・・・
ここまでしか来れなかったか・・・
もう巨人を野に放つ事はできない。それぐらい恐ろしい魔物に成り果てた。
逃げてくれればよかった。
殺されても良かった。
今はもう許されない。
いたずらに育てた物を刈り取らなければいけない。
・・・また間違えた・・・
それで許される訳も無い。
蛮行を掲げてもその行為は愚か過ぎる。
何かが伝わる。
そんな事は無い。ありえない。加害者の言い訳に過ぎない。
ただ、蹂躙されるのもいや。殺すのもいや。処理するのもいや。
戦士として育ててれば・・・
どんな結果も得心が行くかとも思ったが・・・
そうではないらしい。
育ったかというのも疑わしい。
巨人は折れた。
逃げる訳でもない。ただしゃがみ込み泣きじゃくりながら、出鱈目に近場の物を投げつける。
子供がそうするようにだ。
戮丸にとってその攻撃は何の意味も無い。
剣戟ですら弾き返せるのだ。のんびり飛んでくるものにあたりはしない。
取り巻きに被害は出ているが・・・見物料だ。
命がけの殺し合い。見料がただというの甘い考えだ。
旅団はさすがというか、飛来する物を魔法で迎撃し弾いている。
大魔法は使えなくなるが、呪文の準備だけはしっかりしてある。
実際の戦いではこうなるのだろう。
それでも悲鳴が聞こえるのには『なんで?』と思わずにはいられない。
・・・結局は無駄だ。どだい無理な話だ。諦めよう。
終らせよう。
しりをペタリとつけて座り込む巨人に対して剣を構えた。
それが死を意味するのは巨人にもわかるだろう。
それでも巨人は泣き続けた。
・・・泣きたいのはこちらだ。
無茶な理屈だ。変に期待して、届くはずも無いのに誘導した。
そんな理屈は通りはしない。・・・判っていた。
ドゴォオオオ!
戮丸は慌てて身をかわす。数瞬前にいた地面が削られ持ち去られる。
砂煙の向こうでは魔剣バラキを振りぬいたグレゴリオが立っていた。
グレゴリオの口から低音が毀れる。巨人語だろう。ノッツが『通訳いるか?』と問いかけるが無用と手振りで答えた。
グレゴリオは盾を構え、剣を向ける。彼は王なのだ。
会話を欲すれば出来る。だが、判っているのだ。言葉は不要だと・・・
殺す覚悟も殺される覚悟も過不足無く持ち合わせている。実力だけが足らない。望んだ結果には今の実力では足らない。
・・・何時だって時間は足らない。
戮丸は石をつかみ投げつける。カタパルトで射出したような弾丸だ。グレゴリオとは言え無視できない。それを盾ではじくが、それは誘導に過ぎない。盾をブラインドに戮丸が滑空する。
戮丸のコメカミが弾けた。
構わず肉薄する。弾けたのはグレゴリオの呪文【小傷】だ。
本人も酷く苦戦したと言っていた。ノッツの技だ。盾のブラインドを使っていなかったら頚動脈でも吹き飛んだのだろう。
ノッツが『かわしたッ』というが魔法をかわすのは不可能なのだ。射線が通っていなくとも魔法は命中する。確実に削られるが、削られるのには変わりない。
これが【重傷】であれば、戦斧のクリーンヒットくらいのダメージになる。
文字通り只事では済まない。
ノッツの技量では乱射できないが、グレゴリオはそうではない。
魔法戦で挑んできた。魔法は戮丸には鬼門だ。かわす事が戮丸のアドバンテージであり、最低条件だ。そうでなければ戦いにもならない。
しかし、戮丸は魔法をかわした。
今度は完全にかわした。それがどういう意味かといえば。
魔法が発動しなかった。
正確にはかけられないのだ。
いまだ。グレゴリオはブラインドを外せない。
魔法の最低条件は視認できる事。
体が触れるほどの距離で戮丸はグレゴリオの視界から逃げる。
グレゴリオに一切触れずにと言うわけではない。
むしろ、触れている。
グレゴリオはその感触を頼りに視界で追うが・・・
それは誘導されているという事。
高速機動にはアトラスパームの助力はあるが・・・多分無しでも同じことができる。
「すっすげぇっ・・・」
体操の鉄棒競技のようにグレゴリオを翻弄する。外野からは戮丸の姿は丸見えだ。
アレだけ動いていて戦況が動いていない。
・・・視界に入っていないという事。
グレゴリオも馬鹿ではない。【斥力陣】範囲魔法が有る。ダメージこそ与えられない物の、だからこそ吹き飛ばしに抗うすべが無い。
しかし・・・
切り替えた瞬間、戮丸の姿が視界に映る。
【裡門頂肘】格闘ゲームで有名になった肘技だ。しかも、鋼の篭手側で、鋼鉄の楔を腹に捩じ込まれ、身体をくの字に折る。
さらに捩じ込んだ肘を空いた手で弾き上げる。鋼鉄の手はグレゴリオの胸と首を掻き上げる。
裡門頂肘は身体を開いて放つ技。その直後に身体を畳み込み、肘を掌で弾きあげる。神業とは言うまい。無茶な動きなのだ。ただ、その動きに無茶は感じられない。そのセンスこそが戮丸の異常さだろう。
それでも、戮丸の動きは本来掌打を打ち込むところ、指を引っ掛ける程度でしかない。
その指先には青白い魔力光が宿る。
竜巻のような動きにグレゴリオは弾き飛ばされる。
言いそびれたが、魔法を回避するもう一つは詠唱をさせない。
詠唱できる訳が無いのだ。
「盾を構えて魔法戦というのは良かったが、アイツには通用しない」
徹底してクロスレンジを避けたオーメルの言葉だ重みが違う。グレゴリオとオーメルは聖邪真逆ではあるが同系の職業。対策には入っていた。しかし、こうなると判っていてオーメルはその判断をしなかった。
「ああなると、盾も剣も邪魔なだけだ」
視界が奪われ、初動が遅れる。
「ならなんで武器を捨てないんだ?」
「あいつ相手に格闘術で勝負を挑むのか?どんな状況でも勝ち目があるのは武器を魔法を正常に使った戦いだ。それなら、グレゴリオに軍配が上がる」
大吟醸の疑問を一刀の元に切り伏せた。
「距離を取るしかないのか?」
「だろう。最初の【小傷】が間違いだ。【斥力陣】【斥力】で只管距離を取るのが常道だな」
「戮丸相手に待ちで勝てるかよ!」
「俺もそう思う・・・」
オーメルですら必勝法を持ち合わせていない。オーメルの闘い方の再現はオーメルでしか出来ない。
必勝法など存在しない。だから強者なのだ。
先のオーメルの言った闘い方も、グレゴリオに合うかと言えばそうではない。それしか方法が無いのだ。
戮丸の竜巻のような攻撃は続く。
肉食獣の戦い方。喰らいついたら逃がさない。追っても追いつかず、視界に入った際は拳、膝、肘、蹴り、踵が容赦なく捩じ込まれる。その度にグレゴリオの詠唱は途切れ、視界は暗転する。
驚異的なトロルのタフネスで立っているに過ぎない。
グレゴリオが戮丸の拳に喰らいついた。
「うめぇ!」
戮丸の拳を想定して噛み付いたのだ。大吟醸の感嘆の声が響く。
「・・・捕まった」
オーメルが渋面で漏らす。
捕まえたのはグレゴリオではない、戮丸なのだ。
咀嚼できれば、圧倒的な戦果なのだが・・・
四本の衝撃がグレゴリオに頭部に突き刺さる。
膝膝拳肘。膝は左右、拳肘は右。拳を当ててからねじ切るように肘。
顎は完全に破壊された。
「ふぅ・・・」
戮丸は息を吐き掌に持った物を投げ捨てた。グレゴリオの牙だ。グレゴリオは咀嚼を敢行していた。だがそれは達成されなかった。自慢の牙を圧し折られて・・・
下顎をつかまれてタコ殴りにされた様な物。ただのストレートでも壁とサンドイッチされたときを考えて欲しい。その目に戦意が宿っているだけで驚嘆に値する。
戮丸も肩で息をしている。気息を練る様に落ち着かせているのがわかる。
地にさしておいた剣を抜き、グレゴリオに近寄る。
グレゴリオも獰猛なうめきを血泡とともに漏らし剣と盾を構える。
戦意は失っていない。むしろ爛々と滾らせている。
ただ、勝機だけが見つからないだけで・・・